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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!

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それはまるで春を待つ雪のように【2】

 

 ◆


「……それから、ブロントに滞在している間、ずっと君を探していた」


 私が目を覚ました数日後。

 ベッドから起き上がれるまで回復した私に、オリバーは二人でゆっくり話せるようにと時間をとってくれた。


 私はリリカに頼んでいたものを貰い、彼が待つ談話室(サロン)へ向かう。


 談話室のソファで隣り合いながら、オリバーは過去の自分が経験したこと、過去の自分がしてきたことを話してくれた。


「会って何かを直接言いたかった訳じゃなかった。ただ、もう一度ヴェロニカ――君に一目会いたかったんだ」


 そうオリバーは続けた。


 あの日のことは私も覚えている。

 リリカと初めて出会った日でもあるのだから。


 自分の名前もまともに言えないほど幼かったリリカを、私が家に連れて帰ってきた時の両親の顔は今でも覚えている。


 今思えば、役所に保護してもらうべきだと告げる両親の意見は、至極正しかったのだろう。


 けれどあの時、私の手を強く握るリリカの手が『独りにしないで』と言っていたように思えて、私はそれを是としなかった。


 結局私の粘り勝ちで、リリカの特徴と「我が家でお預かりしています」という言伝てを役所に届け、リリカは我が家で一緒に暮らすことになったのだ。


「でも、やっと君に辿り着いた時、同時に君がデルフィーノ女侯爵の姪だと知った。


 ……そして、君がストランテ王国の王族の血を引いていることも」


 確かに、リリカと一緒に住むようになって数ヵ月後に、伯母さまが現れた。


「当時のブロントは、旧王国軍の反革命派が多く集まっていた場所で、敗走していたとは言え、まだ各地域に残存していて、今よりも勢力が削がれていなかった。


 だからもし、旧王国軍に王族の血を引く君や母君の存在が知られれば、王政復古の道具として利用され、争いに巻き込まれかねない。


 もしそうなったとしても、君たちを守れるようにと女侯爵は権力を欲していた」


 一介の侯爵の権力だけでは、護れる範囲にも限度がある。

 それこそ、どこかの派閥にでも所属しない限り。


「だから俺は女侯爵へ提案した。その権力ちからを、自分が担うと」


「え?」


 話の本筋では相槌を打ちながら、私の内心はオリバーの口から普段聞きなれない〝俺〞という一人称を聞いて、少し嬉しくなっていた。


 それだけ私たちの距離が前よりも近付いているのだと思って。


「エインズワースは代々王党派で、クウェリア王家とも結び付きも強い。


 だからこそ、君の――延いては女侯爵の後ろ楯にもなれると」


 そして、呼吸をおいてオリバーは次の言葉を告げる。


「その代わり、君を妻に迎えたいと女侯爵に願った」


「……そんなに前から? どうして……?」


 驚く私に、オリバーは笑ってみせた。


 伯母さまは勿論のこと、私の両親もまったく同じ表情かおをしていた、と教えてくれる。


「……それも仕方ないか。当時俺は十二にも満たないただの子供。


 そんな子供の言葉を、真に受ける大人はどこにもいなかった」


 だからこそ、自分は本気であると伝えるために、オリバーは十六歳で父親から爵位を譲り受けたのだ。


 そして爵位を継いだその足で、改めて三人の許へ赴き、私との結婚の許しを請うたのだと。


「最初は、あの日出会った君が、政治の道具として大人の争い事に巻き込まれるのを見たくなかっただけだった」


 でもそれだけじゃなかった、とオリバーは言葉を続ける。


「今思えば、君は俺にとっての初恋だったんだ」


「私、ぜんぜん気が付かなかった……」


 年に一度、家族の許へ帰省した時は、二人ともそんな素振り一度も見せたことはなかった。


 勿論、彼と一緒にいても。


「出会ったあの時、立場を考えて何も出来なかった自分が、酷く恥ずかしく思えた。


 そして対する者が自分より強大であろうと、守るべきものの前に立って異を唱えた君に、どうしようもなく惹かれたんだ」


「それは、ただ何もわかっていなかった小さい時の話で……」


 第一、私はそんな大それた人間じゃない。

 けれど、私の否定を彼は否定した。


「いいや。先日の舞踏会で君がリュカに取った行動を見て改めて分かった。


 ――君はあの時から何一つ変わっていない。それが私にとってとても嬉しく、愛しいんだ」


「え……っ」


 唐突に愛の告白をされて、私の胸は高鳴った。


「本当に、君には何度謝っても足りない。本当は、結婚式が終わったら、すべてを打ち明けるつもりだったんだ」


 それなのに、私がペンダントを見つけてしまい、ことを荒げてしまった。


「……ごめんなさい」


「君が謝ることじゃない。すべて、煮え切らなかった俺が悪い」


 私の両親と約束していたんだ、とオリバーは言った。


「〝必ず己の口からすべてを伝える〞と……だからそれまでは、君に触れないと誓っていた」


「もし、私がすべてを聞いて……あなたを拒んでいたら?」


 私は仮定の話を口にする。少し心が痛む。


「そうなったら、君が想う人間が現れるまで待って、潔く身を引くつもりだった」


 その後は二人が平穏に暮らせるよう、陰ながら助力していただろうと付け加えて。


「もっとも俺以上に君を護れる人間がいたとしても、簡単にくれてやるつもりはなかったが」


 その笑みはどこか自信があるようだった。


 思えば、婚約から結婚までの期間は、一年以上空いていた。


 婚約期間中の私たちは、月に一度のお茶や会食で会うというだけだったけれど、会うその度に距離は縮まっていたと改めて思い出す。


(そこまで時間を掛けて、私の想いが自分に向くまで待っていたということ?)


