閑話② まだ見ぬ君に思いを寄せて
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第二部開始は、来週9/1(火)です!
オリバーから言い渡された一ヶ月の謹慎も、折り返しを過ぎた頃。
私がお昼を終えてリュカから出された課題図書の翻訳をしていると、その御方は唐突に現れた。
「やあ。謹慎お疲れさま、ヴェロニカ嬢」
「……って、エルドレッド殿下っ!?」
私は向かっていた机と椅子から立ち上がり、談話室の扉をノックして入ってきた張本人――エルドレッド殿下へと視線を向ける。
「どうされたのですか!?」
先触れなんて来ていなかった、はず。
「いやあ、ちょっと公務で近くを通りかかったものだから」
寄ってみたよ、とウインクをしながら、とてもフランクに話す殿下。
「……後任のジャスパーのこともお考えください。エルドレッド殿下」
「そう固いこと言うなよ、ルーカ――いや、リュカ」
内心頭を抱えていそうなリュカに、殿下はいたずらっ子がしそうな笑顔を見せた。
リュカとリリカに言ってお茶の用意をさせ、私は殿下と談話室で話をすることにした。
緊張が少しずつ解けていた頃。
殿下から昔話をいくつか聞いていると、意外な事実が判明した。
「――それでは〝エリオット=ガーデン〞という名前は、殿下が考えたものなのですか?」
「ああ。ブロントでの療養中にね」
なんでも、殿下の名前とオリバーの名前を並べ替えして出来た名前なんだとか。
殿下が、紅茶を含んで一息つく。
「……そうそう、この味。
そう言えば、ちょうどその頃に、君たちはブロントで会っていたんだっけ?」
「らしい、です」
私は知らなかったのだけれど。
「私も小さい頃のヴェロニカ嬢に、一目会ってみたかったな」
その後もなにかと独りごつ殿下。
私は、前々から気になっていたことを、殿下に訊いてみることにした。
「あのぅ、殿下。前から気になっていたのですが……」
「なんだい?」
「どうして、私を〝未婚の娘〞と呼ぶのですか?」
先日の舞踏会以来、それがずっと引っ掛かっていた。
途中までは〝公爵夫人〞と呼ばれていた気がするのだけれど。
「あはは。それはね。昔の名残と言うか、癖と言うか」
「名残?」
私は首を傾げ、殿下の言葉を待った。
「あいつが――オリバーが〝エリオット=ガーデン〞の名で君に手紙を出していたことは?」
私は「知っています」と頷く。
「あいつね。君からの手紙が届くようになって、手紙が届く前の数日間は毎月そわそわしてたんだよ」
「あの人が?」
想像が出来ない。そわそわ?
私の表情を読んでか、殿下がうんうんと頷く。
「そうそう。あのオリバーがだよ?
それで、傍から見ているだけでも面白かったんだけれど、つい私も毎月のように『ヴェロニカ嬢からはなんて来たんだい?』って茶化していたら、いつの間にかそれが定着してしまっていてね」
以来、殿下は会ったことすらない私のことを〝ヴェロニカ嬢〞と呼ぶようになってしまったらしい。
「でも、私はもう――」
「――彼女はもう、私の妻ですので」
いつの間にか、オリバーが帰って来ていた。
(あれ、もうそんな時間だった?)
私は部屋の時計を確認する。
けれど、彼が帰ってくるにはまだ早い時間帯だった。
「殿下。至急、宮廷へお戻りください」
「仕事が立て込んでいます」と否応なく殿下に告げるオリバー。
どうやら、オリバーは殿下を宮廷へ呼び戻すために一旦邸へと戻ってきたようだった。
「ジャスパーめ、オリバーに告げ口したな……」
眉間に皺を寄せながら、殿下が私の隣まで来たオリバーへと視線を向ける。
「前任から言われていたようですよ? 〝制御しきれなかったら、エインズワース公爵を頼れ〞と」
「はいはい。わかりましたよー」
ソファで伸びをしたエルドレッド殿下は、つまらなそうに立ち上がった。
「それじゃあ、またね。ヴェロニカ嬢」
「殿下」
「あはは……」
オリバーに指摘されながらも殿下は「ははは」と軽く受け流して、オリバー共々宮廷へと戻っていった。
当分、殿下からはあの呼び名で呼ばれるんだろうな、と私は予感していた。
その日の夜。
「ねえ、オリバー?」
夕食後の二人の時間。
私の部屋のソファに座りながら、私は思い切って、隣に座る彼にあの話題を出すことにした。
「ん?」
「そんなに、私の返事……待ち遠しかった?」
彼が殿下と私の会話を、どこまで聞いていたかは知らない。
けれど、オリバーは一瞬目を見開いたかと思うと直ぐに私から顔を背けた。
(えっ?)
どういう意味?
口許すら見えない彼の後頭部から、微かに声が聞こえる。
「……い……た」
「え? ごめんなさい。聞こえなかったわ」
その背越しにもう一度聞き直すと、オリバーは一呼吸間を置いて私に向き直った。
その口許は手で塞ぎながらも、今度はきちんと私の耳にその言葉が届く。
「……仕事が手につかないほどに、待ち遠しかった」
「……ふっ」
聞いたこちらが恥ずかしくなりそうな回答に、私は思わず笑みを溢していた。
彼の黒髪から僅かに見える耳が微かにでも赤いと感じるのは、はたして気のせいだろうか。
「……仕方がないだろう。会いに行くわけにはいかなかったんだから……」
オリバーが不機嫌そうに言い訳を述べる。ううん、これは照れ隠し?
「毎月届く手紙を読みながら、君がどんな女性に成長しているのか、想像していた」
「……想像通りだった?」
想像通りなわけないか。
今回の謹慎も、私が一人で突っ走ってしまった結果なのだし。
私は勝手に想像を抱かせて、失望させたところがあったのではないかと千慮してしまう。
けれどオリバーから返ってきたのは、微笑みだった。
そして彼は私の髪を一房取ると、それに口付けして優しい声で告げる。
「いいや、想像以上だったよ」
「……っ」
その言葉に、今度は私の頬が熱くなる。
これ以上自分で掘らないように、どういう意味の〝以上〞なのかまでは聞かないことにした。
謹慎が解けるまで、あと一週間。
私は、思い付いたあることを叶えるために、あと少しこの生活を我慢することにした。




