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第7話 MSSについて

 窪田千尋は女組の本拠地である山岳要塞の一角、MSS格納庫ハンガーの脇にある休憩室でコーヒーを淹れ一服することにした。

 疲労から集中力が欠けてきたことを自覚し、事故やミスをしないためにも休息を取ることは重要だ。ただ延々とやれば作業効率が上がるというものではない。まして師事する相手のいない状況下での独学整備だ、常に試行錯誤ばかりを重ねていた。

 MSSは巨体であり、しかも稼動機が三機もあるのでどれだけ整備しても追いつかないため、ほとんどこの格納庫で寝泊まりしている状態だった。一緒に整備に付き合っていた荻原莉緒にマグカップを渡しながら感想を溢す。


「しかし、あれよ。莉緒の連れてきた少年、結構使えるよ」


 女組でMSSの整備を一手に引き受けている千尋は、手伝いにちょくちょく顔を出すようになった大和のことをそう称した。「大和~ちょいあれ」と声をかけるだけで欲した工具が手元に来るのは非常にありがたい。それでも完璧に渡す工具を間違えないわけではないが、その精度が日に日に増しているのは素晴らしい。

 単位時間当たりの作業率が目に見えて違うのだ。

 何よりこっちの指示に「はい、千尋さん」と必ず返事と敬語で返ってくるのが、自身のコンプレックスでもあるお子様体型であることを忘れさせてくれる貴重な体験だった。


「それはなにより。しっかり整備してくれるのは助かるわ」

「でも。整備自体が騙し騙しやってるものだから、いつ壊れるかわかんないんだけどね。私自身にMSSの知識がないし。一応は勉強してるつもりだけど、特に電装系がいかれたらお手上げよ」

「まぁ電気は見えないからね。私も夜道でヘッドライトが急に消えて焦ったことがあるわ。修理してもらったらライトの球が切れただけだったんだけどね、拍子抜けして自分の間抜けさに笑っちゃったわ」

「白熱球なら振れば音がするけど、チェックのつもりで振って切ったことあるよ」


 千尋は整備手順書のようなものを見つけて読みだしたが、ほとんど意味が分からなかった。

 手書きの注釈のような文字は、英語の様なものだったが読めない。崩れた文字である上に、略語で書かれているので基礎のない千尋には読解できなかった。

 趣味で機械いじりをしていたといえば聞こえはいいが、元々持っていた知識と技術はせいぜいDIY程度だ。そこにカオスマターが、つまり勇者としての恩恵でMSSの整備ができる程度になったというものだ。MSSに触れているとなんとなく直感的に不具合が理解できるといったもので、そこに理論はなくどうやれば直せるかもわからないという実に中途半端なものだった。そのため不具合の出た部品は、取り敢えず問題なく動く部品と入れ替える程度しかできない。


「せめて日本語で書かれていれば、もう少しましだったかも。・・・やっぱり村長に言って帝国から正式に整備兵を派遣してもらった方が良い気がするよ」


 このカゾリ村は、アインラオ帝国の支配地にあるが自治権を認められているらしく帝国軍は駐留していない。もっともそのせいで飛竜種が現れても自分たちで身を守るしかなかったのだ。

 現時点で整備できる人間が圧倒的に足りていない点が問題であるが、実はもう一つ致命的な問題があった。

 補給が受けられないのだ。

 人間も食事が取れなければ死んでしまう。生物は食事により栄養を摂取し、身体を代謝させ傷を癒すというメカニズムを持っている。オーディアスに生物のような代謝機能はないために、整備による部品交換つまり外囲的に強制代謝させてやるのだ。そうすることで傷を癒し体調を万全にする。

