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第67話 気付けない

 召喚勇者の送還事業の滑り出しは、まずまずの結果だった。

 元女組組長の荻原莉緒の実験成功に勢い付き――途中、装置の異常加熱や異音騒動により修理・復旧の中断を度々挟んだが――初日で三名の勇者の送還に成功した。

 結果、スティルの機嫌も鰻登りであり、何より上野悦子の思いつめた険しい表情から、成功者を出すたびに険が取れて行く様は、傍で見ていた大和をしてホッと安堵させるほどであった。

 状況は女組がほぼ全員、日本に還っていった。まだ何人かは残っているが、ここ数日は安定して送還できているので、数日中には男組の送還も始まるだろう。後は、博士が体力的に持てばと言うところか。

 しかし、その平穏に戻るための行程が、一瞬で叩き壊された。


「クーソン共和国が捕虜を引き渡してきた?」


 最近では、扉の開け方でスティルの機嫌の度合いが分かるようになって来た大和が、襟を正してスティルにオウム返しに聞き返す。

 イノンドがその後ろに付き従い、飲み物を用意したことで、大和は話しが長くなりそうだとソファーに腰を下ろす。スティルはそのすぐ隣、肩が触れるほどの距離に座ってきたことで、外部からのストレスが強いのかと大和は感じ取った。


――大体スティルの座る位置で、話の趣旨が分かるんだよな。


 大和と対面して座るような場合は、完全に命令として従わせるように話をするし、こうやって距離が近い時は、周りから無茶を押し付けられた時の場合だ。

 大和とスティルが巻き込まれた一件以来、クーソン共和国とヨラージハ国間で、大した武力衝突は起こっていない。偶に両国の偵察部隊が発見され、散発的に小規模な戦闘が発生する程度で、真正面からの戦闘は避けている節が有る。

 クーソン共和国側は、敵の前線基地を叩き潰すのが目的になるだろうが、未だ探索中。

 ヨラージハ国は、クーソン共和国の出方を伺いつつも、援軍として配備された帝国軍の規模や装備を調査していると言った所だろうか。ヨラージハ国が再度侵攻するには、アインラオ帝国軍の本格的な軍事支援が始まる前の、即応中隊が駐屯している現状でケリを付けないと、損害が大きくなる。

 純粋な国力で見れば、ヨラージハ国に帝国とやり合うだけの力はなく、このまま攻勢に出なければ散発的な衝突を繰り返す、紛争の恒常化した危険地帯に成り果てる危険性が高い。最後は誰かが思い切ってしまわないと、泥沼が残るだけだ。


「ああ、そうだ。大和が最後に単独撃破したMSSの操縦士だった者だ。そいつが・・・まぁ、何と言うか、一言で言えば面倒な人間らしくて、帝国へ押し付けて来おった」

「面倒事の丸投げ・・・なのか?」

「そうだな、恐らくそうだ。件の操縦士は幼い娘でな、しかも亜人の血を引いておる混血児だそうだ」


 幼い娘の所で、大和を見つめるスティルの視線がきつくなるが、大和としては言いがかりも甚だしいと不快に感じる。大和は無類の女好きではなく、ただの害宇宙生命体であるおっぱい星人に過ぎない。そこを若干、勘違いしているようだ。

 それに自分とそう年の変わらないスティルが“幼い娘”と言うのだから、実質小学生くらいの年齢になるのだろうか。それとも、普通の大人目線で幼いと言っているだけなら、大和もスティルも底にカテゴライズされる。つまり年齢は六~十六才程度と考えれば良いのだろう。


「グダグダと言い訳をされたぞ。珍しい亜人との混血児はクーソンの法律で裁けぬとか、そもそも年齢が低過ぎて本来なら法律で保護されるべきだとかな。そして極めつけは、本人を尋問した際に、嫌々MSSに乗せられて戦闘が怖くて隠れていただけだ、戦闘の意思はなく最初から投降するつもりだったそうだ」

「・・・馬鹿な」


 大和が呆れた声を漏らす。そんな見え透いた言い訳が通ってしまうのかと、情に絆され易い尋問官の能力に疑問が残る。

 あの時の殺気は本物だった。油断して背中ががら空きになったクーソン兵を、殺すことに集注した暗殺者のそれだった。そんな物が、そんな物を込められる人間が、怖くて動けないなんてことはあり得ない。実際に大和の攻撃が止み、土煙により姿が隠せそうだと判断して逃げ出したではないか。その判断に迷いはなく、実にスムーズに行動していた。ただ運良く、大和がそれを読み切れていたと言うだけだ。


