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第8話 缶詰騒動

「よう。・・・お前、ボロボロじゃねーか」


 大和がMSS酔のによるグロッキー状態を回復させるため、格納庫脇の風通しの良い日陰で休んでいたところ、三岡に上から声をかけられた。だがむしろ、パッと見ただけならば三岡の方が惨憺たる有様だった。

 全身汗だくでプリン色の髪も頬にべったり張付き、カジュアルな服は泥まみれだった。顔に不遜な表情はなく目は落ち窪みクマができている。明らかな疲労困憊で膝は正気を失っており、彼自慢の聖剣を杖にすることでかろうじて立って、歩けると言った風体だった。そんな有様でさえ年下には威張りたいという精神力というか、精神構造はある意味で賞賛に値する。


「あんたに言われたくないな」


 だが、それに素直な賛辞を送れるほど大和に可愛げはなかったが。

 三岡は女組副長に極限まで苛め抜かれたと見て取れる状態だった。


「・・・で、そっちはどーよ」


 どーよと聞かれても主語も目的語もないそれを、男同士のシンパシー的な直感で理解した。

 なにがしかの収穫はあったのかと言うことだ。大和は既に、その記憶のいくつかは封印指定し記憶の奥底に沈めてしまった。正直、その記憶を抱えたままでは歩くことは躊躇われたからだ。


「まぁぼちぼち、堪能はした。・・・そっちは」

「美鳥さんは美しい。以上」


――美鳥・・・ああ、女組副長はそんな名前だったか。しかし、さん付けかよ。口調まで矯正されたのか? ぶっちゃけ女組で副長が一番恐ろしい人なんじゃないか?


 三岡は文字通り崩れ落ちると、そのままゴロリと大の字になって寝転がる。転がった聖剣を手元に寄せる気力もない有様だった。


「やっべ~ぇ。もう立てる気がしね~わ、ホント美鳥さん手加減してくんね~し」


 手加減してもらってその様だと大和は思ったが、もしかしたら本当に手加減しなかったのかもしれない。ならばこの三岡という男の剣士としての腕前は、かなり高いことになるのだが。真相は分かりかねたので突っ込みは入れない。


「背筋がシャンとしてて立ち姿もかっこいいのよ。ありゃ女でも惚れるぜ・・・」


 そんな賛辞が疲れ切った口から零れるとは、相当に入れ込んでいる様子だった。

 副長を褒め囃す言葉がポツリポツリと零れ、さほど間を空けずに三岡は眠りに落ちる。これで相槌を打たなくて楽になると一瞬期待したが、反対に騒音レベルのイビキを暫く聞かされる羽目になり、精神力を試される修業の場へと変貌した。




 太陽が傾き夕日に代わり出したころ、大和が帰ろうと動いた物音で三岡も目を覚まし、どちらからともなく立ち上がると男組のキャンプへ足を向けた。太陽はゆっくりと西の空に沈み出し、赤みを増していく。

 大和は胃腸に感じる違和感がどうしても治まらずに、もやもやとした気分が消えなかった。眩暈は完全に治まり、倦怠感はこれから一晩寝れば治るだろうと思われる程度だ。吐き気というほどではないがどうにもおかしいのだ、まるで自分の臓物が別物に入れ替えられたような、機械の部品に変わったかのような違和がべったりとこべり付いていた。


――視覚がMSSと同調して自分の大きさを誤認したってことは・・・あれか? 俺の内臓とオーディアスの腹部に収められている器官が同調したってことか? 人間のような消化器官なんてないはずだから、それの混乱が視覚なんかより強い違和を産み出しているってことでいいのか? この推察が正しいなら・・・慣れるしかないんだろうな・・・。


 大和にはあと何回感覚を同調させて、そのたびにグロッキーになればいいのか知る術はない。合わない人間はより過敏に反応するようになり、徐々に慣れて行ったとしても慣れ切る前に寿命を迎える人間もいる。女組のMSS操縦者はカオスマターによる人体強化で症状の緩和や、克服しやすくなっていたのだ。

