弟子
私が部屋で休んでいると、控え目なノックの音が聞こえてきた。従者ではない。
「入れ」
「し、失礼します」
私が一人で通すように言ったのは、従者たちには見せられないような顔をしてしまうかもしれない、と、そう思っていたからだ。
が、しかし、弟子と名のった男は拍子抜けするほどにおどおどしていた。
「名は?」
気付いたらそう言っていた。何故、私はこんな事を言っているのか分からなくなった。
「フィロストラトスと申します」
「私は、ディオニスだ」
私はなぜこんなことを言っているのか、ますます分からなくなった。
私の名を知らないはずもなかろうし、そもそも王が自ら名乗ること自体が異常事態だというのに。
「わざわざここに来たからにはやりたい事があったのだろう? そういったリスクを考えられなかったわけではあるまい。で、何をするためにここまで来た?」
この質問を受けて、その若者の背がピンと伸びる。
「セリヌンティウス様を開放していただきたく思い、ここまで来させていただいた次第です」
その言葉には覇気が宿り、おどおどしてより一層小さく見えたその体も、一回り大きくなった気がした。
「続けろ」
「あのお方は正直なお人です。慎ましく、立派な石工として暮らしておりました」
そうだろうな、と思った。あの男が欲にのまれる所などとてもじゃないが想像できない。
そのまま続きを促す。返る言葉はきくまでもない。
「何故、あのお方は殺されなければいけないのでしょうか?」
答えも、ある。
「メロスとやらを恨め。人質に出すと言ったのはあの男だぞ」
「メロス様は正直すぎるのです、あのお方は、信じられないほどに自分に対して正直にいるのです」
「約束は約束だ、今さら変えられん」
その若い石工はますます声を大きくして言う。
「約束は当事者同士でなされるものです! 王様とメロス様の交わした約束にはセリヌンティウス様は一切関係がありません!
セリヌンティウス様を友情という見えない鎖で縛るなはおやめになってください。
どうか、セリヌンティウス様を開放してください!」
きっと、今私が鏡を見たら宝探しで見つけた宝物が他人のモノだと決まっていたと知るような、そんな顔をした男を見る事になるだろう。
あまり認めたくはないが、きっとそうだろう。
「あの石工は到底死ぬ気だとは思えなかったぞ?」
「? つまり、どうしろと?」
「帰れ」
その若い石工は思った通りに声を荒げる。
「解放してください!」
「…………」
「セリヌンティウス様を……」
「待ってみればいいだろう、もしかしたら本当に来るかも知れんぞ?
おい! こいつを家に帰してやれ!」
扉の向こうに声をかけるとすぐに従者が入ってきて若い石工を連れだしていった。
何かを言っていたような気もしたが、特に聞いていなかった。