第6話 仕方のないこと
――クソッたれ! どうしてこうなった! 落ち着け落ち着け、冷静になれよ、俺!
源田仲利は困惑しつつも、腰を落として魔剣ストムゾンをゆっくりと構える。召喚勇者になって対人戦は決して初めてではないが、その度に不安や焦り、恐怖を感じてきた。殺してもいい倒すべき外敵に向けるのではなく、殺すべきではない身内に向けるのだ、その緊張は計り知れないものがあった。
「だからよ~、腹減ってんだから無駄な体力使わせんなよな~。おっさんはその缶詰食わねーんだろ? だったらいーじゃん、くれよ」
相対するのは、プリン色した頭の出来の悪そうな少年であった。軽薄に罵声を吐いて長剣を振り回す姿が、その印象を助長させる。その手に持つ長剣が人を傷つけ、場合によっては殺してしまうかもしれない凶器である事を自覚しているようには、とても見えなかった。
「くれてやるのは構わんが、ここでは食うな」
「へっ何それ。ケチくせーおっさんが上から目線とか、笑えるんですけど。どこで食おうと俺の勝手じゃん? 何? やっぱり大切な缶詰だったりすんの? 目の前で食われると頭に来ちゃうの?」
げらげらと人を不快にさせるように嘲笑う。これが性根によるものではなく、意図してやっているならば、神経を逆なでして挑発する技術は常人を超越している。
――あ~~~めんどくせぇ! 全部まとめてふっ飛ばしてぇ!!
早朝から村長が新しい召喚勇者を連れてきた。そこまでは今までもあった流れだが、そのあとが酷かった。
カオスマターによる“聖剣アクスザウパー”を持つ召喚勇者で、三岡洸貴と名乗った。外見から恐らく十五・六才ほどだと思われるが、腹が減って死にそうだと駄々をこね出し、源田が持っていた缶詰を目聡く見つけると寄越せとほざいてきたのだ。あまり堪え性のない源田はすでに爆発寸前になっていた、いや、爆発してしまえばよかったのだが少しの逡巡が、決断を遅らせ先手を奪わせてしまった。
この缶詰は特別な物だが、少しだけ特別の意味合いが違う。
補給物資の分配をするようになった大和が直々に持ってきたもので、外国産のニシンの缶詰シュールストレミング、世界で一番臭いとされるものだ。大和は「外国産の高そうな缶詰だから」と言ってしれっと置いていったが。たぶん分かっていてやっている。キャビアの缶詰も置いていったのでただの嫌がらせの類というよりも、パーティージョーク的な意味合いだろうと源田は解釈した。
今度、皆でバカ騒ぎしながら開けるかとか考えていたのだが、この三岡少年は取り敢えず腹減ったから食わせろと言って引かない。まともな話し合いができず、何より気が短い。事情の説明も聞く気がなく思うがままにならないと気が済まない。幼児の精神のまま身体だけが立派になった典型のように思え、ひどく不愉快になった。
少々臭いがきついのでそのことを注意したら、やれ惜しくなっただの、やれ嘘つきだのと中傷を繰り返すばかりか「じゃぁ奪い取ってやんよ」といって聖剣まで抜き放ったのだ。
これがまずかった。
これで、源田は引けなくなってしまったのだ。
もう、缶詰をやるやらないの話しではなくなってしまった。
そして剣を抜かれる前に、ぶっ飛ばしておくべきだったと後悔した。
男組を預かる源田が、新入りが癇癪を起して剣を抜いただけで言い分を受け入れてしまったら、せっかく取れてきた統率が崩壊してしまう。源田が強者であるから引き下がって言い分を聞いている奴もいるのだ、そいつが源田は脅せば引くと勘違いしたら、絶対に厄介事が起きる。女っ気がないことに不満を漏らしている輩も存在し、そいつらの行動如何では男組対女組の抗争が始まってしまう可能性がある。そんな事態に陥れば、次に飛竜種が襲撃してきた際に全滅してお終いだろう。
