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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!

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仮面に隠すは祈りと願い【7】

本日、二話目の投稿です。

今月中の完結を目指します。

 

「お待ちください」


 もし私だと気づかずに、「実は〝何か別の理由〞があって、宮廷庭園で女性を一人気絶させました」とルーカスが言ったのなら、まだ(そうは言っても女性を後ろから襲うのはどうかと思うけれど)この推理に穴はあった。


 けれど。

 彼の答えは違った。


「貴女様の今までの口振りでは、まるで私が、陛下と殿下を暗殺しようとしている賊の一味という口ぶりですが、何か証拠はあるのでしょうか?」


 ――もう、あの手しかない。


 私は覚悟を決めて「はい」と頷く。


「それは先ほど女侯爵がエルドレッド殿下に御報告した話の中に」


「それは――」


 ここまで来れば、事情を知る者は予想が付いているはず。


 けれど、私にはそれを口にする責任があった。


 自分の心に向き合った者として。

 自分の心と向き合うべき者に。


「盗まれたトリカブトから抽出される毒は、無色透明の毒物だそうですね。


 それに加えて、あなたは殿下に〝コーヒーを出すよう提案した〞――いいえ、あなたには〝コーヒーを出さなければならない理由〞があった。


 これらから導き出される答えは一つ――あなたが持ってきたワイングラスかワインの中に、そのトリカブトの毒が入っているのではないですか?」


 その眼鏡の奥に潜む翡翠の瞳は揺らぐことなく、じっと私を見つめている。


「……」


 ここに来て無言になるのは、とても下策だ。

 少なくとも、私にとって。


「……そうですか。ならば、仕方がありませんね」


 ここまで言っても折れないのなら。

 私は最後の賭けに出ることにする。


「何を……」


「すべては、これを試せばわかることです」


 私は部屋の隅に置かれたティーカートに向かい、()()に掛けられていた布巾を外した。


 そこには、ワインクーラーに入れられたワインボトルが一本と、グラスが三つ。


 ワインのコルクを見ると、開けられた形跡はなかった。

 だとしたら――


 私はティーカートに置かれたコルクスクリューでボトルからコルクを外す。


 ポン、という破裂音と少しの衝撃と共に、ワインの微かな香りが伝わってきた。


 そしてグラス三つすべてにワインを注いでいる私の背後に、殿下の声が投げ掛けられる。


「ヴェロニカ嬢」


 どうして私を〝未婚の娘()〞と呼ぶのかはわからなかったけれど、私は殿下たちに微笑んでみせる。


「グラスが三つと言うことは、チャンスは三回もあります」


「ま、待て……何もそこまでする必要はないだろう?」


 オリバーの眉がひそめられた。けれど私はその言葉に首を振る。


「いいえ。私は皆さんの前でルーカスさんを犯人扱いしたのです。

 ルーカスさんが〝違う〞と言っている以上、責任を取って私が試飲するのが妥当でしょう?

 もし私の推理が間違っていたら、私は死にませんから大丈夫です。でも、その時はルーカスさん――あなたに深くお詫びするしかないのですけれど」


 そう私が言葉を向ける先のルーカスは、ただ無言でこちらを見つめていた。


「……」


 その眼鏡の奥の表情は、果たして何を考えているのか。


 それでも私は、ここで止めるわけにはいかなった。


 三つの中の一つを手に取り、皆の前に持ち上げる。


 そしてゆっくりとグラスの中の液体を縁に沿わせるように傾け、波を作った。


 数回回したところで、私は貴賓室にいる全員を見渡す。


 もしグラスに毒が塗られているのなら、これだけワインと混ぜればきっと溶け出てくるはず。


 そして私は不安など何もないように、心の声など聞こえないように優しく告げた。


「それでは、今宵、皆様と(まみ)えた出逢いに――」


 グラスを掲げてゆっくりと口許に運ぶ。


 そしてグラスを傾け、ガラスの縁に唇をつけ――


「――やめてくださいっ」


 その声は、オリバーが私の手からワイングラスを叩き落としたのと同時に聞こえた。


 持ち主を失ったワイングラスは衝撃と共に床に割れ、飛び散った中の赤い液体が貴賓室の絨毯を染め上げる。



 恐らく、全員の視線はルーカスに集まっていたのだろう。

 〝私たち二人〞を除いて。


「……()()()()()()()()()()()()。グラスにはすべて毒を塗りましたので」


 先に〝彼〞から視線を逸らしたのは私の方だった。


 その行動と視線の意味を問うのが、怖かった。


 そしてその意味を考えるのにこんなに胸が締め付けられるなんて、想いもしなかった。


(お願い。待って。お願いだから……まだ、待って)