「あんな物、おいそれと捻り出せる殺気じゃないぞ・・・何故・・・気付かない?」

「気付かないのではなく、気付けないのだよ。油断して見落としたのではなく、そもそも最初からその能力が無いのだ。貴様の言い分は“鶏も鳥なのだから飛べないのはおかしい”と言っているのと変わらない。普通の人間にそこまで殺気は読めぬということだな。ヤマト、そこが貴様の悪い所だ。何事にも自分を最低値に置きたがる、自分にできる事は、周りの者は出来るはずだ、出来ぬ方がおかしいと考えているのが間違いの元だ。貴様は異常だよ、異常に強い戦士だ。言うなれば“鶏の群れに紛れた鷹”だ、貴様はな。その事を少しは自覚しろ」


 カゾリ村での不遇の扱いが、未だに後を引いているようだ。あの時も、大和は「ちょっと出しゃばり過ぎたかな?」と自戒していたのだ。クーソン共和国のMSS操縦士が、わざと隙を見せ襲いやすく誘っていたかもしれないと、手柄を横取りしてしまったなと思っていたのだが、本当に誰も気付いていなかったようだ。

 また、そう言うスティル自身も、戦場に出ていなかったため察知は出来ていない。しかし隠れていたことを看破した結果が出ているために、大和の能力を勘違いだったとは思っていないが、もし自分が現場にいても察知できたかは分からない。


「分かったよ。取り敢えずその件については。一つ質問何だが・・・なんでそれを俺に話す?」


 あと数週間もあれば日本へ還る身だ、そんな国家間の騒動にこれ以上係わり合う必要性はない。酷く自分本位な考え方ならば、大和が日本へ還るまで帝国が持ちさえすれば、後は知った事ではないのだ。この考えが、薄情だと、非人道的だと思うのであれば、正式にスティルを娶り、至龍王の操縦士としてアインラオ帝国に忠誠を尽くすことになる。


「その娘は正確には捕虜ではなくてな、貴様の功績を讃え従者として使わすのだそうだ。自国では捕虜として扱えぬし、ヨラージハ国に追及されれば面倒、なれば撃墜して見せた帝国の騎士に押し付けてしまえと言う魂胆なのだろうな」

「なんだそれ!?」

「いろいろ調べた結果、その件の娘はクーソン共和国生まれなのだそうだ。しかし、あまりに家が貧しく、まともな生活は望めなかったのだろうな。出生登録の届け出はされていたので、個人情報が残っていたそうなのだ。クーソン共和国での生活は、親が定職に就けなかったこともあり、借金が嵩んでスラムで生活するにも困るようになったのだろう。そしてクーソン共和国よりは豊かなヨラージハ国に密入国して、親が食にありつく代価としてMSSの操縦士にさせられたのだそうだ」


 そして捨て駒同然で戦地に投入されたと、供述していると言う。


「それって親の生活費のために身売りされたってことか?」

「そうなるな。女親の方も身体を売りに出して、病気で亡くなっているそうだが・・・これは今回の件に関係ないな。男親の方はどうにかその日暮らしは出来ているそうだ」


 妻と娘を食い物にした男の評価が劣悪で、調査した人間の嫌悪はそちらに向いていた。男は裏社会のそれなりの立場になったとかで、そこそこ贅沢な暮らしをしているらしい。

 件の娘の評価で、一般的に察知されなかった殺気の件は勘案されずに、供述と現場での態度で信用を勝ち取ったらしい。

 クーソン共和国からすれば、保護すべき自国民であり、ヨラージハ国からすれば、機密を知る軍人だ。ヨラージハ国から捕虜の返還を求められた場合の面倒事を避けるため、帝国の騎士の従者にしてしまえば良いと言う結論を出したのだ。


