第86話 終わらない戦い
クーソン共和国内にて、クーソン軍と思しきMSSに追い立てられて、大和は覚悟を決めた。
追われるがまま逃げ回っても解決しないし、このまま時間が立てば追い詰められるだけだ。だが、迎え撃つと言っても、逃げ果せる大前提の為には、戦闘行動による時間の浪費と、弾薬燃料の消費は極力抑えなければならない。
――ここらで迎え撃つべきか?
敵の数は四。辛うじてであるが、まだ追撃の砲弾をどうにか躱している。
しかし追っ手の数が増えれば、逃げることも隠れることも出来なくなる。これ以上追っ手の数が増えない内に、一度清算する必要がある。少なくとも、敵MSSが捕獲線を張っている地点に誘導されている可能性がある以上、送り狼は排除する必要がある。
「迎撃する。しっかりと掴まっててくれよ!」
「ヤマト! そんな余裕は・・・」
スティルは抗議の声を上げるが、それに構っている余裕すらない。
気が付けば挟み撃ちされましたと言う状況に陥れば、それで終わってしまう。
なにより、やられっ放しなのが気に食わない。
127ミリ突撃砲を構え直し、追っ手に向かって発砲する。降り注ぐ砲弾を掻い潜りながら、敵の退路を誘導するように砲撃を加え、そして腰部に命中させる。
MSSの腰部には武装を懸架する装置や、補助用の噴進器(スラスタ―)が取り付けられており、重要な役割を担っている。中でも最も重要と言えるのは、胴体部と脚部の接続部位であると言う点だ。当然、ここが破壊されれば、歩行は不可能になる。重力下・・・地上において歩けなくなるということは、無力化とほぼ同意の意味を持つ。
砲弾の直撃により、脚部があらぬ方向に曲りバランスを崩して転倒。あの様子ではもう歩けないはずだ。
「チャンス!」
致命打を出し難い砲撃戦を取りやめ、接近戦に持ち込む、と見せかけて一気に距離を放した。
一気に有利な戦局へと傾いたかに見えたそれを放棄し、離脱することを優先させる。
クロハイ改の接近戦への気配を感じ、迎撃態勢を整えるために追撃部隊が身構えた。追撃隊も接近戦に持ち込まれるのであれば、相応の武装に変更させなければ対処しきれず、長距離砲を懸架して近接戦闘用の武装を展開したのだ。その挙動により、追撃速度を鈍らせて隙を作り出し、クロハイ改は反転したのだ。
「何故止めを刺さない?」
「弾の無駄だ。それの上半身は生きている。接近すれば反撃される」
そして、大和の狙い通りに、追撃隊は二分した。二機がそのままクロハイ改を追い、残りの一機は動けなくなった僚機の様子を伺ったため取り残される形で距離を離した。
四対一よりは二対一の方が断然戦い易いし、何より生き残る可能性が跳ね上がる。
それでも、倍の戦力と撃ち合いをすると言うのは、肝が冷える。焦りも出る。一旦引き離した一機が追い付いて来れば、戦況は三体一に悪化してしまう。
「それに、折角分断に成功したんだ。合流される前に後一機は落とす!」
撃ち合う砲弾が、互いの装甲を削り合う。
――焦るな焦るな焦るな焦るな!
