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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!

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仮面に隠すは祈りと願い【5】


「エルドレッド殿下。マリアンナ=デルフィーノ、ただいまご報告に上がりました」


「ああ。入ってくれ」


 貴賓室へ入室してきたのは、シルクのように光沢を帯びる銀鼠色のタイトドレスを纏ったマリアンナ伯母さまだった。

 

 仕事時とは違い、その長い髪は緩くウェーブがかけられ、歩くたびに豊かに靡いている。


 けれど伯母さまの顔は仕事用のもので、邸にいる時よりも数割り増しで凛々しく見えた。


 その片鱗に、襟ぐりが広くとられていて胸元の露出が多めとなっているドレスも、いやらしさ一つ感じさせずに着こなしている。


 仮面を取った伯母さまは、殿下の他に私たちがいることに気づくと、一瞬目を見開いた様子を見せた。


 次に『なぜお前たちがここにいる?』と言いたげな視線の矢を容赦なくこちらへ放ってくる。


 私は思わず隣にいたオリバーの影に身を隠した。


「それで女侯爵。報告とは?」


「殿下」


 殿下へと向けられている言葉とは裏腹に、伯母さまの目はちらりとこちらを窺っていた。


 その表情は、伯母さまが私に聞かせたくないことがある時のものだ。


 けれどエルドレッド殿下が、伯母さまに告げる。


「別に構わない。話せ」


「……例の件ですが、犯人が判明いたしました。犯人はサルテジット伯爵で間違いありません」


 渋々答えた伯母さまの口から、事件の気配がした。


(……犯人?)


 私とオリバーだけが話についていけていないのだろう――と思って隣を見ると、その横顔はどこか神妙な面持ちだった。


 彼は明らかに何かを知っていて、何かを思案をしている。そんな気がした。


(もしかして、話が読めていないのは私だけ……?)


「……続けてくれ」


「まず事件発覚当日、伯爵は一日研究室を空けていたと証言していましたが、午前中に伯爵家の使用人が一人訪問に来ており、その対応は伯爵自身が行ったとのことでした。


 研究室の助手がそれを証言しており、その際に伯爵が使用人に〝何か〞の包みを渡しているところを目撃したそうです」


 伯母さまはソファに座る殿下へ、脇に抱えていた書類の束を手渡した。


「それについて先ほどサルテジット伯爵の使用人に事情を訊いたところ、〝包み(これ)は家に持って帰るように〞と言付けられていたようです。加えて、本日――つまりは舞踏会にて()()()()()()()を、〝会場にいるとある人物に渡して欲しい〞とも頼まれたと証言しました」


「それで、その渡した相手というのは判明したのか?」


 渡された書類に目を通しながら、殿下が言葉を紡ぐ。

 その問いに伯母さまは首を横に振った。


「いいえ。引き渡しは使用人の控え室を出て少し歩いた、人通りの少ない通路で行われたらしく、今のところ目撃証言はほとんどありません。


 また使用人がその相手に渡した際、相手が男なのは判ったそうなのですが、仮装をしていたとのことなので、身元までは……」


「仮装が仇になるとはな……」


 溜め息を吐きながら口許に手を置いた殿下は、途端に思案顔を浮かばせた。


「何か他に手掛かりになりそうなものは?」


「伯爵家の使用人に自分が渡した物の中身を尋ねたところ、本人は媚薬か何かだと思っていたようです。


 渡した相手の男にも〝誰に使うのか?〞と尋ねたところ〝本当なら使いたくない相手だ〞と言っていたそうなので、てっきりそう思い込んでしまったのだとか」


「どういうことですか?」


 訳知り顔が殆どの中で取り残された私は、耐えきれなくなって周囲に説明を求めた。


 それに答えたのはエルドレッド殿下だった。


「君を取り残してすまない、公爵夫人。けれどもしかすると、君たちの言う〝人命に関わること〞に通ずるかもしれなくてね」


「……えっ?」


「ことは、アカデミーの大学院で薬物学の権威でもあるサルテジット伯爵が管理していたトリカブトの苗木が、一株紛失したことから始まったんだ」


 先ほど伯母さまの言っていた〝例の件〞と関係があるのは間違いなさそうだ。


 隣にいたオリバーに「〝トリカブト〞って?」とそっと耳打ちをして尋ねる。


「猛毒を持つ植物だ。即効性を持っている上に、抽出される毒は無色透明。服用したら最後……解毒方法はまだ現在の医学では見つかっていない」


「それって――」


 ――相当ヤバイ案件じゃないでしょうか?


