第65話 心知らず
大和がユーケイヌを格納庫へ帰投させると、満面の笑みを浮かべたスティルが出迎え労う。
「大義であった。それでこそ我が騎士!」
スティルは、辺りの兵たちに自慢げに振る舞うが、反対に大和は陰鬱な気分に心が沈んでいた。
――いや、俺はスティルの騎士じゃねーだろうが・・・。
ぽろっと口から溢さない程度に今の立場を弁えていたが、褒められているのに全く嬉しくない。寧ろ周りの視線が嫌な方へ偏ったので、居心地が非常に悪い。
今の大和は、第三皇女が個人的に取り立てた騎士、ヤマト・ダン・ケイペンドとしてこの場にいる。影崎大和としての感情を出すのは拙い。
「何だよまだガキじゃねーか・・・、あ~あ、良いよな騎士様は、安全な場所に居るだけでお姫様からご褒美貰えてよ」
ユーケェンの操縦士らしき兵の憎まれ口が耳に届くが無視する。
止めろよ、と諭す同僚の声も聞こえるが、大和の不快感は加速度的に増加した。そもそも、大和が戦場に出なければならなかった理由が、ユーケェンの操縦士たちが不甲斐ないからだ。その事を棚上げしている所に度し難い怒りを覚える。
――怒っているのか、俺は? ああ、良かった。まだこちら側だ。
怒りを感じた事で、自分があの状態になっていないことを確認し安堵している辺り、状況に振り回され過ぎている。
「ところでス・・・ぐにでも休みたいんですが、・・・殿下、構いませんか?」
スティルは耳聡く大和の失言を察知したが、見逃してくれるようだ。不安定な精神状態に、気付いているのかもしれない。
「ああ、分かった。初陣にしては良くやったな、今日はもう休め」
「有難うございます、殿下」
深く礼を尽くして、その場を去ると、足早に自分に与えられた部屋へ戻る。皇城の客間のような豪華な部屋ではなく、士官用の四畳間位の個室だった。備え付けのベッドと机にクローゼットがある以外には碌な家具はない。造り自体も鉄の地肌剥き出しの安い作りだったが、今の大和には聖域のような安心感が有った。
部屋に入ったとたん、緊張の糸が切れ、男子の矜持が力尽き、両膝を折って蹲った。
戦場での命のやり取りの恐怖が今頃になって、いや、今まで我慢してきた物が一気に噴き出した。誰かの死と言うものが、一瞬の判断の先にぶら下がっていたことに震えが止まらないのだ。当然、そこに自分の命と言うものもぶら下がっていた。そこに127ミリの砲弾を放り込んできたのだ。
ただ単に、辛うじてそれを守り切れたと言うだけに過ぎないことは、ユーケイヌという機体の貧弱さが教えてくれたような気がした。そういう意味では、堅牢な装甲を持つシーゼルでないことが逆に良かったかもしれない。
ただ、それもこれも、無傷で生還した今だからこそ感じられる思いに過ぎないが。
MSSで戦うことは初めてではない。しかしMSSへ人として乗り込み、人と命の奪い合いをして、人として帰還したのは初めてだ。飛竜種と黒騎士、主に二回ほどの戦闘はともに結末がグダグダだった。本物の殺意と、それに伴う憎悪。それを敏感に感じ取ったことが、殺したい程に憎まれたことが恐ろしい。
脂汗を流しながら、暫くガタガタと体を震わせていると、次第に恐怖が薄らいでいく。どの位そうしていたか、時間が出来事を過ぎ去らせてくれる。
少しばかり体に活力が戻ると、どうにかベッドにまで這いずり身体を放り出して、喘ぐように浅い呼吸を繰り返した。汗で濡れた服が気持ち悪かったが、替える気力もなく重い溜息を吐いた。
――たぶん、今一番考えなきゃならないのは、この状況下に何で陥っているかと言うことだよな。日本に早く帰りたいぜ。
ここはアインラオ帝国の隣国である、クーソン共和国という小国である。両国は軍事同盟を結び、クーソン共和国は強大な帝国の後ろ盾を、アインラオ帝国は自身の国土に損害を出さぬための緩衝地帯をそれぞれ得ていた関係だ。貿易などの経済交流を行い共存共栄を目指していた。
そこにさらに隣国となるヨラージハ国と言う国が、なかなか不穏な空気を見せた。あからさまな軍備拡大を行い、クーソン共和国の不安を煽った。それに牽制するため、大国である帝国に親善訪問を要請し、「我が国はアインラオ帝国と親密な関係なため、手を出せば火傷では済まないぞ」と言う態度を取った。虎の威を借る狐と言われればそれまでだが、帝国としてもクーソン共和国を失うことは痛手であるために、親善訪問の件を了承し第三皇女が派遣されることになった。
カゾリ村の件で後手々々に回ったことが災いし、ヨラージハ国に帝国が侮られた結果でもある。
そしてこの様だ。
スティルが訪問中に、ヨラージハ国の連中が強襲を仕掛けてきた。恐らく威力偵察と思われる軍事行動であると予想されたが、その規模が尋常ではなかった。
