第9話 規模の壮大さに比べて戦争をおっ始めさせる理由が個人的すぎるだろ①
「…………は?」
《戦争を起こせ》と、彼女は確かにそう言った。
それは、ある意味では原点回帰。
トーヤにとって、最善からは最も遠く、けれど己にとって最良の行為。
けれども、サヴァンが目論んでいるのは、ただの原点回帰ではない。
この場にいる誰も、未だ彼女の真意に気づいていない。
トーヤはすーはーと深呼吸をしたのち、ゆっくりと問いかける。
「あの、聞き間違いの可能性があるからもういち」
「戦争を起こせって言ったのさ!」
「もうすでに起こしたんですけどぉぉぉぉぉ!?」
ともすれば悲痛極まるトーヤの魂からの叫びにもサヴァンはチッチッチ、と勿体つけて指を振る。
「キミが起こした、あんなちゃちなものとはスケールが違うのさ」
「ちゃちって……」
「事実だろう? わたしは隠し事もハッタリもしまくるけど、嘘偽りだけはしないよ。ま、それは置いておいて今は説明をしようか」
心なしか上機嫌になっているサヴァンがククリに問いかける。
「ククリちゃん。キミが『勇者の遺志』……トーヤくんの追放処分取り消しを願う理由はなんだい?」
「始まりの最果てに行くため」
ククリの迷いない返答に、 “集約戦争代理人”たちがざわめく。
「なッ!?」
「……なんと」
なぜ彼らがざわつくのかわからないククリが首をかしげるが、サヴァンは構わずに続ける。
「そう、御薬袋ククリ。キミの目的は始まりの最果てに到達することだ。けどね、それはキミだけじゃない。言ってみれば、この大陸の人間全ての悲願でもあるんだ」
「それは、どういう、」
「まぁ聞きなよ。……ほいっと」
ククリの問いを遮りながら、サヴァンが指を弾く。
同時に、空中に立体投影魔法が展開され、西方大陸の地図が現れた。
それはいくつかの線によって、十二に区切られている。
「現在、西方大陸には十二の国が存在していて、それらのほとんどが互いの国家を潰しあってるんだ」
「その目的は、」
「その目的が、始まりの最果てに到達することなのさ。本当はね」
「……?」
口を半開きにして、ククリはアホの子みたいになっている。
「何がなんだかわからないって顔をしているね。そりゃそうだ。だから、そんなキミの為に、少し昔話をしよう」
サヴァンがも再び指を弾くと、今度は魔法によって映像を投写する。
映像は、まるで大昔の壁画が動いているかのように、原始的かつ幻想的な雰囲気を醸し出す。
皆がその映像に注目する中、サヴァンが一つ咳払いをして、話しだした。
「その昔。
西方大陸と呼ばれる場所に、最果ての魔女という魔法使いがいました。
彼女は通常の域では収まることのない、人智を超える力……魔法をいくつも持っていました。
空に雨を降らせたり、泥を黄金に変えたり、未来を視る魔法を、誰もが欲しがりました。
人々は彼女の魔法を手中に収めるため、争いを初めました。
ただの争いは、だんだんとその規模を増して、いつしか戦争になりました。
いつの間にか最果ての魔女がいなくなってからも、戦争は続きました。
ずっと、ずっと、ずっと。
そうして何百年も戦争が続いたある日。
最果ての魔女がどこからともなく、彼女と同じくらい強大な力を持った人を連れてきたのです。
最果ての魔女いわく『異世界の住人』だという彼らは、その世界の人々を遥かに上回る力を持っていました。
その世界の人々『純人』から畏怖を込めて、 “異なるもの”を意味する『スキル』と呼ばれた異世界人は、戦争を激化させました。
また、『スキル』と『マール』の血はいつしか入り混じり、その子供が異能を発現するようになりました。そして『スキル』は異能そのものを指す言葉として変わったのです」
そこで一拍。
そして、再び話しだす。
「混迷を極めた戦争は人々を、そして西方大陸そのものを疲弊させていきましたが、そんな中でも続けられた戦争は、時代を経て変化していきました。
国と国の威信をかけた総力戦ではなく、強力無比な『スキル』や、非常に類いまれな魔法を持つ人による、少数精鋭での代理戦争にいつしかその姿を変えていったのです……」
映像はそこで終わった。
「はー……」
トーヤは、サヴァンの話に聞き惚れていた。
正確に言えば、彼女の声。
柔らかで、嫋やかで、心地よさすら感じさせる通りのいい声。
あの声で子守唄でも歌われたら速攻で眠りに誘われるであろうことは想像に難くない。
「これが超、超、大まかな西方大陸の歴史だよ。これを見てどう思った?」
と、呆けていたトーやを現実に呼び戻すように、サヴァンがいつもの調子の声でククリに問いかけ、皆の視線がククリに集中する。
ククリは何事か考えているように、唇をモニュモニュとさせていたが、やがて観念したように口を開く。
「よくわからないです……」
「あははは! そうかそうかそうか」
笑い頷きながらサヴァンはその身を翻し、悠々とした足取りで法廷の中心まで歩いていく。
そして再びククリとトーヤの方へと向き直り、芝居がかった身振りと手振りと口調で話しだす。
「要するに《“最果ての魔女”という黄金の果実を求めて》、下々の民が《争いを始めた》のさ。それがさっき言った《西方大陸に住まう人々の目的》。でも、いつしかその《手段と目的が入れ替わって》、戦争をするために戦争を行うようになった。だから何百年経っても《戦争をやめられなくなってしまった》。それが現在の状況ってわけ」
「ああ、なるほど!」
先ほどとは少し違った説明を受けて納得したのか、ククリがポンと手を打った。
「……黄金の果実ってなんですか?」
だが、トーヤ含め、ククリ以外の人間は頭上に疑問符を浮かべていた。
その様子に、サヴァンはニコニコと笑いながら注釈を付け加える。
「こっちの話さ。あくまでククリちゃんにわかりやすく説明するために、ククリちゃんが元いた世界の話に例えただけだから、キミ達は気にしなくていい」
「ククリが元いた世界の話……、気になるな。でもそれより、」
「それは後で本人から聞いてくれよ。幾らでも教えてくれるだろうからさ」
「……あ、声出てました?」
全く気づいていなかったトーヤは面食らいながらも答える。
「思いっきり聞こえてたよ」とククリ。
「ごめん、気をつける」
自分でも呟いていたことに気づかないような、小さな囁きだったのに、サヴァンが反応してきたことに驚きながらも、トーヤは何か違和感を感じていた。
どこで感じたのかもわからない、本当に些細なこと。
でも、致命的なことのような気がする。
必死に考えを巡らすが、ついぞわからずトーヤは一旦考えを保留にした。
サヴァンは大仰に肩を竦め、芝居がかった動作のまま、彼らに問いかける。
「さて、ここで問題です。なんの身分もない一般人がある日突然、大陸統一を成し遂げることは可能でしょうか?」