表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/184

第60話 身の振り方を考える

 その日の正午。

 大和は宛がわれた客室で食事を摂取していると、唐突にスティルが現れた。淑女としての挨拶が無いどころか、そもそもノックすらない。まるでおもちゃ箱でも開けるかのような、気安さと勢いでてらいもなく入室する。


「ヤマト! 良い情報と悪い情報がある! どちらから聞きたい?」

「何時にも増して唐突だな。・・・良い情報からでお願いします」


 流石に大和も、スティルの傍若無人な態度に慣れてきたので、その辺りは流し、取り敢えず飯時でもあるので、飯が不味くならないような情報を望んだ。


「送還装置の修理が粗方終わったと、博士から連絡が入った」


 それは大和をして、驚きの情報だった。当初は修理に数か月単位掛かると懸念されていたのだ。それが一週間で済んでしまうとは、流石に驚きを隠せない。


「発進する時にフィルドリアを使って、繋がれたケーブルなどを巧く剥がしたそうだな。それが、良い結果に結びついている」


 聞けば、フィルドリアを装甲表面上にて破断出力で展開することは、難易度の高い制御であるらしく、出来ないという想定だった。簡易的に取り外すことを想定していない作りであった為、どうしても至龍王を動かさねばならない事態になれば数時間かけてケーブルを一本一本取り外す必要があったのだ。つまり、緊急発進の場合は繋がれたケーブルを“引き千切って”行くしか方法はなく、それに伴う損壊はケーブルの繋がった装置にまで及ぶと予想された。

 それが、接続部の端子だけを交換することで修理が済んだそうなのだ。


「流石俺だな。うん、こうなることを予測したかのような完璧な行動だったな」

「タワケ、戯れるな。そういう訳で勇者達には聖墓に移ってもらうことになる。念のため検疫を受けて貰い結果が良さそうな者からニホンへ還すことになるだろう。送還が始まるのに後一週間くらいかかるだろうな」

「ほう、後一週間で還れるのか・・・時間的にはカゾリ村よりも帝都で世話になっている日にちの方が長いくらいだけど、今となってはあっという間のことだったな」

「なにか感慨深い心象を吐露している所悪いが、ヤマトは最後だぞ」

「はぁ? なんで? そもそも一番最初に還る予定だったじゃないか! それに一応は俺、功労者だろ? その特権みたいなので一番に帰るとかないのかよ?」

「馬鹿か貴様は? どちらかで言えばシステムの管理者側に踏み込んでいる存在だぞ? もうあの時とは状況が違っているのだ、待遇が変わるのも当たり前だろう。重要人物となった貴様を亥の一番に還せる訳ないだろう?」

「重要人物とか勝手にされても困るんですがね? 俺は基本的に小市民で居たいんだよ。つか、この最後じゃないと帰れないってのが悪い話か? だったら最悪じゃないか」


 何がどう最悪なのかなんとなく想像が出来たので、スティルは追及をしなかったが、代わりに大きな溜息を吐いた。

 大和が至龍王を動かしてしまったことが、今回の分岐点なのだ。至龍王と送還――至龍王の異世界間渡航機能を拡張し生身で渡れるようにする補助――装置を連動させるわけだが、その際に至龍王に操縦士が乗って炉心の制御を始めとした補正をかけた方が安定するのだ。それにトラブルからシステムの再起動を必要とした場合、操縦者の有無で再稼働までの時間短縮になるとこが見込まれていた。

 当初はスティルが一人で行う予定であったが、第三皇女の身分では付きっ切りで送還装置の面倒を見ことはできない。そうなれば何かしらの不備がある度に、数日は遅延が発生してしまうだろう。だが、ここで大和を予備として確保しておけば、その遅延が幾らかは解消できるのだ。