 ルーカスは大きく溜め息を吐くと、掛けていた眼鏡を外す。


「……貴女様には敵いませんね。ヴェロニカ様」


 その翡翠の瞳が僅かに微笑んだのを見て、私はその目元をどこかで、それもとても見覚えがあるような気がした。


「仰る通り、伯爵家の使用人からトリカブトの毒の入った包みを受け取ったのは私です」


「ルーカス、どうして、お前が……」


 驚きを隠せないエルドレッド殿下に対して、ルーカスは首を横に振る。


「この際です、私の本名もお伝えしておきましょう。私の本当の名はリュカ=ジュベルと申します、エルドレッド殿下。


 出身もこの国ではありません。生まれは大公国ですが、私には生粋のストランテ人の血が流れています」


「その名……そしてストランテだとっ?」


 その言葉に反応したのはドランバル先生だった。


「ええ。そしてあなたは私の母をよく知っているはずです。ロドルフ=ドランバル卿。


 私の母は、今は亡きストランテ王国の貴族令嬢――名をジョゼット=ジュベルといいます」


「やはり、彼女は生きていたのか」


「……生きていた? ふっ、ははははは」


 突然何かのたがが外れたように笑い出すリュカ。


「あれを〝生きていた〞と呼ぶのなら、あなたのこの三十年間はさぞお辛いものだったのでしょうね?」


 そう皮肉混じりに言って、リュカは彼の母親――ジョゼット=ジュベルの悲しく数奇な人生を語り出した。



 その年、王都に住んでいたジョゼットは、数年の交際を経て、めでたく結婚した。


 相手は王国の近衛騎士団に所属し、腕に覚えもある有能で勇敢な男性ひと


 けれど二人の幸せな結婚生活は長くは続かず、その革命は起きてしまった。


 革命の混乱下、王宮に向かった夫の消息も知れず、貴族だった彼女はなんとか一人ヴァロネン大公国に逃げ延びた。


 けれど大公国には身寄りもなく、彼女は公国民から『流民だ』と罵られ、蔑まれ、その心は弱っていく一方だった。


 そしてついには彼女は娼館に身売りをし、娼婦として生きる選択をした。


 それもこれも、すべては生き長らえるために。

 それは単に、愛する男性ひとともう一度出会うためだった。


 そんな時、店を訪れたのは亡国の知人の男。男は彼女の夫の同僚で、同じ騎士団に所属していた。


 彼女の眼下に光が差したのも束の間。その男から告げられたのは、愛する夫の死だった。


 彼女は唯一の希望である〝愛する者との再会〞という生きる意味すら失ったのだ。


 文字通り、彼女はすべてを失った。



「――そして後はその男の甘言に従うまま、母は自分を不幸にしたこの国クウェリアへの復讐の使徒となった。


 私を産んでからも、母は亡くなる直前まで娼館で多くの男と閨を共にし、そこで得た情報を反革命軍に流していました。


 ……これを、本当に〝生きている〞と言えますか?」


「そんな、馬鹿な……」


 恐らく、ドランバル先生の放った否定の言葉は、今は亡き彼女の迎えた、辛い現実に対して使われたのだろう。


 けれどリュカは、その言葉を違うように捉えたようだった。


「ええ。母は愚かでした。夫の消息を自らで探すこともせず、その男――後に私の父となる男の言う言葉を、すべて鵜呑みにして信じきってしまったのですから。


 ですが結局のところ、父にとって私や母は、この国への復讐で利用するための、ただの駒に過ぎなかったようです……」


 ドランバル先生が、不意に言葉を落とした。


「……もしや、その知人の男というのは……旧王国軍の反革命派の誰かだと言うのか?」


「ええ、その通り。あなたなら、父をご存知のはずです。私の父の名は、テオドール=レジス・キュヴィエ。


 かつてストランテ王国の王宮近衛兵であり、あなたと共にストランテ王に仕えていた男です」


「まさか、あのテオドールが……」


 記憶に思い当たる人物がいるのか、ドランバル先生の顔には驚愕が浮かんでいた。


「誰よりも祖国を愛し、王と国に忠誠を誓った父は、革命によってその両方を失った。ここまで来た父は、もう誰にも止められません。


 あの人は、今日、この日のためだけに生きてきたと言ってもいい。それほどまでに、この国を、この国の王族を、憎んでいるんです」


 リュカはドランバルに向き直り「そして」と続ける。


「守るべき祖国を裏切って仇敵の国へ落ち延び、あまつさえ一代貴族の爵位を授与されたあなたのこともね」


 ここで、今までずっと沈黙を守っていたマリアンナ伯母さまが声を上げた。


「しかし、あの革命は国内の貴族が起こしたものだろう?


 それに、先の革命が起こったのは先代の陛下の治世であったはず……。


 そこまでしてこの国や王族を恨む理由が、そのテオドールという男にはあるのか?」


 「可能性を上げるならば……」とエルドレッド殿下が苦い顔をしながら言葉を綴る。


「革命当時、ストランテ王家の逃げ延びた王族から、捕虜となった王族の助命嘆願が来たと聞くが、それを先代国王が揉み消したことか?」


 けれどリュカはそれを否定した。


「いいえ。他国で革命が起こり、その王族の亡命の手助けをしようものなら、内政干渉として自国にも火の粉がかかる。


 それを忌避しての沈黙の回答だったのでしょう」


「ならばなぜ……」


 けれどどれだけ考えても、主犯とされるテオドールと言われる人物の犯行動機が明確になることはなかった。



ミステリ、もっと読みます。

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