 大和は胃腸の違和にどうしても気分が晴れないまま、男組のキャンプ場に着いてしまう。


――仕方ない。今日はもう寝よう。


 莉緒の言付を守り夕食は取らないことにして、さっさと眠ってしまおうと自分のテントに潜り込もうとしたときに、破滅を囁く烏の鳴き声を聞いた気がした。

 キャンプにて更なる試練が待ち構えていたのだ。


「お~い。坊主ども、開けるぞ!」


 という源田の主語の欠けた、酒でも入ったかのような陽気な声が耳に届く。その周りには夕刻だというのに、既に酒が回り上機嫌になっている者もいた。

 源田が手にしている物は、今朝方、三岡に絡まれた原因であり、このまま持ち続けるのも面倒になったのか本日付で配属された召喚勇者の歓迎会的なノリで開封することにしたようだ。


――シュールストレミングだ、と!? それを今ここで開けるのか!? 無理だ! 逃げなければ! 全速力で出来る限り遠くへ!


 大和は考えがそこに至ると、咄嗟にテントの中の私物を全てひっつかみ、来た道を戻るために駆けだす。倦怠感も胃腸の違和感も無視して全力で。今の体調であんな物の臭気を嗅いだら絶対に匂いに耐えられずに吐く。下手をしたら正気を保てないかもしれないという危機感から、生存本能がそうさせた。

 胃腸はもとより三半規管が悲鳴を上げるが、そんなものに構っている暇はない。全て後回し、多少の無理のつけは生き延びてから払えばいいのだ。

 それに、酔っ払いがあの匂いを嗅いだらどんな連鎖反応が起きかねない。そうなればここに地獄が形成される。

 咄嗟に零れた良心が、視界の端に三岡の姿を捕え逃げろと伝えた。しかし彼は、数日間は筋肉痛確定と思われるほど疲労しており走れるような状態ではなかった。大和の鬼気迫る表情に相当危険な事態が進行していると判断し、ついて逃げるために向きを変えようとしただけで足がもつれ転びそうになり、表情に影が差す。

 素早く頭を切り替えたのか逃走をきっぱりと諦め聖剣を地面に突き立てる。


「聖光よ! その清浄なる輝きを持って我を守りたまえ!」


 その文言と共に足元から清浄さを感じさせる魔法陣が瞬き、三岡の身体を清らかな光が包む。


――逃走から防御に切り替えた判断は間違っちゃいないが、使うのが少し早すぎるぞ。走れないにしても離れられるだけ離れてから使うべきだ。


 その防御の力がどの程度の効力で、どの程度の効果時間があるか知らないので大和の懸念は意味のないものかもしれない。

 しかし文言の澱みのなさは昼間の女組副長にしごかれた際に、へとへとになるまで繰り返した反復練習の成果と思われる反面、人間の体力や精神力が有限である以上、本来の効果は期待できない。


――死んだら墓前に花くらいは添えてやる。さらば!


「やあ影崎君どうしたんだい? そんなに慌ててさ」


 全力で走る大和に気付いたのか、散策から男組キャンプに戻っている最中だった宮前が並走しつつ聞いてきた。


「おっさんが、シュールストレミングを、開けるってさ」

「なろほど。それは逃げないとだね」


 宮前はあっさり事態を飲み込むと、そのまま走り続けることを選択した。二人は並んで南西――村の中心に繋がる道を走り続け、物置場と化した中央広場にまで逃げる。

 大和としては、それこそこの中央広場の南にある女組の基地まで逃げたかったが、体力的に限界が訪れる。急な全力疾走の反動で胃腸にストレスが更にかかったらしく、吐き気がぶり返してきたのだ。

 ぜえぜえと荒い息をしながら趨勢を伺うと、鼻が不快な臭いを捕えだす。


「うげぇ、もうここまで臭ってきやがった」

「この距離で、この臭気はちょっと厳しいかな」


 辺りに漂い出したのは動物性たんぱく質が腐敗した臭い。その中を平然と進む宮前の姿は、絵的にちょっと遠慮して欲しいと思ったので、この反応に大和は内心胸を撫で下ろしていた。

 臭いはするが我慢できないほどではない為に、取り敢えず逃げるのはこの辺りまででいいかと様子を伺う。これ以上に臭いが強まるような気配はなさそうだと判断して大きくため息を吐く。


