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第5話 村の生活

 大和は早朝に走り込みをしつつ、村の様子を伺う。

 振り返れば、女組の作業に駆り出されるようになって三日が過ぎていた。身体の方は作業に慣れ出して、余計な体力を使わなくなってきた感じがする。そしてようやく思考に労力を回せるようになる、良くも悪くもこの村での生活が日常化してきたという事だろう。改めて辺りを伺うと、気が付かなかったいくつかの事柄が分かってくる。

 例えば、科学の水準、例えば魔法の存在。

 魔法があって、魔剣や勇者がいるくらいなのに科学技術は地球よりも進んでいる感じだった。MSSの整備を手伝った経験から、恐らく地球上の国ではオーディアスは作り出せない。それぐらい進んでいるように感じられた。


――ずいぶんと、この村は歪だな。・・・カゾリ村だっけか。


 緑の多い山間の村。

 村の大部分が畑になっており、食糧の供給元となっている。特に村の北側、山の麓が南に面するために畑が多く、村人の家も管理している畑に出やすいように配慮されているためか、所々にぽつんぽつんと寂しそうに佇む。

 男組のキャンプ地は村の中心から見れば、北東方向にある森を一部切り開いてでっち上げられていた。大和の出入りしている倉庫は村の東側の最奥部という辺鄙な場所にあり、召喚された日に飛竜種との戦闘に巻き込まれた場所はさらにその東だという。村の逆側、西は唯一村から出る道が通っている。

 道端にはまばらに生える木製の電柱。架線は少なく、日本の過疎化した田舎を連想させるわびしさがあった。道は舗装されておらず、街灯もなく、十字路だろうが信号機はない。田舎で不便を感じるだろうが、大和は自分の育った山奥はこんな感じだったと懐かしさからか親近感を覚えていた。


――のんびりと暮らすなら最高の環境だな。家には土間と囲炉裏が欲しい。


 近くに大きな湖や渓流があり水資源は確保されていた。以前は恐らく森と山からとれる恵みと、食べるだけの農作物を作れば自給自足の生活をおくれる村であったと思わせる。

 雄大な自然以外に観光資源と成りそうなものもなく、そのために返ってひっそりとした雰囲気に落ち着いていた。旅が一般的でなかった時代ならば、召喚の巫女の存在と相まって厳かな印象を与える神秘的な光景だったのかもしれない。

 時が止まったような田舎の村であったが、それなりに巧くいっていたはずだ。


――それが、あの建造物のせいで台無しになってる。


 村の南側の麓にあり、現在は勇者女組の拠点として利用されている、MSSの格納庫だ。

 人の十倍と言われるMSSは十七~十八メートルの全高を持ち、大よそ二十メートル級と呼ばれるサイズが一般的なのだが、この格納庫を平地に作ると高さ三十メートルを超える巨大な体育館のような形の建造物になる。

 流石に悪目立ちするので、カゾリ村にあるものは山の中腹をくりぬいて、山岳要塞として建造されていた。格納庫だけでなく基地施設や、兵員の宿泊施設まで山の中に建造されていたのだ。因みに上空からは、山蔭と木々によってほとんど見えないように隠蔽されているらしい。


 しかし、規模が合わない。

 この山岳要塞はカゾリ村より規模が大きいのだ。

 当然、基地に詰める兵隊の人数はカゾリ村の村民より多くなっただろう。ともすれば自給自足なんてできるはずもなく、大量の物資を運び込む必要がある。廃棄された井戸をいくつも見かけていたため、恐らく基地を作った際、もしくは運用中にでた汚染物質が地下水に混ざってしまい井戸が使えなくなってしまったのだろう。

 上下水道のインフラを整備して、貯水所や浄水所を作り人工的に水を確保。当然電気がなければ基地施設はまともに稼働しないため発電所は必須となるし、ガスは貯蔵施設がいる。

 このような施設が村の雰囲気を著しく壊していたのだ。


――今の十倍の人間が居ても暮らせそうだ。


 インフラの充実した基地の規模だけ、部屋数だけを見れば軽く二千人は賄える。

 何を思って昔の人がこれだけの規模の基地を作ったのかわからない。

 五十年くらい前に大きな戦争があったそうなので、その時に使われた秘密基地的なモノだったかもしれない。

 戦争が終わり、幾つかの設備を残したまま駐留していた軍隊は去った。数機のMSSを死蔵したままカゾリ村はこの施設を封印したため、施設を日常生活に使う者は居なかった。そのおかげで、今現在飛竜種の襲来に対応できるMSSオーディアスが残っていたらしい。


