第10話 規模の壮大さに比べて戦争をおっ始めさせる理由が個人的すぎるだろ②
サヴァンの問いかけに、ガレアの僧衣よりもなお黒いコートを揺らしながら、眼鏡の男が応じる。
「不可能でしょう。よしんば『スキル』持ちで、その可能性が示唆されたとしてもその時点で捕縛されます。ちょうど、そこにいる彼のように」
長閑な声で一息に述べた後、男がトーヤを横目に流し見た。
それは一瞬のことだったが、男に見すえられたトーヤは内心で汗をかきまくりだった。
そんなトーヤの様子を知ってか知らずかサヴァンが声高に拍手をする。
「ピンポンピンポンだいせいかーい! ギーヘルさんに10ポイント! ……と、言いたいところだけど、それは残念ながら不正解だ」
ギーヘルと呼ばれた男は納得がいかないようで、眼鏡の位置を指で直しながら問い返す。
「なぜでしょうか。わたしの解答に不備があるとは思えないのですが……。過去二千年の歴史を振り返ってみても、一般人が成り上がり、最終的に王として国を作り上げたというような事はありますが、大陸統一まで成し得た事例はありません。そもそも、今この瞬間まで西方大陸が一つになった瞬間など“龍”の出現以外にはないでしょう」
「うん、確かにその通りだね。ここには、西方大陸にはそんな英雄譚は存在しない」
しっかりと頷くサヴァンに、ギーヘルはますます納得がいっていない様子で、怪訝に眉を顰める。
それは事実だった。
西方大陸の歴史に、ともすれば御伽噺のような、奇跡的な出来事は掃いて捨てるほど存在する。
むしろそれしかないと言ってもいい。
魔法や『スキル』などという人智を超えた力が、そんな超常的な事象が絡んだ出来事が超常じみた結果をもたらすのは半ば必然的と言えよう。
でも、一人の人間がたった一人で成り上がったような、そんな英雄譚は存在しない。
なぜなら個の力は、更なる個の集まりには勝てないからと、そう言われている。
けれど。
トーヤは知っている。
サヴァンが言わんとすることに、気づいている。
サヴァンはトーヤが気づいていることに気づいているようで、不敵な、悪戯な笑みを浮かべて語り出す。
「でも、歴史上に存在しないだけで英雄譚はあるんだよ。いくつも、本当にいくつもね。トーヤー・ガルニウスが起こしたのはいわば英雄譚の繰り返しだ。起承転結でいう起を準えただけの、ちゃちなものだったけれど、原典は存在していたんだ」
「……サヴァンの言うことが真実だとしましょう。では、なぜそれは歴史上に存在していないのですか。まさか、抹消されてしまったとでも言うのですか?」
ギーヘルの問いに、サヴァンは満足そうに頷く。
「ああ、今度こそ正解だね! 大正解だとも!」
「……な、」
「大陸を統一したヤツはなんでか知らないけど、いつの間にか西方大陸から、というよりこの世界から消えてるんだ。なんて事のない一般人として死んだことにされている。だから抹消って言い方は言い得て妙だね。みんなの記憶から微塵も跡形もなく、消えちゃってるんだから。まさに抹消だ」
皆、沈黙していた。
絶句しているとも、言い換えられる。
「要するにこの世界のこの状況は“最果ての魔女”が演出し続けているのさ。なんでか知らないけどね。そして、その事実はわたしだけしか知り得なくて、ずっと一人で考え続けてきたことだった」
彼女はなおも続ける。
「誰かに協力を仰いだこともあった。けど、ダメだった。なぜダメだったかをたっぷりと語りたいところだけれど、残念ながら《《意味がない》》」
意味深な言葉にトーヤは疑問を抱いたけれど、サヴァンは問う暇を与えずに喋り続ける。
「だからわたしは半分くらい諦めていた。クソッタレな戦争が延々と続くこの世界で、唯一できた対抗手段といえば、永世中立国を作り上げて大陸統一を阻むことくらいだ。もっとも、それすらぶち抜いていったヤツがいたけどね」
