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第11話 形而上の語り手

 

 これは、《あなた》へ送る話。


「……さーてどうなるか。楽しみだ」


 オズガルディア最高裁判所の法廷内、そこでサヴァンが楽しげに呟いた。

 完膚なきまでに壊され、崩れきったはずの裁判所はその影を完全に取り戻していた。

 サヴァンが呟いたすぐ先で“集約戦争代理人(ウォー・ケーン)”たちが床に突っ伏して倒れている。

 だが、サヴァンは彼らには目もくれず、手元に魔法を展開する。

 こぶし大に作られた靄の中に、ここでは無いどこかの景色が投影された。


「どうなるか、って言っても彼に任せてきたから最悪にはならないと思うけど……」


 遠見の魔法による映像の中には連なって倒れているトーヤとククリの姿があり、そこに一人の男が近づいていくのが見えた。

 サヴァンが任せたという“彼”だろうか。


「ふふふ、お互いに良い信頼関係を築けるといいねぇ」


「……おい、サヴァン」


 声をかけられ、そちらを見ればオズガルディアの“集約戦争代理人”たちがトーヤたちよりも一足早く目を覚ましていた。

 サヴァンは手を払って魔法を消すと、先ほどとは違いひどくいたずらな笑みを浮かべた。


「おはようみんな! いい夢は見れたかい?」


「……」


 問いかけに返る言葉はなく、代わりにガツンッという激しい金属音が法廷内に響き渡る。

 それはリキが携えた大刀を力任せに床に打ちつけた音だった。

 床を砕き、わんわんと反響する音の余韻が消えぬうちに、リキが言う。


「本当に何がしてェんだよ、いきなり独立認可なんてしやがッて。五百年間保ってきた均衡をアンタはたった今、テメェでふいにしたンだぞ……!」


 次の瞬間に暴発してもおかしく無いような、臨界の寸前で震える声。

 こめかみに青筋を立て、左手には彼女の『スキル』発動の兆候である空間の波紋が広がっている。


「……」


 けれど、サヴァンはそれを見てもより一層、楽しげに微笑むのみ。


「テメェ、マジでころ――」


 何も答えぬサヴァンに、しびれを切らしたリキが動こうとした瞬間、サヴァンが呟いた。


「私はね、実は感情的なんだよ」


 訥と呟かれた言葉を皮切りに、サヴァンは(せき)を切ったように喋り出す。


「特に、本能的な面は人並み以上に強いと自分で思っている。ただ、理性も強いから我慢や自制がある程度効くだけ。普通に笑って泣いて怒って悲しんで、って感情がある。ずっとニコニコしてるのは、それこそ感情のコントロールがしやすいからだ。ただ、それでもやっぱり私も人である以上、限界はある。人でなくても、万物森羅万象に限界というものは存在する」


「……何を言ってンだ?」


 滔々と喋るサヴァンにリキがたずねるも、逆にサヴァンがたずね返す。


「人は限界を超えることはできると思うかい?」


「無理に決まってんだろ。限界は超えられないから限界だ」


 何を聞いているんだと困惑気味な顔で、けれどリキは即答した。

 サヴァンは満足げに頷き、再度問いかける。


「ここでもう一つの質問。人間の限界、言い換えれば終焉はなんだと思う?」


 だが、問われたリキは苦い顔をしながら、後ろを向いた。


「アタシこういうの苦手なンだよ。ガレアかギーヘル、お前らこういう根暗が考えそうなの得意だろ。代わりに答えろ」


「根暗って、ただ服が黒いだけでそこまで言われる謂れは――」


「そういうんだッッつーの! いいから答えろ!」


「はぁ……」


 ギーヘルはため息をついたのち、眼鏡の位置を直しつつ答える。


「問いに対して、額面通りの答えを述べれば、人間の終焉は“死”でしょう。人間どころか、森羅万象全てのものに訪れる終焉です」


「さっすがギーヘルくん! 今度こそ10ポイント!」


 笑顔でサムズアップするサヴァンに、ギーヘルは(うやうや)しく礼をする。


「ありがたく頂戴します」


「何に使えンだよそのポイント……」


 リキはジト目でそのやりとりを眺めつつ、サヴァンに問う。


「で、その限界がどうかしたのかよ? 話聞いてッとアンタの壮大な言い訳にしか聞こえないンだが」


「やだなぁ、私は今回の件に関して言い訳も逃げも隠れも後悔も反省もしないよ? むしろ堂々と胸を張るよ?」


「いや張ンなよ! ……って結局またこんな具合ではぐらかすのか?」


 リキが嘆息交じりに吐き出した言葉に、サヴァンは「そんなまさか」と白い髪を揺らしながら首を振る。両手を広げ、問いかける。


「そんなわけがないだろう。これはキミ達にだって大いに関係があることなんだぜ?」


「……あン?」


 サヴァンは言う。


「人は限界を超えることはできない。それは変えようがなくて疑いようもなくて否定しようのない事実だ。けれど、感動秘話や心踊るファンタジーやそれ以外のお話でも人はしょっちゅう限界を乗り越えて、大団円で幕を降ろしている。そんなことはありえないのに。


 限界を超えた、なんてのはよくよく見てみれば、そのほとんどはただ限界ギリギリまで力を引き出しただけ。今まで押さえていた部分を超えただけで、結局限界そのものを超えてはいないんだ。何故ならば、限界は超えたらそこでおしまいだからね。言い換えればそれは“終焉”だ。本当にそこで終わってしまうもの、それが限界なんだ。


 でも、考えてもごらんよ。彼らがいつか相手することになるトーヤー・ガルニウスとミナイ・ククリは、限界を超えてからが勝負なんだ。


 『死』という限界をトリガーとして発動するスキルを持つ“不可死アンデッド”の彼女に、『死』という限界そのものである “停止線レッドゾーン”の彼。互いに限界なんて飛び越えた先の存在である二人の出会いはもはや運命的ですらある。運命的なんてものじゃない。破滅的だ。出会った瞬間に完成して、出会った瞬間に破滅が決定した彼らに救いはあるんだろうか。


 この出会いが彼らに、この世界が彼らに、この物語が彼らと世界に何をもたらすのか。私は今から楽しみで仕方がない」


 一人、語り続けるその姿に声をかけるものはいなかった。

 もし、声をかけることができるのならば、こう問いかけていただろう。


「あなたは、誰と話しているんだ?」と。


 宙空。

 遠く、ここではないどこかを見つめて話す姿は、静かに狂っていて。


 異質。

 そうわかるからこそ、誰も手を伸ばすことはなく。


 傍観。

 それは彼女が最も悔やみ、憎み、恨み、妬んだ己の立ち位置、役回り。


 彼女にできること、


「さてと、この辺りが私に話せる限界だ。だから私は《キミ》にこう言おう」


 それはただ一つ。


「最果ての魔女が作り出したこの世界。どうか、彼らの行く末を見届けてくれ」


 形而上メタの語り手。

 正しく次元を超えて《あなた》へ語る。


「チュートリアルは、今度こそ終わりだ」




 これは、《あなた》へ送る話。


次から第1章に入ります

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