――オーディアスも壊れていなかったという話だから、破壊された機体を投棄したわけじゃないんだよな。使ってもいいから自衛しろって感じで残されたか? まぁ、謎に満ちた秘密基地っていうのはロマンの塊であるんだが・・・普通に考えれば、基地を作った連中がそれだけ召喚の巫女を重要視していたってことだよな。そして、それはつまり。召喚される勇者にそれだけの期待がかかっていたということだよな・・・。


 山岳基地の規模から当時どれだけの兵隊が詰めて、どの規模の軍隊が駐留していたかは大和にはわからなかったが、優に全ての村人に数人の護衛を着けられただろう。勇者の力という物はそれに見合う物なのだ。嵐の魔剣を操った源田を思い起こす、飛竜種にすら後れを取らない戦闘能力だ、十分に見合うだろう。

 勇者としての力を持たずに召喚されてしまった自分に、恐らく誰も何も期待していない自分に、憤りを感じながらも今更どうしようもないことだと荒い呼吸と共にその感情を吐き捨てる。


――ユーデントに頼めば武器の一つでも調達できないかな?


 補給物資の内で重要度が高いというか、需要が多いものは食料品と衣料品だ。

 たまに使い方のよく分からないガラクタや、置く場所や使いどころに困るタンス、半壊した自転車なんかも送られてくる。そのような需要のない物なら比較的自由にできたので、魔剣ですらない武器なら大和が貰ってしまっても問題はないと言われていた。勇者の活動に活用できないものは、補給物資に含まれていないのだ。半壊した自転車などは二個一や三個一すれば走れそうではあったが、舗装もされていないこの村ではあまり乗り心地の良いものではないので、誰も使わないのだ。

 保管場所も、大和には寝泊りの場所と個人空間として一人用のテントが割り当てられたので、そこに収まる大きさの物なら問題はなさそうだった。

 さすがに木刀では心許ないので、せめて金属製の剣が欲しい。掘り出し物の武器があれば自分の身くらいは、あともう一人くらいは守れるはず。


 走り込みを終え、村の中央部にあるちょっとした広場――恐らく集会場として利用されていたのだろうが、今は使う機会もなく余ったのか土管などが無造作に放置されていた――を抜けると村長宅があり、その裏手は少し行くと規模は小さいが崖になっているので空き地になっていた。その場所に赴くと、走っている間も手放さなかった木刀を構え直して、構えの復習を一通り熟し、後はひたすらに素振りをする。今は学校に通っていないため鍛錬を早目に切り上げる必要もなくなり、なんとなく満足できるまで続けることができた。

 大和が子供だという理由でいくつかの作業が免除されていたため、かなり自由時間が多く好き勝手に行動することが許されていたが、裏を返せば、事が起こった時に守っては貰えないということだ。戦闘能力がなくても村のために何かしら貢献できるならば、利用価値のある人間として優先されるだろう。

 しかし、現時点では見殺しにするのは人道的に問題があるから、最低限の作業と引き換えに食糧を分けてやるといった扱いだった。完全にいらない子なのだ。


――見捨てられても平気なだけの力を得るか、見捨てられたくなければ、現状で価値を高めるしかない。


 幸い、女組で雑用要員として扱使われる――一応、必要とされているので、ここで頑張れば女組が価値を認めてくれるかもしれない。


――女組で媚・・・もとい。ちゃんと仕事をして必要とされ続けなければならないか。面倒だが、自分の命を買っているようなものだからな。そう考えれば、むしろ安い位の買い物だ。


 何にしても、死んだらお終いなのだ。

 習慣である剣の鍛錬も、別に強くなって飛竜種を狩ってやるとか夢を見ている訳ではない。弱いから、役に立たないからという理由で鈍ってしまって、いざというときに身体が動かないのは完全に負けを認めることだと思ったからだ。

