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死んだ暴君と殺された王様  作者: 虹色 七音
1/5

石工

ディオニスの一人称を原作から変更しております。

 今朝、私が目を覚ますのが早かったのは、昨日と同じ理由だった。また、同じ夢を見た。

 また、殺した者たち(家族)に殺される夢を見た。

(許せ、お前たち。王には王たる責務があるのだ。私は、王なのだ)

 そんな事を考えていたら、朝日が少し弱くなったような気がした。とたんに、部屋の中の小さな影が恐ろしくなってきた。

 少し考え、


「まるで、小さな子供だな」


 自分の様を見て自嘲気味につぶやいた。

 気を晴らそうと思って冷たい水で顔を洗ったが、なんら変わらなかった。

 いつもどうりの朝食を、一人では少し広すぎるテーブルで食べていると、ふと、先日の変人の事を思い出した。名は、確かメロスとかいったか。

 おい、と、従者を適当に呼び、


「町の中から適当に人を選んでメロスとやらに差し向けろ。金を出せばすぐ動く、そんなものなのだ、人とは、な」


 気付けば、部屋の隅の小さな闇も、空席も、もう、気にならなくなっていた。


「それでは、すぐに」


 そう言ってその男は退室しようとしたが、呼び止めた。


「おい、その指輪は何だ?贅沢が禁じられていると分かった上で、この私の前で、どういうつもりだ」

 その男は、とたんに真っ青になった。

「こ、これは先日婚約した際の……。決して贅沢をしようという気などは……」

「捨てろ」


 殺した妻の顔がちらついた。

「し、しかし……」

「捨てろ」


 視界の中の闇がまた濃くなったような気がした。不愉快だ。


「投げ捨てろ、そして、なすべきことをなせ」


 あくまで静かに、なるべくゆっくりと言った。

 一言でいうなれば、そう、王のように言った。

 その男は苦い感情を必死に押し殺したような表情をしながら窓から指輪を指輪を投げ捨て、一礼して退室していった。

 苦い顔を彼はしていたが、それが出来るだけでも代えが簡単に効かない人材であることを示している。

 私はそこまで耳がいいわけではないが、もし良かったとしたら殺した人数は増えていたのだろうか。


    *


 それから昼までは何ら普段と変わり映えしない日常だった。

 昼食を食べ終え、ふと、思い出したように近くの従者に訪ねた。


「おい、例の石工に昼食は運んだのか?」

「いえ、今から。それがどうか?」

「同行する。急げ」


 その男は正直に驚きを表したが、すぐに返事をして準備を始めた。

 ここにいる側近のモノたちは特別だ。本来非合法なことなどもこなす者たちで、そう簡単には代えが効かない者たちであるため、私の前でも比較的自由に感情を表す事が出来る。まあ、比較的に、ではあるが。


 その石工が入れられている牢へ行くまでの間の薄暗い通路はじめじめと湿っていて、とても蒸し暑かった。故に、あからさまにイライラしてしまった。

 私は、人の考えている事を読むような力はない。だが、隣を歩いている人間が怯えていることぐらいは分かるつもりだ。

 なぜか、そんな事ばかりが気になってしまった。

 そして当然のように無言だったため、不気味に響く足音が私をますますイライラさせた。

 目的の牢の前についた。立ち止まると、ますます暑さが気になる。


「水を持ってこい、急いでな」


 私はおそらくポーカーフェイスだ。少なくとも自分ではそう思っている。

 だから、きっと何を思っても気づかれる事はないだろうと考え、話しかけた。


「一つ、質問したい事がある。

 来ると、本気で思っているのか?」


 その石工は私の問いに対して、さも当然のことのように、


「? メロスは来ると言いましたよね? そう聞いていたいたのではないのですか?」


 私は一瞬、この男が何を言っているのか分からなくなってしまった。

 ので、


「とりあえずそれを食え」


 不思議そうにこちらの顔をうかがって来る石工にそう言って、少し時間をもらうことにした。

 だが、私が何を言おうか考えようとしたその時、先ほど従者の男が去って行った方から足音が聞えて来た。

 その足音に、私はまたイライラしてしまった。


「私は、急げと言ったと思うのだが?」


 水を持ってきた従者にそんな言葉をぶつける。

 やつあたりだ。


「何をしてる。水を置いて少し離れていろ、邪魔だ」


 この、蒸し暑い環境が悪いのだ。


「何をしている? 足ぐらいはお前にもあるだろうが!」


 こんな環境であったら誰であってもイライラしてしまうはずだ。そうだ、この環境が悪いのだ。

 そう、考えていると、石工が口を開いた。


「お水を、そうすれば少しくらいはましになりますよ」


 そんなことを、涼しい顔をしてさらりと言った。

 ますますイライラしてきた。が、その一方で単純に少し驚いてもいた。

 と、そこで従者が申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、お伝えする事があるのですが……」


 タイミングと環境のせいだ、つい、叫んでしまった。


「ならば早く言わんか! お前のその口はただの穴じゃあるまいに! そもそも……」


 そこでわたしの口が止まったのは、涼しい顔をして私たちを見ている石工が視界に入ったからだ。

 その様は従者の男を心配しているようにすら映る。


「…………。はあ、で、伝える事とは?」

「は! セリヌンティウスの弟子と名のるものが謁見を申し出ておりまして、投獄いたしますか?」

「……私の部屋に一人で通せ」

「は?」

「先に部屋に入っている」


 少し、石工を含めたこの環境から逃げたかった。

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