「ここは一応安全圏か・・・やばかった・・・」

「モノによっては催涙ガスクラスの刺激だって冗談めかして言っていた人の話を聞いたことがあるけど、この臭いだとあまり盛ってなさそうな話だね・・・って影崎君何をしているんだい?」

「いや、疲れたし、もう動きたくないし、寝る。幸い寝袋は持ち出せたから風邪は引かないだろうし」


 そういいつつ大和は放置された土管の中に身を滑り込ませると、目を閉じて寝る体制に入ってしまっていた。

 宮前が大和の野生児さながらの行動に驚嘆していると、臭いに気が付いた村人の騒ぎが聞こえ出した。


「おお、宮前様」


 村長が臭いの原因を調べるべく様子を見に来たのだろうか、宮前を見つけると少し慌てた様子で駆け寄ってきた。


「この臭いの原因はいったい? 下水でもだれか壊しましたかな? 男組のキャンプに近い住民から苦情の電話が入りましてな。何か心当たりはありませんか?」

「これは・・・補給で頂いた缶詰が腐っていたみたいです。キャンプに帰る途中で臭ってきたので詳しくは分からないですけれど。僕はこの臭いが苦手なので、男組の皆には申し訳ないですけど非難させてもらいました」


 説明が面倒だったので言葉を濁しておいた。宮前自身も自分で実際見たわけではないので、下手に知ったかぶりをしない方がいいと判断したのだ。


「そうですか、そんな缶詰が・・・こちらの手配に落ち度があった訳ですね。申し訳ないことをしました」

「僕は大した被害を受けてないので謝らないでください、かえって困ってしまいます。ですが一つだけ我儘を聞いて貰ってもよろしいでしょうか?」


 村長はその言い分に警戒を顔に出すが、宮前は軽くトンと土管を叩き優しい笑顔で言葉を続ける。


「流石にあの臭いの充満したキャンプに今晩は戻りたくないので、この中央広場で一晩過ごしてもよろしいですか?」

「この状況ならば仕方有りませんね。分かりました、ただし、今晩だけにしてくださいね、くれぐれも問題は・・・」

「分かっています。無粋なまねは致しません」


 曇りのない返事を聞いて、村長は疑いの視線を伏せる。

 基本的に召喚勇者の寝所は、それぞれの野営地から出ることを禁止されていた。それは闇夜にまぎれ村人を襲ったり、男組が女組に夜這いをかけたりするのを防ぐことを目的としたものだった。男女間の問題が起きれば風紀がすぐに乱れるために避けたいのだ。

 宮前の整った優しい笑みを見て、少なくとも迫られて嫌がる女はいないだろうと、村長は非常に悔しい気持ちで妬ましいと思いつつも、ここで大人しくしているのであれば問題は起きないだろうと判断を下した。

 自分があと二十年若く、宮前が女なら花束の一つくらい贈っているだろうなとさえ思ってしまったほどなのだから。


「無暗に出歩かないで下さいね。やれやれ、では私めはちょっと男組まで様子を見てきますかね・・・」


 深い溜息を吐いて村長はそう零すと、肩を落とした非常に重い足取りで男組のキャンプの方へ向って歩き出した。

 村長という立場故にしっかりと自分の目で確認する必要があるのだろう、もし宮前の報告が誤りで本当に下水に異常があるのならば、他の村人の生活に支障が出る。そうなれば結局は村長である自分が責任を取らなければならないため、早めに確認をした方が事態を収拾しやすい。今の時間ならば隣町の業者に連絡して、運良く修理工の者が手透きであるならば明日にでも修理に来てもらうことができるだろう。嫌なことは素早く処理しておいた方が、後々の被害を減らせるのだ。

 疲れがにじみ出た村長の背中を見送り、思ったよりも冷たくなってきた風にブルリと体を震わせる。一応ここで寝る許可は取ったけど、キャンプまで寝袋を取りに行くのは面倒だ。


