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第91話 逆恨み

 至龍王を手に入れたことで、大和は大きく安堵した。

 推進剤を消費しない飛行システムを搭載しているため、航続距離を気にせずに飛ぶことが出来るし、何よりも一瞬で音速を突破できる加速性能だ。この追随を許さない瞬発力は――中の人が持てばの話だが――ほんの一瞬で包囲網を引き裂ける。それどころか、その名前の影響力が大き過ぎて、そもそも包囲網を構築しようと言う気が起きないかもしれない。

 これで、アインラオ帝国へ、聖墓へ帰還するのに殆どの障害は無くなったと言っていい。

 ただ、ほぼ唯一と言っていい残った障害が、あまりにも強大で強力だった。

 帝国への帰還を頑として拒むのは、スティル自身で有った。


「よし! これで帰還できる」


 と、大和が歓喜を上げれば、


「私は絶対に帰らんからな!」


 と、家出した不良娘のような答えが返ってくる始末だ。

 それこそ囚人のように縛り上げてしまわなければ、梃でも動かない様子だった。

 しかし、大和の行動を阻害したのはそれではない。ただ感情的に拒絶するだけならば、気絶させたり、手枷を付けたり、檻に入れたりと方法は思いつく。だが、本人が自分の死が帝国の利益になると信じて疑わないため、そう言った手段で無理に連れて行けば目を放した隙に自害しそうだと臭わせてきていた。


――スティルが帝国に帰ってくれないと、俺も日本に還れないんだがな・・・。


 思っても口に出すことは憚られた。

 この言葉を零せば、恐らくスティルは首を縦に振る。晴れて帝国に帰還し、大和も日本に還り、その後で大和の目の届かない場所で自害するという未来が透けて見えた。

 それでは意味がない。

 もう二度と会えない今生の別れでも、そんな先のことが透けて見えれば二の足を踏んでしまう。結果、大和が殺すのと変わらないのだ。現に黒堕天の提案の、ひっそりと山奥で暮らすと言うことは了承している。


――スティルが死ぬよりも、生きていた方が帝国の利益になると思わないとダメだってことだよな。


 妥協案としては、スティルは山奥で暮らし、大和は還ると言うのが有る。それが一番楽な気もするが、一番辛くもある。そうなれば恐らく日本に居ながらも、山奥で原始的な生活を送らざるを得ないスティルを憂い、心に安寧が訪れない。

 それこそ葉月が言った様に、手籠めにして何でも言うことを聞くように調教して、帝国に戻してサヨナラ・・・。


――あかん。これは下衆の極みだ。


 自害よりも性質が悪いと、自身の思考を悔いる。

 スティルを説得するには、生きて帰還した方が利益になると言う根拠を示す必要がある。そういう意味では、大和が至龍王に選ばれたと言う話は、全くを持って不利益を被った。スティルが龍騎士に選ばれていれば、大手を振って帰れたのだ。帝国の利益、言い換えれば利用価値の高い者は、恐らく第三皇女よりも龍騎士の方が上回る。第三皇女の死によって得られる利益よりも、龍騎士として帰還した場合の利益が上回る可能性もあった。そうであれば、大和が帰還した後も、スティルは龍騎士としての責務を果たしただろう。


「ユーデント! 少しシーゼルの操縦席に籠りたいんだが構わないか?」

「どうぞご自由に、構わないも何も空賊風情では龍騎士様に敵うはずもなく・・・」


 と鬱陶しい位にへりくだった許可が出た。


「少し一人っきりで考え事したいだけだよ。・・・デリアーナ」

「はひぃ!」


 名前を呼んだだけで、ピンと背筋を伸ばし過ぎて、爪先立ちになる。

 あり得ない位に緊張しているのが分かった。


「どうかした?」

「はい。ヤマ・・・、んんっ! ケイペンド卿が龍騎士で有られたとは露とも知らず、働いた無礼をお許しして頂きたく思います!」


 大和は固くなったデリアーナの態度に、龍騎士の権威の高さに閉口する。


――英雄候補に仕えることに成ったと思ったら、英雄を飛ばして、大英雄であったでござる的な奴だろうか・・・。


 こっちはこっちで面倒臭いと思いながらも話を進める。


「分かった許す」

「有難うございます。それでは如何様な罰を受ければ宜しいでしょうか?」


 龍騎士に仕えている事が嬉しいのか、許された事が嬉しいのか分からない恍惚とした顔で、罰をくれと聞いてくる。


――うわあぁあぁぁぁ・・・めんどくせぇええぇぇぇっ!


「生憎と人に罰与えたことはないんでよく分からんのだが・・・、尻でも叩けばいいのか?」


 と冗談交じりに言って、失敗した。

 相手が本気にしたからだ。デリアーナは尻をこちらに突き出して両手を床に付け、叩かれる準備をした。


「失礼します。どうぞ、罰をお与えください」


――これ、本気でダメな奴だ・・・。くそ、前大戦でどんな伝説造りやがったんだ! 爺共はっ!!