 MSSにとって補給が受けられないということは、人間にとって食事がとれないと等しいのだ。

 いずれ交換部品も底をつき、稼動機がどんどん減って行くことは決定事項だ。消耗品も補給されないので、現時点で枯渇している推進剤が入手できない。オーディアスにはジャンプジェットと呼ばれる推進器が搭載されていたが、その燃料がないのだ。この燃料があればもっと楽に飛竜種を討伐できるはずなのだ。他には弾丸。MSS用の銃砲というものは存在するが、その弾丸がないのでただの鉄塊に成り果てている。当然、これもあればもっと戦術に幅ができる。

 これらの物は一般に市場に出回らないもので、入手するには軍と繋がりを持つのが最善手だ。

 闇市場の横流し品を買うという手段もなくはない――傭兵に依頼すれば手筈は整えてくれるだろう――が、先立つものがないため絵にかいた餅である。


「前にその話をしたときは「一兵でも一歩でも帝国軍を招き入れれば、そこから全て乗っ取られこの村は終わる」って言って聞かなかったって言ったじゃない」

「このままじゃどの道このカゾリ村は終わるよ。どうせ終わるなら飛竜種に焼き払われるより、帝国に支配された方がましだと思うのに・・・」

「それね。自国の軍隊に守って貰うだけなのに、なんでそこまで嫌がるのかな?」

「戦後併合されて自治領になった訳だから、面倒臭いしがらみとかあるんでしょうよ」


 受け入れ難くても、それでもこのままよりはましだと思えてしまうのは、結局は部外者であるせいなのだろうか。

 カゾリ村の人間は、帝国に支配されることを極端に恐れ嫌っているのだ。

 帝国は半世紀前の大戦の戦勝国であり、領土の隣接した小国をいくつも併合しその勢力を増しているのだ。

 そのせいで増長した帝国兵は好き勝手に暴れまわり、併合された地の女子供は震え上がった。慰み者になったり奴隷として売られたり、およそ人間のする行為ではないと村長たちは口々に非難していた。実際に、このカゾリ村もかつては小国に属していたのだ。併合される段になり、国王や領主は土地と権利を全て奪われ没落し徹底的に身分を落とした。守ってくれるものは居なくなり、村の命運も尽きたかに思われたが、必死の説得により先の大戦で活躍した召喚勇者を輩出した村ということで、辛うじて自治権を得たのだそうだ。


「“帝国に支配される”ことがイコールで“慰み者になる”ってことになってるでしょ? 普通に考えてその発想はないと思うんだけど・・・ちょっとぶっ飛びすぎだと思うわ」


 普通なら、日本と言わず諸外国でも軍隊が自国民を虐げるという行為は、国際社会の一員としてあり得ない蛮行であり世界から糾弾される愚策である。それは民主主義国家ではなく軍閥の独裁国家だ。


「・・・帝国ってさやっぱり絶対王政の独裁国家なのかな? 帝国に良いイメージが無いせいかな?」

「村長たちには帝国イコール悪の権化ってイメージで固定されてるみたいよ。今までそういう噂話しか聞こえてこなかったせいでしょうよ」

「また話し合いで村長が隣町まで行くって聞いたけど、良い方向に話を持って行って欲しいものだわ」

「短気起こして交渉決裂、武力侵攻にならなきゃ良いけど」


 もし帝国が武力によって支配しようとしたら自分たちはどうなるのか、どうするのか。帝国兵と戦うのだろうか、戦えるのだろうか。そして一番の問題は、その決定権は自分たちにないと言うことだった。

 結局は飛竜種の餌になりたくなければ、決死の覚悟で戦えと言うことに帰結してしまう。


「あ~~~こんなことなら彼氏作っとくんだったわ~~~」

「・・・莉緒。あんたのスタイルならモテモテだったでしょ? なんで彼氏いないのよ?」

「性格の不一致ってやつかなー。声をかけてくる男の人は何人かはいたけど、ぜんぜん好みじゃなかったから付き合わずにサヨナラしちゃった」

「羨ましい限りですな~。こちとら声をかけてくる男すらおらんかったよ」


 正確には彼氏を作るのではなく、彼氏との思い出を作るのが正しかったのだが。どうせ召喚されてしまえば離れ離れになりもう会えないのだ、彼氏がいない方が別れずに済んでましだったかもしれない。