大和が目にしただけで中隊規模、下手をしたら大隊規模のMSS隊が仕掛けてきていた。その為に、国境付近最前線のこの街の防衛力の全てを投入し、さらに訪問中のスティルの護衛MSS小隊まで投入されたのだった。
クーソン共和国の被害はMSS撃墜三機、大破五機、中破小破は多数。死者五名。
ヨラージハ国の被害はMSS撃墜四機、中破一機、小破多数。死者三名、捕虜一名。
戦況は敗北と言っていいだろう。こちらは実質八機のMSSが使い物にならなくなったのに対し、向こうは半分の四機だ。そして何よりヨラージハ国MSSの撃墜数の内、二機は大和が初弾を当て足止めを成功させたからの撃墜であり、一機は大和の単独行動による撃墜だ。もし小隊規模とは言え帝国軍が居なければ、どれだけ被害が拡大したか分からない。
――酷い有様だ。帝国に頼りっぱなしだから、練度が足りない、士気も低い。性根も腐ってる。
憎まれ口を言われた腹癒せも交じってはいるが、大和の感想は大よそで正解だった。
ただ帝国としてはまずまずの戦果だったと見るべきなのだろう。なにより前線に帝国軍機が居たことで、クーソン共和国に戦争を吹っ掛ければ、間違いなく帝国軍が救援に駆けつけるということを示せたのだから。何より、帝国軍の介入により戦況に変化が生じただけでなく、ほぼ無傷で帰還したと言うのが大きい。これで、ヨラージハ国が帝国の軍事力を警戒し、大人しくなってくれるのが一番良い終わり方だろう。
未だカゾリ村の処理でごたごたしている帝国が、無理にでも訪問を行った甲斐と言うものもある。
そして、大和がココに居る理由は、スティルの強引さによるものだった。
何時ものように、無遠慮に大和の部屋の扉を押し開くと、「ヤマト! 折り入って頼みがある、私の護衛として付いて来てくれ」と頼まれたのだ。
大和は面倒臭いと難癖を付けたが、結局は同意してしまった。イノンドによろしくと頼まれていたこともあるが、このまま別行動させるのが非常に危険だと感じたからだ。別に自分ならスティルを守り切れると、自負している訳ではない。そこまで己惚れてはいないつもりだ。
ただ、
――なんで、スティルは俺を殺さないんだろうな・・・。
そう言う疑惑が頭から離れなくなっていた。
カゾリ村の騒動で魔王機関の介入により、スティルは己の身命を危険に晒し、親友の姉妹を虐殺された、そして証拠自体も大量に失ってい帝国にとって大きな損害を出している。魔王機関自体を叩き潰すと言いかねないと、イノンドに心配されるくらいには頭に来ているはずなのだ。
なのに、大和にはその矛先を向けてこない。先代・・・かどうかは分からないが、魔王機関という組織の魔王という役職を務めた人間の孫なのだ。スティルならばその程度のことは調べがついているだろう。
大和が直接関与したわけではないので、恨み嫉みの類が個人単位で切り離して考えられていると言うのか、もしくはそこまでは知っていないかだ。可能性はあるが後者は希望的観測に過ぎる。
そして大和自身は、その疑念疑惑が自分の中で肥大し過ぎて、スティルを一人にするのが不安で仕方ないのだ。監視しておかないと、安心できない程度には危険視していた。
――これじゃストーカーだな・・・。くそ、見っとも無い。
スティルの頼みを聞き入れたのも、少しは貢献すれば悪材料の削減に繋がるかもしれないと言う打算的な考えだ。ご機嫌取りをして、自身に牙を剥かれるのを避けたい。日本に還るまでは、スティルと敵対するわけにはいかない。
大和は自分のスティルに向ける態度が自分らしくないと感じ、あれこれと理由を探し出して付けていたが、心の中ではもっと単純なのかもしれない。ただ単にスティルに嫌われたくないと言う思いが、そうさせて居るだけなのかもしれない。
「ああっ、早く日本に還りたい」
雑多な煩わしい感情を紛らわすためにも、今一番何を望み、何のための行動をしているかを再確認するため、小さく声に出してみた。
ヨラージハ国の陣営も、予想外の抵抗にあい損耗を増大させていた。
四機が撃墜されたと言う事実が、動揺を大きくする。クーソン共和国の練度と装備では、一機の撃墜もさせずにこの作戦を熟すはずだったのだ。
二の腕を損壊させた機体を降着させて、操縦席から若い男が降り立った。日焼けした黒髪に、彫り深い顔付き。青い瞳と浅黒い肌を持ちながら、非常に洗練され整った容姿をしていた。白を基調とした操縦士服にも、豪華な装飾がされている。
「坊ちゃん。おかえりなさいませ、おお、よくぞご無事で!」
「坊ちゃんはよしてくれ。俺ももう成人だぞ」
即座に側に控えるように寄り添った老紳士の労いの、気に入らないところだけを訂正する。