懐かしい物を想うようにしみじみと言って、すぐに表情を戻す。
「でも、結局そいつも消えた。最後にオレの子を頼むとか言われたけど、わたしには知ったこっちゃなかった……ハズだった。まさかその子が、勇者のことを覚えているとは思わなかったからね」
と。
サヴァンがそこまで言った時、トーヤは異変に気づいた。
「……?」
霧が出始めている。
夜空が、ほとんど見えなくなっているのだ。
異変に気づき、そわそわとし始めたトーヤに気づいたククリが、ひそひそと声をかけてくる。
「(どうしたの、トイレ?)」
「(いや、トイレじゃなくて……。なにか、おかしくないか?)」
「(なにかってなに?)」
「(こんなに霧出てたっけ?)」
「(え、霧? ……ほんとだ)」
気づいたククリが外に目を向けるも、そこはすでに濃霧。
渦巻いているなんてものではないほどに取り巻いていた。
周囲は完全に霧で覆われて、そればかりか法廷内に入り込んでくる。
「お前ら、なにをコソコソと喋ッてやがンだ? あァ?」
「あの、霧すごくないですか。オズガルディアってこんなに夜霧出なかったと思うんですけど」
「霧ィ? ンなもん微塵もねェぞ。お前の視界が霞ンでるだけじゃねェのか」
「え……?」
だんだんと視界が不明瞭になっているはずなのに “集約戦争代理人”達は気づいている様子がない。
「あぁ、余計なことを喋りすぎたな。悪い癖がでた」
依然として微笑みを絶やさぬサヴァンが“集約戦争代理人”達に言う。
「悪いけど、今ここで話してたことをキミ達は覚えていられない。違う形で記憶に残るか、綺麗さっぱり忘れることになる」
「は? なンでだよ」
「さてね。どういう理屈かはわたしにもわからない。理由があるとすれば、それが彼女の仕事、もとい仕業だからさ。でもまぁ彼女も途中でぶった切るようなことはしないだろうから、このまま続けるよ」
「彼女……?」
「いいから二人ともよく聞いて。ここからが大事なんだ」
状況がわからず困惑するトーヤとククリに、サヴァンが厳かな声音で語りかける。
「ミナイ・ククリ、キミはこれまでわたしが見てきた『スキル』の中でも相当にブチギレてる。電撃戦をかませば大陸統一を成し遂げられる可能性は十分にあるんだ。それは今のこの状況が証明している」
「ほえー……すごいねトーヤ。わたしめっちゃ強いらしいよ!」
「強いとか、そんな次元じゃないけどな……」
当人は全くそんな自覚がないらしく、他人事のように目を輝かせている。
「でも、それじゃあダメなんだ」
トーヤとククリの掛け合いに、サヴァンはゆるゆると首をふった。
「結局、正攻法じゃなきゃ消えてしまう。なんなら正攻法でも消えてしまうかもしれない。そっちは未だ試されたことがない。でも、確実に言えることは裏道使ったチート野郎どもはもれなく消えたということ。だからこそキミ達には正攻法で戦争を起こしてほしい。そういうわけさ」
「それはわかりましたけど、どうやって? ククリはまだどの国にも属していないから選択のしようがありますけど、僕はどこにも行けないじゃないですか。今だって絶賛不法侵入中の身ですよ」
トーヤの問いに、サヴァンが待ってましたと言わんばかりに笑う。
「あるじゃないか、キミが帰る場所」
「はい? そんなのどこに……」
そこでトーヤは固まった。
理由は単純、サヴァンが真上を指差したから。
「あんたまさか」
「そのまさかさ。いやぁ、めでたいね。なんせ今日は十三番目の国が建国される日だ!」
芝居がかった、を通り越してもはや白々しいその言葉にリキが反応した。
「サヴァン、テメェ自分が何をしようとしてるのかわかってンのか!? “審判者”の意味を思い出せ!」
激しく訴えるリキの言葉にも、サヴァンは人を食ったような態度で受け流す。
「むろんわかっているとも。むしろ私にとっての“審判者”の意味は全てこの時のためなんだから」