 衆人環視の中でそんな行為に及ぶ度胸はなく、大和は尻尾をまくって逃げることにした。


「デリアーナ。今は罰を与える時間すら惜しい。取り敢えずスティルを監視しろ! 不穏な行動は全て防げ!」

「は! 拝命いたしました!」


 大和はスティルを、無理にでも帝国へ連れて帰るつもりだった。そして、この気持ちはスティルに気付かれているだろう。ともなれば先手を打たれるのを回避しなければならない。


「何故私が監視されねばならん」

「今のスティルはほっとくと自殺しかねないからな。それに今お前がやっている事は、自分の命を人質にしたテロリズムだ。絶対に許容して良い行いじゃないんだよ、そういうのはな!」


 スティルの態度に苛立ちを感じていた。何故自分の生存よりも、国の利益を優先するのかが理解できない。


――それが皇族ってやつか・・・。


 一般人とは思考回路が違うと言うのだろう。ならば皇族故に国の利益よりも、自分の生存を優先しなければいけない状況にしなければならない。

 だが、大和にはその状況を導き出すための、知識が無い。

 無いなら無いで、情報を集めなければならない。

 大和は至龍王の搭乗口を開けると、操縦席に飛び降り、その感触を確かめるように、操縦席にゆっくりと体を預ける。


『操縦座席を定位置で固定・・・搭乗口閉鎖・・・気密の確保・・・循環空調の正常稼働・・・生命維持装置問題なし・・・』

「久しぶりだな・・・シーゼル」

『搭乗者の照合を完了。影崎大和の搭乗を確認。・・・お久しぶりです。ご健勝そうでなにより』


 大和は感慨深く、操縦桿を指でなぞる。


――あの時も結局はスティルを守ることに成ったんだったな、今回とは状況が全然違うが。


「所でシーゼル。なんで俺が正式な龍騎士になったんだ? スティルじゃ何でダメなんだ?」

『相性の問題。より合致する方を選択したまでです』


 又聞きした理由と同じ内容が返ってきたことで、希望が薄れる。少しだけ葉月の口から出まかせである可能性を期待していたのだ。


「変更や譲渡は?」

『不可能です』

「一時的な権限貸与は?」

『不可能です』


 にべもない。


『本機の正規搭乗者が決定していない状態で、仮登録の人物が複数いた状況が特殊だったのです』


 スティルは高い才能を持っており、相性は有っていなかったが、至龍王としては他に代替えが無い状況では、仮の操縦士として確保する必要が有った。そこへ大和が現れ、操縦技術も魔力の使い方も未熟だが、相性の良い操縦士になる可能性を秘めていた。

 スティルが至龍王へ適応するか、大和が習熟するかどちらが早いかと言う状況だったので、至龍王としても様子を見ていたと言う所なのだろう。そこに葉月の接触があり、至龍王は決断を下した。


「そこを何とか、もう少し融通が利かないもんかね? 操縦士も二人いた方が何かと都合が良いだろう?」

『それは人間の都合です。それに大和とステルンべルギアが殺し合いを始めた場合、私はどちらを殺せばよいのですか?』


 複数の搭乗者の都合で振り回されるのは御免だということだ。龍鎧機至龍王は伝説の勇者の持つ聖剣に匹敵する武器だ。だが聖剣を勇者たちが使いまわす冒険譚なんて聞いたことが無い。

 至龍王も世代を受け継がれはしても、基本的に一代一人の勇者の武器である。


「船頭多くして船山に上る、ってことか。それを避けるための優先順位決めなんだな」

『その通りです』

「でもな、俺はこの状況を、全くこれっぽっちも気に入っては無いんだよ」


 多分、逆恨みと言われるだろうが、至龍王の操縦士選定にも不満を持っているのだ。自分の描いた未来予想図が、他の誰かの意思で勝手に修正されていくのは、決して気分のいいものではない。それが、自分の想像よりも良い未来に進むのであればそれを指導として受け入れることも出来る。しかし、他人の都合と言うのは、得てして自分にとっては不都合な場合が多い。他者による未来予想図の修正が良い方向へ行くはずがないのだ。

 誰かが何かを少しずつ修正をした結果がこれだ。

 身動きが取れず、何かを成そうと動けば多大な犠牲を払わねばならない。もうすでに何の代償もなく、大和たちが全員で幸せを分かち合うような未来は訪れない。多大な犠牲を敵に支払わさせなければならないほど、追い詰められてしまっている。

 至龍王の操縦席の中でひっそりと大和は、スティルをこのような状況に追い込んだ奴に対する報復を決意した。





 デリアーナは内心狂喜していた。

 自分の主であるヤマト・ダン・ケイペンドが、帝国の国難と成り得る事件を解決した召喚勇者であると聞き及んでいたので、それなりの扱いは期待していた。

 顔を見た時は、別に格好良くもない異国風というか“召喚勇者らしい顔だ”くらいに思っていた。

 戦闘能力は申し分ないどころか、強過ぎると感じたし、年相応のスケベ心と純情性を持っているとも感じていた。しかし、これらはデリアーナにとって男性として評価を上げる項目ではなかった。

