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第85話 大義名分

 大和たちのクロハイ改は、荒野を逃走していた。


「追っ手は?」

「距離を保って追跡中です」


 チンピラどもを撃退した後、主に飲食物だけを操縦席に詰め込んで逃走を開始した。

 自動車も捨てるには惜しかったが、邪魔になるので諦めた。買い込んだ飲料水の大半を、諦めざるを得なかったことが一番の痛手だろうか。


「追っ手の正体はなんだ?」

「恐らくクーソン共和国軍の斥候部隊かと・・・数は四に増えました」

「ちっ! 小隊が揃ったか・・・」


 距離を保って追い立てるのは、明らかに罠だろう。恐らく待ち構えているだろう捕獲部隊の虎口に、押し込むように誘導されるはずだ。当然、ジャンプジェットを使って距離を稼ごうとしても結果は変わらないだろう。燃料を使い切った所で包囲されては完全に詰みだ。

 大和たちの逃走を困難にしている物は、ゴールが無いということに尽きる。ここに行けば助かるとか、これを超えれば安全になるとか、そう言った安息地の境界と言うものがない。また、クーソン共和国外へ出れば安全かは全く分からない。帝国へ逃げ込んだところで、全員の安全が確保できないため踏ん切りがつかないのだった。


「撃ち落すか?」

「ダメだ。奴らはそれを望んでいる」


 こちらに先制させることで、反撃の大義を確保すると言う常套手段だ。確かに大和の腕なら小隊相手でも善戦できるだろう。幸運が重ねれば、短時間で行動不能に追い込むことも出来るかもしれない。

 しかし弾薬が有限である上に、戦闘機動を取れば推進剤を消費し、そう何度も戦闘を繰り返すことはできない。

 こうやって距離を保ち追跡し続けるのも、こちらの精神と体力を削る為の作戦だろう。疲弊し判断が鈍れば、捕えやすくなる。

 打開策はない。連中が根負けして諦めるまで、延々と逃げ回るしかない。

 それはとても現実的な解決策には見えなかった。

 こちらはまだいい。スティルが健在であるため、心が折れそうになっても叱咤激励してくれるし、最悪デリアーナの癒しもある。操縦の交代も可能であるし、自身の人生や命が掛かっているのだ、それを思えば緊張感も続く。

 しかし、相手はそうではない。

 クーソン共和国のどの部隊で、どの程度の練度なのかは知らないが、ヨラージハ国の侵攻時に肩を並べて戦った感想からは、強く期待できるようなものはなかった。


「くそっ! やっぱりか! 連中痺れを切らして撃ってきやがったぞ!!」

「ちっ! 仕方ない! 交戦を許可するが、あまり激しい機動をしないでくれ!」


 言われずとも分かっていた。高性能なMSSオーディアスをベースにした改造機であるクロハイ改であるが、手足の力だけで出来る起動には限界がある。跳んだり跳ねたりと言った動作は、人間にできる程度のことしかできない。弾雨を掻い潜り、敵を討ち倒すにはジャンプジェットや、それに類する噴進器の活用をしなければ不可能なのだ。

 ガツンと横殴りの衝撃がクロハイ改を襲い、操縦席内は掻き廻され、その一撃で積み込んだ食べ物なんかがぶちまけられる。


「ああ勿体ない。・・・勿体ないお化けが出るぞこん畜生!」


 スティルの言葉の真意も理解する。確かに激しい高機動戦闘をすれば、推進剤を大量に消費するが、それ以上に、まともに固定されていない操縦席に放り込んだ荷物が、悲惨な目に会う。

 そして、主操縦席よりも簡素な造りの補助席においては、身体に掛かる負荷を軽減する機能は貧弱であるし、デリアーナに至っては、増設された手すりにしがみ付いているだけだ。

 内部で人間が持たない。

 これが、教習用以外で複数人乗りのMSSが殆どない理由でもあった。

 127ミリ突撃砲を素早く構え、一挙動で振り向き発砲、そのまま勢いを殺さずに前へ向き直り、また歩みを進める。

 戦果を確認する余裕もなく、応射される砲弾をどうにか避け、避け損ない激しい衝撃が機体を揺さぶる。


――くそ! ジリ貧だ! ヤバいぞこれは!


