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第76話 ハイラ

むなくそ注意。

 墜落した輸送機から脱出した後、大和たちはぞろぞろと隊列を組み、救援部隊が来るまで体を休める場所を求めて歩き出す。

 大和、イノンド、スティル、デリアーナの順で並び、それを帝国兵たちが十人ほどで取り囲んで護衛すると言う隊列だった。主に警戒対象は毒虫と、稀に出る猛獣。そして最悪の状況で出るのが盗賊だが、人の生活圏とは離れた場所のためその可能性は低かった。盗賊が一番危険であるが、人が居なければ彼らも生きて行けないため、運悪く出くわす可能性としては盗賊の隠れ家、それも奪った金品を貯蔵するような秘密の倉庫でもなければ、まず遭遇することはないだろう。

 そう説明を受けたので、大和の警戒心は弱かった。

 それを裏付けるかのように、特に近くにいる兵隊は軒並み気楽に構えており、小銃を肩に担いで暢気に鼻歌を歌っている者も居れば、デリアーナに軟派に口説きかけているような兵も居る。少しばかり程度が低いような気がして、大和はイラついたが、それだけ外敵の脅威が無い裏返しなのだろうと、肩の力を抜いた。


「石と砂ばかりで何もねーな」


 遠くに見えるのは、かつての街の残骸。戦禍によるものか、自然環境の変化の影響か、川が干上がり、井戸が枯れライフラインは途絶した、砂に埋もれた街だ。まるで巨大な生物の骸が転がっているようにすら見える。一際大きなコンクリート製のビルも斜塔のように傾いており、それがまるで非業の死を悼む墓標のように見えるのだ。


――ほんと、石と砂以外ないんだな・・・。


 苔だかサボテンだか分からないが、僅かな緑は逞しく生育していたが、少なくとも猫以上の大きさの生物が住める環境ではないように見える。生活が可能な生物は、良くて蛇やトカゲの類に、昆虫などだろう。幼少期に野宿まがいの生活を続けていた大和であるが、つくづく日本の自然の豊かさを思い知った。見た目や味さえ気にしなければ、食べるものは年中通してあったし、水不足で飲むものが無いと言う事態に陥ったこともない。

 あれでも恵まれた環境だったのだなと思い知る。


「ところで、イノンドさん。あの輸送機って事故が良く起きる機種なんですか?」


 少し疑問に思ったので、一番近くに居たイノンドに話を振ってみた。一人の時ならば気にならないのだが、集団で黙々と歩くと何となく、話をしなければいけないような強迫観念に襲われることが有る。今の大和は、スティルのご機嫌取りをやる立場なので、最近は特に強く感じた。

 このような体力を温存すべき時に、ぺちゃくちゃとお喋りするのは悪手であるが、イノンドも気を使ってくれたようで、大和の問いに答えてくれる。少しばかり疲れたように、しょうがありませんねと言う態度が物語っていた。


「開発時には何機かの墜落事故もありましたが、正式に運用されるようになって、恐らく初めての経験ですね。主機不良が出ても爆発なんて事は今までなかったはずです」


 じゃあ、破壊工作された可能性もあるんじゃないのか? と言おうとして、大和は口を噤んだ。イノンドの顔に言うなと書かれていたのだ。慌てて周りの帝国兵を見回せば、同じように緊張感の高まった顔をしている。

 気楽に、気の抜けた表情を見せていたのは、その表情を見ていたのはスティルだけだと言う事実。


――やはりそうなのか。


 あんな簡単にエンジンが爆発して墜落なんて事態は、攻撃を受けない限りあり得ない。そして外部から――つまり、ミサイルで狙われたとか、大遠距離から狙撃されたとか、そんな壊れ方ではなかったので、恐らく内部から攻撃を受けた。爆発物が仕掛けられていたか、部品の取り付けが意図的に省かれており、結果として爆発を引き起こしたかは分からない。だが内部犯の存在はほぼ確定的で、帝国軍の整備兵辺りに工作員が紛れ込んでいたということになる。