「こうなったらこっちで男作るしか!」

「リ~オ~、そんなんだから飢えてるとか言われるのよ~」

「なによ結愛。どうしたの?」


 不意に想定していない人物から声がかかり、驚きが心を占めるが好奇心がそれを塗り潰す。

 結愛は莉緒や千尋と違って、普段あまり外へ出てこない。MSSに搭乗する場合を除いて、普段は宿舎として使っている基地に方に引き籠っているのだった。

 それには、それなりの訳がある。

 約九十名の召喚勇者女組の内訳をすると、MSSを操縦する荻原組長を筆頭に約十名。

 カオスマター製の武器を持つ副長を筆頭とした約三十名が、男組のように剣士隊を結成していた。

 そして残りの約五十名は、戦うことや傷つくことへの恐怖などで一切動けなくなってしまった者達だ。その者達のカウンセリングというか、身の回りの面倒を見ているのが工藤結愛という女性だった。ふんわりと柔らかな包容力があり、召喚勇者の中でも稀有な治癒の力を行使できた。能力の強度は自然治癒力を高める程度だが、擦り傷などは目に見えて傷口が塞がっていくため、心理効果の面でも回復作用があり非常に心強い。

 傷口がみるみる塞がっていく様は、トラウマも一緒に治してくれるような錯覚を持っていた。


「たまには~私も羽を伸ばすよ~」

「・・・というか、そろそろ食糧が届くころ、でしょ? ・・・居なくて貰いそびれるのは、困る」


 その陰からひょこっと小柄な少女が現れる、高城美咲だ。良くこの三人で出撃する機会もあり、莉緒と特に親しいメンバーであった。


「いやいやいや、あんたらそれが目当てじゃないでしょ?」

「ん~なんのこと~」

「・・・バレるわけがない。・・・うちのボスはにぶちん」


 二人の本当の目的が分かっているようで、千尋は小馬鹿にしたようなにやにや笑いを浮かべた。

 そのにやけた笑い顔を見せられても、莉緒は何のことだか思い当たらず首をかしげるばかりだ。


「そろそろ~物資が運び込まれる時間よね~」

「・・・最近は、だれが持ってくる、のかな」

「良く入り浸っている奴が持ってくるよね」


 そこまで言われれば莉緒にも誰のことを言っているのか分かる。影崎大和のことだ。女組に入り浸る結果になっている部外者は彼しかいない。


「それがどうしたの? 別に荷物を持ってくるだけでしょう?」

「悪女ね~。酷いわ~扱使うだけで終わったらポイ捨てなのね~」

「・・・さすがに大和がかわいそうに、なった」

「あの年の男子がいそいそと働くにはそれなりの報酬を期待しているのに、あんまりだよ」

「私は~あまり時間取れないし~、リ~オ~が適任だと思うの~」

「・・・ボクじゃ役不足、くっ」

「真面目に手伝いながらも胸の辺りをちょくちょく盗み見してるよ。かなり興味があるみたいよ。もしかして莉緒、気付いていなかった? まぁ、莉緒が面倒見てやってよ」

「ちょ、いきなり何を?」

「やっぱり~男の子だね~、そういうのが好きなのね~」

「・・・素直な気持ちは大事」


 自分の豊満な胸を見落とす。やっぱりあの子もこれが良いのだろうか。そう思うと少し寂しい気もする。

 長身でメリハリの効いたスタイルの莉緒は、どちらかと言えば甘えたがりな男性に告白されることばかりだった。だが莉緒自身は、自分が甘える側で可愛がって欲しいのだ。包容力のある男性が好みだったが、年配趣味がなく同世代にばかり目を向けていたせいもあり、少なくとも彼女の身の回りにはいなかった。