源田は速やかに、三岡少年をぶちのめさなくてはならない。元々そうやって統制を取ろうと努力してきたのだ。歯向かいそうな奴を取り敢えず脅しておき、源田が強者であると刷り込んでおくことで暴走を抑える役割を果たしていた。
今までなら、ストムゾンを振り回しただけでその膂力の凄まじさを理解し負けを認めたり、軽く嵐の力を開放してやるだけで相手はビビったりしたため、直接剣を交えるような事態にはならなかった。大和の件は例外であったが、源田が酷く酔っ払っていたため、恐らく負けたとしてもノーカンになっただろう。
だが今回ばかりは状況が悪い。
――しかし“聖剣アクスザウパー”と言ったな。あの剣の能力がどんなんか分からんと迂闊に攻めるわけにゃいかん。防御系に特化していりゃー死にゃしねーだろうが、攻撃系なら殺してしまうかもしれんし、下手に反射系の力だったらこっちがやべーしな。
先に力を使えばカウンターを食らう恐れがあり、先手を譲ればそれが致命傷ともなりかねない。
ある意味でなんでもありのカオスマター製の武器の厄介さに辟易した。
源田は学生の頃は柔道少年で、団体戦で県大会を制し全国大会へ出場こそ果たしたがそこで敗退した経験があった。当時は仲間にも恵まれていたが、上には上がいることを思い知らされた苦い思い出であった。
柔道ではどんなに力量差があっても柔道の範疇を出ない。だがカオスマターというものは組み合った瞬間に口から火を噴いてくるとか、三本目四本目の腕が生えて掴みかかってくるとか、そういうあり得ないことを可能にしてしまうため迂闊な行動はできなかった。
三岡少年のあまりに軽薄な態度は恐らく素のものだろう、だがあれがこちらの手を誘う罠の可能性を捨てきれないのだ。
源田は慎重にならざるを得ず相手の意図を読もうとするが、これこそが県大会止まりだった欠点でもあった。慎重になり冷静に考えた所で、分析まではできず徒に時間を浪費する。カッとなって突っ走るよりはマシだったが、そのせいで一瞬の決断力が鈍り隙を作りだしていた。源田は聡い参謀役がいて初めて十全の力が出せるタイプだった。
一方、対峙している三岡洸貴の方だが、こちらも攻めあぐねていた。いや、どうやって攻めればいいか全く分からなかった。ただ舐められっぱなしが気に入らなくて剣を抜いたが、相手は引き下がらなかった。学生同士の喧嘩でナイフをちらつかせることで勝利をもぎ取ろうという程度の考えで抜いたのだが、相手はそれ以上の巨大な剣を構えた。
――ふざけんなっつーの! あんなのどーやって勝てっつーんだよ。無理ゲーだろ。真っ二つだろ、意味わかんねーよ。なんで缶詰でそこまでしなきゃなんねーの?
あんな巨大な剣に真っ向から立ち向かう人間の気が知れない。
原付スクーターでも人を撥ねれば殺してしまう、また大型トラックで人を撥ねても同じだ。どちらも人を殺せてしまう凶器へと変わる乗り物だ。しかし、原付スクーターと大型トラックの衝突ならどうだ、まず間違いなく原付スクーター側の死で終わるだろう。そしてそのスクーター側が自分だという程度には事態を理解していた。
剣道はおろか格闘技を学んだ経験はなく、そもそも部活動もまともに参加していない。生まれ持った体質と、喧嘩で負けたくないという思いから筋肉トレーニングはしていたが、暇なときは家でゴロゴロと自堕落な生活で、太ってこそいなかったが持久力と忍耐力はなかった。故に事態を打開するだけの技はない。
絶対に勝てない相手と対峙して、この場から逃げ出したい衝動に心が染まるが、負けは認めたくないというだけで留まっていた。しかし肉体的にも精神的にも、我慢もそろそろ限界だった。何より源田と対峙している現状が、より体力を消耗し空腹を加速させている事に気付いて、胃がムカムカして眩暈がしてきた。
――腹減った。ちょ―腹減った。つか、無理無駄無意味。あ~頭くらくらししてきた、貧血ってやつか・・・って、これやばいんじゃね?
