仮面に隠すは祈りと願い【6】
私が突然口を挟んだことに、その場の全員が驚いていた。
特にドランバル先生は、私がここにいるということ自体に驚いているようだった。今気付かれたのですね。
始めに口を開いたのは、マリアンナ伯母さま。
その眼差しはどこか鋭い。
「何でしょうか? 公爵夫人」
「伯爵家の使用人が、その取引相手に包みを渡した時刻というのは、いつ頃なのでしょうか?」
それに答えたのはドランバル先生だった。
「……確か、時刻は半刻ほど前だったかと」
それはちょうど、舞踏会が始まったくらいの時刻だ。
次はエルドレッド殿下が口を開く。
「夫人? それがどうかしたのかな?」
「今日は宮廷主催の舞踏会で、取引があった時刻は、ちょうど舞踏会が始まった時刻でもあります。
原則、その時刻には招待客は広間に集まる様に伝えられていたはず。その時に自由に動ける人物と言えば……」
一見して飛躍していると思われかねない私の話に、文字通りエルドレッド殿下を始め、その場にいた人間は目を丸くしていた。
一人を除いて。
「待ってくれ。今の君の話だと、取引相手は城内にいる人間――それも、自由に動ける使用人や一部の者に限られるということになるが」
「可能性としては考えられるかと。それに……」
言葉を切った私に、皆の視線が集まる。
「恐らく毒殺の対象は――国王陛下とエルドレッド殿下だと思われます」
「なんだと!?」
一際反応したのは、ドランバル先生だった。
「実は先日宮廷にお邪魔した際、私は良からぬ会話を盗み聞いてしまったんです」
「その内容というのは?」
「はい。国王陛下とエルドレッド殿下――あなた方の暗殺計画についてです」
エルドレッド殿下は特段驚いた様子も咎める様子もなく、静かに私に訊ねてくる。
「……ほう。それを報告しに来なかった意図は、あるのかな?」
「申し訳ございません。あの時は賊の人数はおろか、話していた人物が不明でしたので、信憑性に欠けるかと思い報告を怠っておりました」
「申し訳ありません」と重ねて報告を上げていなかったことに対しての謝罪をした私は、次に今日見た光景について話を移す。
「ですが今日、その時話していた男と同じ声を聞き、その後を追って宮廷庭園へと向かいました。
そこでは大勢の人影と武器などに関する話をしているのを目撃したのです。
それについては、聞いたのは私だけではありません。
エリオット=ガーデンという招待客も同じ話を聞いておりますので、後でその方にも話をお聞きください」
「エリオットが?」
エリオットのことを知っているのか、殿下が僅かに目を開いた。
そしてなぜか、その視線を私の隣に座るオリバーへと移す。
「私と夫が報告しに来たことは、その件なのです。
ともかく、私が聞いた話は〝国王陛下とエルドレッド殿下の殺害計画〞というものでした。
同じ日にこんな物騒な出来事が別々に起こるとは考えにくい――そうは思いませんか?」
「……確かに」
また、と私は言葉を選びながら続ける。
「またエリオット卿の話では、賊が話していた言葉はストランテ訛りだったと言います」
「共和国の?」
「では。共和国の使節の中に犯人がいると言うのか?」
その可能性を指摘したのは、ドランバル先生だった。
私は即座に首を横に振る。
これは一歩間違えば外交問題。国際問題にまで発展する。選ぶ言葉には気を付けなければ。
「いいえ。それは断言できません。ですが、この宮廷の内情を細かく知り得る内通者がいるのは間違いないかと」
「内通者だと?」
そうでなければ、説明できないことがある。
そして、もうひとつの可能性についても。
「そこで参考までに、今この場にいるお一人おひとりに、舞踏会が始まってから今に至るまで、どこで何をしていたかお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それを聞いて一体――」
伯母さまの言葉の先をエルドレッド殿下が手を挙げて止めた。
「何か考えがあるのだろう? 公爵夫人」
「はい」
「なら、君の意見に従おう。皆も公爵夫人に協力するように。まずは、私から言った方が良いのだろうね」
殿下は少し間を置いて話し出す。
「そうだね……私は舞踏会が始まって、三曲ほど踊った後にこの貴賓室に来たかな。それ以降はずっとこの部屋にいるよ」
「それを証明できる方は?」
「部屋に入ったときにはルーカスもいて、それからすぐにオリバーもやって来たかな」
相違ないと、名前を出された二人が頷いた。
「それでは、次は殿下のお付きの……」
「ルーカス=カードと申します」
ルーカスは会釈をした後、自分の取った行動を話す。
「私は会が始まる前より、こちらの貴賓室におりました。
殿下とエインズワース公爵がいらして、お二人にコーヒーをお淹れした後、別の飲み物をご用意しようと一旦退室いたしました。
ワインを持ってこちらに戻った後は、皆様がいらっしゃるまで殿下と二人きりでした」
ルーカスは部屋の隅にあったティーカートに目を向けた。その上段は布巾で被われている。
「ああ。間違いない」
殿下が頷く。
「次は、デルフィーノ女侯爵。お願いできますか?」
「私は、会の開催中は踊ることはなく、伯爵家の使用人への聴取をドランバル卿に任せて、広間で伯爵本人を探しておりました。
その後ドランバル卿が使用人を衛兵に引き渡したと聞いて、私も同じように使用人へ聴取をしに向かいました」
「会場にはおりましたが、それを証明するような同伴者はおりません」そう最後に伯母さまは付け加えた。
「次にドランバル卿。お願いします」
「畏まりました、公爵夫人。
私は会が始まってからは女侯爵の仰ったように、サルテジット伯爵家の使用人に話を聞くため、使用人の控え室に向かいました。
そこに使用人の姿はなく、しばらく控え室で待っていたところに伯爵家の使用人が戻り、事情を聞きました。
その後は衛兵に使用人を引き渡した後、女侯爵と交替するように広間で伯爵を探していたのですが、運良く出ようとしていた伯爵の身柄を押さえこちらに参りました」
私は、拘束されたサルテジット伯爵に目をやった。
伯爵は一度目を合わせたと思うと、すぐに私からその視線を逸らした。
(……あなたの考えは、大体わかりました……)
私は最後に彼に向き直る。
「エインズワース公爵。あなたにもお聞きします」
その顔はいつになく険しかった。
この人は、今、何を思っているのだろう?