 少しくらいなら触らせるのもやむなしかと諦め、顔を上げれば、底意地の悪い笑顔が三つ並んでいた。


「「「んふ~~何を勘違いしてるのかな~~」」」

「・・・えっ!?」

「「「見つめてるのはオーディアス」」」


 言われてハッとする、確かにMSSの操縦席は胸部にある。構造上、一番装甲が厚くできる場所だからこそ、一番脆い部品である人間を格納することが可能なのだ。


「やっぱり男の子だからね、MSSの操縦に興味があんのよ。適正の関係でMSSは全機、女組に預けられているわけで、触る機会なんてないしね。整備を手伝えばひょっとしたらって淡い期待を持っちゃうものよ」

「・・・うちの弟も、ロボット好きだった。・・・やっぱり操縦に興味があるんだと、思う」

「リ~オ~は何か勘違いしたのかな~、このすけべ~」


 莉緒は罠に嵌められたと頭を抱え、羞恥に顔を真っ赤にしつつ、涙目で睨み返すことが精いっぱいだった。


「わかったわよ! 面倒見ればいいんでしょ!」





「え! ホントにいいの? やったぜ!」


 食糧物資の配送を済ませた大和は、突然降って湧いたMSSの操縦指導という幸運に喜びを隠せなかった。

 大和が手伝うようになって、MSS稼動機三機のうち二機が常に臨戦態勢で待機、一機が整備を受けるというように、女組のシフト体制が若干変化した。飛竜種が襲来し出撃したとなればまた話は変わってくるが、比較的余裕がある内に出来るだけやっておこうというものだった。

 千尋は軽く食事をとると、美咲をはじめとした数名の操縦士と共に整備しており、結愛は再び基地内へ戻っていった。

 因みに、物資を届ける段になり宮前は女組に訪れることを知ると、村を散策すると言って別れた。

 三岡は女の園に訪れることに興奮気味に期待を跳ね上げ、着くや否や“聖剣アクスザウパー”の使い手と声高にアピールしだしたので、女組副長に「面白そうなのが来たな、ちょっと遊んでやるよ」と捕まり攫われていった。女組副長はどちらかと言えば脳筋タイプなので、今頃はこってり絞られているのかもしれない。

 講義に使う教材は動かなくなってしまったオーディアスの一機だ。

 格納庫の隅で三角坐するような姿勢で投棄されており、女組の操縦士も自主練で使っていた。オーディアスの操縦席は胸部中枢にあり、被弾率を下げるため登場用のハッチはのど元に有った。因みにMSSには人間の骨格とよく似た形のフレームが使用されており、あばら骨に守られた胸部の中心が操縦席となる。被弾率から言えば背面に搭乗口を設けるのが良いのだろうが、背骨があるため設置できずに、結果としてのど元かミゾオチの二択となっていた。

 MSSの操縦席は現用戦闘機のそれによく似ていた。深く腰掛けられる座席に、体を覆う感じで操縦桿などが配置されていた。いわゆるロボット兵器のコックピット言えるものだった。

 しかし一人乗りの機体の上、余剰の空間はほとんどないため人が二人入るには窮屈だ。仕方なく莉緒は先に座席に身を沈めると、大和に膝に座るように促す。


――これは! ラッキースケベというやつか! うひょおおおおおっ!


 と大和は錯乱しかけたが、背筋に冷たい汗が伝い、一瞬で冷静になる。それは、不自然な位置に操縦桿が出現したら圧し折られるのではという恐怖によるものだ。

 喜びから恐怖への落差が激しかったため、恐る恐る膝のあたりにちょこんと腰を下ろすのが、理性的に限界だった。


「それじゃ返って教え難いわ、背中を私に預けて・・・そう。イタタタ、ちょっとぐりぐりしないで痛いってば! 骨! 骨盤当たってる!」


 無意識に座りのいい位置を探してしまったらしい。


――ヤバイ。これヤバイよ。脳が蕩けそうだ。


 二人の身長差の関係から、丁度大和の耳の位置に莉緒の口があったので、大和のちょっとした動作により莉緒が漏らす吐息というのが直接脳味噌に届くような錯覚に陥る。背中側が全体的に暖かく柔らかいので包み込まれるような安心感があり、とても良い匂いがした。