いっそのこと、源田に攻撃された方が無難に終わる気さえしてきた。
お互いに必殺の武器しか持っておらず、相手を無傷で倒さなければいけない。技術も圧倒的に不足しており、攻めることも引くこともできず、動くことすらままらなくなってしまっていた。
大和は朝の鍛錬を終えると、着替えを持って河原に訪れる。掻いた汗を流すために行水をするのだ。
今が暖かい季節で本当に良かった。
――しっかし、今のこの世界の季節っていつなんだ? 日本と同じ春ならまだいいが、これが夏だったら・・・冬になれば凍えて死ぬな。あ~風呂に入りたい。温泉に入りたい。びばのんしたい。
そこまで風呂好きではない大和でも風呂が恋しくなってしまうほど、不潔――野性的な生活であった。
男組はキャンプ生活であるため基本的に風呂はない。大和の様に河原で体を洗う事しかできないのだ。カゾリ村の民家なら風呂はあるかもしれないが、勇者が大挙して使用を求めればパンクしてしまうのは目に見えていた。これは便所も同じで、現状は森の中で適当に穴を掘って、そこで用を足して再び埋めるという、非文明的な仕様を強要されていた。穴を掘る分、獣よりは文明的という程度の低レベルだ。
しかし、今はそんなことが些末に思えるほどの疑問がわいた。
――ミヤヤ。村長はそうフォノのことを呼んだ。
これの意味するところが分からない。
普通の考えるならあだ名や呼び名、愛称の類だ。だが『フォノ・メアロー』のどこをもじっても『ミヤヤ』は捻り出せない。かつての分校の友人や遠縁の親戚などは『影崎大和』をもじって『カゲやん』とか『やまとん』『やーくん』とか呼んでいたが、これらとの類似性は見いだせなかった。
身体的特徴や性格的特徴によるものかもしれないが、それは完全にお手上げだ。
――となると、本名の可能性か。フォノ・メアローが召喚の巫女の名前で襲名であるならば、本名を他に持っていても不思議じゃない。ミヤヤという少女が召喚の巫女に選抜されフォノ・メアローを襲名したならばなんの問題もないが、フォノは時折召喚勇者の召喚状況において他人事のような言動がある。召喚の巫女は別にいて、病弱などの理由で表に出ているのが代役のミヤヤという少女という可能性もあるか。
あのフォノが偽物の可能性がある。その考えに至った自分の思考がとてつもなく卑しく思えた。
偽物であるならば自分の物にできるかもしれない。
そういう結論を出してしまった自分が、酷く利己的な人間に思えたのだ。
「クソ! そうじゃないだろ!」
大きく悪態を吐き捨て、冷水をかぶる。煩悩は去りはしなかったが、些かな冷静さは取り戻した。
恐らくだが、フォノ本人や村長を始め村人に問質してもはぐらかされるだけだろう。男組にしろ女組にしろ、聞いて回った所で望む答えは得られないように思えた。むしろその情報収集が噂として村長の耳に入れば、さらに自分の立場が悪くなることは容易に想像できる。秘密を暴かれるのを阻止する為か、要らぬ疑いであれこれ詮索された煩わしさの清算の為か、村の和を乱す者のレッテルは免れないだろう。
そもそも、大和が信頼を置ける情報を渡してくれる人物というものは、この村にはいない。
「結局は自分で仕入れた情報しか信用に値しないか・・・」
自分でいろいろ探るしかないが、慣れないことをやればボロを出して足を掬われるだけだ。それこそ村長宅に忍び込んで情報を探った所で、その違法性を証明できない。たとえあの“ミヤヤ”が偽物であったとして、それを白日の下に公開しても「それが村の掟だ」とか「巫女姫様の身の安全を考慮した上での影武者だ」とか言われたら、それが悪いことであると大和には証明できないのだ。
何より、大和は自分に欠如している重大な情報に気が付いた。
「・・・俺、この世界について何も知らないじゃん」
日本人なら日本の法律について多少は知識がある。
例えばこの世界の飲酒が許可される年齢が幾つであるか知らない。日本では二十歳だがドイツでは十四歳から飲んでもいいとか、逆にハワイでは二十一歳から飲酒可能になるため二十歳の日本人旅行者がうっかり警察のご厄介になるなんて話もある。
このカゾリ村で、本当に飲酒は何歳から許可されているのだろうか。カゾリ村が属しているであろう国家の法律ではどうなっているのか、そういう事も知らないのだ。
――やっぱり、そういうの勉強していかないとダメだよな。日本に帰れないならこっちで生活する方法を考えなきゃならないだろうしな。
大和の今の地位は、まだ年齢的に子供だからという理由で許されている所がある。中学二年生になりたての十三歳であったが、遅くともこの世界の成人年齢までに身の振り方は決めなければならないだろう。村でずっと世話になるのであれば、畑でも耕して農家になるしかないだろうし、村から出ていくにしてもどんな職業に就けるか分からない。少なくとも日本ならば、何の後ろ盾もなく、召喚されたためとはいえ戸籍もない人間がまともな職業につけるとは思えない。
そして、曲がりなりにもカゾリ村に施されているインフラや、オーディアスのような科学技術を見れば“冒険者”などという浪漫職業が成立する世界には思えなかった。
――村の外は飛竜種が跋扈する世界とかだったら何が何でも引き籠るけどな!