「あれ、そもそも僕にテントって、どの場所のやつが割り当てられてるのかな?」


 という疑問が出てきた。今朝、召喚されて男組に案内されたら三岡のバカが騒動を起こしたので、逃げるように大和について行き荷解きの手伝いをした。午後はぶらぶらと村のあちこちを散策しながら畑仕事をしている人たちと世間話をしたりして時間を潰して、帰り際にこの腐臭騒ぎだ。案内される予定の、自分の割り当てのテントは知らずじまいだ。

 男組に戻っても寝床はないかもしれない。

 仕方ないと思い、大和から何か暖の取れそうなものを借りようと土管を覗き込むが、すでに寝息が立っていた。

 その顔は、年相応。いや普段の顔に張り付いた生意気そうな表情が鳴りを潜め、年の割に妙に聡く、どこか斜に構えた態度も言動もないためか、かなり幼く見える。


「おやおや、影崎・・・大和君。君の寝顔はなかなか可愛らしいんだね」


 聞く人が聞けば怒り狂いそうな感想を溢し、その空気を察したのか、それとも胃腸の違和のせいか大和は眉をひそめた。





 翌朝。

 まだ陽の登り切っていない薄暗い時間帯であったが、大和は日課にしている鍛錬を開始する。今朝の寝覚めはあまり宜しくなかったが、日課をやっていればその内に忘れてしまうだろう。土管で寝たせいで固まった筋肉を解し準備運動を終えると、村の中を流すように走り出す。

 今日も天気は良さそうだと思いを馳せながら走っていると、フォノが無理矢理に速度を合わせて走り寄ってきて、


「き、奇遇ですね。ヤマト、様」


 そう声をかけられた。


――無理があるだろう。完全に待ち伏せですよね、フォノさん。


 既にフォノの走る速度は最高速であるらしく、大和に引き離されないように走るだけで必死の様だ。ここで置き去りにしてしまうのは簡単であったが、フォノの走りに余裕が出来る程度にまで速度を落とす。


「お早うございます。巫女様」


 フォノは長い青色の髪を結い、恐らくは綿製のシャツにモンペのようなものを履いていた。なんというか、完全に畑仕事するお婆ちゃんと同じ格好だった。恐らく動きやすい服というのがこのようなモノしかなかったのであろう。


「あれから、ちゃんと、毎日、走って、いるので、すからね!」


 若干得意げに鼻息を鳴らす。


――フォノは可愛いなー・・・揺れさえすれば・・・揺れさえすれば完璧なんだが・・・。


 思わず抱きしめたい衝動が湧き上がるが、そんなことをしたら流石に拙い。例えフォノに拒絶されなくても、カゾリ村から排斥されてしまう。最悪は性犯罪者だ。


「あの時、の、お話しで、思った、のです。私も、できるだけ、運命に、抗って、みよう、と」


 大和が助言したように、まずは体力造りとジョギングを始めたらしい。

 そのひた向きさは純粋に人間として好感が持てる反面、何故という疑問がフォノという少女に対して嫌悪を覚える。


――何故、フォノは俺に構うんだ? 従順な駒が欲しいのだろうか?


 構ってくれるのは非常に嬉しいのだがどうにも腑に落ちず、何か裏があるのではないのかと勘ぐってしまうのだ。構って絆して籠絡して従順な駒にするための下準備としての接触であるならば、すがすがしいほどの悪女ぶりに逆に感心してしまう。だがフォノにそこまでの悪意はないように見えるのだ、ひょっとして惚れてくれているのではと期待してしまう程度には。

 だが、大和はそんな希望的観測を受け入れられない。

 見栄を捨てて話せば、大和は自分が女子にモテるタイプだとは思ってないからだ。わざわざ嫌われるようなことはしていないつもりだが、容姿にしろ性格にしろ勉学にしろそれだけで好かれるほどの得点は稼ぎ出せない。確かに中学校であるなら強さにおいて抜きん出ていたと自負していたが、発揮する機会はなかったし、どうせ暴力男は嫌われる。そして召喚された今ではカオスマターを持っていないと判断され戦力外通告をされた身の上で、唯一の取り柄と思っていた強さも溶けて消えた。

 宮前という美形がいる以上、フォノが大和の容姿だけで好感を持つには無理がある。

 また性格では三岡のようなタイプの方がモテていた。あのような手合いは女子との会話で、褒めたり煽てたりお道化たりと楽しませる話術を持っている。山暮らしが祟り流行歌すら知らない大和では、女子と会話するための話題もなく、楽しませるという話術もない。誰だってどうせ会話するなら楽しませてくれる人と会話したいに決まっている。

