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死んだ暴君と殺された王様  作者: 虹色 七音
4/5

信実

 肩をたたかれて目を覚ますと、日がだいぶ傾き、もう少しで日没の様だった。


「もう、日没だな。これでもまだ来ると言うのか? そんな事はもうやめろ、お前は死ぬのだ。あきらめろ」


 私の言葉に対して、石工は封印の向こう側にいる私が望んでいるだろう答えを出した。


「メロスは来ます。彼が来ると言ったのですから」


 そしてその答えは、暴君の私が望むものではない。


「そうか。……最後の言葉でも考えておくがいい」


 それからしばらくの間双方無言で、耳に届くのは観衆の雑言ばかりだった。

 メロスの名乗りなどは聞えなかった。そう、それでいいのだ。


 そして、日没が来た。

 これでいいのだ、私は暴君なのだから。

 処刑の時が来たのにもかかわらず、石工の顔には一切の曇りも無く、すっきりとした顔だった。

 これが、最後の質問だ。


「最後の言葉は考えたか? 言ってみろ」

「私は、本当の本当に最後の時が来るまで、メロスを信じて待ちます」


 私の目を見て言ったその言葉には、何も返さなかった。

 

 刑吏が縄をかける。

 もう、終わりだと思ったら、あるものを見つけた。

 メロスが来た。


 しかし、そんなものは暴君の見つけるものではないし、処刑を止めるのはメロスで無くてはならない。

 私は処刑を止めてはならない、なぜなら、そんな事は暴君のすることではないから。

 暴君は情けをかけて処刑を止めたりはしないから、私は暴君なのだから、何も言わなかった。


 そして、息絶え絶えという様子でメロスが処刑を止めた。

 こうして、信実が示された。


 何か、すっきりとしなかった。なぜか、変わろうとは思えなかった。なぜか、あっさりと終わりすぎているような気がして、覚悟という名の錠は解かれたのに、封印は閉ざされたままだった。


 と、そこで、そんな私の思考を吹き飛ばすに値するほどに意味不明な出来事が起きた。

 石工が、全力でメロスをぶん殴ったのだ。ものすごい音がした。

 しかしこれだけではない、これだけであったならば何らおかしくはないのだ。

 私が驚いたのは、メロスの顔を見ていたからである。

 普通に考えれば、今のは石工が怒りや恨みから殴ったのだろう。

 なのになぜ、メロスはそんな顔をしているのか、全くもって理解できなかったのだ。


 そう、メロスの顔は、一点のわだかまりも無く晴れ晴れとした顔をしていたのだ。


 私、いや、暴君には全くもって理解できなかった。

 そして次にメロスが石工を殴った。やはり、石工の顔も同様だった。

 それから二人は殴り合いを始め……なかった。

 私の予想は大きく外れ、その場で殴り合った二人は抱き合い、泣いたのだ。


 その時、私の心が解けた。

 私が信実を探していたのはなぜだ? そう、私は信実を見てみたかったわけではない。

 私は、私の中にも信実があると思いたかったのだ。

 信実が夢、幻などではなく、きちんと存在するものだということぐらい分かっていたのだ。ただ、それを暴君の私が否定していただけなのだ。

 そして、決して人から受け取るものではないのだ。

 信実とは、自らで築き上げるものなのだ。


 その瞬間、本当の意味で封印が解けた気がした。

 空を見上げるととても綺麗に、鮮やかな色に染まっていた。

 信実とは何か、やっとわかった気がした。

 そして、抱き合うメロスとセリヌンティウスを見ていたら、ここでふんぞり返っているべきではない、そう思った。

 立ち上がり、二人のもとに歩いていく。

 体がとても軽かった。


 二人の前に立ち、いざその言葉を言おうと思うと、少し恥ずかしかった。

 

「お前らの望みは叶ったぞ。お前らは私の心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想などではなかった」


 だが、この続きはきちんと言いたかった。


「どうか、私を仲間に入れてくれないか」


 この時、私の中で暴君ディオニスが死んだような気がした。


「どうか、私の願いを聞き入れて、お前らの仲間の一人にしてほしい」


 これは少し、言葉を間違えた。私は、メロスやセリヌンティウスに仲間にしてもらうのではない、これから、仲間になるのだ。

 これから、真実を築き上げていくのだ。


 もう日は沈み、あたりはうす暗いはずなのだが、私にはすべてが輝いているように見えた。


 顔を上げると、フィロストラトスが見えた。

 彼にも、名前を呼んでもらえるのだろうか。

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