07 気付かぬ波紋
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レオが学園の正門の前に立っている守衛に『外出許可証』を提示する。
もちろん、それも制服同様にセレステから渡されたものであって、正規のものではなかった。
けれど守衛の男性は私たちへ僅かに目を向けて頷いただけで、そのまま学園内へと進むことを許される。
てっきり身体検査などされることを考えていた私は、そのざるとしか言えない警備体制に面喰らっていた。
(大丈夫なの? こんな警備で……)
隣で歩くレオが「仕方がない」と言わんばかりに肩をすくめる。
「ここには貴族の子弟が山ほど通っているからね。越権行為とは言え、変に外部から圧力を掛けられる可能性を考えたら、学園側も迂闊なこと出来ないんだよ。
そもそも論で、生徒以外の人間が学園の制服着て来ることなんて想定していないってのもあると思うけど」
「……」
私と目を合わせないレオの視線は、通りすぎる生徒にあった。
「まあ、今は〈雄将祭〉の準備期間中って言うのもあるかもね」
そう言えば、私たちの他にも何組かの生徒が正門を出入りしていたのを思い出す。
〈雄将祭〉はその名が示す通り、知と武を誇る神〈雄将〉を讃える祭りで、学園の創設以来催されている由緒正しい祭典なのだそうだ。それに参列される来賓客の中には、国のお偉方も沢山訪れるという。
「で、レナードさん。いい加減に、ここへ来た理由を教えてもらってもいいかしら?」
何も知らぬままとは言え、学園の敷居を跨いだ瞬間から、私はレオの共犯者だった。
その意識があるのかないのか、ここに来てまで目的を話さないレオが苦い声を上げる。
「ちょっと、野暮用で」
先ほどからそればっかりだ。
「ねえ、レオ。再三言いたくはないのだけれど、何も知らないままじゃ私だって協力出来ないわ」
私は人気のない廊下に来たところで立ち止まり、抗議を口にする。
ここまで何事もなくこれたのは、レオの用意周到さの他に、私が何も余計なことをせずに、言わずにいたからだ。
けれど、秘め事が増えてしまった今の私の背には、もう何も背負うことは出来ない。
「……わかったよ。義姉さん」
はあ、と溜め息を吐いたレオは今までとは違う、真を含んだ声色で告げる。
「確認しなきゃいけないことがあるんだ。それも、この学園にしかないことでね」
「この学園にしかないものって、そんなに公に出来ないものなの?」
この学園の卒業生であるレオならそれなりに伝手はあるはずで、先触れなりを出してアポを取ることも可能なはず。
けれどそうしなかった時点で、彼にはそう出来ない〝何か〞があるのだ。
「……それ以上は、訊かないでくれると助かるな。義姉さんをこれ以上巻き込むわけにはいかないし」
どの口がそんなことを言うのかと反論しようとした私は、レオの瞳を見て考えを改めた。
(……本心で言ってる、のよね?)
レオの瞳には嘘がなかった。
今度は、私が溜め息を吐く。
「……わかったわ。もうこれ以上は訊かないから、安心して」
「ありがとう。それに加えて悪いんだけれど、しばらくここで待っていてはもらえないかな?」
「はいはい」
これ以上の詮索はやめよう。私の諸々の罪悪感が疼く前に。
「一応、次の予鈴がなるまでには戻ってくると思うから」
そう言い残して、レオは校舎の廊下の角へと走っていった。
その姿が見えなくなったところで、私ははたと気が付く。
……うん?
(……予鈴って、いつなるの?)
そもそも、この学園の授業カリキュラムを知らない私には、本来今がいくつめの授業なのか知る由もなかった。
(参ったわ……)
どうしよう。
何もせずに同じ場所にただ立っているのは、どう考えても不自然だ。
(でも、レオが戻ってくるまでここを離れるわけには……)
レオはああ言っていたし、きっとまたこの場所へ戻ってくるのだろう。
結局私は、予鈴が鳴ると言われた校舎の近くで腰を掛けられそうな場所を探して、学園の高等部を彷徨く不審者となっていた。
そして。
(この校舎……ひ、広すぎる……っ)
いくら歩いても人がいない教室や部屋はなく、諦めて元いた場所に戻ろうと思った時には、もうすべてが遅かった。
(こ、ここ、どこ……?)