オリバーは公爵の顔をして、私の質問に答えた。
「私は君と一曲踊った後、会場内の見回りをしてからここへ向かった。
この貴賓室に来てからは、殿下と幾らか話をしたが、所用があって退室した。
それから会場に戻って君の姿がないため、控え室にいたニコラスたちとともに探して、庭園のベンチで倒れている君を見つけて今に至る」
リリカたちは今、この貴賓室ではなく今も舞踏会が行われている広間にいる。
実は貴賓室に入る前に、私はリリカに彼女にしかできないことを頼んでいたのだ。
きっと彼女なら手掛かりを見つけてくれるはず。
オリバーの証言は殿下が「そうだ」と頷いたことで終わった。
「これでこの場にいる者は全員――いや、伯爵を除いて全員話したことになる。参考になったかな? 夫人」
「はい。皆様のご協力、感謝申し上げます」
私は全員に向けて会釈をした。
そして深く息を吸い込み、呼吸を整え、いよいよ本題を切り出す。
「ところでルーカスさん。あなたには、一つ追加でお聞きしたいことがあるのですが……よろしいですか?」
「何でしょう?」
私の声に緊張が入ってしまったせいか、全員の視線がルーカスに向けられる。
「今日私と会ったのは、先ほどこの貴賓室で会った時が初めてで間違いありませんか?」
「……どういう意味でしょうか?」
きょとんとしているルーカスに、私は以前から思っていたことを告げる。
「正確には、以前私が宮廷の衣装部屋で殿下と公爵に見つけられた時から今日に至るまで、私と会ったことはありますか?」
あの時、殿下やオリバーの後ろにいた使用人たちの中に、彼の姿があったことを思い出す。
〝ルーカス〞も、とても驚いていた。
ルーカスはあの時とは違って、表情を崩さずに口を開いた。
「……はい。貴女様にお会いしたのは、先日宮廷で殿下やエインズワース公爵と共にお見かけした時以来です。
本日お会いしたのは、先ほど公爵と共に貴賓室へいらした時が初めてになります」
「そうですか……」
推測が、確信に変わった瞬間だった。
「……今の言葉は嘘、ですね?」
「はい?」
彼のその表情は、何一つ変わっていない。
でも。言わない訳にはいかない。
「ルーカスさん。今日あなたとお会いして話をする中で、あなたは殿下にとても忠実な方だと感じました。
私たちがこの部屋にお邪魔した僅かな間だけでも、あなたは殿下のご命令に応えていたように思います。――ある一点を除いて」
「ある一点?」
エルドレッド殿下が「何かあったか?」と首を傾げる。
「はい。たった一度だけ。
私たちがエルドレッド殿下を訪ねてこの貴賓室へ来た時、殿下は私たちに飲み物を用意するようにと、あなたへ命じられました。
けれどあなたはその時、〝コーヒーをお出しした方がよろしいのでは?〞と殿下へ言葉を返した。
その時は疑問にも思いませんでしたが、その後殿下から、コーヒーが一般にこの国には出回っていない、とても希少なものだと聞いて、少し引っ掛かったんです。
いくらオ……夫の公爵と殿下が親しい仲であるとはいえ、一般に国内で出回っていない貴重なコーヒーを、わざわざ賓客でもない私たちに出すようあなたから提案することが」
皆の視線が再びルーカスへと集まった。
ルーカスは首を横に振る。彼のやや灰色を帯びた茶髪が揺れた。
「それは誤解です。殿下にああご提案したのは、夫人が共和国の血を引いている御方だと存じ上げていただけで、他意はありません。
貴女様の思い過ごしです」
「……まだあります。先ほど私が庭園で賊の会話を盗み聞いた時、誰かに背後から襲われて気絶させられました。
その時、微かに何か香ばしいような、これまでに嗅いだことのない匂いがしたんです。それは、先ほどここで嗅いだコーヒー豆の挽かれた香りと同じでした。
……私を気絶させたのは――ルーカスさん、あなたですね?」