 そして、帝国兵ならあの輸送機が簡単に墜落しない事実は周知のはずなのだ。

 あえてそうしている。

 その事実に気付きながらも、誰も触れようとはしない。

 何故か、この隊列の中で一番守られるべきは、当然帝国の姫であるスティルだ。スティルの不安を紛らわせるように、側に居る兵はわざと賑やかしをしている。スティルに向ける笑顔は不抜けたそれなのに、それ以外へ向ける顔は殺し屋のように鬼気迫るものだ。

 そして、もう一つ。

 紛れ込んだ工作員が、整備兵だけではない可能性だ。つまり、輸送機の墜落時に逸れた者や、今こうして護衛している振りで隙を伺っている奴がいる可能性もあるのだ。誰もが疑心暗鬼になり、誰が敵であるか分からず、誰かを敵にしようとしている。

 そういう意味では、帝国兵にとって大和程不審な人物はいないだろう。スティルに特別扱いを受ける、素性が定かではない騎士と言う立場なのだ。だが逆に、イノンドのように大和の背景を知っている者からすれば、この上ないスティルの味方に見えるのだろう。


――てことは、イノンドさんが話に乗ってくれたのも、俺も守られる側ってことか・・・。


 それに、スティルを一人にしない為の安全パイでもある訳だ。仮に、ここに居る他の人間が全て敵だとしても、イノンドからすれば大和ほど安心してスティルを任せられる人材はない。だから、スティルの為に大和も守ろうと言うのだ。

 釈然としないものを感じつつも、それが大人と子供の決定的な差であると教えられる。いつかは自分も、守る側の、大人になるのだと心の奥底にそっと刻み込んだ。

 正直に言えば、デリアーナがかなり立場上疑わしいことになる。トリケー教皇庁から押し付けられるように連れてこられた人材であるし、今まで日中は散々城内を歩き回っていた。神官戦士と言う立場上、多少の不審な行動はお目溢しを貰っていただろうし、何か細工をするには打って付けだ。そう想定してしまうと、それに気付いた兵士が、軟派の振りをしてデリアーナを牽制しているようにも見える。

 だが、トリケー教皇庁はこの世界最大の宗教ユイゼ教の元締めだ。こんな回りくどい事をするよりも、正面から直接帝国に文句を付けた方が、早いし楽だ。だからあり得ないとも思えるし、だからこそわざわざ隠すためにやっているとも思える。

 考えれば考えるほど、疑心暗鬼に囚われる。

 帝国の行動を制限するためならば、もしくは誘導するために派遣するのであれば、騎士ヤマトではなくスティルに従卒を付けるのだろう。

 よってデリアーナは白だと、大和は結論付けた。


――ハイラは無事なのかな・・・。


 ハイラもかなり強引な手口で大和の下に来たが、城内を歩く時はイノンドの監視下であったはずだし、それ以外は大和のいる客間に居たので、何か細工をするには少しばかり不自由が過ぎる。

 何か入用であってもイノンドを通さねば得られなかったし、何かを届け出する先もない。

 だから、ハイラも白だと思う。何か企んでも、それを実行する手段が皆無なのだ。

 ハイラの行方は知れないが、目撃情報などから街の残骸の方へ流されていったらしい。落下傘を開くタイミングも早過ぎたし、身体が軽い分、風に乗って遠くに運ばれてしまったのだろう。反対に装備が極端に重いデリアーナは、かなり手前に落ちたのだ。

 今こうして黙々と進むだけでも、合流できる可能性が上がっている。ただ前へ進むしかない現状では、心配した所で結果は変わらない。無事なら合流は叶うだろう。


――街に入った・・・。


 そう大和は感じた。石と砂ばかりの荒野を抜け、辺りには建造物の残骸が目につきだす。一人二人なら体を預けて休めそうな石壁の残骸などはあるが、これだけの人数が野営をするには、もう少し中心街の方の家の形をしている物が残っている場所まで行かなければならない。


――もし軍内部に“敵”がいると想定して・・・ここで、襲ってくる可能性は・・・。


 一人静かに、気配を探るが、何も感じられない。

 しかし、こんなに隠れて待ち伏せし易そうな場所なのだ。一人や二人の伏兵が居たっておかしくはない。それに先導している兵が“敵”であるなら、虎口に誘い込まれたと言う可能性もあるのだ。

