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第92話 葉月

 大和は至龍王を駆り、アインラオ帝国内の聖墓を目指していた。

 世話になった黒堕天のユーデントには、それとなく概要を話したが、他の人物には話を大きくはぐらかしてきた。

 デリアーナには、少し単独行動をするが、その間もスティルの監視と護衛を命じて来た。若干、寂しそうな不満気な顔をするので、必ず迎えに来ると耳打ちしたら表情が幾分か明るくなったので、安心し任せてられた。

 そして、スティルには日本に還るため、聖墓に戻ると偽った。


「今は日本に還るどころじゃないんでな・・・」


 その前提条件を明確に出来たことは大きいが、難易度はかなり高い。スティル自身が帝国へ戻りたいと、戻った方が利益になると提示する必要があり、その策を練るための一時的な帰還だ。

 取り敢えず、大和が聖墓へ帰還すれば、ヤマト・ダン・ケイペンドが生存していたことは公表されることに成るだろう。ユイゼ教のトリケー教皇庁にもデリアーナの生存を伝えなければならない。

 そしてもう一つ、その前に絶対にやっておくべきことが有った。

 上野悦子にスティルの生存を伝えたい。

 葉月からスティルの死の報せを聞いて、心労で倒れたと聞かされてはせねばなるまいと思い立った。


「取り敢えず黒堕天にインスタントカメラがあって良かった」


 シーゼルの操縦桿を握り、制御卓に挟み込んだ一枚の写真を見る。そこにはスティルとデリアーナ、大和、そして葉月が映っていた。

 こちらの世界での生活の記念にと言う名目で撮ったものだ。

 これをスティル生存の証拠として上野悦子に渡したい。


「少しは元気になってくれると良いが・・・」

「なぜわざわざインスタントにしたの? 普通に取って印刷すれば良かったんじゃない?」


 そう聞き返してきたのは、葉月だ。彼女も大和と共に聖墓に戻ることに成ったが、何故だろ、妙に至龍王の操縦の難易度が上がっている気がする。推進器の出力に波があり、機体の安定性に欠けるのだ。別に彼女が大和の腕に縋りつくようにして、操縦席に乗り込んでいるのが問題ではないはずだ。

 腕に感じる幸せな感触が、ふらふらと思考を蛇行させているとでも言うのか。

 この世界でも各機器のデジタル化が進んでおり、写真などもフィルムに直接焼き込む物は減ってきている。デジタルデータならいくらでも撮り直しが出来るのが強みで、やはり民間でもそれが人気を博していた。

 専用の印刷出力機が無くとも、高い画質や媒体強度を求めなければ、一般家庭で扱える卓上印刷機でも印刷できる手軽さもある。


「それだとデータが残っちゃうだろ? 黒堕天だってスティルが乗っていた事実が不利な状況になった場合にシラを切りやすいだろ? それにこれを渡す上野さんにも、複製が簡単にできる物だと処分に困るかもしれないじゃないか」


 と言う、周りに気を使った結果インスタントカメラで撮ることにしたのだ。黒堕天も空賊と言う職務上、インスタントカメラが有った方が都合良さそうだと思ったので、聞いてみたら案の定あった。

 デジタルデータ化してしまうと、複製が容易だし、復元もフィルム媒体よりも容易だ。その為インスタントカメラなら、何かしらの証拠を写真で撮り把握し易くしつつも、手元にある写真を処分してしまえば記録を完全消去できるという強みがある。


――それに、デジタル化した場合、画像加工しても痕跡を隠しやすいからな。インスタントならそんな手間をかけるのが難しいんで、証拠写真としては信頼度を上げられるはずだ。


 上野悦子が疑心暗鬼に陥っていた場合は、デジタルデータを基にした写真で持ち帰っただけでは、合成だと言って信じて貰えない可能性が有った。いや合成の可能性を心の隅にも残して欲しくないから、端的に合成でないと分かり易い写真にしたかった。