「なンだと……?」
眉間にシワを寄せるリキが反論をする前に、ククリがサヴァンにたずねた。
「ジャッジってなんですか?」
純粋な問いを投げかけるククリに、サヴァンが柔らかな微笑みを以て応じる。
「それは今からわかることだよ」
言いながら、サヴァンが右手を掲げる。
すると、掲げた手の中にきらきらと光の粒が集まり始める。
魔力が光エネルギーに置換されて集められるのは、魔法が行使される前兆だ。
「“審判者”サヴァンの名において−−−−−−−−」
だが、光の粒が塊と成す前に、いつの間にか大刀を携えたリキが音もなく、ククリに向かって背後から飛びかかっていた。
「なっ!?」
数瞬遅れて気づいたトーヤが声をあげたが、そのときには大刀が振るわれている。
「−−−−−−−−死ね」
寸分の狂いなく大刀が振るわれ、その頸が飛ぶ。
トーヤはククリの三度目の死を目撃した。
「あ……」
切り上げられた首はクルクルと血飛沫をあげながら宙に浮き、そして消えた。
次の瞬間、首なしになったはずのククリの身体がガバリと跳ね上がる。
「どぅおわあー!? びっくりした−−−−!」
「−−−−−−−−は?」
あり得ないものを見たような顔で、リキや他の“集約戦争代理人”が棒立ちになる。
事実それはあり得ないものなのだから、当然といえば当然だ。
そして、トーヤはその一瞬の隙を見逃さなかった。
一瞬にして地に這わせた血が彼らの足元に到達すると、槍のように立ち上がらせ視界外からの攻撃を試みる。
しかしやはりと言うべきか、各々とっさに回避や防御を行い、鮮血槍が彼らを貫くことはなかった。
けれど、それで十分。
それで構わない。
振り向きながら、トーヤが叫ぶ。
「サヴァン!」
引き伸ばされた一瞬は、白き魔法使いに指を弾かせるのに十分すぎた。
「時よ、静謐なる時よ」
パチン、と音が鳴るのと同時。
全てが静寂になった。
全ての静寂になった。
全てに静寂がなった。
誰も動かない。
誰も動けない。
ただ一人、サヴァンをのぞいて。
静寂に満たされた真なる独り舞台にて“真なる智恵”が唄うように謳う。
「“審判者”サヴァンの名において、現時点を以って帰属未定地、自由都市を国家として承認することをここに宣言する」
天高く掲げられた右手から、誓約の光が昇っていく。
光の行く先は遥か上空、自由都市。
”審判者”。
それは、西方大陸においてサヴァンのみが与えられた役割。
それは、《《ただ一人で国家成立に関する決定権を持つ》》。
本来的な意味は新たな国家を成立させないようにするための、最初にして最後の砦。
”真なる智恵”に決定権が委ねられているということはつまり、西方大陸最高の魔法使いの首を縦に振らせなければ、新国家を作り出すことはできないということ。
しかし、五百年以上に渡り責務を全うしてきたはずの彼女が今、自ら”審判者”を行使した。
――――私にとっての“審判者”の意味は全てこの時のためなんだから。
そんな言葉とともに。
「呪いの鎖より放たれ運命の軛に囚われた停止と不死に、どうか血と死と破滅の祝福を」
光が消えていくと同時に呟かれたその言葉。
圧倒的に神秘的なその光景。
「さぁ、チュートリアルは終わりだぜ。お二人さん」
無邪気に、無垢に、無用に、無粋に、無常に。
あくまでも笑みを絶やさず、白い魔法使いはそう言った。
無謀にも、引きつるように笑いながら少年が問う。
「あんたの目的はなんだ。僕たちに何をさせたい」
「私の目的? そうだね、ちょっとばかしあの魔女にはムカついてるんだよ。だから――――」
だが、サヴァンが答え終わるよりも先に、渦巻いていた霧が収束し始める。
霧が視界を覆い、ぼやけていく。
何もかもが曖昧になっていく最後、サヴァンが呟く声がトーヤには聞こえた。
聞こえてしまった。
「――――あの魔女を、殺してほしいのさ」