――男女の位置が逆なら完全にアウトだよな。


 などと気を紛らわせようとしたが、アウトだった。


「・・・あ」

「・・・えーと・・・」

「落ち着いて。緊張が解れたら始めましょう」

「・・・はぃ・・・」


 軍隊などが使用する教習用シミュレーターなんかはゲームセンターにあるような体感型のゲーム機の様に、覗き込むことが出来るようになっていて教官が隣から指示できるようになっているのだろうが、カゾリ村にそんな施設はなく稼働できなくなったオーディアスの四機目の操縦席をそのまま使っていた。動力自体は死んでいないので、基本的な動作を教えるには十分だった。もっとも、廃基地の中にシミュレーター等の施設があるかもしれないが、発見されていないので今から探すだけの労力はなかった。

 操縦席に常に電力が回っている訳ではなく操作卓コンソールの主電源釦を押し込み起動させると、練習モードに切り替える。機体の状態を確認する操作卓コンソールは半数以上が黄で、赤の箇所もそこかしこにある。緑がついていたのは操縦席と頭部くらいだろうか。確かにこれではまともに動かないだろう。


「ココとココが赤いでしょ? 推進器の燃料と弾薬が空になっているというサイン。覚えておいて」

「燃料がなくてもMSSは動くの・・・ですか?」


 電力で稼働する機械でも燃料が必要なものは、その燃料を燃やすことで発電するシステムになっている場合が多い。自動車に例えるなら、ヘッドライトやパワーウィンドウ、エアコンなどの装備だろう。エンジンを回さずにこれらの装備を使用すればすぐにバッテリーが上がってしまう。


「あ~それなんだけどね。なんかね永久機関積んでるらしいわよ、この子。電力に関しては、ココのMPコンバーターってのが正常稼働していれば心臓部の炉心から無尽蔵に電力を汲み上げられるみたいね。手足を動かす電磁筋肉やモーターは電力で動くから歩いたり、剣を振るったりはできるみたい」


 莉緒も取り敢えず大和の緊張を解す意味も込めて、講義を進めることにした。といっても彼女自身正式な教習を受けたわけではないので、半分以上独学という名の感で理解したものだ。意味合い的に間違って覚えてしまっている個所があるかもしれないと先に注釈は入れる。


「歩行とか攻撃のモーションは事前に登録されているモノに、状況に応じて変数を入力して・・・操縦者の感覚で微調整して実行するって感じかな。一応MSSが自動で調整してくれているみたいだけど、それでも足りないって場合は必ず出てくるわ。あぁ、状況っていうのは、自分の姿勢や周りの地形に、攻撃目標の位置とかのことね。最適な状態は常に変動するから、それを補正してやる必要があるの」


 操縦桿の角度やフットペダルの踏み込み具合などで微調整していく仕様だった。あとはモーターの回転数に推進剤があればジャンプジェットの点火のタイミング等、並列処理しなければならないことが無数にある。このあたりが男性よりも女性の方がMSSの操縦に適性が高いと言われる所以になっていた。


「この辺は火器管制のシステムらしいけど、火器の弾丸がないから使えないわ。ココは通信装置ね。普通に電波を飛ばして使う通常回線、こっちはレーザー通信の短距離専用回線ね、僚機と作戦の合図とかするときに便利ね。あとは指定した相手にだけ繋がるような秘匿回線とかね。これは外部への拡声器と外部の集音器スイッチ。入れると音声ダダ漏れになるから気を付けて・・・」


 大和の質問に答えつつも、ほとんど一方的に操作内容を垂れ流していく。確かにこれらのことは覚えておけば有用であるが、MSSの操縦に関してのみ言えば、そこまで重要ではないのだ。一通り説明しつくすと、一呼吸入れ莉緒は・・・サディスティックな笑みを浮かべた。