 それに時間的な問題もある。

 小さい島国である日本だが、それはあくまで地球規模で対比した場合の話だ。人間と比べれば十分以上に大きい。北海道の原野の真ん中に送り還されても困るだろう。一人一人可能な限りの、元住んでいた場所の近くへ送り還す必要があるため、一人づつ設定をやり直す必要があるのだ。その所要時間が十分程度と換算しても、二百人ほどの召喚勇者を送り還すのに、二千分・・・約三十三時間半かかる。機械整備や作業担当者である博士の休息を考えると、一切のトラブルが無い状態で、奇跡的な速度で進行しても五日はかかる見込みだった。スティルとしては最低でも、その倍の十日は掛かると思っていた。


「・・・え、後二週間以上ここに拘束されるのか・・・」


 それは正直な大和の感想だった。

 特に娯楽のない場所でも、そんなに苦痛を感じる性質ではないが、四六時中監視され、剣の鍛錬も満足にできない現状では、ただひたすら無為な時間を過ごす必要があった。


「それについては諦めてくれ。だがその分こちらも譲歩している。こんな個室で特別待遇なのはヤマトだけだぞ」

「嘘吐け、それは体の良く監視するための御託だろう?」


 実際にカオスマターで肉体強化を受けた召喚勇者を始め、常人の域を逸脱している者はいる。皇城の中で暴れられても困るのだ、監視は当然の措置と言えた。自国民はもとより、召喚勇者にもこれ以上の犠牲者を出したくないというのがスティルの願いだった。

 大和にしても、スティルの剣の師匠に当たるイノンドが身の回りの世話をすると言うことは、大和が城内で暴れた場合、最低でもイノンドほどの腕前の監視役でなければ止められないと判断したためだ。


「そこまで理解が及んでいるなら、話が早い。無駄な口答えなどせず黙って協力しろ。ヤマトが後詰で居るだけで送還作業が順調に進行すると見込んでいるのだ。その事を考慮して、還りたいと願う同胞のためその身を捧げよ」


 スティルは悪びれることもなく、そう言ってのける。

 大和の処遇の変化は、結局のところ代わりの人材がいるかどうかということだ。最初、確保できた召喚勇者が大和一人きりだった時は、送還装置の試験運用の対象が大和しかいなかったため、まず送り還して実績を作ろうということだった。しかし、二百名ほどの召喚勇者を保護した現状では、代わりの鼠はいくらでもいる。そして大和は、至龍王に搭乗することが許されたために、別件で変えの効かない人材になってしまったのだ。

 至龍王が機嫌を損ねて、召喚装置の動作が不安定になることを防げる。


「はいはい、分かった。分かりましたよ! だがそれなら特別手当位は払ってもらうぞ?」

「この待遇自体が本来報酬なのだがな? その上になにを求める?」

「特に決めていない。が、主に体で払ってもらおう」


 日本に還る予定の大和に金銭、財産に準ずる報酬は無意味だ。例えば数億円ほどの価値の金銭を貰っても、帝都の郊外に豪邸を貰っても、使い道がない。宝石なんかを貰っても、その価値を理解できないし、日本で換金するのも難しいだろう。特別な料理と言う線もなくはないが、食事に関してはそこまで期待していない。

 となればスティルにしか払えない報酬を要求する。


――最後になるなら、やり逃げと言われようとも揉みしだきたい。


 異世界に還ると言うのは、今生の別れでもある。つまり、二度と会えなくなるという点では死別と大差がない。ならばやれる事はやってしまいたいと、欲望が煮えたぎっていた。


「・・・好き者め」


 スティルの目に若干の侮蔑の色が宿るが、既に一回後悔している身だ、気にしない。


「それで、これが伝えるべき悪い話ってことで良いのか?」

「・・・いや、違う。悪い話は別にある。私に宗教庁への出頭命令が出た」

「宗教庁?」

「ああ、すまん。それは俗称だ。正確にはユイゼ教会の聖地でもあるトリケー教皇庁のことだ。今回の騒動での私の咎を裁くと言うのが名目だろう。ん? ああ、安心しろ、今のご時世に火あぶりとかはないぞ・・・流石にな」