 どうせ死んでしまうにしても、最後の瞬間まで足掻こうと思った。


「ところで・・・その。・・・さっきから覗いているのはなんでかな?」


 少し前から見つめ続けられるという面映い視線に耐えられなくなり、大和は緊張した声で話かけた。


「・・・ふぇ!? あ、あの気付いていらしたのですか?」


 声の主は召喚の巫女フォノ・メアロー。巫女の衣装を着ていたので目立った。

 この前会ったときは、普通の衣類の量販店で売っているような服を着ていたので町娘感が出ていたが、今は召喚の巫女の完全武装。薄らと紅を曳いて髪型も派手で神秘的な形に結い盛られ、各種装飾品が装備されていたので、夢の中で声をかけられた時のことを思い出した。


「巫女様もお暇なんですか?」


 あえて巫女様と呼んだのは、周りの大人たちがそう呼んでいるからだ。それで調和が取れているなら壊す必要はないと、大和はカッコつけたつもりでいたが、本心は恥ずかしくて名前で呼べない逃げの発想だった。


「え? ええ。本日は新しく勇者様が召喚されましたので、先ほど軽く面通しを行いまして今は村長さんが配属先を決めて案内しているので、暇になったのです」


――されました?


 ひどく他人事のように言う言い回しが気になったが、それよりも。


「俺の時は傭兵ユーデントに案内丸投げにしたのに、今日は自分で案内しているんだ・・・」


 言いながら、ちょっと。いや、かなり落ち込む。


――フォノにも会わせて貰えなかったしな。


 カオスマターを持っていない役立たずだと分かった瞬間、いきなり扱いがぞんざいになったことを根に持っていた。

 ずいぶんな格差を感じる。これは相当腕の立つ勇者が召喚されたのだろう。


「どんな奴だったか聞いても?」

「ええ! すっごくかっこいい方でした! 凛々しいお顔が、特に斜に構えた時の物憂げな顔が素敵でした!」


――聞かなきゃ良かった。イケメン君登場万歳ぶっ飛ばす。


 花が咲いたような笑顔が、眩しかった。自分がそうさせたのではないという事を痛いほど理解しているので、嬉しさの分だけ暗黒面に落ちそうになる。


――でも、この笑顔を守りたいんだよな。


 叶わないかもしれない。届かないかもしれない。

 でも今はそんなことを考えるのをやめた。できる事を、やれる事を精一杯する、それだけだ。


「他には、黒髪を金色に染めておられたようで、プリンみたいな髪色がかわいらしかったです。まだ幼い感じなのに筋肉質で服がハチキレそうでしたし・・・腰が曲がっていて杖を・・・」


「ちょっと待って? それ同一人物?」


 同一人物ならどんなキメラだよと突っ込まない訳にはいかない。


「いいえ。今日は全員で八名の勇者様が参られました」


「・・・多いなぁ。そんなに勇者が来たらパンクするんじゃないのか?」


 住む場所自体はどうにかなるだろう。どうしても屋根が欲しいというなら女組が使っている廃基地の空き部屋を使えばいいし、キャンプ形式で構わないというならば男組のようにテント暮らしをすればいい。

 しかし、補給物資つまり、食糧が問題なのだ。

 大和も手伝っている仕事だが、そんなにポンポン勇者が増えたら、食べる物が足りなくなって奪い合いになるのではないかという懸念が生まれる。食い物の恨みは一番恐ろしいというから、簡単に刃傷沙汰に発展するだろう。召喚勇者は基本的に血の気の多い奴が大多数なわけでして。


「・・・いいえ。残念ながらそのような心配はないでしょう。今朝も二十名ほどの勇者様が亡くなっています」


「なんで!? 戦闘なんてなかったじゃん!」


 ここ三日間は一切の戦闘がなかった。手負いの飛竜種は後二頭いたらしいが、生身の勇者の攻撃ではなく、MSSオーディアスの攻撃を受けた個体なので、どうにか逃げ出したが致命傷だった可能性が高いのだそうだ。あんな鉄塊のような実剣で殴られれば飛竜種とて骨折の一つもするだろう。そしてそれだけの怪我ならば、弱っている所を他の捕食者に襲われた可能性もあるし、まともな狩ができず飢えてしまっている可能性もあった。


「傷を負われて治療のかいなく亡くなられたと聞き及んでおります」


 怪我が元で死ぬというのは飛竜種だけに限った話ではない。召喚勇者も重傷ならば死に至るのだ。


「ヒーリングとか回復魔法ってないの?」

「回復魔法はカゾリ村の住人で使える方はみえません。勇者様の中にも御行使できる方はいらっしゃるそうですが、軽度の怪我を治すとか、止血する程度の力だとお聞きしました」

