第5話 先手、質問。これにより相手は混乱する
「ここかァァァァァッッッ!」
叫び、正面扉をぶち破りながら、一人の女性が姿を現した。
次いで、機動隊と思わしき武装した人たちがゾクゾクと入ってくる。
防護兜を付けている機動隊の人とは違い、女性は何も付けていなかった。
それでなくとも目立つのは、その身長の高さからだろう。
180はあるだろうか、かなり背が高い。
きりりとつり上がった眦と白い八重歯、まっすぐ天を向いているアホ毛が特徴的で、かなりの美人だ。
だが、短く切り揃えられた赤茶の髪と女っ気のない服装も相まって後ろ姿で女性と認識できるかどうかは5:5といったところであろう。
おまけに、自分達とはつい10秒ほど前に別れたはずであるガレアを肩に担ぎ、アホ毛は怒髪天を衝いてブチギレているのだから、女性らしさも何もあったものではなかった。
第一印象、めっちゃ怖い。
と、そこまでが、裁判所の天蓋の隙間から、下の状況を見下ろしていたトーヤの所感である。
トーヤとククリは現在、ククリがぶち抜いた天井の、狭間にいた。
外からは見えなかったが、天井の内部はいわば3層構造になっており、その層の間、いわゆるエアポケットのような空間に二人は隠れていた。
隠れかたとしては、ククリがトーヤを持って跳躍し、そのまま滑り込むという至って単純なもの。
だが案の定、トーヤは頭と足をしこたま打っていた。めっちゃ痛い。
頭をさすりながらも、トーヤはククリと共に下の様子を、息を潜めて伺っていた。
半ば反射的に生体眼を発動し、ガレアと女性の能力情報を見る。
名前:ガレア タラン
種族:純人
精神:静
筋力:1014
体力:1227
敏捷:809
魔力:4037
神秘:超聴覚『波動』(魔力、電磁波、磁力、赤外線、紫外線)
名前:リキ ヴァーニア
種族:純人
精神:奮
筋力:2001
体力:2243
敏捷:2116
魔力:481
神秘:填威無法『武器体系』(剣、槍、棍、鎌、槌、斧、弓、杖、盾)
「(うわぁ……)」
完膚なきまでにぶっ壊れている二人の能力情報に、トーヤの口から声が漏れた。
「(どしたのどしたの)」
声に反応したククリが身を寄せ、小声で聞いてきた。
トーヤは引きつる頬もそのままに、小声で応じる。
「(あの女の人も“集約戦争代理人”だ。『一人戦争』のリキって呼ばれてる人だよ)」
「(ほえ〜……)」
ククリは感心したように何度か頷くと、下にいるリキとガレアの方に目を向けた。
下では未だガレアを担いだまま、リキが法廷内を物色していた。
「どッこダァ! 天井ぶち破って異議申し立てしてきたやつァ! 修繕費いくらかかるかわかッとんのかァァァァッ!」
姿の見えない侵入者を糾弾しながらガレキを蹴り飛ばすリキに、担がれたままのガレアが冷静に声をかける。
「リキさんリキさん。それを言うなら、リキさんも今さっきそこの扉を蹴り壊しちゃいましたよ」
「あァ? ……」
ぐるりと、自分が入ってきた方に向き直るリキ。
そして、押し黙る。
そこには見るも無残に砕かれた扉の残骸や、真鍮の取っ手が転がっていた。
見た目だけで言うなら、天井と同じくらい派手に散らされている。
「天井ももちろんですけど、扉の修繕費も安くないでしょうねぇ。いくらかかるんでしょうか。そういえばリキさんこの前新しい武器を買ったって喜ん」
「だァァァッッ! うるッさいな! わーッたよ! 金は取らないからとりあえず出てこいやァ!」
ガレアの言葉を半ばで遮りながら空いた手で頭をガシガシとかき、再び吠える。
「いやぁ、お金の有無で出てくるとは思えないですが。リキさん、もしもその立場だったとして、お金取らないから出ておいでーって言われて、出てきます?」
「あァ? あたしは逃げも隠れもしねェから未来永劫その立場にはならねェよ。その場でドンしてズバンだ」
なんてことはない事実を、淡々と述べるように、リキは仮定の話を斬って捨てる。
そして物ぐさそうに首を回し、バキバキと鳴らしながら、ガレアにたずねる。
