表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

二十章「デッドエンド」

 意識が覚醒したとき、私は立っていた。物理的な(シャフト)による落下の衝撃は、肉体から離れて電脳体として活動している私には、まったく関係のないことだ。そこは、まるで誰かの寝室――豪奢な天蓋のついたベッド、周囲を取り囲むのは、未だに電子の光を灯らせているサーバーの数々。壁は、赤褐色の壁紙で取り囲まれ、ふかふかとした高級そうな絨毯が敷かれている。壁には見たことの無い旗が飾られている。


 洋服箪笥の上に、さっきの写真が飾られていた。中央で屈託なく微笑むアスカ――その両隣に、戸惑ったような顔を浮かべるクルス・ジョウマエ。そして、静かに笑みを浮かべるのは、私の母親ということになっている女性――スミカ・コバヤシ。


 見たことも、聞いたこともないのに、なんだろう――きっと、前世の記憶というものがよみがえるときは、こんな感じなのだろうか。記憶や経験、情報だけでは決して感知できない、遺伝子とか、魂とか、そういう領域(レベル)での違和感。細胞のその内側から沸き起こってくるような、むずがゆさ。


 天井には豪奢なシャンデリアと、その横にぽっかり空いた黒い穴が開いている。私はあそこから落ちてきたようだ。

宮殿(パレス)』の設計図を確認――ここが一階の最東端の部屋。アリスがいるという資料室は、このすぐ下の階にある。


「どうやって、下に向かおうか」


 当然のようにこの部屋にも、外へつながる扉や窓は無い――ひどい欠陥住宅だ。ここで、誰がどうやって寝るというのだろう? しかし、目に見えるもの、耳で聞こえるものに頼っていては、いつまでも先は見えてこない。


 部屋の内部を電子的にサーチ。すると、ベッドの中からその反応が現れた。棺桶のような形をした寝台――固く閉ざされたような木目が、何十の鋲で打ち付けられている。この中から、微弱な電脳反応が感知できる。


「中に何があるだろう?」


 外からでは、なにもわからない。特殊な物理結界が張られているようだ。何とかして、物理的にこじ開けるしかない。幸いにして鋲は錆びつき、木はぼろぼろになっている。物理的な干渉手段さえ得れば、壊すのはたやすいだろう。

 ひとまず、ここは後回し。


 壁際に安置されたサーバーに手をかざし、内部への侵入を試みる――当然のように防壁が展開され、容易なアクセスは阻まれる。私は目を閉じた――智天使の座セキュリティ・システムへ侵入。このサーバーのセキュリティを、内部から開放する。

「侵入する」視界が錐揉みして鋭く途切れた。




 ――ようやく、君と繋がった。


「何しに来たの」サーバーの内部に侵入したとき、脳内にクァーラトの声が響いた。「出ていきなさい、いま忙しいの」


 ソニア。君の肉体が、生命活動を停止したぞ。


「え?」


 心拍なし。呼吸なし。蘇生を試みたが、効果がなかった。

 君の身体が死んだ。


「じゃあ、どうして私は生きているの?」


 分からない――君は肉体を直接『宮殿(パレス)』に接続しているはずだ。

 君がこうして電脳体として活動できているのは、おかしい。

 肉体が失われた今、どうして君は活動を停止しない?


「――――、まあ、いいんじゃないかしら」


 ソニア?


「いい機会だし、次は身体を義体に乗せ換えるわ。こうして私が消えていないということは、私の電脳は、まだ生きているんでしょう?」


 その通りだ。いまは肉体に道連れにされないように、君の脳を僕の電脳に接続している。


「それで、あなたが入ってきたってことね――クァーラト」


 そういうことだ。僕がここで切断すれば、恐らく君の電脳体も死ぬ。


「そのまま、そこにいて。私に何かが起こったとき、即座にそっちに逃げられるように」


 現在の君の位置は、把握しているが――何があった?


 私に見えているのは、どこまでも広がる真っ白な空間だけ。まるで、別の宇宙に迷い込んでしまった時の様だ。しゃがみこんで、今立っている場所に触ってみる――すると、勢いのままに右腕がすり抜けて、私はその場で骨盤を軸に一回転した。私は今、ここに立っていない。ここには上も下も、何もない。

 視線誘導コマンド。空間の詳細をサーチ――何も反応がない。


「まさか――なにもない?」


 恐らく、何らかの資料が残されていたんだろう。


「ここに資料が保存されていたけれど、何かがあって消去された」


 そうだ。恐らく、君が原因だろうね。


「だから――勝手に記録(ログ)を読まないで」


 君が月面基地(コロニー)を陥落させたことで、貴重な研究資料まで奪われてしまうことを恐れたんだ。

 恐らく、物理的な媒体(メディア)にフォーマットされ、保存されているはず。


「それが、資料室ってことね」


 退出――再び部屋の中に戻ってくる。私はいったん立ち尽くし、溜息をついた。他の手がかりは残っていないだろうか?

 壁を睨むように歩き回ってみる。箪笥の中に何が入っているか、調べてみる。もう一度寝台をくまなく探してみる。物理的な身体を喪失したことが、こんなに不便だとは。


「ん」


 ――目に留まったのは、身長五十センチくらいの高さの人形だった。フリルのついた青いドレス、金色の長い髪。相当な懐古主義(アンティーク)のものだが、意識を凝らすと、この中に広がる領域を感じる。


「贅沢は言っていられない、か」




 目を覚ますと、私の身体は、糊付けされているように固い。手はまるで作り物のように小さく、視界は朦朧としている。歩き出そうと足を踏み出すと、長いスカートの裾を踏んずけて転びそうになる。


 ――不便だな……あれ?


 声が出ない。どうやら発声する機能は搭載していないようだ。

 ここから見ると、まるでスパイ映画のような景色。スカートの裾をつまみ、箪笥の上から飛び降りる――大変な衝撃が、私の身体を叩いた。そのままバランスもとれず、身体を強かに打ち付ける。この人形にはもちろん痛覚機能も無いので、痛くはないが、衝撃音だけが作り物の身体を叩き、不快な音が電脳体に響いた。


 小さな体で見ると、随分と大きな部屋だった。私はまず、固い木の寝台へ歩み寄る――歩幅もたいそう小さいので、それだけでも凄まじく時間を浪費した。寝台と床の間には、狭い穴の隙間が空いていて、この身体なら匍匐前進で下に潜っていけそうだ。


 ――不格好だなあ。


 良い格好だね、ソニア。


 ――邪魔しないでよ。


 ベッドの中央、その底に小さなプラグのようなものがぶら下がっていた。巻き取り式のもので、恐らく電源を取るためにあるようだ。そこから天蓋の内側の間接照明や、アラーム機能を使うのだろう。また匍匐前進でプラグを抱えたまま、今度はアウトレットを探すために歩き回る。

 ふだんは手のひらで握れるサイズのプラグは、このサイズでは湖の乙女よろしく、両手で抱えて歩き回ることになる。『宮殿(パレス)』の配電図をチェック、この部屋の電源アウトレットは、


 ――ここだ。


 箪笥のすぐそばにある、円形に黒くくりぬかれた床。両手で作動させると、でんぐり返しのように半球状のデバイスが現れた。プラグを差し込むと、バチッという小さな音と共に、真っ青な火花が散った。


 ガタガタと、寝台の内側で何かが震える。私は人形の小さな関節をいっぱいに広げ、手のひらを翳した。このデバイスを経由し、電力線を介して、内部の電脳反応を感知する。

 目を閉じる機能が搭載されていたのは幸いだった。集中して、意識を没入できる……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