 大和が自分で“俺よりモテるであろう”と判断した、宮前・三岡の両名を飛ばした時点で、純粋な男としての魅力ではなく、何らかの思惑が潜んでいなければ納得できない。しかし、役立ちそうな力を持っていないために、駒としての価値も弱い。

 だから疑問が募るのだ。


「ところで、その、ヤマト、さま。背負って、おられる、荷物は、いったい?」


 自ら女子に会話を振るというスキルを持ち合わせていない大和は、積極的に声をかけてきてくれる人との方が会話しやすく、こういう世間話のような質問なら歓迎だった。

 フォノの質問通り大和は木刀を始め、昨晩持ち出した私物――着替えに始まり、蓄えている食糧や飲料水も一纏めにしており、この世界に来てから得たほぼ全ての財産――の殆どを背負って走っていた。


「いつどこで戦闘に巻き込まれるか分からない以上、自分の装備は肌身離さず持つべきだから。敵が襲撃してきたとき武器をテントに置いてきたから持ってないとかになったら、目も当てられないだろ?」


 武道の試合ではない、待ったはないのだ。


「逆に言えば、戦うときは武器を持っているんだ。常にその重さに慣れておかなきゃ、まともに戦うことすらできない。剣が重くて走れませんとか、剣の分動きにくいからって服を脱いで裸で戦う馬鹿はいない」

「・・・いない、の、ですか」


 若干残念そうな音を含んだ声だった。忍者が全裸で戦うと思っているのだろうか。


「でもさ、鍛錬の時だけだよ、こうして全部持っているのは。配達の仕事の時は邪魔になるし」


 それでも、現時点の主武装となる木刀は手放さなかったのは、役立たずと言われようとも、自分が戦える人間だという矜持を手放さないための、僅かばかりの抵抗だ。

 ポツリポツリと世間話をしつつ、多分距離にして二キロメートルくらいだろう。フォノのペースで走ってきたが、既に会話は途切れ呼吸は荒くなりこれ以上走るのはやめた方がよさそうだ。


「はぁ、ひぃ、はぁ、ひぃ・・・」

「一旦休憩しよう」

「はぁ、田舎、ひぃ、育ちの、はぁ、体力を、ひぃ、舐めない、で、下さい」

「いや、もう無理だから」


 だらだらと滝のように汗を流し、顔を真っ赤にしていては説得力がない。それどころか、呼吸の苦しさからか喘ぐように顎を突き出し、眉根にしわを寄せ瞼も半分閉じてしまっている。汗で顔に張り付いた髪の毛と相まって、非常に前が見難そうだった。足元も覚束なくなりふらふらと上体が揺れ出している、転んで怪我をする前に止めてしまった方が良いだろう。

 大和は「失礼」とだけフォノに声をかけ肩を抱くと上体を安定させて、大和が支えとなることでスピードを落としつつ、急に立ち止まってしまわないように、そのまま惰性で走るようにゆっくりと歩を進める。暫く寄り添ったまま、フォノの呼吸が落ち着きを見せるまで歩き続け、そっと地面に腰を下ろさせる。


「・・・まだ、はぁ、走れ、ました」

「なら一息付けてもう一度走ればいいさ。無理さえしなければ頑張ること自体は悪くないと思うよ」


 呼吸にかすれた音が混ざるくせに、そんな強がりをする。大和は荷物の中から新品のミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、フォノに押し付けるように手渡す。