 事態の大きさを徐々に自覚してきた私は、続く殿下の言葉を待った。


「その後の捜索で学園の裏手から苗木は発見されたんだが、そのうち葉の何枚かが抜かれていてね。紛失した量だけでも、致死量には十分に至るそうだ。


 本来苗木は院内の温室の保管庫にあり、そこに入るためには温室への鍵がいる。


 勿論、保管庫にも鍵はついていたし、そのどちらも伯爵自身が所持し、温室の鍵も研究室の限られた者しか扱えない――といった管理下で起こった事件だった」


 続く殿下の説明では、紛失が発覚したのは伯爵の研究室に所属する院生が、温室に偶然立ち寄ってその異変に気付いたからだそうだ。


 けれど前日の確認では問題はなく、事件発覚当日、伯爵は一日研究室を空けていたことから、当初犯人は外部からの侵入者だと推測された。


 そして殿下の視線はおもむろに私へと向けられる。


「そのため事件発覚当日、学園へ出入りした者の中に容疑者がいると考えて捜査を広げたんだが……実はその中には君の名前もあってね。ヴェロニカ=エインズワース公爵夫人」


「えっ?」


 驚いた。

 私がアカデミーへ行ったのは、数週間前にライアン伯父さまに連れていってもらったあの日が最初で最後。


 まさか、あの日にそんなことが起こっていたなんて。


「しかし学園側からの調査報告では、出入りした外部の人間には犯行は不可能だったことがわかった。


 それで内部犯の可能性が浮上したため、学園関係者をもう一度洗い直すように、別途調査を依頼したんだ」


「でも、どうして伯母さ――女侯爵に調査の依頼をされたのですか?」


 私は、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。


 ともすれば、夫のライアン伯父さまが学園の関係者でもあるマリアンナ伯母さまに、調査を依頼するのはリスキーな気がする。


「いいや。彼女は調査した人間の遣いでね。


 いくら私が王族とはいえ、学園は政治的介入を一切認めていないから、彼女の伝手を借りたんだ」


 知らなかった。伯母さまにそんな伝手があっただなんて。


「それで再調査の結果、伯爵の証言に僅かな齟齬があったのを突き詰めて、彼が犯人だと判明した、という訳なんだが……」


 殿下の言葉尻が下がる。

 そうだ。犯人が判明しても、解決していないことがある。


「問題は、伯爵が自作自演でトリカブトを盗んだ目的であり、その行方だ」


 伯爵は紛失が院生に露呈したことから緊急と称して職員会議を開き、事態を学園に報告せざるを得なかった。


 もし事件の発覚がもう少し遅れていたのなら、きっと捜査は遅れていたはずだ。


 そして殿下は明言されていないものの、その言動からトリカブトが使用される可能性を危惧されている。


「それで、当の伯爵はどこだ? 一刻も早く伯爵から取引相手が誰なのか聞き出さなければ」


「今ドランバル卿が探しておりますが――」


「私のことをお呼びですかな?」


 開け放たれた扉から、先日会ったドランバル先生がいつの間にか現れた。


「サルテジット伯爵を捕捉しました」


「ドランバル卿、良くやってくれた。ご苦労だったな」


「勿体無きお言葉」


 殿下の指示で、ドランバル先生が初老の男性を連れてくる。


 両脇を兵に挟まれたその男性の両腕は、背後で縛られているようだった。


 男性は白衣を身に纏い、さながら〝医者〞といった風貌だ。


「会場を立ち去ろうとしていたところを呼び止め、このように」


 ドランバル先生がソファの前にまでその男性――サルテジット伯爵を連れ出す。


 殿下は眼前に召し出された伯爵に対して、酷く冷静な言葉をかけた。


「伯爵。今回の事件はとんだ茶番であったな。何か弁明はあるか? あれば聞こう」


「――いいえ。何もございません」


 自分が捕らえられているという状況にありながら、伯爵はどこか毅然としていた。


「……そうか。かつて植生調査で功績を上げたそなたを、このような形で失うとは残念だ」


「……」


「それで、そなたが使用人に命じてトリカブトを渡すよう仕向けた相手は誰だ?」


「……」


 口を固く閉ざしている伯爵に、私はどこか違和感を覚えた。


 それは殿下も同じようで、その後も内容を変えて伯爵に質問を投げる。


 けれど伯爵は、それに曖昧な回答で返したり、沈黙で答えたりしていた。


 その光景を見ていて、私の中の違和感はますます募るばかりだった。


(……どうして何も話さないの?)


 伯爵がどんな罪に問われるのか現時点で定かではないけれど、もし仮に盗まれたトリカブトで死者が出たら、最悪極刑にもなりうるはず。


 そう。殺人という罪を犯す覚悟が、この伯爵にはあるということなの?


 それとも、自身が捕まって罪を問われる以上に、取引相手を庇う理由があるということ?


 ――待って。


(そもそも、すべてこの人が一人で仕組んだことなの?)


 殿下はこの件と、私たちの話が通ずるかもしれないと仰っていた。


 これまでのすべての事柄が、頭の中で反芻される。


 偶然聞いた、国王陛下とエルドレッド殿下の暗殺計画。

 宮廷庭園での怪しげな集団の目撃と不意打ちでの気絶。

 盗まれた毒物と仮装をしていた取引相手。

 口を割らない伯爵の狙いと意図。


 ともすれば、荒唐無稽とも思える一つの推測に辿り着いた。

 けれど、まだ何も確証はない。


(でももし、その可能性があるのなら……)


 確かめる必要がある。

 小さく決意を固めて、私はその場で手を挙げた。


「あの……一つ質問してもよろしいですか?」


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