 そっと左手を刀の鞘に導く。


――こんな事なら、俺も拳銃くらい持たせてもらえばよかったな。


 欲を言えば小銃だ。使い方は問題ないが、帝国軍で直接訓練を受けた訳ではないので、作戦通りに動けない可能性が高いため、今回は見送られたのが痛い。同士討ちなんかしたら目も当てられない上に、護衛班の指揮官の命令を無視して処理されては溜まったものではないという事情も理解はしていた。

 ふと、嫌な考えがよぎった。

 もしこの墜落劇の首謀者がイノンドであるなら、結果は絶望的だ。イノンドの全てを知っている訳ではないので、可能性がないとは言い切れないのも事実。彼女なら必要な物資や人員の配置に口出しも出来る。その上で、スティル信頼されているので誘導するのもお手の物だ。目の前に罠が有っても、イノンドが手引をするなら疑わずに踏み込んでしまう。

 人食いの猛獣のいる檻でも「人に慣れているから襲うことはありません」と言われてしまえば、大和ですら踏み込んでしまう程度には信頼している。それがずっと身の回りの世話をして貰っていたスティルであれば、どれほど強い信頼を寄せているか想像に難くない。

 そんな事をするような人物でないと思うからこそ、絶大の破壊力を持つ致命的な人選となる。


――おっと、こんな下らん事考えてちゃいかんな・・・。


 頭を振り、ありもしない妄想を頭から追い出す。肌で感じる危機感に、大和も疑心暗鬼が暴走気味になっていたようだ。

 深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えるのと同時に、精神に喝を入れ辺りに不審な物が無いか、何か変化が無いかと、注意を払い直した。

 どれぐらい進んだだろうか、要らぬ疑念で精神を疲弊させ、歩き難い荒野を進み体力を消耗する。まだ休めそうな場所はないと落胆しながら、それでも前を見て歩き続ける。

 それに最初に気付いたのはイノンドだった。

 大和は自分の隣を何かが通過したのを感じ振り向いたことで、事態を把握するに至った。

 咄嗟に腕を広げたイノンドの肩口に穴が開いているように見えた。一瞬遅れて鮮血が零れ出る。その後ろで、驚愕を顔に張りつけたスティルが、仰向けに倒れて行くところだった。

 血が流れ出る。命が零れて行く。

 恐らく腹を撃たれた。そう思い前を、狙撃者のいる方を向く。

 もう一発。今度はしっかりとそれを感じ取れた。そしてその一発が、何に命中し、何を弾けさせ、何を奪い去ったか。

 大和は見ずに正確に把握した。

 その光景による、全ての帝国兵の動揺を感じ取った。そして、即座にこの中に敵はいないと判断する。

ぼたぼたと何か質量の有る物が零れて落ちる水音が、その振動が、激情を掻き立てる。

 カッと頭に血が上る。視界が真っ赤になり、怒りにも似た感情が全てを覆い尽くすと、一歩前へ踏み出した。二歩目でほぼ全速力にまで加速するとそのまま、敵を見定めて駆け出す。

 そう“敵”は斬らねばならないのだ。





 ハイラは、今の主人である大和から大きく離れるように流されてしまったことを後悔した。

 もしかしたら自分を追って来てくれるかもしれないと思ったが、現実は冷酷だ。そんな妄想に付き合ってはくれない。

 今は落下傘を手早く処分し、安全を確保できる場所に身を潜めている。下手に出歩く危険を考えれば、恐らくはベストな選択だろう。落下傘の付属品だった水と食料は、節約すれば一日は持ちそうな量があるので、回収部隊が来るまでは持たせられるはず。

 後は、想定外の脅威が発生しない事を祈るばかりだ。

 あの少年は強い。少なくとも自分より。

 そして自分は並程度の兵士には後れを取らないと言える程度の力を持っていた。それは忌むべき血として流れる、亜人の力であったが、利用できるものは利用すべきだと割り切っていたので、使う事に躊躇いはなかった。そんな自分より強いのだ、一緒に居てくれれば生き延びられる確率がぐんと上がる。

 ふと、頭を撫でられた感触を思い出す。


――散々人のことを子ども扱いして・・・あたしのが年上なのに。


 気持ちがムカムカとする。あの少年には年下として扱われていたが、長寿な亜人の血が流れるハイラは既に三十年は生きている。外見通りまだ成体になっていないが、人間社会で揉まれたせいで精神的にはとっくに成人している気になっていたので、自分の半分も人生経験のない子供に、あやされるのは屈辱ですらあった。