 アインラオ帝国でも国教に制定され敬虔な信者も多いと聞くが、宗教に関しては非常に斜に構えて見る日本人故に、酷く危うい狂信的な臭いに警戒心を抱いてしまう。


「そこへ、ヤマトには同行して貰う」

「同行して貰いたい、じゃなくて強制なのか・・・」

「すまん。私の言うことを聞きそうな召喚勇者は貴様しか居らんのでな。参考人として召喚勇者の同行も求められている」

「なりほど、了解した」


 スティルは意外にあっさりと了承した大和を不審がるが、その下卑た笑いを張り付ける顔を見て悟った。大和の中で、スティルに求める報酬の額がつり上がっている。このままでは色々と、あれやこれもされてしまうかもしれないと、貞操の危機を感じるがそれも第三皇女としての職務だと、諦めることにした。

 その程度で、この英雄――候補の少年が飼い慣らせるのであれば、それは支払うべき報酬である。英雄を餌付けするための餌だが、線引きが難しい。性交渉に及ぶ物は避けなければならない。


――そうなれば、ヤマトは英雄として一生帝国で飼い殺される。


 それは避けたい。だが、ヤマトがそれを望むのであれば応えるべきなのだろうか。

 いや駄目だ。この馬鹿はそれで一度あっさりと自分の人生を捨てている。そう言う性分に付け入って、宗教庁への同行を強制している辺り、スティルは自分がより性質の悪い救えない人間だと苦笑した。

 大和の同意の背景は、暇だということに尽きる。送還作業が本格化すれば聖墓に釘付けになるだろうし、それまでの間は基本的にやる事が無い。不意にイタリア旅行に行くことになった観光者気分だった。

 世界的な宗教の総本山に赴くのだ、その本部が掘っ立て小屋なんてことはないだろう。その権威の象徴として、豪奢で繊細な大聖堂なんかもあるだろうし礼拝所などと言う物もあるだろう。そういう物をただの興味本位で見てみたくなっただけだ。

 異世界の宗教の修道女シスターを拝みたくなった訳ではない。決して、ない。





 カゾリ村の反逆により召喚された勇者たちは、スティルから事の顛末を大雑把に説明されていた。

 そもそもカゾリ村との諍いは、意見の行き違いが主な原因だったと主張し、完全な敵対はしていなかったと帝国側は弁明していた。これはカゾリ村が弱者であると言われ続け、信じ込んでしまっている勇者が反発しないようにするための方便だ。意見を交わしている間に、某テロリストの襲撃に会い村長を始め一部の重鎮と、召喚の巫女の死亡を公的に発表し、テロリスト許すまじと言った風潮にして世間一般には公表されていた。

 その後は、大和が受けたように健康診断を受け、一週間近く皇城にて客人として生活をしている。

 そして、アインラオ帝国は保護した召喚勇者たちを、講堂に集め送還計画について語った。

 それを聞いた勇者達もそれぞれに思う所があり、反応は様々であったが、動揺だけは全体に波及していった。

 まず、くたびれた科学者然とした青年から、勇者たちを故郷に還すための装置の開発と、その試験を兼ねた送還計画の実施について話し、その上での勇者たちの今後の身の振り方についての指針。まずは大きく分けて二つ。迷わず元の世界に還るか、このまま勇者達にとっては異世界になるここに残るかだ。

 還るのであれば、還られるのであれば何も問題ないが、還れる保証は出来ないと言われたことが、素直に賛同を得られなかった原因だ。実験であるという前提のために、失敗する危険性が付いて回る。そして失敗すれば、待っているのは恐らく“死”だ。一応、失敗の可能性は低いが無いとは言えないための、同意が要ると話した。

 そして、このままこの世界に残ることを希望した場合。さらに選択肢は二つに増える。このまま帝国の中で客人として、一生を何不自由ないが幽閉された生活を送るか、僅かな路銀を持たされ放逐されるかだ。

 即座に決定出来た人物は少ない。そもそも敵のはずの帝国の言い分なぞ信じられるかと言う声もあったが、それも今更の様な気がし出していた。

 一部の勇者たち、主にカゾリ村が壊滅した日の午前に召喚された勇者たちは、僅かな路銀を受け取ってこの世界で奔放に暮らして行くことを選択していた。彼らは日本に飽き飽きしており、折角こられた異世界だ、何もせずにとんぼ返りは惜しい、カオスマターに因るチートありありの冒険活劇を思い描いているのだろう。