迷った。迷ってしまった。
以前も、似たような経験をした覚えがある。あの時は、場所が宮廷だったのだけれど。
とは言え、生徒の格好をしているのに〝迷いました〞なんて言える訳がない。
(いや、待って。転入生ということにして言えば――)
「……どうかしましたか?」
「◎△#$%&♪×¥●っ!?」
突然背後から聞こえた声に、私の背筋が跳ねた。重ねて言葉にならない声が喉から溢れる。
私の過剰な反応で驚かせてしまったのか、相手も声を上げて謝ってきた。
「すみません。そんなに驚かせるつもりはなかったのですが。
……先ほどから周囲の教室をを伺っていたようでしたので、てっきり何かお困りなのかと……」
うう。しっかり目撃されている。
けれど私は、その相手を知って違う意味でまた驚いた。
(ジュード殿下っ!?)
振り向いたそこには、ジュード殿下がいらっしゃった。
エルドレッド殿下の弟君であり、ユーフェミア様の双子の弟君でもある。つまりは、この国の王位第三継承権を持たれる御方だ。
「えっと、その、ちょっと迷子に……」
私の言葉に一瞬だけ瞬いた殿下は、「ああ」と納得の声を上げる。
「転入生の方でしたか。僕も同じ三年棟ですので、ご案内しますよ」
ジュード殿下は、私が理想としていた展開を口にする。けれど。
(これは、断れない流れなのでは……?)
でも、ここで断ったら間違いなく怪しまれるに違いない。
もし万が一にでもジュード殿下に私の正体が知られでもしたら、他方を巡り巡って、最後にはあの人に知られてしまう。
そうなると何もかもまずいわけで。
幸いなことに、私とジュード殿下はあまり接点がない。
面識も、以前ここに来た際にユーフェミア様からご紹介された一度きりだった。
だから殿下が私を〝ヴェロニカ=エインズワーズ〞だと気付く心配は、恐らく、きっと、ほとんどない……はず。
少なくとも、レオと別れた場所まで辿り着ければいい。
私はそう思い至って、ジュード殿下のご厚意に甘えることにした。
「――はどうですか?」
しばらくして、見覚えのあるようなないような校舎の中を歩いてた私に、ジュード殿下が口を開く。
「はいっ?」
周囲の壁や間取りに気を取られていた私は、思わず聞き返していた。
「〈四月の駿将〉に編入されたのでしょう? この学園には慣れましたか?」
「あはは……そうですね。この学園の中は本当に広いので、大変、ですね……」
怪しまれないよう、無難なことを言っておく。
上手くごまかせているのか、殿下は頷いた。
「そうですね。この学園内のの校舎は、何度も改修されてはいるけれど、王都では王立図書館に並んで古い建物じゃないかな」
「そんなに……」
それからジュード殿下は、高等部の校舎は重ねられた改修工事の影響で、いくつかの時代の建築様式が混ざっているのだと教えてくださった。
「お詳しいんですね」
「これでもこの国の王族ですので」
殿下はにこやかに応える。
「そう言えば、あなたはどちらのご出身ですか?」
「えっ」
しまった。
「はい?」
不思議そうに私を見つめるジュード殿下。
言い淀んでしまった私は、とっさの嘘も吐けず、本当のこことを口にした。
「しゅ、出身は、ヴァロネン大公国ですが……」
どう言ったものだろう。
被り物のお陰で、髪の色はバレてはいなかった。けれど、空色の目はどうしたってごまかせない。
「そう言えば、貴女の目の色は――」
「――……めて……い!」
私が恐れていた言葉を殿下が口にしようとしたその時、通りかかった校舎の庭の方から誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。
何事かと思ってその声がした方へと殿下と二人耳を済ませる。すると、次の言葉は先ほどよりも大きく、はっきりと聞こえた。
「――やめてくださいっ!」
その言葉が何を意味するのか。考えるよりも先に、私の足は動いていた。
背後ではジュード殿下の止める声が聞こえたけれど、それは私が足を止める理由にはならない。
そして、煉瓦の壁を伝って声が聞こえた校舎裏の木陰へと辿り着いた私が見たもの。
「どうしたの!?」
少し息を弾ませた私の眼下には、一人の女子生徒が地面に膝を付いていた。その周囲には、複数の女子生徒たちが立っている。
「……ちょっと。あなたたち、何をしているの?」
人目で分かる。
一対多の異様な光景だった。
