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空を喰む  作者: 日月明
2/13

その2.

「先生じゃないだろうな」

 慌てず落ち着いて、ゆっくりと姿勢を低くする。


 人がいることに対して、特に驚きはしなかった。僕がこうして屋上に出られているのだし、他に屋上へ出ようとする人がいてもおかしくないと思っていた。むしろ、独占できていた今までが幸運だったのだ。


ただ、一人を満喫できなくなると思うと、鉛筆を握ったままの指に少しだけ力が入った。無意識的なその行動に、人が来た事よりも僕にとっては驚きだ。


 なるべく姿勢を低く保ったまま、そっと下を覗き込む。若干汗ばんだ手から、鉛筆がこぼれ落ちそうになった。

 どうやら、屋上に来たのは一人の女子生徒のようだ。

 じっと観察していると、なにかいけないものを見ているような気がして、心臓のBPMが上がっていくのを感じた。


 女子生徒は、あたりを見回している。友達と来ている風でもなければ、待ち合わせでも無さそうだ。初めて上がってきた屋上を観察しているといったところだろうか。


 うろうろと、所在無く歩いている。あまりフェンスに近づき過ぎると誰かに気付かれてしまうかもしれないのだが、声をかけるのはもう少し様子を見てからにしよう。運が良ければ、「学校の屋上」という憧れとのギャップで二度と来ないかもしれない。


 僕が見下ろす形になっているのだが、女子生徒の前髪と光の加減で顔はよく見えない。表情が読めないため、目的を想像することもできない。

 その後もしばらくきょろきょろと視線を泳がせると、ちょうど中央辺りでぴたりと立ち止まり、右手を空に向かって伸ばした。


 手のひらを緩く広げて、背伸びをする。空でも飛ぶのか思った。それほどまでにその子の手は空を求めている。ように見えた。

 それはまるで、大きな空に恋い焦がれているよう。でもまだ届かない。もっと高くと求めて、勢い余って足が宙に浮きそうになる。それでもまだ、届かない。


 この時、やっと女子生徒の顔を見ることが出来た。女の子特有の角のない顔の作り。丸くて大きな目の上にある眉が少しだけつり上がっているけれど、あまり威圧を感じさせない。それどころか、大きな口と 幼く小さな鼻が、雰囲気に柔らかさを出していて、人懐っこそうに見えた。


 あの子は、どこまで空に触れることができれば満足できるのだろう。必死そうに爪先立つその姿を見て、不思議と僕の肩にも力が入った。


 緩く広げられた手を、女子生徒は突然勢いよく握りこんだ。いや、何かを掴んだのだろうか。そのままゆっくりと、握った拳を胸元まで降ろす。

 そこには、小さな羽のようなものが握られていた。


 最初は、手品の練習でもしているのかと思った。けれど、その考えは僕の中からすぐに取り払われた。彼女の顔が、成功した喜びというよりも、どこか失意的に見えたからだ。あれが演技なら、僕は人間不信に陥るだろう。


 それに、女子生徒の掴んだ羽根が、今日の空とほとんど同じ色をしていたのだ。なにを言っていると思われるかもしれないけれど、僕にはそう見えた。


 少しだけ白い雲がかかった青空。それと全く同じ色。人工のものでは、あそこまで忠実に色を再現できない。現存するすべての塗料を知っているわけではないけれど、そう思わせるほどに、『羽のようなもの』は空と同じ色をしていた。


 毎日、ここから見える空を描いているからこそ分かる。彼女は、空を掴んだ。いや、空の一部分。言うならば、『空の欠片』を掴んだのだ。


 僕の手に汗がにじむのがわかる。暑さではなく、なにか変なものを見たという恐怖心だ。膝に力がうまく入らない。なのに、目を放すことが出来ない。怖いもの見たさか、目を離すことに対する恐怖感か。


 じっと空の欠片を見つめている女子生徒。ふわふわと揺れるそれは、今にも風に乗って飛び、再び空へと帰って行きそうだ。空へと帰ってしまえば、すぐにでも溶けてなくなってしまうだろう。そういう儚さが見て取れた。


 女子生徒は小さく口を開けると、三口ほどで空の欠片をすべて口の中へ放り込む。しばらく咀嚼して、そのまま飲み込んでしまった。つまり、食べてしまったのだ。


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