 莉緒の顔が見えない大和も、雰囲気の変化にゾクリと寒気を感じる。


「じゃ、そろそろ本題に行きましょうか。ねぇ大和。MSSの操縦席ってモニターが少ないと思わない?」


 言われるまでもなく感じていたことだ。スマホの画面のみで操縦するような不安感がある。

 ロボットアニメとかにある全周モニターは、強度とコストの面であまり有用ではないのだろうが、それにしてもこの視界の狭さは非常に心細い。


「MSSの機能の中でキモとなるのが“相互フィードバックシステム”といってね、今から大和に繋げるわ。覚悟はいいわね?」


 ビリッと静電気が走った感覚と同時に、視界が一気に広がった。

 やけに高い視点で格納庫の中が見渡せる。


「何が見える?」

「・・・格納庫? 三階の窓から見ているような感じだけど・・・」

「足元見てみて」


 莉緒に言われ視線を下げれば、そこにはオーディアスの両膝があった。


「パニックにならないでね。危ないから。オーディアスのメインカメラがとらえた映像が、直接操縦士の脳に流れ込むシステムよ。機体と感覚を同調させるシステム、これのおかげで咄嗟の細やかなモーションの修正ができるわ。じゃ次に自分の手を見てみて」


 その指示で右手を見ようという意識にすると、はっきりと人間の大和の右手が視認出来た。「外!」の指示で意識的に外を見ようとすればオーディアスのカメラ映像が流れ込んでくる。


「なるほど。これでコンソールと外の様子の見分けをするのか」


 視点の切り替えが面白くて、十回くらい切り替えていたら急に脂汗が流れ出した。酷く気分が悪い。


「あれ・・・なんかおかしい」

「はい終了。千尋はMSS酔いって言っていた症状ね、眩暈に倦怠感に吐き気、所謂乗り物酔いを十倍位にしたやつかな。内臓にもかなりのストレスがかかってるから晩御飯は食べない方が良いわよ。無理に食べると全部戻しちゃって余計に体力使うからやめときなさい」

「・・・ちょ、ま。聞いてない」

「言ってないもの。女組でもそれを乗り越えられたのは十人に一人よ」


 莉緒は大和とオーディアスの接続を切断し、座席の上昇機能を使い椅子ごとオーディアスののど元までせり上がらせて、大和に外の空気を吸わせる。胸部内の籠ったままの空気よりはマシだろうし、何より操縦席で吐かれたら後片付けが非常に面倒臭いことになる。

 本質で言えば、このMSS酔いという症状を克服できた人間だけがMSSの操縦士になれる。要するにMSSの感覚と自身の感覚のギャップから発生する、五感の混乱によるものだ。自分の身長を十倍にしたり十分の一にしたりを短時間で繰り返せば、体を管理している感覚に不都合が出るのは当然と言えた。

 さらにこれに動きが加わると、通常の乗り物酔いの要素も加算されるため合わない人間には徹底的に合わないのだった。

 莉緒は青い顔をした大和を抱きかかえ、オーディアスから降りると床に四つん這いにさせて、背中をさすってやる。


「気分はどう?」

「・・・体が、すごく、小さくなった感じが、する・・・」


 大和の感覚はMSSのサイズに引き伸ばされ、人間の体に押し込まれているような錯覚に陥っていた。

 受け取り方に個人差はあるが、この感覚が慢性化してしまうと軍隊ではMSSの操縦士候補から落とされてしまう。乗ったはいいが、毎回グロッキーになられては作戦行動が取れないためだ。そこに操縦技術の良し悪しは関係ない。


「安静にしていれば直に混乱も収まって体調も戻るわ。気分が良くなるまで居ていいからね」

「・・・即座に気分を良くする方法は存在するのですが」


 と言われればさすがの莉緒でも、大和の視線の先からその意図に気付いて、心底呆れた。

 

「男のスケベ心は本当、節操がないわね。結局こっちの胸も目当てなんじゃない!」


2016/09/05 誤字修正。

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