「これで上野さんが元気になって、スティルに会いたいと言ってくれれば、あの頑固者も折れるかもしれない。そして折れてくれれば、俺も憂いなく日本に還れる」

「ふーーーん、結局は自分のためなんだ」


 葉月の言葉にトゲトゲしさを感じたが、大和はそれを肯定した。


「そんなことは分かってるよ。俺は突き詰めれば自分のためにしか動けない生き物だと思ってる。俺がスティルに何かしてやりたいって思っているのも、俺の独善だ。それは否定しない。俺はただ、スティルの笑顔が見たいだけだ」


 大和は既に一度それを失敗している。しかも、自身の失策や力不足によるものではなく、そもそも気付く事さえできなかった鈍さによるものだと、己を責めていた。今の感情もスティルに対する好意ではなく、失敗の代替行為のためなのかもしれない。前回の失敗を、今回成功させることで覆い隠したいと足掻いているだけだと、自身の出所の疚しさを感じていた。

 そしてもう一つ、果たしたい、果たすべき義理と言うものもある。


「その考え方・・・、やっぱり君は勇者には向かない」

「んなこたぁ言われんでも分かってる」

「勇者はもっと、他人に為に力を振るう者だもの。自分の気持ちのため、欲のために動き力を振るう、その君の考え方は・・・魔王そのものね」


 力なき民を第一に考え行動をするのが勇者で、飽くまで自分の欲望のために行動するのが魔王であるなら、確かに影崎大和は魔王向きかも知れない。

 人の繁栄のために人を亡ぼす人造の魔王。

 それが祖父らが目指したモノであるなら、確かに自分はそちらに近い存在なのだろう。正直に言ってアインラオ帝国の利益とか、クーソン共和国の治安とか、ヨラージハ国の資源問題とか、果てはオルミア公国やシャヘラサラス王国による世界の安定を腐心する工作とか、どうでも良い。それこそスティルの笑顔が守れるなら、国の一つや二つ亡んだって構わない。

 人間は自分と関わり合いが無ければ、誰かがどんな悲惨な目に会っても良心は痛まない。それこそ創作作品の登場人物が死んだからと言って、心を痛めないのは人間としておかしいと言う理屈が通る訳がない。

 日本人だって貧困にあえぐ外国の子供が何人餓死しようと、直接面識が無ければ心を強く痛めたりはしない。まだ可愛がっていたペットが死んだ方が心を痛めるだろう。ペットが死んで食事を摂れなくなるくらい落ち込む飼い主は居るが、行った事もない外国の有った事もない子供が死んだとニュースで聞かされても、それで食事が出来なくなるくらいの人がどれだけ居るかと言う事だ。それで食事が出来なくなり、何とかしたいと立ち上がるのが勇者向きの性格なのだろう。


「俺は役立たずだからな。本当の意味での勇者にはなれない」

「でも君は、自分の面識のある存在は守ろうとする。・・・それは何故? それは本物の勇者だからじゃないの?」


 伝説でも勇者は、本当の意味で面識のない人のために戦ってはいない。自分の属する集団が虐げられており、その集団と繋がりがある者しか助けて居ない。そして敵を倒さなかった、悪を討たなかった勇者も居ない。


「それは人として当然だと思うが? それに勇者でなくともさ、魔王だって自分の部下くらいは大切にするだろうさ」

「じゃあ、私も守ってくれる?」


 想定外の言葉が飛び出し、一瞬至龍王の姿勢が崩れ、高度が下がる。大和は慌てて高度を上げ直し、噴出していた冷や汗を拭う。


「守られるほど弱くは見えないが?」


 それが、葉月を連れて聖墓に戻る理由でもある。

 正直に言って、葉月と戦闘ころしあいをした場合勝てる気がしないのだ。色々な意味で。

 スティルも、デリアーナもたぶん本気でやり合っても簡単に負けてやる気はないし、どうにか勝ちを拾うためのイメージを構築できる。しかし葉月だけは、勝てるイメージが湧かなかった。だからこそ、上野悦子の護衛としては打って付けであり、その為に連れてきていた。