中学生生活を満喫し、高校生になって、大学生になるか就職するかとまだまだだいぶ先きの話に思えていた身の振り方が、急に降りかかってきているように思えた。
「まぁ取り敢えずはこっちの常識とかの情報収集が先決だよな。いろいろユーデントあたりに聞いてみよう」
最悪は、本当に最悪の条件であるならユーデントに紹介してもらって傭兵になるしかないかと、想定しておく。
そして取り敢えずの立場とはいえ、それを守るために今日の仕事を頑張ろうと思うのだった。
大和が軽く着替えを洗濯して男組のキャンプに戻ると異様な雰囲気に満たされていた。
現場を見やれば、源田のおっさんとプリン頭が剣を構えて対峙しているが、明らかに顔に疲労が浮かんでいる。上げた拳の降ろし方が分からなくて、途方に暮れている感じだったが、大和は自分の預かりの知らぬ出来事であるが故に無視することにした。
――あれが、フォノの言っていた召喚者か・・・。ずいぶんな異物が混じってるな。
見回せば、初めて見る顔がちらほらとあった。フォノの言葉通りに腰の曲がった老人に、ムキムキのボディービルダーの様な奴もいた。他にも頼りなさそうな青年やら、完全な肥満少年などだ。
「おう大和、これから仕事か? ならついでにこれ持っていってくれや」
「分かった。荷車に乗らない分は自分で持って行ってくださいよ」
大和が物資の運搬に使う荷車を引っ張り出すと、男組の連中がそう言いながら、自分たちの出したゴミを袋詰めにしたものを渡してくる。一応、ゴミの処分は個々人で行うことになっていたが、大和自身が自分の立場を確保するためという打算的な目的で代行していた。これが功を奏したのかは分からないが、男組の中で邪魔者扱いはされなかった。
男組の連中は我先にとゴミを積み出すと、それに気付いた源田から声がかかった。
「おい坊主! 悪いがこいつを一緒に連れて行って、先に食いもん食わしてやってくれ。腹減ってるんだと!」
顎でプリン頭に行けとしゃくる。
プリン頭もそういう事なら仕方ないみたいに肩を竦め、剣を収めると、どっと安堵の空気が満ちた。
――面倒な奴押しつけやがったな! 苦手なんだよなああいう手合いは。
大和はどちらかと言えば、規律は守って行くタイプだった。少なくとも校則などを意図して破ったことはない。しかしあのプリン頭は、規律を守らずに我が道を行くことが勇ましいと勘違いしているタイプに見えた。
「朝からなんも食ってなくってさ~、腹減ってんだ。案内しろよ」
苦手どころか殴りつけたい衝動にかられたので、思わず顔をしかめてしまったが、周りの連中も気持ちは理解できるのか何人かに頑張れと肩を叩かれる。当の本人はそんなことに気が付かないのか、実に飄々としていた。
「そのゴミの量は大変だよね。僕も手伝うよ」
そんな中で、線の細い美形が大和に振り返って微笑んだ。例の凛々しい横顔の召喚勇者とフォノの感想を思い浮かべるが、大和はそんな風には感じなかった。身長は一六五センチ位だろうか、明るめの色合いの長髪が似合っていた。
「ごめんね。君を抜け出す口実に使ってしまった」
役立たずとプリン頭と美形の三人で荷車を曳きながら歩き出すと、美形からそんな声がかけられた。拝むように手を合わせ、ウインクする仕草はどこか愛嬌があり、確かに勘違いしてしまう奴が多そうだ。
「どうも他の男の人たちの視線が痛くてね。居心地が悪かったんだ」