念仏のように胸中で呟きながら、冷静さを保てるように自己を叱咤する。
流石に、腐っても正規軍を思わせる連携に、クロハイ改も無傷とは言えない。直撃弾をどうにか避け、装甲を掠る程度にどうにか留めて回避をする。
耳障りな金属同士の衝突音と、温さなどない衝撃が機体を揺らす。
「くっそ! 目ん玉が零れるかと!」
「一々感想を零すな! 舌を噛むぞ!」
「っ! ・・・・・・くっ」
操縦席内で手すりに掴まるしかないデリアーナは、必死に掴まることに専念し口を挟む余裕がない。顔が赤くなっているのは力み過ぎのせいで、大和の言葉に過敏に反応してしまった訳ではない。
撃ち合いに競り勝ち、どうにか一機の右肩に命中させ腕を吹き飛ばすことに成功すると、再び接近戦に持ち込むかのようにフェイントをかけ離脱する。やはり畳みかけられることを恐れ、クロハイ改の接近戦に応じようと身構えたのが仇となり、再び反転離脱に反応できず距離を大きく稼ぎ出す。
有効打を与えたとはいえ完全に行動できなくなった訳ではない。腕一本でも反撃のしようは有るのだ。無理に追い詰める必要な無い。
そして、もう一機と撃ち合いを再開する。打ち合いの最中、敵MSSが胴体に命中しそうな砲弾をどうにか盾で防いだが、上体を崩す。
「死に体だ! 貰った!」
クロハイ改の接近戦に移ろうとする予備動作に、今度もフェイントだろうと高を括ったのか、崩れた上体を立て直すのに手間取っただけなのか、とにかく行動が間に合わず無防備な隙が出来ていた。
大和は、好機と見れば構わずにクロハイ改を突撃させる。突撃砲を懸架させ、近接格闘専用の武装に持ち帰る間を惜しみ、そのまま盾を突き出して敵MSSの頭部を強打する。
鋭くはないが、質量と運動エネルギーを持った一撃は、簡単に頭部を圧し潰すとそのまま引き千切る。
MSSの頭部は当然ながら、人間の頭と同じような機能を集約した部位だ。主に外部情報を収集する装置が搭載されているため、そこを破壊されるのは目を潰されるのと同じだった。
離れ際にレーザー機銃を用いて、MSSの機体表面を撫でまわして行く。機体構造に深刻なダメージを追わないだろうが、機体表層にある補助的なセンサーの幾つかを潰せる上に、搭乗者を心理的に追い詰めることが出来る。
怯えてくれれば追撃も鈍る筈だ。
「一旦、距離を取って撒くぞ」
「くっ! 無茶な戦闘をしてくれる!」
本音を言えば、このまま歩いて遠ざかりたいのだが、そんな猶予はなさそうだ。何より一機は無傷なままだ、のんびりと背を向けていい場合ではない。
推進剤を盛大に消費し、最大速度で一気に距離を突き放なす。
取り敢えずの危機は脱したかと、安堵の溜息を誰ともなく漏らし、互いの反応に苦笑いをする。
「これからどうすれば良い? 何所に向かえば良い?」
しかし結局、目的を見出せず重い沈黙が、再び操縦席を支配した。
葉月は出立の準備を整える。
と言っても、それは気構えの問題で、特に何が用立てる必要があると言うものではない。緩めに纏った軍服のまま、目的の物へと歩み寄った。
そこには、前回の戦闘。つまり黒騎士との戦闘で破損した部位を修復された機体が鎮座していた。
「ハヅキ君? まさか・・・君は・・・、いや君も?」
「いいえ、まさか、ですよ。私に至龍王は操縦できませんよ。ご覧の通り龍騎士じゃないし、その候補でもないです」
自虐的な笑みを浮かべる姿は痛々しいが、それ以上気負うことなく至龍王と向き合う。
驚きに目を見開く博士を尻目に、葉月は薄紫の髪をなびかせて軽く跳躍すると、自身の体重を感じさせない動きで、その肩に降り立った。何気なく、まるで落ちた書類を拾い上げるような気軽さで、MSSの肩に飛び乗ったのだ。単純に考えても垂直跳びで十五メートル以上だ、人間業ではない。
その瞬間、不快な気配が辺りを支配する。
そう言うものを感じ取ることが不得手な、その才能が全く無いと言っても良い博士ですらしっかりと知覚できるほど、それこそ空気の変質が目に見えるほど露骨に変化した。
まるで、触って欲しくない物に、無遠慮に誰かが振れたような。