「な、何でもありませんわ。ただ、彼女と少しお話していただけですの」
立っていた一人の生徒が口にすると、囲んでいた数名が続いて頷く。
「……」
座り込む女子生徒の彼女は、その言葉に対して口をつぐみ、肯定も否定もしていなかった。
「そうですか? でも、話をしている雰囲気には、見えないんですが……」
私は少しだけ言葉に圧を入れてみる。
すると、最初に口を開いた女子生徒が一瞬眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
「私たちはただ、レティシアさんに〝お父様のお加減は如何ですか?〞と訊いていただけです」
あくまで〝何も悪いことはしていない〞という主張をしたいらしい。
孤児院の子供たちの喧嘩のほとんどは、これで収拾が着いたのにな。
「……そうですか。それは随分とお優しいことですね」
私はひとつ息を吐いて、次の言葉を選ぶ。
「けれど、私は確かにこの耳で〝やめてください〞という言葉を聞きました。それは、どなたが出されたものですか?」
「……わ、私、です……っ」
座り込んでいた少女がそっと手をあげた。
丸い眼鏡の奥にある翡翠の瞳と目が合う。
「なら、皆さんの会話はここで終わりですね」
私は彼女へと向けて真っ直ぐに歩き手を差し伸べる。
「わ、私たちは彼女に何もしていなわ……っ」
「彼女自身には、の間違いですよね?」
私は手を差し伸べたとき、彼女の身体に隠れていたそれを見てしまった。
恐らくは彼女の持ち物と思われる筆記道具やノートが、大量の土を被っているのを。
そして横には、その土が入っていたであろう植木鉢と、植えられていたであろう花が転がっていた。
(……なんて幼稚なのかしら)
内心に込み上げる感情を抑えている私に、周囲の少女たちは明らかに不快を含んだ声で言葉を口にする。
「何ですの? 貴女」
「貴女には関係ないことでしょう!?」
それらを向けられても、私の心はひとつの動揺などしなかった。むしろ向けられる彼女たちの視線に一つ一つ応える。
けれど、私の返した視線はことごとく避けられた。
「わ、私たちは……ただ、この学園に相応しくない者がいると、申し上げていただけですわ」
なんなんだ、この開き直りっぷりは。
「皆さんは学園の理事会に属しておられるのですか?」
「……それはっ」
口をつぐむ少女たち。
けれど、私はここで引くつもりはなかった。
「誰がこの学園に通うのか決めるのは、生徒である貴女たちではありません」
「でも、彼女の父親は――」
「相応しいか否かを決めるのは、貴女たちではないと申し上げているのです!」
なおも続けようとする声を、私は遮って述べる。口を開いた少女はすぐに口を閉ざした。
「〝人の前に立ちたくば、誰より人の糧となれ〞」
私は頭の中に浮かんでいた言葉を、意図せず口にしていた。
「……なんですって?」
そう反応したのは、ウェーブのかかった長い金髪をした女子生徒だけだった。
他の少女たちの反応は皆無。少なくとも、その言葉の意味を理解しているものは、半数もいないようだ。
(……この国の庶民なら、豊穣祭で一度は耳にする聖ライネルの言葉なのだけれどね)
私が次の手を考えていると、唯一私の言葉に反応した彼女が口を開いた。
「……もういいわ。行きましょう」
どうやら少女たちの中で主導権を握っているのは彼女だったらしい。
去り際にその鳶色の瞳と目が合うも、加えて何か言葉を掛けられることはなかった。
彼女だけあの言葉に覚えがあるような反応だったのは、気のせいではなかったということか。
校舎の角に少女たちの姿が消えるのを確認した私は、次に問題の少女の方へと視線を戻した。
「大丈夫? えっと……」
けれど私は、少女の取っていた行動に少し驚かされる。
彼女は自分の持ち物よりも先に、転がっていた植木鉢に土を戻し、花を植え直していたのだ。
それも手袋も着けずに素手で。自分の手が汚れることなど何ら厭わずに。
「はい。大丈夫です。先ほどは、ありがとうございました」
植木鉢を元に戻した彼女は次に自身の持ち物を拾い上げ、私にお礼を言った後に自身の名前を口にした。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。私はレティシア。レティシア=ヴィクトワール・サルテジットと申します」
私には、その姓に聞き覚えがあった。




