第8話 袋小路を打破するたった一つの冴えたやりかた
「また人が増えた……」
すわ、九人目の“集約戦争代理人”かと思い、しょんぼりと呟いたククリだが、どうやらそういうわけではないということに気づく。
雰囲気が変わったのだ。
あの、何もかもが真っ白な女性が現れたことにより、場の空気が一層硬直したのと同時、柔らかくなったようにも感じられた。
厳しいけれど、優しい先生が現れたときのような。
それは矛盾しているようで、していない。
女性は微笑みを絶やさず、ふわふわと、ゆっくり降下してくる。
問答無用で攻撃をしてこないあたり、少なくとも敵ではないのだとは思うが、八人の“集約戦争代理人”も、トーヤでさえも逼迫した表情を浮かべているのだから、女性の立ち位置がよくわからない。
トーヤに声をかけていたようだが一体何者なのだろう、とククリは不思議に思いつつ、若干興奮気味にトーヤにたずねる。
「ねぇねぇ! あの綺麗な人、だれ?」
聞かれることを予期していたのだろう、トーヤは淀みなくすらすらと答える。
「永世中立国レイの宮廷魔導師にして西方大陸最高の魔法使い、通称 “真なる智恵”。『完全無欠』と並んでたった二人でレイを護ってる正真正銘の化け物だよ」
淀みなく、しかし毒を吐くように苦々しく語るその表情からは、とにかくサヴァンを苦手としていることがわかった。
でも、理由がわからない。
「その、オバケさんがなんでここに? トーヤとどんな関係なの?」
「……関係性があるとしたら、僕を追放させた張本人ってところかな。僕もまさかこんなすぐに会えるとは思ってなかったけど……」
「えぇーー! そういうことはもっと早く言ってよー!?」
「だから言う暇がどこにあったよ!?」
やんややんやと何度目かもわからない不毛な会話を繰り広げるトーヤとククリには目もくれず、リキがサヴァンと対峙する。
「今日はトンボ返りするヤツが多いなァ、サヴァンさんよ。アンタまで絡んでくるとは思ってなかッたンだが?」
半ば挑発するように、口端に笑みを浮かべ問うリキ。
対しサヴァンは少し困ったように笑い、けれど全く困っていなさそうな、むしろ面白がっているような声音で応じる。
「そう邪見にしないでくれよリキ。公務があってついさっき帰るところだったんだ。帰りがけにこんなおもしろゲフン、バカさわゲフン、暴動があったら永世中立を標榜する国の人間としては、率先して調停役となるべきだろう?」
「テメェ、ただ面白そうだから首突っ込ンできただけじゃねェか!」
本音を隠しきれていないサヴァンに、リキがこめかみに青筋を立てながら突っ込む。
「まぁまぁ。なんにせよ、彼らはわたしに用があるんだ。そうだろう?」
だが、サヴァンはリキの突っ込みにも動じず、トーヤとククリへ近づいてくる。
警戒したまま、トーヤがたずねる。
「なんで、あなたがそれを知っているんですか」
「なんでって言われても、ずっと見ていたからね。そうとしか言いようがない」
皮肉に笑いながら答えるサヴァンにイラッときたトーヤは、ちょっとした意趣返しを試みる。
「もしかして僕のことが好きなんですか?」
「あったりまえだろう! キミみたいなおもしろゲフン、カワイイ子は大好物さ!」
「……」
言わなければよかった、などと思うことすらできない。
機先を制する為の発言も、音が鳴りそうなウィンクと共にそう返されてしまっては何も言う気が起こらなくなってしまう。
「なんか、思ってたイメージと違う……」
隣でククリが小さく呟くのが聞こえた。
そりゃそうだろう。
あんな見た目をしていなければ、誰が彼女を西方大陸最高の魔法使いだと認識できようか。
「気をつけろククリ。少しでも油断すればセクハラされるからな。あの人には性別とか関係ない」
「心はオッサンで見た目は真っ白とか……なんというか、うん。変態さんなんだね」
「あの人は変態ですか、って質問があったら、十人中の十人が十回頷いて百人分にしようとするくらいには変態極まってるな」
「わぁ……」
ククリがドン引いている。
だがそれも仕方がない。
というより必然的だろう。