 フォノは申し訳なさそうに受け取るとりながらも。一度口をつけるとみるみる内に飲み干してし、驚きの声を上げる。


「・・・お水が、こんなにも美味しいものだなんて、知りませんでした・・・」

「じゃ次は汗を拭いた方が良い。タオルは・・・新品じゃないけど、一応ちゃんと洗ったから奇麗だと思う」

「ありがとうございます。使わせていただきます、ヤマト様」


 フォノの汗を吸ったタオルがずっしりと重くなる。


「すごいです。こんなに汗をかいたことは初めてです。人間は一度にこれだけの水分を失っても大丈夫なのですね。・・・ヤマト様はあまり汗をかいておられませんね?」

「ん、あぁ。まぁこれぐらいならまだまだ平気」

「平気ですか。溜め込んで苦しんでいるように見えます・・・強がってはいませんか?」


 一瞬、フォノの言葉の意味が理解できなかった。いつもよりもスローペースで距離も五分の一程度しか走っていない、強がる以前にさほど疲れていないというのは本当だった。

 だが、フォノの指摘した強がりというのは、そのことではなかった。見透かされるとは思っていなかっただけに、大和は驚愕してしまう。


「召喚勇者の価値にカオスマターの存在など些細なことなのです。本来なら、本当の勇者ならば。ニタム・・・村長やこの村の重鎮たちは、その異質な力に魅了されているように思えます。かつての大戦いおいて召喚された勇者はカオスマターなぞに頼ったものは誰一人としていなかった・・・そうです。なのに、即席の力であるカオスマターに頼り切っている姿は非常に危うい気がします」


 フォノの言葉に大和はなるほどと納得してしまう。

 例えば“嵐の魔剣ストムゾン”を持つ源田仲利。元来の勇者であれば、己を鍛えその過程で手に入れた魔剣を使い熟すようになり、勇者として頭角を現していくという流れであれば、誰しも納得できるだろうし素直な賞賛を送れる。だが今の彼は、確かに飛竜種を討伐するという大業を成しえているが、それはあくまで魔剣の性能によるものだ。彼の剣技というものは皆無、だからこそ曲がりなりにも剣の鍛錬を積んできた大和からすれば、木刀ですら倒せそうな気がしたのだ。


「カオスマターの恩恵はあくまで恩恵程度に捕えるべきなのです。カオスマターの有無を見抜く“混沌探知の水晶球”によって見出し、それだけを勇者を計る物差しとして扱う現状は、逆に危ういと思うのです。カオスマターは“戦う力”ではなく“戦える力”に過ぎないことを忘却してしまっている」

「だからカオスマターを全く持たない俺を気にかけているのか?」


 心につかえた棒が外れるような気がした。もしそうならば自分も活躍することができるのではという期待も膨らむ。


「いいえ、違います。貴方はこの私が、フォノ・メアローが召喚したのです、勇者としてこの地にお越しいただいたのです。私が貴方を信じなくて誰が信じるというのでしょう。貴方は“戦う力”を持つ真の勇者であると私は確信しております」


 ガクッと肩の力が変な風に抜ける。上げて下げてまた上げられた。

 力がないと言われ、役立たずと言われ、それでも腐らずにいたことが報われた気がする。


「じゃ、もう少し頑張ってみようかな。フォノがそう言ってくれると頑張れる気がする」

「はい。頑張って一番活躍してください」


――それって、ある意味で・・・って、いや。それはプロポーズじゃないですか!?


 その言葉の意味に思い至り、二人とも先ほどとは別の意味で顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「・・・あ、あの、この件は、その、内密に・・・お願いします。村や男組の士気にも関わりますので・・・」


 頭から湯気が立ち上るようなのぼせた感覚に眩暈がするが、MSS酔いなどと比べようもない程、それは甘美な感覚だった。

 茹だるような熱病の中、ふとある言葉が大和の脳裏によぎり、今しかない契機と腹をくくった。


「あの、フォノ・・・ミヤヤって何?」

「・・・あ・・・あの、私のせい・・・本名です。召喚の巫女フォノ・メアローは世襲する名前なので。ミヤヤは村の人しか知らない名前で、これも人前では口にしないでいてください」


 そう言ってはにかんだ顔はとても愛らしいものだった。

 不意にグルルルルと音が鳴り、一早くその音の正体に気付いたフォノは、羞恥によりまたも顔を赤くし耳まで染めた。


「・・・まぁ、普段あまり運動していない人が走って、すきっ腹に水飲めばそうなるよ。そうだ、イワシの蒲焼缶食う?」

「・・・い、頂きます」


 涙目のまま、缶詰を頬張るフォノはとてもとても可愛かった。


2016/09/06 誤字修正。

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