 スティルのためにも、上野悦子には元気になってもらはないといけない。そして当然、その命を誰かに守って貰えた方が安心できる。


「君が思っているほど私は強くないわ。だから私は強い庇護が欲しい。君が勇者でも魔王でも構わない。私に庇護を与えてくれるなら仕えても良い。私の持てる力の全てを君のためだけに使っても良い」


 葉月は自分が年下の少年を誘惑している物だと自覚している。より少年の腕に自分の身体を強く感じさせる。


――我ながら汚い、だけどそれ以上に怖い。


 この世界の誰もが、あれに追われたことが無いから、自分の恐怖は理解できない。

 この世界の誰もが、あれに追われたことが有るから、自分の恐怖も理解できる。

 自分を追い立てる者の撃退は、影崎大和なら恐らく可能だろう。それは彼が異常な強さを持っている存在だからだ。あれとは、不幸にも無縁の存在だからだ。彼に匿って貰えば、また平穏な生活が送れると打算している自分の汚さに泣きたくなる。


「何でそこまで入れ込んでくれるんだ? 一目ぼ」

「一目惚れだからよ」


 一目惚れという訳でもあるまいしと言う自虐の言葉は、葉月の断言によって打ち消された。


「ええ、そう。君に甘えてしまったら、自分が自分でなくなるって分かってた。君が国へ素直に変えるのなら、黙って見送ろうと思ってた。でも、ね。姫殿下のためにそこまで自分を犠牲にできるなら、少しくらい私がお零れを預かっても良いでしょ?」

「こ・・・こぅぃは、・・・好意は嬉しいが・・・、そ、その・・・なんだ。俺にも、優先順位ってもんが・・・ある。だから、その、満足に応えてや・・・あげられるとは思えないし、優先目的如何によっては、その、敵対する可能性も・・・だな」


 大和も自分が信じられないくらい動揺していた。まさか自分に一目惚れだと言う女子が出現するとは、夢にも思わないようにして居たのに、だ。


「構わないわ。君の優先順位を妨げることはしないし、何ならデリちゃんの次の席をくれればいいから。それとも私が他の男のモノに成るのと、自分の手で組み敷くのとどっちがお好み?」


 男なら迷わず後者である。異論は認めない。

 しかし、伴侶や世間がそれを認めないから、糾弾するから泣く泣く諦めたりするのだ。


「君が勇者であり続けようと、魔王に成ろうとも構わないわ。今から私は、勇者の従卒に成れるし、魔王崇拝者にも成れると誓える」


 大和の動揺に同調するようにふらふらと飛行が安定しない。その不安定さで大和は自身がとんでもなく動揺していると言う事を自覚した。


――女の子に告白されたのは・・・初めてだよな。しかも、一目惚れだって・・・嘘臭え。


 そしてそれを素直に受け入れられない、鬱屈した精神が歓喜を拒む。


「はっきり言って、有難迷惑なんだが?」

「私の気持ちを奪った君が口にしていい言葉ではないわ」


 自分の告白を素直に受け入れてくれない大和に苛立ち、葉月は強引にその口を塞いだ。


「・・・っ! ・・・・・・ん!!」


 衝撃の余り大和は目を見開き、身体を硬直させる。彼女の良い匂いが鼻腔をくすぐり、一瞬で思考が真っ白に飛んだ。

 そして、当然の結果として、至龍王を無様に墜落した。

 絶叫を上げる事すら許されず、大和は重力に抱かれる他なかった。





「ああ・・・いててて、ちょっと真面目な話死ぬかと思ったぞ」


 不幸中の幸いか、それとも至龍王の自衛機能が十全に働いた影響か、機体の損壊は無し。操縦士への負担も墜落の衝撃で意識が跳ぶと言う程度に抑えられた。


「新手の無理心中って訳じゃないんだよな?」

「はい。ごめんなさい。ついカッと成ってやりました」


 葉月は今、操縦席に座る大和の膝の上に、向き合うように座り、そのまま全身で感触を楽しむように抱き着いていた。

 大和にとってこの葉月の行動と姿勢は、色々と拙いが、それを補うほどの安堵を得ていた。彼女の口にした一目惚れと言う言葉が、決して出任せではなく、少なくともこの程度のスキンシップを許容できる程度には本気であると理解できたからだ。