生理的に受け付けない物を、無理矢理触らされたような不快さだった。
至龍王が葉月を拒絶しているように、博士には見えた。確かにあれでは操縦どころではない。
――安心してシーゼルティフィス、私もあなたが嫌いです。だけど、あなたが欲しいモノを手に入れるために、そのために必要な魔力を私が少し貸してあげる。この代金は隠れ蓑にした分で相殺、借りが出来たなんて気に病まないで。・・・それこそ気持ち悪いから。
葉月の胸中の独白に応じたのか、至龍王の放つ不快な気配が薄れて行く。
「ハヅキ君・・・君は一体?」
「博士ならある程度の想像はついているでしょう? だから帝国軍に私が拘束されることを良しとしない、・・・でしょう?」
博士は呻くように答える。それは肯定の意を持っていた。
葉月の髪の色と瞳の色は、至龍王の特徴と同じであるため、彼女自身が至龍王の意識が具現化したものか、所縁のある妖精のような存在だと博士は推察していた。
「至龍王と・・・龍騎士を引き合わせる役目を持った存在・・・なのかね?」
偶然にしては出来過ぎている、少なくとも彼女の髪の色はこの国でも珍しい色合いだ。それが偶然にも一致し、あまつさえ人間なら遺伝によって変わりやすい目の色、網膜の虹彩まで一致すると言うのは、偶然には過ぎると考えていた。
だからそれぐらいの役目を担った存在であるように思っていた。そうすれば葉月の聖墓内での行動にも、納得のいく説明が付けられたからだ。
「残念ですが、博士の思っているような存在じゃあないですよ、博士が思っているような目的でここに居た訳でもないし。・・・でも、今したいと思っている事は、ええ、確かに近似しています。至龍王を本来の・・・今代の持ち主の下へ、龍騎士の下へ届けます・・・届けたい。それで、いいですね?」
「あ・・・ああ・・・ああっ! 構わない、構わないとも! 是非、そうしてあげてくれ給え」
至龍王の機関出力が高まり、甲高い噴出音が耳に突き刺さる。背部に装備されている、主推進器が僅かに燐光を吐き出す。
操縦士がいない状況でMSSが起動する、それは本来ありえない事だ。
だが葉月は、それを成す。
容易く、近所に散歩に出るような気軽さで。
「これは操縦できないのではなく、する必要が無いの間違いだと思うのだがね? 少なくともボクが思っている通りの存在であるなら」
「だから違いますって・・・ほんと、男の子は浪漫家ですね」
しかし葉月は呆れたように、しかし照れ臭そうにはにかんで首を振る。自分は博士の思っているような存在でないのだ。そんな浪漫で語られるような、高尚な存在でない事は自身が一番知っているからだ。
自分がただの逃亡者であることを、痛い程実感していた。聖墓は良い隠れ家だった。
「私はただやりたくもない事から逃げて、こそこそと生き汚く隠れて居ただけの小娘ですよ。確かに普通の人間ではないですけど。それを除けば、ただの何所にでも居るような、自分に甘いだけの女です」
葉月の口からは、自分を卑下する言葉が零れる。
それはずっと自覚していたことだ。だからこそ、自分の果たせなかった悲願を他人へ託そうとする上野悦子や、そのために腐心して懸命に叶えようとしてきたナールアスプ博士。自分に課せられた運命の重さにめげず、真っ向から受け止めていたステルンべルギア第三皇女が眩しく見えた。逃げない彼らが、好きだった。
そしてもう一つ。
影崎大和と言う存在だ。あれは危険だと、本能で理解していた。
一目見ただけで屈服しそうになった。言い知れぬ薄ら寒さが、身体の芯を貫いた感覚を今でも鮮明に思い出せる。
本物の勇者が放つ、勇者として素質を持つ者が放つ、気配。味方には祝福を、敵には絶望を与える圧倒的な力の可能性。それに見据えられ、敵対する位であれば服従した方がましだと思ってしまった。思い知らされた。
――だけれど、流石純潔の血統というのかしら。それとも、そのために用意されていた? シーゼルティフィス。あなたが影崎大造を誑かし、己の主人に相応しい存在を作り出させたの?