「そして件の娘は、既に帝国へ身柄を移送されておってな、帝国での調査の結果潔白が証明されておるのだ」


しかし、大和としては全くピンと来ない話だ。だから何? と言う疑問符が頭から離れない。


「ヤマト・ダン・ケイペンドが従者として雇わねば路頭に迷うことになる・・・そうだぞ」

「え・・・いらないよ?」

「会いもせず即答か?」

「どうせあと数週間で還るんだから、別の就職先の方が良いだろ? それに俺は帝国に寄生しているだけで無一文だろ、どうやって給料払うんだよ?」

「貴様の身分は私がでっち上げたものだが、それ故にちゃんと俸給は出るぞ。騎士ともなれば身の回りの世話をする従者の一人や二人、居て当然だ。住宅街で小ぢんまりとした一軒家を買い、そこで慎ましく暮らすのであれば十人は生活が送れるだけの額だ」


 それって手取りでどれくらいなのだろうか。バイトくらいしかしたことのない大和には今一ピンとこないが、年俸で一千万円くらいの価値があるのではと思える。


「金銭的な保証されても困るんだが」

「こちらとしてもな、亜人の血を引いていると言うのが少々厄介でな、少数民族の掟みたいなもので“自分を倒した者に忠誠を誓う”と言う風習が残る民族なのだそうだ。だから彼女の要望も聞き入れられ、こう言うことになった。無下にすれば人権家から差別だと叩かれるのだ。まぁ、そうだなヤマトが還った後は・・・私が貴様の飼い主であるということを教え込んで、私が面倒見る他あるまい」


 自分の飼い主の飼い主は、大飼い主であるという理論だ。通じるかどうかは不明だが、最悪スティルの力で屈服させると言う小芝居の一つをしなければならないらしい。

 帝国などの大国では、少数民族や部族などの奇異な風習は、他人に害が無ければ守られる物であるらしい。日本のある地球と違い、こちらの世界にはエルフ等を始めとした亜人種や獣人種と言った、幻想世界の住人が普通に闊歩し生活して居る世界なのだ。アインラオ帝国は人間の国で、人間種以外ほとんど住んで居ない国であるが、それでも全く居ない訳ではなく、そんな彼らを保護するビジネスも成り立っている。貴族や資産家などは、彼らに資金援助することで富める者の義務を果たしている。

 少数派を多数派が守ると言う構造は、民意を先導し易く、統治の面で巧く機能することもある為、率先する者も多い。少数民族のような数的弱者を守る統治は、外傷や疾病により社会的な弱者に転落した場合でも守って貰えると言う安心感を産み、労働者の励みにもなっていると言う。

 風習やらを保存することは大事だが、それを笠に、民族差別だと騒ぎ立てる連中がいるのだとか。人肉を食らうとか、個人所有物の概念が無いとか、そう言う文化的に問題の起こる風習は否定されるが、強者に従うと言うものは、支配者側が非人道的な扱いをしない限りは問題ないと言う考え方なのだそうだ。


「面倒臭い」

「言うな。私もそう思っておるのだ。そして何時までも放って置く訳にもいかぬのでな・・・引き取りに行くぞ」


 スティルの動きに躊躇いがある事を感じ、大和はますます腰が重くなった気がした。





「は、はじめまして・・・ケイペンドさま。あ、あたしの名前はハイラと言います。い、一所懸命にお仕事いたしますので、どうか、お雇い下さい」


 おどおどとした態度で、少女と言うにはまだ幼過ぎる感じの幼女が、深々とお辞儀をした。


――ないな。うん、無い、ダメ、アウト!


 と、大和は目を細めハイラの外見を採点する。外観的に小学中学年くらいで通りそうな容姿であるため、完全にアウト。排斥対象となりかねない。容姿は整っているので、十年後が楽しみと言えばそうかもしれないが、時間切れとなる為その姿を拝むことはない。


 おっぱい星人とロリコンは不倶戴天の間柄なのだ。


 年相応の可愛らしさはあるが、どちらかで言えばあどけなさであり、仔犬を可愛いと思う感情と同じ物しか働かない。

 身長は頭一つ大和よりも低く、恐らく百三十センチあるかどうか。髪色は青系銀髪で、簡単に言えば水色の髪が、肩にかかるかという長さで切り揃えられている。褐色の肌と橙の瞳が、なんとも言えず現実感をぶち壊していた。尖った耳の先端が髪から突き出しており、いつかの魔王崇拝者の青年であるマルモスと種族的に近いのかもしれない。


――ああ、この感じ、葉月に通じる物があるな。


 ハイラ服装はイノンドが設えた物で、一般的な女中服であった。その素材も防刃素材等の特別な物ではなく、誰かの着古した御下がりを仕立て直した物で、皇城内でギリギリ咎められない程度の品質のものだ。騎士ヤマト・ダン・ケイペンド自体が悪目立ちして居るせいもあり、なるべく角を立てたくないと言う配慮だろう。


