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死んだ暴君と殺された王様  作者: 虹色 七音
3/5

覚悟

 日も高くなってきた。そろそろ時間だろう。


「おい、あの石工を計上まで連れて行く。ついて来い」


 なので、従者にそう声をかけた。



 石工のいた所はやはり蒸し暑かった。

 石工に声をかけ、刑場へと連れて行く。やはり、抵抗らしい抵抗など何もなかった。


 しばらく無言の中で足音だけが響き、ひどく不気味だった。

 それから幾らか歩くと風通しのよい、今までよりもだいぶましな通路に出た。

 楽な環境に移って気持ちに区切りが出来たからだろうか、


「私は、死ぬのでしょうか?」


 石工がまるでらしくないような不安げな声で口を開いた。

 一瞬、本当に少し前に見た石工と同一人物なのだろうかと思い、そして落胆した。

 やはり、人間に信実の友情や愛などはなかったのだと。

 突然だったから、つい口が開いてしまったのは仕方ないと思う。


「お前たちに希望を持った私がバカだった」


 この私の独り言の様なつぶやきに石工は反応して、口を開いた。


「私たちに希望をもっていた、というのはどういうことなのでしょう」


 と。

 その言葉に私はすぐに答える事が出来なかった。

 なぜなら、私にもよく分からなかったからだ。

 いつから、私はこの男達に希望など持っていたのだろう?

 というかそもそも、希望とは何だ?私の希望とは何だ?

 大した時間もかからずに一つの答えにたどり着いた。

 私の希望とは、信実、そう、真実を示してくれる何かのことだったのではないだろうか。

 いや、そうに違いない! 私はこの男達がたちが真実を示してくれまいかと希望を持っていたのだ。

 その答えにたどり着いたとき、どこか嬉しくありつつも真実が示されていないのにその答えを受け入れるのはいけないけない気がして、石工に向かってこう、言った。


「失望するかどうかはお前たちかもしれないな」


 石工の怪訝そうな顔に答えるように私は言葉を続ける。


「あの男が来ないと決まったわけではないだろう? 日が沈むのはまだまだ先だ」


 ちょうど刑場についた。石工の顔は晴れていた。

 そしてそのまま行く、

 私は王のために用意された椅子へと、

 石工は柱へと、

 一方は座り、一方は後ろ手を縛られる。

 私が見下し、石工が見上げるような形で、私たちは向き合い、そっと目を閉じた。


 そして、目を開けた。

 答えは出た。

 私は真実を示されれば人を信じるようにしよう、と。

 それはつまり、その時が来るまでの間私は、邪知暴虐の残虐で不信な最低最悪の暴君である。ということだ。

 それが、私なりの覚悟なのだ。

 

 と、そこまで考えた時、一つ分かった事がある。

 私があの若い石工に名を訪ね、知らないはずの無い私の名をわざわざ伝えたのかという事、

 きっとあれは、名を呼び合いたかったのだ。

 どこにでもいる友と友のように。名を呼び合うという当たり前のことをしてみたかったのだ。

 しかし、こんな事は暴君の思うことではない。この思いは心の奥底に覚悟という情を持って封印しよう。

 

 ふと見た空は、皮肉なほどに綺麗だった。

 そして、石工の方へもう一度目を向ける。


「何故お前はこれから殺されようと言う時にそんな顔をしているのだ」


 これは、私なりの覚悟の証明だ。


「殺されないからです」


 そう、はっきりと、芯の通った声で私の目を見ていった。

 その目は、私の封印の向こう側を見ているような気がして、私の覚悟は冗談ではないと、そう主張するように、私は続ける。暴君の言うべき言葉を。


「私が情けをかけるとでも? そんな訳がなかろうが」


 石工は答える。


「違います、メロスが来るのです」


 芯の通った声で、少し前までの私が望んでいた言葉を紡ぐ。

 その芯を通したのは少し前の私だろう。が、その私はここにはもういない。


「はあ、お前には考える頭も無いのか? 奴は我が身可愛さに逃げたのだ」

「違う。メロスはそんな男ではない」


 そんなやり取りをしばらくの間続けていた。

 少し、疲れたので寝る事にした。日没前には起こせ、と伝えて目を閉じる。


 そして、夢を見た。

 昔の、幸せな夢だった。

 どうせ夢を見るならいつもの悪夢を見たかった。きっとその方が暴君には似合っていると思うから。

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