男組の顔面偏差値を考慮すると、明らかに抜きん出ている顔付きだ。
勇者は基本的に個人単位で召喚され、恋人や連れ合いがいる者でも一緒に召喚された例はないので、男組は女に飢えている者が多い。フォノに惚れ込んでいるために我慢している者や、源田の様に必要ないと言い切れる者は少ないのだろう。となれば村人や女組の恋人のいない者達にアピールして恋仲になるしかないのだが競争率が高く、競争力の高そうなやつは目の敵にされると言った所だろうか。
「自己紹介がまだだったね。僕は宮前響。君は?」
「オレは三岡洸貴だ」
「影崎大和だ」
「よろしく。できれば仲良くしていきたいな。年も近いみたいだし、若い僕らでも協力すれば強敵を倒すこともできるんじゃないかな?」
「悪いが、それは無理だな。俺は役立たずだし、戦闘には多分参加しない」
どうして? という顔をされたので他の勇者のようなカオスマターを持っていないことを説明し、その代わりに雑用をやっていると伝えると、宮前は納得できないと憤慨した。
「それって酷くないか! 勝手に召喚しといて力がないからって雑用を押し付けるなんて」
「・・・いや、力がないことを無視して最前線に放り込まれるよりはましだと思うが」
「力のあるなしは関係ないだろ、必要なのは根性だ」
それが一番足りないのはお前だよと、二人して視線を送ってしまうが気付いた様子もない。ワザと場の空気を読んで言っているのならば、非常に素晴らしいコミュニケーション能力だと称賛を送りたいが、どうも素らしい。
少し無駄話もしつつ、ゴミを倉庫前にある集積所で下して倉庫に入る。
ユーデントを始めとする傭兵たちに、宮前と三岡が着いて来た理由を伝えて作業を開始する。
「おっコンビニ弁当あるじゃん。いただき! 幕の内弁当か・・・ハンバーグエビフライ弁当とかねーの? 野菜の煮物とか好きじゃねーんだよな。まぁいいや」
そう言って勝手に食べだすが、放っておく。食べてる間は大人しいだろう。
大和は三岡を捨て置き、作業に集中する。ここ数日、この作業に従事して思い至ったが、この物資は日本の物だ。
恐らく召喚勇者を呼び出した地域から、物資だけを召喚しているのだろう。でなければ説明がつかない。こんな村の奥まった場所にある倉庫に、これだけの物資を誰の目にも気付かれずに、毎日運び込むにはどうすればいいだろうか。夜中にトラックでひっそりと運び込むにしても、轍すら残さないのは人間業じゃない。対価を払って村の外から購入しているという線は不可能なのだ。
確かにカゾリ村の食糧自給率からして、数百人の異邦人を余分に養うことは出来ないだろう。しかし、勇者を召喚するだけして送り帰せないということは、この物資の対価を払うことも出来ないはずだ。つまり、一方的に物資を強奪しているとも取れる。
大和は胃に鈍い痛みを感じた。
日本の常識で考えるなら、やっていることは完全に犯罪だ。しかしこのカゾリ村の常識では犯罪ではないのかもしれない。
飛竜種なんかが襲来し、存亡の危機に勇者を召喚して、その勇者を養うために物資を召喚する。自分たちが生き延びるために仕方なくやっていること、そう言われ方をすれば一方的に悪だとは断罪できない。
――完璧に、悪循環を起こしていやがる。諸悪の根源を潰さないとこの悪循環は止まらない。
仕方のないことと割り切るしかないのだろうか。
2016/09/05 誤字修正。