「確かに。あの飛竜種に攻撃されて「怪我しちゃった。てへっ」程度で済むわけないわな・・・」


 実際大和も、火球のブレスで粉砕され燃え上がる四肢をまき散らした者や、銃座ごと上半身を食い千切られた者を見たのだ。あれを治せと言われても回復魔法じゃ無理だ。蘇生魔法とか再生魔法とかいうものが存在しない限りは。


「今になってしみじみ大した怪我もなく生還で来たなと思おうよ。ところでさ、二つほど聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」

「私にお答えできることでしたら」


 大和はふと疑問に思っていたことを聞いてみようと思い立った。当然と言えば当然の質問だが、バタバタしすぎでそこまで頭が回っていなかったのが聞きそびれていた原因かもしれない。


「元の世界に帰ることはできるのか?」


 ぼやかさず、直球で聞いてみる。

 フォノは即答せずに申し訳なさそうな困惑した表情を浮かべ、大和はそれを見て察してしまった。

 そもそも簡単に帰すことができるなら、今大和はここにいないはずだからだ。カゾリ村に必要な勇者はカオスマターと呼ばれるよく分からないもので、特別な力が使えるようになった戦える者だ。それがない大和の地位は、役立たずの無駄飯ぐらいだが一応召喚者なので無下にできないという面倒臭いお荷物だ。さっさと返品するのが一番懐は痛まない。

 それができない、もしくはしないというのは、やっぱり元の世界に帰すことは容易ではないのだろう。

 仮にできたとしても、それこそ嵐の魔剣ストムゾンを持つ源田が、日本に未練があるから取り敢えず帰せというかもしれない。「異世界の事情なんて知らんから帰せ」と「さもなくばストムゾンで薙ぎ払うぞ」とも言うかもしれない。力の有る勇者に帰られてはカゾリ村的には拙いので、帰れる方法を隠すか、条件を付けるだろう。「一人しか帰すことはできないから、この村に最も貢献した方を優先したい」とか言い成功報酬にしてしまえば頑張る理由にもなる。だがこの言い方だと、同士討ちを始める可能性もあるし、嘘で不用意に隠してそれを見破られるた場合は酷く揉めるだろう。

 となれば、やっぱり帰る方法はないと見るべきだ。

 飛竜種との戦場から生還した大和に、それを保護した傭兵ユーデントは何をした?

 拳銃と、その弾丸を一発だけ渡し、一人にさせた。

 実際にはこれだけで答えは出ていたのだ。悪いがお前は生まれ故郷の世界には帰れないが、逃げ場所は一つだけある、あの世に逃げることはできるから、村のために戦って死ぬか、この銃弾で今すぐ死ぬか選べ、と言外に言われていた。

 思い違いを避けたかったので召喚の巫女に聞いてみたかったのだ。


「申し訳ありません。私の力は呼び込むだけで、送り帰すことはできないのです。彼方は帰ることができません」

「・・・うん。分かってた。・・・・・・やっぱりかぁーー・・・・・・」


 自分では、元の世界にあまり未練がないと思っていたが、帰れないことをはっきりと言われると、急に落胆した感情が心を支配し望郷の念が強くなる。人生は基本的に無い物ねだりだと思う。もし自由に帰れると言われれば意地でもこの世界に噛り付いたかもしれない。現金で身勝手、少なくとも大和は自身をそう評価していた。


「代わりと言っては釣り合わないかもしれませんが、活躍なされた方には私自身が報酬となります。私は近い将来に一番活躍された勇者様の妻になることになっております」


 勇者が一国を救い王に認められ姫と結ばれるとか、古典的な良くある話だと大和は思う。実際は王ではなく村長に過ぎないが、カゾリ村には召喚勇者に支払える報酬というものはそれぐらいしかないのだ。

 フォノもそのことは覚悟ができている様子で、悲観しているようには見えない。順当にいけば――女組は除外されるだろうから――源田のおっさんと結婚かと思い、嫌な気分になる。源田の傍らにフォノ――自分の娘でも通りそうな年齢の、しかも碧い髪の美少女が侍る絵面は酷かった。犯罪臭しかしない。