葉月には、そう思わせるだけの確信している事が有った。
それは、カゾリ村の勇者無差別大量召喚事件で、なぜ本物の勇者として影崎大和が召喚されたのかという理由だ。
確かに召喚の巫女の能力もあったのだろう、しかし、その能力ではあそこまでピンポイントに条件の揃った勇者の召喚は出来ないはずだ。本当にカゾリ村を救うだけの勇者であるなら、村の中だけで完結できるような能力者を選定すればいい。
居ないのであれば、村の中だけで力を完全に覚醒できないのであれば、すでに村中に溢れていたカオスマターを吸収し自分の力にできる者を召喚すればいいのだ。
騒動を解決できる力をもった勇者の召喚は、確かに召喚の巫女の能力だろう。しかし、その勇者が至龍王の搭乗者、龍騎士としての資格を持ち合わせている確率は低い。それが、かつての大戦で自身の主であった人間の血族であるとなれば、どこまで偶然が働けば気が済むのかと、運命を司る神に喧嘩を売りたくなるくらいだ。
――仕組まれた必然と考えるべき・・・よね。
だからシーゼルティフィスが、召喚の巫女の嘆願に干渉し、影崎大和を召喚したのだと確信していた。
そうすれば説明も、納得も出来る。もやもやとした疑念が腑に落ちるのだ。
でもそれは、今回言及すべきことではないとも理解していた。むしろ、このシーゼルティフィスへの協力は自分の感情に寄る所が強い、自分の好きな人間が傷付けられ、無下に扱われている事の方が許せない。
これも、仮初とは言え安息地であった聖墓での生活が有ったからこそ、気付けたものだ。それがとても得難く、掛け替えのない記憶となっていることに、感謝の情が溢れる。
そして、それと同量の怒りのような感情も噴き出す。葉月なりの、細やかなる反撃と言った所だろうか。
だがそれすらも、自分が表に出ずシーゼルティフィスに任せようとしている。
――我ながら、どうしようもなく汚い・・・。
顔を顰め苦笑いした表情は、泣き出しそうに見えた。
「ナールアスプ博士、短い間でしたがお世話になりました」
「・・・なになに、気にしなくていい。僕は特に何もしていない」
確かにその通りだ。何もしなかった、不審な葉月と言う少女の存在を問題視せず、見逃し続けたに過ぎない。
葉月の顔から、少しだけ悲しみが薄らぐ。
「では行ってきます」
ここに安寧が確かに有ったことを認める瞳が、四つ、優しい色を湛えて博士を見下ろしていた。
「ああ、行ってらっしゃい」
その言葉に博士もニヤリと笑い顔を作った。
実に気軽な、出立の言葉だった。
至龍王は葉月を肩に乗せたまま、推進器の出力を上げ宙に浮くと、そのまま飛び去って行った。
発進時に起きた気流が肌を撫で、若干の寂寥感に苛まれたが、それも止む無しと飲み込む。教え子が独り立ちしていく様をただ寂しさで表すのは勿体ないし、何より失礼で無礼だ。錦を飾ってくれることを祈願して、表情を笑っているように動かした。
「どう、にか・・・撒いたか?」
大和は肩で息をしつつ、二人に同意を求める。結局あれから二度ほど偵察小隊に出くわし、交戦する羽目になった。
流石にクロハイ改も満身創痍。体中の装甲に新しい傷が刻まれ、直撃弾を出していないのが奇跡と言うような有様だった。戦闘の激しさは苛烈を極め、大和の疲労に比例しクロハイ改の損傷が大きくなっていった。
二回目の遭遇戦はまだ良かった。最初の小隊を撃退したのを、偶然の産物であると侮っていたのだろう。一回目の戦闘よりもあっさりと片が付いた。
しかしその次がいけなかった。
侮りを捨てた二小隊のよる挟撃を受けたのだ。戦力差は絶望的に突き放され、挟み撃ちに会い、右往左往しながら無理矢理に突破口を開き、どうにか逃げ出した。
「推進剤も残り一割、弾薬も・・・もう予備はなく、残り一弾倉か」
突撃砲の弾倉を交換する作業を横で見ながらスティルが言葉にする。既に結末は予測できていたのだ、悲壮感が隠しきれていない。決断することが出来ず逃げ回ってこの様だった。
クロハイ改も身体のあちこちの装甲板が完全に脱落し、骨格が露出してしまっている部位もある。そうでなくとも、砲弾の余波による衝撃で全身に負荷が掛かり、一部では歪みが出てきてしまっている。盾は数度の直撃弾を防いで屑鉄と成り果て、すでに投棄していた。ジャンプジェットの安定翼も欠損し、機体の安定を欠いていた。
