第2話 追放された理由。そして、
「被告人トーヤー・ガルニウス。貴様を国家反逆罪、及び戦争蜂起の罪により国外追放とする!」
「……」
裁判長が物々しい表情で判決を言い渡す。
その瞳には憎しみすら籠もっているのではないか、というほど。
公平無私を是としているはずの最高裁判所長官がそんな感情的になっていいのか、と思わずにはいられないが、少年――トーヤー・ガルニウスは黙って判決を聞いていた。
「現時点より自由都市への渡航を許可する。この裁判が終わり次第、被告人の自由都市への移送を行う。そして、被告人のオズガルディア、及び西方大陸全域への立ち入りを禁ずる。この判決にはいかなる異論、異議申し立てであろうと受け付けることはない。以上だ。なにか言い残すことはあるか、被告人」
「……特には」
移送とは、既に自分は人間扱いされていないらしい。
あまりの転身ぶりに、思わず笑いたくなった。
「では、このまま被告人の自由都市への移送を行うものとする。関係者以外は即座に立ち退きを――――」
「……はぁ」
誰にも気づかれないほどに小さく、ため息をひとつ。
粛々と進められる自分の追放処理にも、トーヤはあまり興味を示していなかった。
□ □ □
「初めから、僕は勇者じゃないって言ってたんだけどなぁ……」
やるせなく呟く少年の場所からは、夕暮れどきの西方大陸が望めた。
だが、気分は全く上がらない。
我慢の限界。
肩を震わせ、きっと顔をあげると、少年は誰もいない空に向かって押し留めていた文句をぶちまける。
「なーにが勇者の弟子だ! お前ら覚えてもいないくせに好き勝手言いやがって! 最強なのは僕じゃなくてじいちゃんだっての! ”真なる智恵”だって何も教えてくれやしない! なんなんだよ!」
一気に捲し立てたそれは誰に憚ることもない。
誰に届くこともない。
「なんなんだよーーっっ!」
叫び声は、小さく木霊して、西方大陸の空に吸い込まれて消えていった。
けれど、少年の中にある暗い気持ちはいつまでたっても消えることはない。
トーヤー・ガルニウスが自由都市に来ることになった経緯だ。
トーヤは、いわゆる孤児だった。
育て親となったのは、西方大陸最強とまで謳われた、無敗の勇者だった。
トーヤのガルニウスという姓はその勇者から受け継いだものだ。
全盛期には数多くの伝説を打ち立てた勇者だったが、寄る年波には勝てず、トーヤが15歳のときに病でこの世を去った、ということになっている。
実際は、違う事実が存在している。
この場でそれを語ることはできない。
一つ、語れる確かなことがあるとすれば。
西方大陸の12カ国、その全てにトーヤが宣戦布告をしたということだけ。
そして、その罪を問われ、追放の刑に処された。
「まさか本当に来る日がこようとは」
前方に広がる森と、奥に見えるバカでかい樹を漠然と見上げ、トーヤはひとりごちる。
トーヤが訪れることとなった追放の地。
それが上空数百メーテルに存在する未開の島、自由都市だった。
ホールケーキを連想させる平べったい円柱の形をしたその島は、どういうことか空中にふわふわと浮いているのだ。
下から見上げれば、宙空に投げ出されているむき出しの木の根が何百と見え、
側面はまるで磨かれたように不自然に整って綺麗な円を描いており、
上側、ホールケーキでいえばトッピングされている面は、そのほとんどが木々で覆われていた。中心に存在する一際大きな樹が特徴的である。
誰がどう見ても人工物であることは明らかなのだが、誰が作ったものなのか、実際に自由都市には誰がいるのか、といった具体的なことを知るものはほとんどいない。
その昔、トーヤは勇者に自由都市はなんなのか、と聞いたことがあった。
「なぁ、じいちゃん。あの浮いてるやつって何?」
「あれはなぁ、でっっ、けぇ棺桶なんだ」
「か、かんおけ?」