 日本人の感覚で言えば小学六年生が、幼稚園児に子ども扱いされるようなものだろうか。どちらも成人していないのだが、お前には子ども扱いされたくないと思うだろう。


――ふん、子ども扱いどころか、犬みたいに頭撫でやがって・・・。撫で繰り回しやがって・・・。


 そう思うハイラであったが、不思議と怒りの感情は薄い。

 撫でられて、嬉しくて、気持ちよかったのは嘘ではないからだ。

 見た目通りの子供の振りで大概の大人は騙せる。今まではそれを武器に、強かに生きて来たつもりだが、それ以上に不利益も被ってきた。亜人の血が流れている事がどれだけ普通の人間と違うのか、それを毛嫌いしながらも、便利であれば使うのだ。そうでなければ、生き延びられない環境に居たのだから。

 なにも亜人の血を、毛嫌いしているのは自分だけではない。むしろ周りが忌み嫌うから、自分自身が疎ましく思っているのだ。だから、そう言う素振りのない、あの少年の純真な振舞いは、既に捨て去ったはずと思っていた良心の残滓が痛んだ。

 まるで犬だ。訳もなく懐いてしまった犬のように感じていた。

 だから、逸れたくなかった。逸れれば、あの少年は助からないと思っていたのだ。

 今回の襲撃を、ハイラは事前に知らされていた。だが漏らすことはできない、漏らせば消されるのは自分だからだ。

 母国から工作員として送り込まれ、第三皇女の側に潜り込むことに成功した。そして得た情報を外部に漏らし、代わりに報酬を受け取る契約だった。そのお金でどれだけ暮らせるか試算してみても、切り詰めた生活でも二年は厳しいかもしれない。


――帝国騎士の筆頭女中・・・か。楽できたかも・・・。


 もし、少年が国に帰るなどと言わなければと、益体もなく過ぎ去った栄光に縋る。母国を裏切ることになるが、帝国の庇護下に入るのだ、手出しなどできはしない。それは今までの生活とは、不釣り合いに優雅なモノに成っただろう。

 だがもう、露と消えた幻だ。

 もう戻れない、人間らしい生活だった。

 今回の第三皇女襲撃作戦により、あのお姫様には手酷い怪我の一つでもしてもらうことになる。そして、襲撃を受けた生き証人である姫が、どこの誰にやられたのかを公言して貰うことで、離間工作を完遂させるのだ。

 つまりお姫様がどれだけ酷い目に会ったかの指標として、周りにいる者は恐らく皆殺しになる。だから、少なくとも自分に優しくしてくれた、部外者であるはずの少年だけは、助けてもいいかと思っていた。


――なんなら、あたしが犬として飼ってあげても良かったんだけどな。


 番犬としては優秀だ。これからの交渉事に、あれだけの剣士が護衛に着いてくれれば有利に事が運べる。ハイラも少しは腕っ節に自信が有ったが、完全に格上の存在を従えると言うのは心強く、もっと強気の交渉が可能になる。

 だがもう遅い。逸れてしまったのだから、もう二度とハイラの人生に関わることはないのだから。

 僅かに寂しさを感じるが、それをあの神官戦士が無残に殺されるところを想像して誤魔化す。いや、神官戦士だから案外殺されないかもしれない。男好きのする顔と身体だ、きっと下っ端の兵隊が可愛がってくれる。

 憂さが晴れ、少しだけ愉快な気持ちになった。


――ざまぁみろ。


 間抜けを装っていた自分を、問答無用で殺そうとしてきた危険人物だ。個人的な恨みだが、あっさり殺されるより酷い目に会って欲しい。神官戦士などとお高く留まっていたが、結局のところハイラの主人に対して色仕掛けをしていただけの牝だ。


――精々生き地獄に落ちろ。


 人を殺そうとしたのだ、反対に望まぬ命を宿せばいい。


――ハイラ・・・か。


 当然、本名ではない。今回の仕事の都合で付けられた偽名だ。

 それをもう、親しみを込めて使ってくれる人はいないと言うのが、やっぱり少しだけ寂しかった。


2017/06/07 誤字修正。

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