 帝国としては最低限、言語の習得と、個人保証の後ろ盾――日本で言えば戸籍の様な物の保証をすると宣言していたが、後は個人の頑張り次第。その国の法を遵守する限り、一切の口出しはしないとのことだった。

 それなりに経験を積んできた勇者たちは、妖魔の襲撃も飛竜種との戦闘も経験していないための暴挙だと説得を試みたが、にべもなく断られた。自分たちの未来を自分たちで切り開くつもりらしい。

 反対に帝国にこのまま留まることを選択したものは、殆ど自分の自由意思によるものではない。

 妖魔の襲撃を受けた際の心と体の傷が原因で、重点的な治療が必要と判断された者たちだ。主に元女組の非戦闘員になるが、彼女らは傷を癒すことに専念して貰い、その後改めて身の振り方を決めて貰うことになる。

 当然、即座に帰還に賛同した者も居る。この世界で命の危機に散々晒され、こんな事なら日本で孤独死した方がましだと心の底から思った者たちだ。

 そして大多数は、未だ自分の身の振り方を決めかねていた。


「・・・だからってなんで皆ココに居るかな?」


 莉緒たちが宛がわれたのは、下級貴族などが家族単位で宿泊することになる部屋で、元女組の勇者が四~六人ほどの同室で生活していた。因みに男組は数十人規模で寝泊まりできる大部屋で雑魚寝である。

 それでも学校の教室くらいはありそうな部屋に、元女組の殆どと言える三十人ほどが集まり、身の振り方を相談していた。


「え~~? だって~リ~オ~は組長でしょ~」

「もう女組は解散したんだから、元でしょ? 元!」

「オーギー、そうカリカリするな。小皺が増えるぞ?」

「うっさいわね! 私は還る・・・予定。皆もそれぞれで判断して」

「・・・莉緒が、カリカリしている、理由は・・・違う。・・・あの、お姫様が、あんまり奇麗なんで、大和を取られると・・・焦ってる。・・・大丈夫、莉緒のおっぱいなら、負けて、ない」


 美咲の言葉に、周りがなるほどと納得する。


「確かに。お人形さんみたいに奇麗だったものね」

「あ~あれに勝つのは、難しいな・・・って勝てる見込み有るの?」

「って、そうじゃないでしょ? なんで私が大和に惚れてる前提なの?」

「え~惚れてないの~?」

「事の顛末をだいたい聞いた現状でぶっちゃければ、元女組で影崎から告白されたら断る奴いないと思うぞ?」


 徳永の言葉に莉緒は表情を凍り付かせる。


「ちょっと何言ってんの? 大体、あんたはまともに会話したことがあんの?」

「寝ぼけているのかオーギー? 件の彼は私たちが生き残れるように陰に日向に尽力し、日本に還れる手段まで探し出してきてくれた奴だぞ? むしろ断る方が馬鹿だ。もし私にコクって来たなら二つ返事で了承するぞ。他の者も似たような感じだろう? ただし笹沼を除く」

「ちょ? なんで私はじハブられるんだ?」

「いや、あんたには、あの聖剣持った犬っころがいるだろ?」

「・・・あ、いや・・・そんなんじゃないし。・・・ないんだからね?」

「・・・周知の事実」


 日本に還るかどうかという相談をしていたはずなのに、気が付けば色恋の話に染まっていた。

 やっぱりみんな還りたいのだ、だが自分だけが一人で違う選択をしてしまうことを恐れてた。寝食を共にし、命の危険にも共同で立ち向かったことで、年の差を気にせずに話せる友人になれたような気がする。

 今自分が感じている、この絆のような思いがあるなら、日本へ帰っても巧くやっていける、やり直せる気が莉緒の中では確信となりつつあった。少なくともこの世界での辛い出来事の全てが、無駄ではなかったと思えた。

 結局、元女組の恋愛話は夜遅くまで続き、それぞれの結論を胸に秘める事は出来たようだった。


2017/5/16 誤字修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