「あぁ、悪いことしたやつがあそこに送られちまうんだ。トーヤも悪いことしてっと自由都市送りにしちまうぞ〜!」
「いやだ! じいちゃんから離れたくない!」
「わははは! そんじゃ、せいぜいイイコにするこったな!」
「いいこにするー!」
わかりやすい大人からかいにも、当時の自分は真に受けてイイコになろうとしたものだ、とトーヤは懐かしむ。
勇者がふと零した「もしあそこに行くことがあったら“てん”を探せ」という言葉の意味は、最後までわからずじまいだった。
「イイコには、なれなかったな……」
ばたり、とトーヤはその場に倒れて空を見上げる。
宵の三連星が見えた。
月も昇り始めていた。
なんの変哲もない空、なんの変哲もない今日。
「別に、いいけどさぁ……」
良くはないが、少年は追い出されたことよりも、その時に向けられた蔑みの視線や心ない言葉の方が響いていた。
“勇者の弟子のクセに、戦えないんだってさ”
“あぁ。いくら最強の勇者といえど、子は違ったか”
“勇者も子育てばかりは常勝ではなかったらしい”
「じいちゃんのことまでバカにしやがってあいつら……」
言い返せない自分が、憎かった。
力を持たない自分に、泣きたくなった。
弱い自分を、殺したくなった。
トーヤは育ての親である勇者を尊敬していた。
老いぼれだというのにたらし癖は治らず、隙あらばナンパのコツなどを伝授しようとするような、エロオヤジじみた人だったが、その強さは本物だった。
最後の別れ際、ふと勇者が言った。
“強くなれ、トーヤ。強くなったなら、始まりの最果てを目指せ。俺が成し得なかった夢を、叶えてくれ”
あと女の子とは仲良くな、と笑って勇者は逝った。
本当の最後の言葉が女の子と仲良くとは如何なことかと思うが、トーヤは曲がりなりにも彼の夢を継ぐため努力を続けてきた。けれど、
「全部、ぶっ飛んじゃったしなぁ……」
西方大陸への立ち入りを禁ずる、ときた。
どうしろというのか。
自由都市で暮らしていこうにも、少年はこの場所について何も知らない。
しばらく空を見上げて呆けていたら、空を見上げるだけでは事態は何も好転しないということに気づいた。
とりあえず、今日はもう陽が落ちるからそこで見つけた小屋に籠もって明日から“てん”を探す活動を開始してみるか、と起き上がろうとしたとき。
「……ん?」
真上に光点が現れた。
流れ星かと思ったが、それにしては動かなさすぎる。
というか段々明るく大きくなってきて、ってこれまさか近づ――――
轟音。
凄まじい爆風に流されて何メーテルか転がり、ようやく顔を上げたら目の前にはクレーターが形成されていた。
「なん……」
この1分後、トーヤは全裸のククリに組みつかれることになる。
□ □ □
「僕が自由都市に来た経緯は、こんなとこだよ。くっだらない茶番で西方大陸を追い出されて、こうしていわくだらけの浮遊島でキミと出会ったってことさ」
トーヤは嘆息しながら話を締めくくった。
……話してたらまたムカついてきた。
本当に今更ながら、己に押し付けられた不条理に腹が立ってきたのだ。
だが、文句を垂れても何も変わらない。
「とにかく、僕は西方大陸全域への立ち入りが禁止されてる。つまりはここを出られない。だから、どんなに行きたくてもキミと一緒には行けないんだ」
ただそれだけを一息に告げて、トーヤは上を向いた。
そうでもしないと、泣いてしまいそうだった。
「ふむふむ……」
ククリはあぐらをかいて座り、真剣な面持ちで大きく頷きながらトーヤの話に耳を傾けていた。
動きがいちいち大げさなため、どんな動作だろうと何故かコミカルさが勝るのは、長所か短所か。
いずれにせよ、ククリは至極真面目に、ククリなりに考えていた。
そして、答えを出した。
「よし、決めた!」
ククリは立ち上がり、がっしとトーヤの腕を掴んで言う。