 転倒こそ免れた物の、掠った肩部の装甲は吹き飛んでしまっていた。

 推進剤の消費や、操縦席内の散乱など気にしていては勝てない。むしろ、激しく起動して反撃してでも、短時間で戦闘時間を終わらせた方が、結果として損害が少なくて済む気がしてきた。


「このままじゃだめだ! さっさと潰して逃げる! いいな!」


 そう宣言し、承認も待たずに大和は行動を開始した。





 アインラオ帝国、帝都近郊の某所にあるかつての軍事基地。

 今は聖墓と呼ばれるようになった施設でも、第三皇女の薨御こうぎょは伝達されていた。しかし、幸いにして勇者送還事業が軍部の管轄下に入り、ルードリアス元帥の判断により事業は停滞せずに継続していた。

 それどころか、ナールアスプ博士の要請にも素早く対応し、予備機材なども必要量が運び込まれ使用できるようになっていたこともあり、送還事業自体はおおむね順調に進行していた。


「やあやあ、ハヅキ君お疲れさま、ご苦労さま」

「ほんと、疲れましたよ・・・な・・・、せ・・・先生の具合は?」


 なぜ自分がこんな苦労を強いられているのかと、葉月は博士の労いに愚痴を盛大に零そうとしたが、思い止まり、そもそも自分が巻き込まれることになった原因へ探りを入れる。


「・・・容体は安定していますよ。お医者様が着きっきりで見てくれていますから、これ以上の悪化はないでしょう」


 裏を返せば快復には程遠いということだ。悪い状態のまま体調が停滞してしまっている。

 無理もないと博士は思う。自分の娘のように可愛がっていた第三皇女が死んだと聞けば、眩暈の一つも起きるだろう。事実、そこまで入れ込んでいない自分がそうだったからだ。情が深い分、きっと喪失感も倍加してしまっているのだろう。


「あの元気の塊のような姫殿下が・・・まさか、と言う気持ちしかないよ。僕だってそうだ、そうなんだ」

「・・・殺しても死ぬようなタマではないでしょうに」


 ふと葉月も零す。しかし、人間は存外簡単に死ぬ生き物だ。どんな元気な人間でも死ぬ時は死ぬ。


「ふむ、正直な話、例え話だが・・・姫殿下を討ち倒そうとすれば帝国軍では不可能だと思っていたのだけどね。ヘクセリアを名乗れるほどの魔法使いなのだから」


 博士も以前、スティルが魔法をどれだけ使えるか限界量を知りたくなり、試験して貰ったことが有る。あれだけ膨大な魔力量を持って、回避不能と言われる雷撃矢ライトニングボルトを数百発と乱射出来る能力がある。ただ人間なら勝てる筈もない。

 それでいて、剣の腕前も悪くはない。雑兵となら十分渡り合える程度の地力があり、それを専用の魔剣と剣術で増強し、猛者の仲間入りをしているような傑物なのだ。

 生かすよりも、殺す方が難しいと言うのが、博士の評価だった。

 だが、こうなってみると、直前に元帥に権限を移譲していたのが気にかかる。まるで見越したような出際の良さだ。死期を察した猫のように、無残を晒さないと言う精神なのだろうか。


――ふむふむ。そうなると、生きておられる公算が高くなる。身の危険を感じて死んだと見せかけて雲隠れ・・・おお、まるで冒険小説のような行動だ。と成れば僕らとしては、僕としてはやはりお手伝いをするべきだ。


 少しばかり、博士の中でのスティルは優秀さが際立っていたが、実情を知らないが為の、そうであって欲しいと言う願望の表れだ。


「ハヅキ君。送還の方はどうだい? どの程度進んだのかね?」

「本日、最期の源田様を送還して、後はもう一人を待つだけですが?」


 基本的に機器の操作は葉月が行っていた。先生――上野悦子は飽くまで神輿であり、船頭であったため、計画の進行方向などを示しはしたが実際の機器の操作については、専門外だった。至龍王を宥めることだけが求められていた。

 博士は出撃させ返還された至龍王の、損傷を直すことに没頭していたと言っていい。その際に安定して動力を供給できるように増幅装置や安定装置を増設し、万が一の出力低下に備えた。これが功を奏し、大和やスティルの助けなしで稼働できるようになっり、事業が停滞するようなトラブルの発生もなかった。

 だから葉月に操作を一任していたのだ。

 男勇者たちの受けもよかったし、中々優秀な人材だ。


「もう一人は・・・少年か。ふむふむ、ちょうどいい。ハヅキ君、やってもらいたいことが出来たのだが」

「拒否権は・・・あるんでしょうか?」

「ん? うん。有るよ。嫌なら拒否して貰っても構わないとも。ただ、君が言うことを聞かざるを得ない材料を僕が持っているということは理解しておいて欲しいな」

「脅迫ですか?」


 脅しには屈しないと言う態度を取る。しかし、博士は脅すつもりはないが、強要させるだけのネタだと確信していた。


「アインラオ帝国軍に“葉月”なんて軍人はいないんだよ。そして僕の助手にも、先生の教え子にも、そんな人間は存在しない。つまり君は、何らかの手段によって、何らかの目的によってここに潜り込んだ存在だということだ」

