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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!
3/79

二兎追うものは一兎をも得ず【3】

遅くなりました。隔週ペースを目指します。


【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。

「はぁ……」


 私は自室の扉を閉めた途端に全身の力が抜け、その場に座り込んでいた。


(……ちゃんと、言えてたわよね……?)


 今になって全身を動悸が駆け巡る。


 毎日顔を合わせているとはいえ、あの視線に見つめられたら、つい本当のことを言ってしまいそうになる。


 ――彼が想っている人は、私じゃない。


 それに気付いたのは、結婚式を挙げて直ぐのこと。

 家督を継いでいるオリバーのタウンハウスであるこの屋敷に来た時だった。


 好きに使ってよいとあてがわれた部屋で、偶然見つけてしまった小箱。

 その中にはロケットペンダントが入っており、金縁の蓋に千日紅の意匠が繊細な技巧で施されていたことから、一目で女性物かつ高価なものだとわかった。


 持ち主の手掛かりになるかもしれないと、躊躇いつつも開けた蓋の中には何も入っておらず、ただ写真や絵を入れるための窪みがあるだけだった。


 使用人の誰かの落とし物かとも思い、屋敷の者全員にも聞いてみたが、全員空振り。それどころか意外なことがわかってしまった。


 第一に、あの部屋は元々先代の奥方、つまりはオリバーの母親が使っていた部屋で、亡くなられたあとは長年使われていなかったこと。


 第二に、五年前にオリバーが家督を父親から譲り受けた際に、大きな改修工事をしたということ。

 工事が終わったのは四年前の夏で、屋敷の者が掃除をする以外の立ち入りを禁じていたこと。

 そして、時折オリバーが部屋を訪れていたこと。


 つまりは五年前からオリバーにはこの部屋を使う予定の人物がいたということになる。


 五年前はというと、私は十三歳でオリバーは十六歳。当時私は修道院にいて、オリバーは首都にある王立学院に通っていたはず。そして舞踏会で会うまでの間、私たちに接点はない。


 ペンダントはオリバーから私へのプレゼントという線も浮かんだけれど、それはすぐに否定された。

 理由はいたって簡単。ペンダントの蓋裏に彫られたイニシャルだった。


 『O to M』


 これはどう見ても、何度見ても見間違いではなかった。


 そして発見した場所が、決定的だった。

 それは――寝台の枕の下。


 百歩譲って、部屋の使用者が私と想定されていた場合だとしよう。

 けれど、この贈り物には一体何の意味がある? 何をどう解釈すれば私への贈り物と思える?


「本当に、意味がわからないわ……」


 答えのない頭痛の種に頭を抱えながら、鏡台の前に腰掛けた。

 鏡の中の自分と目が合う。


 無理に微笑んでみても、ぎこちないだけだった。


 当のペンダントは、既に小箱ごとオリバーへ返却している。

 私が本来の持ち主へ渡すよう再三言ったのにも関わらず、オリバーは受け取らなかったあげく、私に持っていろだなんてのたまったのだ。


 ペンダントに罪はないが、半ば叩きつけるように先ほどの執務室の机の上に置いてきたのが今から一週間前。

 そして、王都に滞在している伯母さまに手紙をしたためたのが三日前。その返事の呼び出しが今日だった。


 我ながら、新婚一週間の内でこんなことになるとは思わなかった。


 もしかして貴族の結婚はこれが普通なのだろうか。

 確かに、正妻と妾両方を囲うのは跡継ぎ問題が深刻な貴族にとって、至極当然のことなのかもしれない。


 けれど私は夫が愛人を囲い、それを黙認するなんて懐が深いことはできない。

 よく愛は見返りを求めないものというけれど、向けられることのない愛を一生注ぎ続けられるほど、私はできた人間ではないのだ。


 今思えば、私たちの出会いもただの偶然だった。


 舞踏会の最中、緊張のあまり戻しそうになった私は、一人広間を抜け出して庭園へと辿り着いた。

 伯母さまには悪いと思ったけれど、踊る相手を見つけるどころか、ステップを踏めそうにないほどの状態だったのだ。


 背丈以上もある茂みの迷路でやっと見つけたベンチに安心した途端に力が抜け、その場に倒れそうになった私を助けてくれたのが、オリバーだった。


「気分が優れないようでしたら、お付きの者をお呼びしますよ」


 ポケットチーフをベンチに敷いて、そこに座らせてくれた見知らぬ黒髪の青年に好感を覚えたが、気分の悪さに吐き気を堪えていた私は、名乗ることも名前を訊くことも忘れていた。


 舞踏会から数日後、伯母さまの屋敷にエインズワース公爵家から届いた一通の封書。


 それは公爵家からの結婚の申し込みだった。


 セッティングされた日取りに屋敷へ訪れた相手を見て驚いたのは言うまでもない。


 身分、人柄、どれを取っても申し分ないとされる、若きエインズワース公爵。


 公爵家は国務に携わる官僚を多く排出している家柄で、オリバー自身も宮廷で文官として勤めている。

 そんな出世街道まっしぐらな相手に対して、首を横に振る権利など私にはなかった。


 それからは驚くほど順風に進み、約一年半の婚約期間を経て、この春に調印ならびに結婚式を挙げた。

 婚約期間中は月に一度ほど、お茶や簡単な会食で顔を合わせるだけだったけれど、少しずつ距離が縮まっていたと思う。


 そして、式を挙げていざ結婚生活――と思った矢先の愛人疑惑である。


 彼ほどの器量の持ち主なら、さぞ相手の女性も綺麗な人なのだろう。

 屋敷に長く勤める使用人にもそれとなく訊いてみたが、相手の女性には皆目見当がつかないというばかりだった。


 彼ほどの権力があるのなら――使うか使わないかはさておき――例え妻が身分の違い過ぎる相手だとしても、どうとでもなる気がするのだけれど……。


 それにこれまで婚約中に会う時、彼が他人の目を憚るような性格だと思ったことがなかった。

 むしろその逆で、自分が正しいと思ったことは、何がなんでも我を通すタイプだ。そしてその分、言葉選びががさつである。


「私は二人のためを思って、言っているのに……」


 ここまで話が通じないとは思っていなかった。想っている相手と結ばれた方がオリバーにとってもよいだろうに。


 それなのに、オリバーには離婚の意思がないと言う。


 彼が何を考えているのか、まったくわからない。

 もっと言葉や態度で教えて欲しい。それこそ、言いにくいのであれば手紙でもいいから。


「手紙か……」


 鏡台の引き出しからレターケースを取り出した。


 中に入っているのは修道院時代の私物で、両親の手紙と孤児院の子供たちからもらった似顔絵。

 そして――両親の手紙に紛れて持ってきてしまった、一通の封筒だ。

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