 確かに、最近になって少し可愛く見えてきてはいたが、それはどちらかと言えば母性本能に近いもので、恋愛感情ではなかった。

 デリアーナにとって、大和は弟のような存在だった。

 それなのに、自分を過保護に扱う主人の態度が気に入らず、愚痴を零してしまった。こちらの世界の一端の貴族相手に行ったのであれば、そのまま暇を出されていたような愚行だ。そんな理由で解雇されてしまえば、望んでいた箔どころではない、満足に仕えることも出来ない失敗作としての烙印を押されることに成ると、遅まきながら己の軽薄さを呪った。

 しかし、それは幸いにも、主人が異世界人で自分を女の子扱いしていたため大きな問題には成らなかった。

 デリアーナはそのことを思い出し、自分がどうかしていたと自戒する。

 要するに嫉妬していたのだ。辛く苦しい下積み時代を経て神官戦士になった自分。神官戦士として近年稀に見る逸材として評価され、その価値を自負していた自分。普通の女の子である事を止め、戦場へその身を捧げる覚悟をした自分。それらを全て踏みにじられたと思い込んだ。

 アインラオ帝国の第三皇女であるステルンべルギア皇女殿下と比べて、劣ることは受け入れられた。そもそもの生まれから違うし、ヘクセリアの名を与えられた魔女としての才能に傑出している天上人だ、比べること自体が無礼であると言われても納得できてしまう。

 しかし、仕えることに成った少年は、どこか普通らしい人間だった。

 たまたま偶然に問題を解決して、過大な評価を得た、運が良かっただけの人間だと思っていた。召喚勇者なのに、魔法も使えない、聖剣もない、神の祝福を一身に受けた訳でもない、飛び抜けて美形でもない。

 自分は死ぬような目に会いながら修練を積み、今の地位に登った。積み重ねた努力に、自負と誇りが有る。

 しかし大和にそれはない。自負も誇りもない。だからデリアーナは心のどこかで運だけの人間だと、思い侮っていた。

 そんな主人よりも、自分が弱いと言う現実を突き付けられた、嫉妬と当て付けだ。

 だが、龍騎士の後継者であるなら話は別だ。

 並大抵の才能では龍騎士に選ばれたりはしない。成ろうと思っても成れるものではなく、時流と才覚と運、全てに恵まれなければならない。

 龍騎士とは、自分如きが恋愛感情・・・いや劣情を抱くことすら畏れ多い程の英雄、自分の主人はその後継者だ。その異様に高い戦闘能力も腑に落ち納得できてしまったし、大和が自分すら守ろうとしていたことも、龍騎士の懐の深さだと思えてしまった。

 姉弟に近い関係だったことが間違いなのだ。

 これからはれっきとした主従の関係を、築いて行かなければならない。


――ヤマト様は、私にどんな罰を与えてくださるのだろう。


 公衆の面前で尻叩きと言うのも、羞恥と恥辱に塗れ、倒錯できる中々素晴らしい選択だと思えてしまった。


――ヤマト様が国へ還られるのを止めることは許されない。でも、一晩だけならお情けを掛けて頂けるかも・・・。


 神官戦士風情では、龍騎士にとっては雑兵の一人に過ぎない程の身分に差があるため、意見を注進することすら憚られる。だが、今は幸いにも、二人を隔てる壁に厚さと高さは有っても障害物がなく見通しが良いことが救いだ。


――それにしても、ヤマト様が龍騎士で在られたなんて、なんて素晴らしい事なのでしょう。おお主よ、この巡り合わせの妙に感謝いたします。


 今、仰せつかっている命はスティルが無茶をしないための監視だが、それも誇らしく感じる。

 少なくとも命を忠実に守り行う存在であると信頼された証だ。それがとても嬉しい。そして、その任務の重要性も、主人が腐心して守ろうとしている存在の護衛ともなれば、計り知れない程の重みを感じる。

その重責が心地良かった。


「デリアーナよ。そんなに穴が開くほど見つめなくとも、無体な事はせぬぞ? ヤマトが無理を通さねばひっそりと余生は過ごせる身だ」

「私はこれでも神官戦士です。その余生がどういうものになるか、分からないほど無垢ではありません。だからこそヤマト様、我が主の心に傷を生む可能性のある物は排除せねばなりません」

「まあ、そう貴様が入れ込んでくれるのも嬉しくあるがな」


 スティルとしては、自分が気に入った勇者を、他の人が共感してくれた事が嬉しいのだ。少なくともデリアーナには、自分の目が節穴でなかった証明になる。

 そしてデリアーナもそれは同じであった。


「だからこそ、悲しませることは許せません。例えそれが誰であっても」


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