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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
閑話

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閑話① 謹慎とスパルタと特訓と

お久しぶりです!

そしてご覧いただきありがとうございます!


第二部開始までの閑話その①です。その②は夜に投稿予定です。

 

 麗らかな朝の日差しが、談話室の窓から射し込んでいた。

 ええ。今日もとてもいい天気そう。


「はあ……」


 良いはずの天気とは裏腹に、私の内心は沈んでいた。


 朝食を終え、玄関で夫であるオリバーを見送ったその足で、談話室のソファに腰を据える。

 溜め息しか出てこない。


「謹慎一ヶ月って……」


 ソファに備え付けられたクッションを抱き締めながら、先ほどの出来事を思い出した。


 それはミランダお祖母さまの許へ行った日の翌朝――つまりは今朝の朝食でのこと。

 食卓の場で、その言葉がオリバーより落とされた。


「ヴェロニカ。君は少し、自分のしたことに責任を感じるべきだ」


 刺客だとわかっていたテオドールを尾行し、勝手に舞踏会会場から出たこと。

 ワイングラスに塗られたトリカブトの毒を、進んで呷ろうとしたこと。

 バルコニーより放たれた刺客の矢から、エルドレッド殿下を身を呈して庇ったこと。


(……待って。最後のは誉められるべきことじゃない?)


 そう喉をでかかった言葉は、オリバーの真剣な眼差しを受けて奥へと引いていった。


「私には、君を守るべき責任と責務がある」


 夫として。公爵として。


「何より、君の父君と母君に約束したんだ。俺が君を守ると」


 そして、一人の男として。


(そんなこと言われたら……)


 嫌だ、と言えなかったのは、惚れた弱味だろうか。


 渋々承諾して、エインズワース邸から急用以外は出ないとオリバーと約束を交わした。

 その期間は約一ヶ月。


(残る《五月の楽姫(エリディス)》丸々と《六月の雄将(ファムル)》の前半は、ずっとこの邸に缶詰めだなんて……)


 確かに。先日の暗殺騒動では、少しでしゃばりすぎたのかもしれない。

 これ以上オリバーに心配をかけないためにも、言われた通り大人しくしていよう。


 でも、ただじっと、何もせずにいえにいなさいって?

 それは私には無理です、旦那様。


「……それにしたって、一ヶ月は長過ぎだと思わない?」


 私は同じく談話室にいたリリカとリュカに同意を求めた。


「この機会ですし、何か新しいことに挑戦してみるのはいかがですか?」

「新しいこと?」


 クッションを顎にあてがいながらぼやく私に、リリカは名案だとばかりに手を合わせる。


「刺繍なんていかがです? きっと旦那様に差し上げれば喜ばれますよ」

「そ、そうかしら……?」


 手先は不器用ではない、と思いたいけれど。


「じっとしてする作業って、どうも昔から苦手なのよね……」


 読書だったら多少はできるけど、と私は呟いた。


 するとリリカが、実兄のリュカに同意を求める。


「ね。兄さんもそう思うでしょう?」

「そうですね。私はせっかくの機会ですので――」


 紅茶を私の前に差し出すリュカの眼差しがきらりと光った。


「ヴェロニカ様には、ストランテ語を勉強していただきたく思います」

「どうしてっ?」


 いきなりの語学、というか座学。

 でも、どうして今ストランテ語を?


 首を傾げる私に、リュカが笑顔で答えた。


「仮にもあなたには、ストランテの血――それも王家の血が流れているのです。

 ご自身の祖国の読み書きくらいは、出来ていただかなければ」


 正論と言われれば正論である。

 けれど。


「私は大公国生まれのこの国(クウェリア)育ちよ……」

「それでしたら――」


 いつの間に用意していたのか、目の前には大量の本と紙とペンが置かれた。

 本はどれもこの国のものではなく、ストランテの言葉で書かれている。


「これは、ストランテの子供向けの文学全集です。まずはこれを、全巻この国の言葉で翻訳ください」

「ぜ、全巻っ!?」


 私が本の山を横目で見て正気かと訊ねる前に「わかるところだけで構いません」と優しく微笑むリュカ。けれど、言っている内容は、優しいものでも微笑ましいものでもなかった。


「現在のあなたが、どれほどストランテ語に通じているのか、確認させていただく必要がありますので。


 先ほど〝読書だったら多少はできる〞と仰いましたよね? ヴェロニカ様」


 リュカに言質を取られた。

 彼の表情かおは笑っているのに、その眼の奥は笑っていない。


 この時の私は知らなかったのだ。

 かつて宮廷内ですぐ放蕩癖がでるエルドレッド殿下を、その鋭い洞察力でたちまち見つけ出しては公務へと連れ戻す敏腕従者〝ルーカス〞の存在を。


 その日から、リュカ先生のスパルタストランテ語講義が始まった。


「ヴェロニカ様。どうしてここで白ずきんがお使いの最中で『パンを買い食いした』になるんですか? ここは『パンをお土産に買った』です」


「ヴェロニカ様。なぜここで出てくる『小人たち』を『素敵な小肥りのおじ様たち』と訳したんですか? は? 前のページで宴会をしていたから? 文脈から判断するのは次のステップです。今はただ単語を翻訳してください」


「ヴェロニカ様。ここからが本番です。これまで読まれた文学全集の中から、抜き打ちで単語テストを行います」


 とても充実した課題メニューの数々。


(もーうっ! 早く一ヶ月経ってほしい……っ!)




 ちなみに、この時の特訓の成果が出るのは、もう少し先の話。


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