「・・・あきれました。それは博士の妄想でしょ? そんな妄言が信じて貰えるとでも? そもそもそれを二人っきりの時に言いますか?」


 暗に、ここで口封じの可能性を示唆する。

 危機管理能力が足りておらず、博士には自殺願望でもあるのかもしれない。


「まあまあ、聞き給え。おほん。・・・そしてハヅキ君、君は各国の諜報員の可能性もない。外部との接触に関しては一応見張らせてもらっていたからね。君が此方の能力以上に有能であるなら、その限りではないが・・・その、言い難い事だが・・・」

「何ですか?」


 博士の言い分に、うんざりするような表情を見せる。

 自身が軍人であると固執し主張しないのは、それが無意味であることを良く知っていた。博士が断言したということは、それなりに裏の取れたことだということは理解できていたからだ。

 長らく隠し謀っていたことを、さらりと暴露された訳だが、そこに焦りはない。精々、割と居心地の良かった聖墓での生活が、終了したことが残念に思えるくらいで、自分の身一つならどうとでもなるからだ。


「うん、君には割と能天気に、何も考えていない所が見受けられたからね。隙だらけ過ぎて、返って見つけ出したい隙が見当たらなくなっている。これは諜報員としては向かない資質だと思う」


 諜報員以前に軍人としても適性が無いように感じる。

 博士の言葉に露骨に眉毛が歪むが、そう言う所が向いていないと思わせるのだ。

 葉月自身はバラされても困ることはないが、このままここに居続けられるほどの面の皮を持ち合わせてはいなかった。バレた以上、さっさとおさらばするのが、今までの彼女なりの処世術であった。

 だから最後に、少なくとも今までの生活は悪くない物であったため、少しばかりは代価を支払っても良いと言う気分になる。


「私に何をさせたいんですか?」

「うんうん、それだよ。結局はそれだ。多分僕のして欲しい事と、君のしたいことは近似した行動であるはずだ。だからそれをして欲しいと言うだけなんだよ」


 帝国の正式な発表でスティルは死亡している。

 だから「きっと生きているから探せ」とは、口が裂けても言えない。それは国の方針に逆らって、墓を暴くような行為であるからだ。そんなことをすれば周囲から袋叩き似合う。

 だがもう一人の方、影崎大和の死亡は公式に発せられていない。つまり、彼を探す分には、まだ何の制限もかかっていない。

 まして至龍王の操縦士として、龍騎士としてスティルの予備のような存在になっているのだ、その身柄を確保することは国益に繋がる。この大義が有れば、どうとでも言い逃れは出来る。


「つまり、私にあの少年を探し出して来いと言うのですね? ですが、探そうにも足がありませんよ?」

「あるだろう? かの少年の生存は巨大な国益になる。ならば何をしてでも確保するべきだと僕は思うよ。どんな機材を使ってでもね。幸い、送還事業が本格化したことで軍部の装備に幾つか手頃な物がある。それを好きに徴発すればいい。その権限が君に無くとも、龍騎士の保護は何よりも優先すると僕は考える」


 英雄機を駆る龍騎士は、この世界において絶対的な存在となっている。

 その存在自体が善であり、英雄なのだ。それが味方に付くと言うだけで、強固なプロパガンダになり、民衆を扇動することも容易になる。龍騎士に恩を売れるのであれば、特売セールで売りつけるべきなのだ。


「何を使ってもよろしいのですよね?」

「ああ、聖墓にある装備なら、どれでもどれだけでも好きに使いたまえ。龍騎士の確保が出来るのであれば、後出しで許可などいくらでも取れる。気に病む必要はない。好きに使いなさい」


 それは博士の恩情だったのだろう。

 スティルが死亡した帝国で、先生が心労で倒れた聖墓で、このまま葉月が居座ることは不都合しか生まない。大和を連れ帰ることが出来れば、新たな龍騎士の恩赦ということで、葉月への追及を免れさせることも出来る。その上で、またここに留まりたいと言う希望があるなら、そうすれば良い。

 だがもし、帝国の発表通りにスティルが死に、大和も消息が掴めぬままであるなら、聖墓は葉月にとって酷く居辛い場所になるだろう。だから、適当な理由を付けて逃そうそしてくれていると理解できた。


「分かりました。では征きます」

「ああしっかり、しっかりと頼むよ。当然結果が良いモノに成ることを期待しているからね」


 少なくとも聖墓での生活は悪くなかった。

 先生のお世話をするのも苦にならなかったし、博士に振り回されるのは鬱陶しかったが嫌ってはいなかった。それが葉月だけの独り善がりの感情でなかったと知れたことが、とても嬉しかった。

 だからこそ、今まで騙し隠してきた自分の正体を、少しだけ明かしても良いかと言う気になっていた。

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