「そいで? あンたが見たっていうコソドロさんはどこイッたのさ? てかどんなヤツらだったンだよ。あァン?」
ガレアを担いだままヘッドロックを決めるリキに、担がれたままヘッドロックを決められているガレアが応じる。
なんてことはない事実を、淡々と述べるように。
「燼滅級ですよ」
「…………は?」
「ですから、燼滅級ですって」
「…………」
リキは虚空を睨み殺す勢いで見つめながら、ゆっくりとガレアを降ろし、魔線機を取り出した。
そして、大きく息を吸い込むと、
『オズガルディア全域、第一種戦闘配置! “集約戦争代理人”、てめェら全員集まれ! 燼滅級だ!』
遠く、激しい鐘の音が鳴り響いた。
次いで訪れる雑踏、喧騒、怒号。
機動隊が素早い統率で以って法廷を後にしていく。
内外問わず、一瞬にしてオズガルディア全体が動き出したのが、トーヤとククリにもわかった。
それが尋常でないことも、一瞬で判断できた。
「……!」
だが、トーヤが驚きの声をあげることはない。
眼下では、既に法廷内に影が現れ始めていたのだ。
一つ。
黒より玄く、なお黎いそれは、闇の帳の体現。
それは二つ、三つ、四つと別れ、五つの人影となり、最後に闇そのものが人影を成した。
六つの人影、それら全てが『スキル』持ち。
つまり“集約戦争代理人”がこの場に八人。
「ウソだろ……」
逃げ道など、どこにもない。
ククリもこの時ばかりはどうしたの、とたずねてくることはなかった。
あれだけ異常な登場の仕方をされれば、嫌でも察しはつくだろう。
「なンだよお前ら、相変わらずの出席率の悪さだなオイ」
リキは現れた六人を睨め回しながら、声をかける。
オズガルディアに存在する“集約戦争代理人”は13人。
この場にいるのは8人。
あと5人、足りない。
「リキに言われたくなーい!」
扇情的な衣装に身を包んだ少女(としか見えない)が言いながら、羽をパタパタとはためかせて空中を漂う。
少女はプンプンと可愛らしく頬を膨らませて抗議する。
「リキ前の時だって来なかったじゃん! なんか、なんだっけ。……とりあえずなんとかってヤツ倒すからーって言ってサボったじゃん!」
「デスワームのあれは仕事だっての! 隊商の行路が塞がれてるから早急に対処せよーってあたしは便利屋じゃねェ!」
憤慨するリキに、青みがかった長髪の女性がニマニマと笑いながら声をかける。
「しかもなんか途中から武器使うのめんどくさくなったって、素手で殴り始めたんでしょうあなた? 素手でデスワーム倒すとかゴリラかなにか?」
「本物のゴリラに言われたかないンだけど」
「あ?」
「ア?」
「やめなさい二人とも」
一触即発、かと思いきや眼鏡をかけた理知的な男性が仲裁に入る。
「くだらない喧嘩はよしなさい。第一、あなたたち本当のゴリラを見たことがないでしょうに」
「「あんたも見たことないだろが!」」
「いまゴリラの話をしてる場合なんですかねぇ……」
やんややんやと騒いでいる様子を見つめていたガレアが呟き、言い争いは止まった。
パタパタと忙しなく羽を動かしながら、少女が誰にともなくたずねる。
「ねぇねぇところでその燼滅級は? 早く見たーい!」
「そうだよガレア。どこにいンだそいつら」
「(まずい……!)」
そう思ってトーヤは必死に逃げ道を探すも、今いる場所から出れば絶対に見つかってしまう。
ならば、いっそ見つかることを覚悟でこちらから動いてしまえ。とトーヤが腹をくくるより先に、ガレアが答えていた。
「あぁ、そこですよ」
言って、ガレアが指差した先、前方にククリがいた。
いつのまにかククリは下に降りていたらしい。
「……は?」
トーヤとリキの声が被さる。
幸いトーヤの声は気づかれなかったようだが、それどころではなかった。
なんで。いつのまに。どうするつもりなんだ。
止めどなく問いが押し寄せる。
自殺行為だとか、もはやそんなものではない。
けれど、トーヤの疑問をククリは次の一声で払拭した。
「この国で、一番えらい人って誰ですか!」
「……誰だお前」
単刀直入。正々堂々。正面突破。
八人の“集約戦争代理人”と、ククリが対峙した。