「・・・あ、はい。どうぞよろしく」

「あ、ありがとう、ございます」

「じゃ、特に頼む事もないから、仕事教えて貰うなり、やることないなら部屋で休んでていいよ。必要になったら呼ぶから」

「は、はい。か、かしこまりました!」


 初々しいと言えばそうなのだが、腑に落ちない。大和に指示を出されたが、ハイラは傍を離れようとはしない。その態度を不審に思い、そう言えば今の自分の部屋も借り物である事を思い出す。


「ところで殿下」

「何だ? 申して見よ、卿」

「ハ、ハイラ? だっけ? 彼女の寝床は何所になるんですかね?」


 スティルが一瞬で顔に困惑を張り付けると、何となくその気持ちを察することが出来た。

 アインラオ帝国は人間の国だ。その国で、人間でない者の血が混じっている彼女の、居場所と言うものが用意できるのかと言うのだ。スティルが処遇について思いを巡らせていたことは、そう言う理由なのだろうか。


「卿に貸している部屋にも従者用の小部屋が併設されておる。そこを使うようにすると良い」


 やっぱりそうなるかと、目と眉が二の字を作ったまま、了解する。


「一応、生殺与奪は卿の権限の内になるが、無粋な真似は避けるように。良いな?」

「了解しました殿下。じゃあハイラ。部屋に行こうか?」

「は、はい!」


 大和はスティルと分かれ、ハイラを伴って部屋へ戻る。

 その道すがら、拭えぬ違和感をどうにか消すための策を考えながら歩き、部屋に入り扉がちゃんと閉まったことを確認すると、ハイラに殺気を叩き付けてみる。

 びくりと体を引きつらせると、弾かれたように一足でテーブルにまで飛び退り、出しっ放しになっていたティーセットのソーサーとトレイを引っ掴むと、ソファーの後ろへと隠れた。続いて、パリンと陶器を砕いた音が聞こえる。


――あーー、この反応は、本物だわ。


 動き自体には洗練された物はなく、どちらかで言えば獣のような防衛本能によるものだ。そして、この行動で大和の疑問に二つの答えが出た。

 一つ目は、どうやってクーソン共和国からヨラージハ国に亡命・・・いや逃亡できたかということだ。これだけの警戒心と行動力、それを支える運動神経が有れば、可能だったかもしれない。

 そして二つ目、大和の叩き付けた殺気の返礼として返される殺気は、あの戦場で感じたものと同じだ。相手を殺そうという意思が垣間見える。ただその色味に若干の違いを感じるが、命のやり取りを覚悟した人間の出す殺気に間違いない。


「ごめん、ちょっと本人か確認したかったから試した」


 そう声をかけながら無遠慮に間を詰める。

 ソファーの死角へ入り込んだ瞬間に、ハイラが割った陶器の破片を握りしめて斬り掛かってきたが、動きは完全に読めていたため、軽く受け止めつつ、それを奪い取りながら、合気道のような動きで床に押さえ付けた。


「これで互いに本人確認が出来たと思うが? それでいいかな?」


 大和からは完全に殺気が消えたことで、ハイラはようやく自分が試された事に気が付いた。

 ハイラが息を整え、殺気を消すと押さえ付けから解放され、手を引いて立ち上がらせられる。


「手荒な真似をした・・・その、身体を痛めたりはしていないか?」

「あ・・・い、いえ、大丈夫です。こちらこそすみませんでした。し、主人に逆らうような真似をして・・・。あ、あの、ほ本人確認とは、ど、どういう意味なのでしょうか・・・?」


 大和には返礼で反された殺気で、あの時のMSS戦で隠れ潜んでいた操縦士だと納得できたが、どうやらハイラには分から無いようだ。先ほどスティルにも言われたことを、改めて反芻する。


――あ・・・出来ないんだ。残念。


 大和自身まだ未熟ではあるが、殺気はそれなりに読める。それを相手も出来るはずだと、勝手に期待していた。


「あー、すまない。こっちで勝手に盛り上がっていたわ」


 がっくりと肩を落としつつ、自分の身が異常であるということを改めて思い知った。


2017/05/22 誤字修正。

殺気のやり取りのところの表現を少し変更しました。

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