彼女はあんな変態発言を誰にでもするのだ。
本当に、誰にでも。
見た目が異常なら中身も異常だが、事実として彼女はそういう人間なのだった。
「全てを見ているし、全てしか見れないんだ」と、初対面で彼女が言ったのをトーヤは覚えている。
最果ての魔女にすら届きうる“真なる智恵”だからこその孤独な悩みなのだろうな……と考えた次の瞬間、「もちろんキミのパンツの色もね!」などと言われ、一瞬にして偉大な魔法使いとしてのイメージは崩れ去った。
サヴァンの言うことをいちいち真に受けていては、それだけで一生が終わってしまう。
だからトーヤは彼女のペースに流されないように、気圧されぬように、自分から言葉を紡いでいく。
「それで、僕のために戻ってきてくれたんですか?」
「惜しいね。正しくは、キミ達のためさ」
「……ククリも?」
「そうそう、そこにいるククリちゃん。キミのためでもあるのさ!」
「はい!? わたしですか!?」
名を呼ばれ、しどろもどろしているククリにトーヤが感嘆の声をだす。
「ククリでも緊張するんだな……」
相手が“真なる智恵”ともなれば流石に怖気づくのだなと思っていたら、
「だ、だって! いくら変態さんとはいえ今までこんな美人さんと話したことなかったんだもん! トーヤだって緊張するでしょ!」
「えぇ……」
前言撤回。
やはりククリはククリだった。
紅潮するほっぺたを両手で押さえ、うう〜と唸るククリを見かねたのか、サヴァンが声をかける。
「キミがわたしを探していたんだろう? 理由は……まぁ予想はついているけれど、言ってごらんよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、たずねるサヴァンに、ククリはあたふたとしながらも答える。
「あ、えっと……、トーヤを追放した件について、取りけ」
「それはムリだね」
「――――――」
即答だった。
そして、これ以上ないほど簡潔に、完結していた。
「嫌だとか、全くもってそういうわけじゃないんだ。むしろわたし個人の感情を勘定に入れられるなら、これでもかってくらいキミたちの味方になるんだけど、そうもいかない事情がある。そして、それをキミ達に話すこともできないんだ」
「そう、ですか……」
ククリが初めて見せる落胆の表情に、トーヤは胸が苦しめられる。
居ても立ってもいられず、気づけばトーヤはサヴァンにたずねていた。
「含みがある言い方に聞こえたんですけど、何かあるんですか」
「おやおや、全ての始まりであるはずのキミ自身がそれを言うんだね。全て自分でおっぱじめてしまった、キミが」
だが、サヴァンは全てお見通しと言わんばかりに笑みを崩さず、トーヤをなじる。
「っ……」
そう、全てはトーヤが自分で行ったこと。
今この瞬間、ここにいる理由がククリに連れてこられたからだとしても、元を辿れば、トーヤが原因だ。
痛いところを突かれ、トーヤは返答に窮してしまう。
だが、”真なる智恵”は全てお見通しと言わんばかりに、笑みを消す。
「あるよ、一つだけ」
「っ! それなら―――」
「ただ、」
トーヤの言葉を遮り、サヴァンが前置きを入れる。
「これは忖度ともいうべき、わたしの独断と偏見が多分に含まれた手段だ。西海よりも深く、ローン連峰よりも高いわたしの大いなる器によって、初めて実現するものなのさ。そしてそれを訊ねる時点で、キミ達に拒否という選択は存在しなくなる。それでも聞きたいというなら、答えよう」
言って、究極の二択を示し、おどけるように肩を竦めて微笑んだ。
どうする? と、言葉なくしてたずねてくるのだ。
答えなど、はなから選ばせる気がないというのに。
「……」
逡巡したすえに、トーヤは答えを出す。
「教えて、ください」
それが、引き返せない言葉だということに気づきながら。
「……あはは、あっははははは!」
サヴァンが、笑った。
これ以上ないほどに、清々しく。
彼女自身を構築する、構成する真白のように、淀みない笑顔で告げる。
「戦争を起こすのさ。これ以上ないほどにね」
「………………は?」