割と速足でMSS格納庫内を歩くが、息一つ乱さずに付いてくる。年の差を感じさせない体力に、感嘆の息が漏れる。
「クーソンにも腕の立つやつが居た。ふん、折角の新型が四機食われたし、俺も腕をやられた」
「何と! 衛生兵を!」
「違う、機体の方だ!」
機体を見上げれば、右腕の二の腕の装甲が完全に吹き飛んでおり、フレームも大きく歪んでいた。この状態では最早まともな照準が付けられないために、戦力の低下としては撃墜と変わらない痛手だと感じていた。
二機が撃墜された段階で、作戦を切り上げ撤退することになったが、その指示を受けるまでの間にもう一機を失った。
そして、最後に殿を務めることになっていた機体も撃墜されたと言う話だ。
「これでは計画の見直しもせねばなるまいな」
「ご安心ください・・・と言っても良いのか、少し言葉が思い浮かびませんが。あれは帝国軍の機体だそうです」
「なんと! 形が一緒ではないか! ああ、そうか一緒だったな。一杯食わされた気分だ」
解析班が機体形状および、機体に記された部隊番号から割り出したため、まず間違いはないだろう。やはり軍事同盟はしっかりと機能しているようだ。
ヨラージハ国とクーソン共和国はともに資源国であり、その資源を奪い合いしている犬猿の仲でもあった。そして近年力をつけたヨラージハ国が、帝国の威を借り怠惰に耽っているクーソン共和国から資源と国土を奪い取ろうと立ち上がったのだ。
「こうなると帝国との縁談を断られたことが響いてきますな」
「よしてくれ、確か俺が生まれてすぐに出た話だろう? 確か相手は、第二皇女で十歳は年上だったはずだが? 向こうも年頃の娘が生まれたばかりの赤ん坊に嫁ぐなんて馬鹿な話に応じる物か」
「いえ、第三皇女の方で御座います」
「ああ、王国の下賤な騎士と恋仲とか言う阿婆擦れだろう? 要らんわ、そんな女」
「ですが、そこで坊ちゃ・・・アルグス様が折れてくだされば、このような帝国の介入を防げたはずですので・・・その、つい」
帝国とクーソン共和国は軍事同盟を結んでいる。
そこへ帝国とヨラージハ国が政略結婚で繋がりを強くすれば、クーソン共和国との諍いに帝国も強く言ってこなくなる予定だった。アルグス・アレンドロビア・ジョリーニアと言う青年もヨラージハ国の王族ではないにしろ、国の運営に携わる氏族の出、帝国風に言えば貴族である。帝国と言えど第三皇女であれば嫁に貰えたかもしれないが、強い反発にあい縁談は流れてしまっていた。
「今回の帝国の訪問も第三皇女であったとか」
「忌々しい女だな・・・それでどう見る?」
「帝国と本気でぶつかれば、蹂躙されるのは我らです。新型機にしろフローゼントガンを大量配備するにしろ」
結局は物量で押し潰される。ヨラージハ国が帝国に勝つには、奇襲をかけ帝都を落とすしか手はなく、現状ではゲリラ戦法で嫌がらせをするくらいしかできない。
それに、新型機の問題もある。帝国のユーケイヌは、原型が完成してから三十年以上現役を務めている機体だ。数度の大改修と数十度の回収を繰り返しているが、時代遅れの感は強い。当然帝国も新型機を開発している可能性は否定できない。むしろ、その帝国製の新型機のデーターを盗み出し、それを使ってヨラージハ国の新型機を完成させたと言う噂もあった。
「あの連中を迎え入れたのに、この様か・・・帝国は強大だな」
「ええ全く」
老紳士はニヤリと笑う。帝国は強大だが無敵ではない。正面衝突は無理でも、搦め手であれば策はある。そういう思惑を張り付けた、人の悪い老獪な笑みだ。
「アルグス様に未練が無いようで、安心しました」
「ないわけではないぞ? あれが清い乙女で、ぜひ貰ってくれと額を擦り付けるなら考えてやらんでもない」
下卑た笑みを少しだけ浮かべ、一息と共に即座に元の表情へ戻す。そんな戯言に費やせる時間はそんなにないのだ。
想定の倍の損害を出してしまったMSS隊の補充もある。機体はまだいい、作れば次の物が有るのだ。だが操縦士の育成には時間がかかる、補充した人員が即座に使える保証はない。使えると保証しても戦場では何が起こるか分からないのだ、予定通りならこんな事で気を揉む必要もなかったのだから。
「あの程度の前線であれば、一個大隊もあれば片が付くな」
その後クーソン共和国を完全に潰すのであれば、首都にまで攻め登らなければならない。また資源採掘に必要な用地だけを奪うにしても、その戦線を維持する膨大な労力が要る。
「ですが帝国とぶつかるのであれば全く足りません」
「つまりぶつからないような策を練る訳か・・・離間作戦か?」
老紳士は肯定の意を持って深く頷いた。
2017/05/21 誤字修正。