 長い道のりを選んだ彼に私はただただ驚いていた。


 思っていたことが顔に出ていたのか、オリバーは私の手を取って、そこにそっと口付ける。


「こちらは十年待ったんだ。今さら一年どうってことはなかったよ」


 それに、とオリバーは続ける。


「君と直接会えて話せる、それだけで十分だった」


 少しの沈黙があって、オリバーの表情は何かを決意したものへと変わった。


「ヴェロニカ。すべてを聞いて知った上で、君に赦しを請いたい。叶うのなら、もう一度私との結婚を承諾してほしい」


 改まった口調。

 それほどまでにこの人は、たくさんの時間を掛けて、私のために動いてくれていたのだと理解する。


 それなら私も、腹を括るしかない。

 すべてを決めるのは、〝あれ〞を聞いてからだ。


 私は彼から手を離し、いたずらっ子っぽく言ってみせた。


「あら? あなたはまだ、私に話していないことがあるんじゃない?」


 〝必ず己の口からすべてを伝える〞、そう言ったのは彼の方だ。


「……」


(沈黙は肯定も同然よ)


 私の言葉で目を丸くさせたオリバーに、私は微笑んで見せる。

 知ってしまえば、実になんてことはない。


 この人はとても優しい人で、嘘なんてつける人じゃないのだ。

 誠実な人だから、きっと私を偽っていたことが後ろめたかったのだろう。


(……なんて、さすがに深読みしすぎかしら?)


 一息ついて、私は心を決める。

 そして、考えていたことを口に出した。


「――あなたが、〝エリオット=ガーデン〞……なんでしょう?」


「……っ!?」


 沈黙を貫くオリバーに、私はリリカに頼んで持ってきていた一冊の本を膝に置く。


 勿論、この本は、彼も見覚えがあるはずだ。


「……それは……」


 私は種明かしは取って置き、その表紙に挟んでいた二つの封筒を取り出す。


 一つは古く、一つは真新しいものだ。


「はじめはね、エルドレッド殿下が〝エリオット=ガーデン〞なのかもしれないって思ったの。


 私があの手紙にしか書いていないことを、殿下が言っていたと聞いたから」


 私が料理を出来ること、得意料理がパイであること。


「でも、その可能性は低いと分かった」


 私は封筒から中身を取り出しながら、自分の考えていたことを続ける。


「この二つは、ひとつは私が修道院にいた時、〝エリオット=ガーデン〞という方から貰った返事の手紙。もうひとつは、以前、私が宮廷へ行くきっかけになった許可証です」


 二つの封筒から取り出したそれぞれの便箋には、エリオット=ガーデンの、そしてエルドレッド殿下のサインが書かれていた。


 私はどちらも本の表紙の上に乗せ、それぞれの署名を両手で指差す。


「この二人の名前の最初は、どちらも『El』という綴りで始まっているけれど……筆跡が違う」


 どちらも知的な筆跡ではあるが、殿下の署名には癖があった。

 それが、エリオット=ガーデンからの手紙にはない。


「それにね。舞踏会の日に会ったエリオット=ガーデン――あの人もこの手紙の差出人じゃない」


 無言のままのオリバーに、どうしてそう思ったのか、その理由を告げる。


「利き腕が左だったから」


 あの時。


 遠巻きから見ただけだったけれど、確かにエリオットは剣を左手に持っていた。


 手紙やサインをする際、普通は左から右へ向けて書く。


 もし利き腕が左利きの場合、インクが乾く前に続きの綴りを書くとどうしても手にインクがつき、字が伸びてしまうのだ。


 けれど、送られてきたどちらのサインにも、インクに伸びは見られなかった。


「以上のことから、私が修道院にいた時に手紙を交わした〝エリオット=ガーデン〞は、舞踏会に来ていたエリオット=ガーデンでもなければ、手紙の内容を知っていたエルドレッド殿下でもない」


 では、一体、誰が手紙の差出人である〝エリオット=ガーデン〞なのか。


「そこで出てくるのが、この本」


 私は付箋をつけていたページを開く。


「この本はリリカに言って、伯父さまから借りてきたの。あなたの代の卒業記念作品で、生徒全員が、手書きで作り上げたもの。

 ――その中で、あなたが描いたこの花」


 注目すべきは、その名前ではなく、綴りだ。


 〝Gypsophila Elegans〞


「この本であの花――カスミソウの学名を初めて知ったわ。


 最初に見せてもらった時は気付かなかったけど、あとで伯父さまが絵はよく描けているのに『評価をつけるならB’だ』と仰っていて、その理由を聞いたの。


 学名で使う種名の〝Elegans〞は本来小文字の〝elegans〞で書くのがルールだって教えたのにって」


 私は本から視線を上げ、隣にいるオリバーを見つめる。

 カスミソウの学名の綴りと、手紙の署名を並べて、結論を述べる。


「私が修道院で貰ったこの手紙の差出人である〝エリオット=ガーデン〞は、オリバー――あなた、で合っている……?」


 オリバーが微笑みながらも驚いていた。


「……これだけの情報で、よくわかったな……」

「じゃあ、本当に……」


 オリバーが頷いた。


「ああ。私がエリオット=ガーデンだ」


 私の好きな色も、得意なことも。


 偽られていたという事実よりも、これまでの私を見守ってくれていたという優しさが何より嬉しかった。


「……それじゃあ。さっきのあなたの問に答えるわね」


 今度は私の方から、彼の手を取った。


「私はあなたを赦します。こちらこそ、これからもどうぞ、よろしくお願いしますね。オリバー」


次回、最終話です!

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