1話 初恋
「もし、魔王を倒せたら……。」
美しい少女が語り掛けてくる。どこか寂しそうな、そんな表情だった。
「私たち、お別れなのかな。」
この2年、ずっと一緒に頑張ってきた。
その成果として、僕たちはもうすぐ魔王を倒せるところまで来ていた。
でも彼女の言う通り、それは僕たちの別れを意味していた。
突如僕の世界に現れた魔界からの侵入者。
そしてそれを追ってきた1人の魔法少女。
本来そんなものとは無縁であるはずの僕は、しかし全くの偶然から魔法の力を得て、男であるにもかかわらず魔法少女として目の前の女の子と一緒に戦ってきた。
決して楽な道のりではなかった。
次第に何人かの仲間を得たが、それ以上に敵は強大だった。
それでも世界に平穏を取り戻すため、2人で苦しみながら戦ってきたのだ。
あと一歩で、僕たちの願いが叶うところまで来ている。
それなのに、どうしてこんなに寂しくなるのだろう。
「最近、こう思うんだ。魔法なんて関係なく、私とあなたが同じ世界に生まれていて、2人で友達として生きていけたならよかったなって。」
それは、僕も思っていた。
「そういう世界に、生まれたかったな……。」
伝えたいことが、山ほどある。
何にもない僕に生きる意味をくれたこと、僕なんかと一緒にいてくれたこと。
君を好きだということ。僕が本当は、男であるということ。
何もまだ、伝えらていなかった。
でも、伝えるわけにはいかない。
君はこんなところに留まっているような人じゃない。魔王を倒した勇者として、輝かしい人生を歩むべきなのだ。
言いたいことは、飲み込んだ。
何も伝えられず、月並みの別れの言葉しか彼女にはかけられなかった。
もう10年前のことだ。
魔王を倒した僕たちは、別々の世界で生きていた。
レンガ造りの建物を後にする。
卒業論文も書き終え、いくらか落ち着いた春休みを過ごしていた。
そろそろ大学も卒業だが、環境は大きく変わることは無い。大学院に進学して、これまでと同じ研究室に所属する。
なんとも無難で、波乱のない人生だ。
いや、多少の波乱があったとしても、かつて経験したそれとはくらぶべくもないだろう。
思えば、僕にとっては魔法が全てになっていた。なんの取り得もない僕にとって、いくらかの才能を実感することができた唯一の世界が魔法の世界だった。
だが、それはもう過去のものだ。遠く、すでにここに存在しないものだ。
あの子と別れた時、この世界に残ると決めた時……。僕は魔法を捨てたのだ。
魔法の世界に生きず、この世界に生きると決めたのだ。
その選択が正しかったのか、いまだにわからない。悔いがない、と言えば嘘になる。
それでも最近は、あの戦いのことも一つの思い出として処理することができるようになってきた。美しく、懐かしい思い出だ。全て、終わったことだ。
伝えられなかった想いも、果たせなかった初恋も、よくある思い出話の一つに過ぎない。
あの子にとっても、そうだろう。
輝かしい彼女の人生のうちの、ひとつの通過点にしか過ぎないのが僕だ。
例え僕の中の想いがいまだに消えてなかったとしても、それが事実なのだ。
きっとこのまま、交わることもなく人生を過ごしていくのだろう。
都内の空気は未だ冷たかった。暦の上では春だと言っても、肌寒さに身を縮める。
思えば、彼女と別れたのもこんな時期だっただろうか。
ひとたび回想してしまうと、いろんなことが連鎖的に脳裏によみがえってくる。
いつも落ち着いてアドバイスをくれた年長の女性職員の人。結局なついてくれることは無かった、年下の魔法少女。
敵対していた魔王やその仲間たちすら、懐かしい。
だが一番心に浮かび上がってくるのは、彼女だった。
きっと僕は、もう二度と心の底から他の女性を愛することなんてできないんだろう。
彼女以上に、好きになれる人ができるなんて想像もできなかった。
そんなことを思いながら、寒さから逃げるようにマンションのエントランスに入る。
普段の習慣の通りに郵便受けを開け、中身を確認した僕は一通の封筒を見つけた。
取り出してみると、僕宛ての綺麗に装飾された封筒だ。
これがどういう封筒なのか、経験は少ないが理解できた。
だが僕の少ない友人と言えば、僕と同じくまだ学生、あるいはこれから社会人になるくらいの人しかいないだろう。そのうちの誰かが、気が早いことにもう腹を決めたのだろうか。
送り主を確認するため封筒の裏面を見た僕は、予想外の、あるいは予想したくはなかった人の名前を見つけることになった。
送り主の名はエリサ・フレミング。
日本人ではないその名の主は、かつての僕の戦友であり、憧れの人であり、初恋の人だ。
共に戦った魔法少女からの、結婚式への招待状だった。
こういう中編を、練習も兼ねて書いてみます。