燃料と弾薬の補給が出来ても、修理に回されるような損傷だった。操作卓で機体の状態を確認すれば、殆どが注意や警告を表す黄や赤に変わっている。最早次の戦闘には耐えられない。
もう聖墓に逃げ込むと言う選択肢も失った。
そして、探査装置が敵MSS隊の接近を知らせる警報を奏でる。どうにも容赦は無いようだ。
「てっ敵MSS、中隊規模で包囲展開し接近中です!」
デリアーナが状況を察し、悲鳴に近い声を上げる。
逃げ場もない。デリアーナだけでも降ろし、街へ逃がすと言う手が使えなくなった。
「ヤマト。操縦を私に変われ! もう貴様の体力では無理だ!」
「馬鹿言うな! そんな隙を与えてくれる連中じゃないだろうが!」
敵の包囲網の更に後方に、長距離砲撃隊が控えているのだろう、既に砲弾が届きだしていた。着弾地点を予測し躱すことは出来ているが、操縦士の交代をする猶予はない。
――ヤバイ・・・目が翳む。
既に体力の限界を超えていた大和は、強い睡魔に襲われていた。
傷を癒す魔法は使えても、体力の消耗を回復させる魔法はない。一時的に目を覚まさせることはできるが、その反動でより体力を消耗する。体力の消耗による眠気であるため、悪化しかしない。
ふと、探査装置に目を向ければ、クロハイ改を囲むように未確認機が出現していた。
「なに!? いつの間に!?」
「え? ええっ! なんでいきなり!」
意識が飛んでいたのかと狼狽え、辺りを見回すがMSSの姿は見えない。
「馬鹿者! 直上だ!」
クロハイ改の真上に突然それらは出現し、囲むように降り立ってきた。シーゼルのような機動性を持つ機体ですら、探査域の外縁に引っかかる筈だとそちらにばかり気を取られていたせいか、完全に盲点となっていた。
「こんな時に空賊か!!」
降りてきたのは三機。その内の二機は、以前一度だけ見たことが有る、飛行能力特化型の小型MSSによく似ていた。さらにそれに追加で推進器が増設されていた。
そしてもう一機は、見るからに異形。
クロハイ改と同程度の全高を持ちながらも、華奢や貧相を通り越した細身。骨しかないような機体だ。それが自身の全高よりも長く、下手をしたら自身よりも重量の有りそうな真っ黒い武器を振り回す。それは十字架の先端に矛と斧と鍬を付けたような形をしていた。
「・・・エルドース・・・だと?」
そんなものを付けているのは、空賊の内でも黒堕天と呼ばれる連中だと、大和も後で教えられることになる。
「空賊の連中に攻撃をするな・・・たぶん、それが生き残る最善だ」
大和が空賊に反撃しようとしたために、スティルはそれを止める。
スティルの考えでは、こちらの命を狙っていないのは、直上の死角を取った時に攻撃してこなかったことから、それが目的ではないと判断した。それに、まともな空賊なら、こんな状況下で掻っ攫いに来る欲深い空賊なら、身代金が狙いのはずだ。大人しく言うことを聞けば即座に殺されることはない。
どの道、戦っても勝ち目はないのだ。
それに黒堕天についてはある噂が有った。それが真実である可能性に賭けるのは、この状況下では一番分の良い賭けだろう。
そして間を置かず、上空から追撃部隊へ砲弾が降り注いだ。密集していなかったとはいえ、突然のあり得ない位置からの砲撃に、追撃部隊には混乱が生じ、その隙を逃さずに、異形の機体が斬り込んだ。
「速い!」
あっという間に接近すると、追撃隊のMSSを粉砕する。その速度はシーゼルに匹敵し得ると思えた。戦況は一気に大混戦に発展し、異形の機体の一方的な大乱獲が展開されだす。
そのあまりの凄惨さに、息を飲み、少しだけ大和に冷静さを取り戻させる。あれと戦って勝つのは不可能だということは十分に理解できた。
そして小型MSSの二機がクロハイ改に取りつき、通信が入る。
『安全地帯に退避するから暴れないでくれよ?』
少し気安い男の声だった。
聞き覚えの有るような、無いような。ただ敵意は感じない。
確かにスティルの言う通り、敵ではないような気がした。