――まあ、これすら平然と行い罠にかけられるだけの悪女の可能性もなくはないが、それならそれで仕方ないよね。うん、一応俺も健全な男子だし。


 視界の隅に、勝ち誇った顔をした葉月を捕える。少し朱の差しは頬が、完全に玩ばれた訳ではない事を物語っていた。


――何に勝ち誇ってんだよ・・・、まあ手玉に取られたことを認めない訳にはいかないが。


 こんな事をしている場合ではないと思う。

 だが、腑に落ちない事は他にもあった。何故葉月は、自分が下に付こうと考えたのかと言う疑問だ。能力的に強い方が上に付くのが正しい上下関係じゃないだろうか。別に男として素晴らしい度量を見せたとか、そんな懐の深さを披露した記憶はない。

 葉月が上でも、全然問題が無いように思う。


「何でこの上下関係を望むんだ? 逆じゃ拙いのか? 葉月だって戦う力くらい持っているんだろ?」

「そう、だからよ。私にもそれなりの力が有る、戦うための力が・・・。でもそれを自分の意思で、自分の意思だけで使うのはとても怖いの。だから主を求める、力を振るった責任を被ってもらうために」


 そう言われて、なるほどと理解できた所が有った。

 デリアーナがそうなのだろう。彼女も神官戦士として人並み外れた能力があるが、それを自分の意思で、もしくは自分の感情だけで振るおうとはしない。

 何故、力のある者が誰かに仕えるか? それは力を使い誰かを傷付けることに、自分の善性が耐えられないからだ。だから誰かに仕え、誰かの命によって成す、自分の意思ではなく、誰かのせいでこうなった事にするために。物事の結果が、受け入れられないような現実だったとしても、それが誰かのせいであるなら自分は悪くないと言い逃れられる。

 人を殺しても、上からの命令でやった、自分は悪くないと言うために。実際に軍はこういう考え方で、一兵士の精神を守っている。上官の命令が絶対で、その命令に従っている間は人殺しも悪ではない。そしてその責は上官が負う。だから厳格な階級制度が存在する。

 詰まる所、人の命のやり取り、奪うにしろ、救うにしろ、そう言う現場には階級と言う心の防壁は不可欠だ。

 そういう意味で、全て自分の意思で行っているスティルは異常な存在だ。普通は、自身の心が耐えられない。異常者になってしまう。


――いや、そうじゃない。スティルをして、そうじゃない。あいつは全ての責を帝国にしている!


 全ては帝国の為。

 ある意味で責任の丸投げだ。それが全て自分の意思で行っているように見えるのは、自分自身の生活や幸福が勘定に入っていないからだ。だから破滅的に見える。


「つまり俺に責任を取れと?」

「ええ、そうよ。君が責任を取ってくれるなら、何でもするわ」

「ずるいぞ」


 そう思うが、葉月の力は有用だと思う。手放すには惜しいし、果たすべき義理の為に必要だ。


「ずるいのは良い女の特権よ」


 そう言って胸を逸らすのは、なかなかに愛嬌がある。年の差を考えると妙に子供っぽい態度だ。


「でも、その良い女がモノに成っても良いって言っているんだから、君も大概良い男だと・・・良い男に成れる素材だと、自負した方が良いわ。あと数人くらいは侍らせられる度量を見せて頂戴」

「善処します」

「さしあたり年齢制限はないよね?」

「・・・良い女なら別にいいよ。年も気にしないし、亜人だってどんと来いだ」


 もうどうにでもしてくれと、半ば自棄になっていた。


「では我が主なる君に、私の名前を教えます。葉月と言うのが・・・」

「偽名だってことぐらいは気付いてるぞ?」


 大和のの細やかな反撃に、葉月は目を丸くする。偽名だろうなと何となく思っていただけだが、それを問い正す理由も意味もなかった。


「では影崎大和様。私の名はシュライザ・ローディア・アウグストです。これからよろしくお願いします」

「・・・それで葉月か」


 こうして大和は異世界の地で、二人目の従卒を持つに至った。


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