「あ、ゲンダ様は違いますよ? あの方は元の世界に奥方が居られるそうなので、私は要らないと言われました」


 もう会えないと分かっていても操立てしている源田の男気に、大和は評価を上げた。案外、酔ってない時の源田はまっとうな人間なのだろうと・・・思ってもいいんじゃないかなと思い直した。

 だが、それなら尚のことフォノを侍らせられるのは自分ではないことを痛感する。


「じゃぁ、もう一つの質問。見てて楽しいか?」

「はい。あまりこういう鍛錬というものは見たことがないので興味深いです」


 会話しながらも大和はペースを乱さず素振りを続けていた。フォノはそれをずっと見つめ楽しいそうにしている。


――こいつ、天然のサディストだ。


 大和からすれば「カオスマターを持たず戦えないのに鍛錬をするのか、意味ないのにな」「役立たずの癖になに必死になってんの」と男組の連中に陰口を言われたので、わざわざ人目に付きにくい場所で鍛錬をしていたのだ。

 大和の中では朝の鍛錬は習慣になっていたので、やらないとどうにも気分が落ち着かないのだ。一時期調子に乗ってサボって、鈍った腕が爺さんにばれて半殺しにされたトラウマもある。習慣というより強迫観念かもしれない。

 だがしかし、フォノはそれを見るのが楽しいという。


――さぞ、滑稽に見えるんだなっ!


 とかなり被害妄想を膨らませていた。


「・・・流派とかはあるのですか?」


 そう聞かれて、疑問が生じる。フォノは本当に興味本位で見ているだけなのではと思ってしまう。異世界の流派なんて聞いたところでどれほどの意味があるのだろう。

 気になる子が興味を持ってくれると嬉しくなってしまうのは、大和の男心は案外単純なのかもしれない。


「影崎流っていう家名がそのままついた流派だよ。師範は爺さんで門下生は俺だけだ」

「まぁ! それは、一子相伝というのでしょうか? 門外不出の秘剣といったものですか?」


 なんか武術のお話しでも読んで興味でも持ったのだろうか、知らない世界のことを聞きたいだけのような気がしてきたので、適当に漏らしても大丈夫そうな情報だけを口にする。

 やや上目使いな表情に絆されたわけではない、決して。


「一子相伝といえばかっこいいかもしれないが、家は貧乏でね。道場を経営するだけの資金と時間がなかっただけだよ。それに表向きには剣術の流派と名乗っているけど、槍や弓も当て身に投げも使う何でもありだ。総合戦闘術という感じかな、使える武器は何でも使え、あらゆる技を持って敵を倒し生還せよって爺さんの口癖だった」

「・・・ずいぶんと、その」

「乱暴だろ? 『敵あれば斬れ』とずっと言われてきたからな」


 手に取って試せる武器は何でもやらされた覚えがある。武器がなければ作ればいいと、簡易的な武器を作り出す術も教えられた。ある意味でこれも武器だと戦闘機に乗せられた――本物ではあるが座席に座って計器類の説明を受けただけで、流石に操縦はさせてはもらえなかった――こともある。

 武器というものは基本的に重くて大きい物の方が強い、結局は質量がモノをいうからだ。しかし常時装備することを考えると携行性の高さと攻撃力のバランスの取れた刀が大和の好みだった。後は日本での不自然さの回避だろうか、木刀で素振りをしていても一般の人からは“熱心に剣道の練習をしている”程度に思われ不審がられないという利点もあった。


「いいえ。実戦的なのですね。・・・今まで勇者様の鍛錬を見る機会がなかったものですから」


 フォノは素直な感想を溢したが、言ってからまた大和の気を悪くさせてしまうかもしれないという事に思い至った。他の勇者が鍛錬しないのは、その必要がない程強いからだ、弱い自分に対する当てつけではないのかと僻むのではと。


「まぁ、逃げるにも体力は要るしな。俺じゃ飛竜種が来たら全力で逃げるしかないからな、逃げないと他の男組の邪魔になるし。巻き添えはごめんだし。でも・・・確かに男組でも鍛錬している所は見たことがないな」


 だがそれだけでは足りないと大和は思っていた。組長の源田ですらカオスマターにより手に入れた力やストムゾンの能力に頼り切っている。対峙して構えを見た時に、剣道のケの字も知らないようなへっぴり腰の構えだった。だから大和も勝てると思ったのだが、男組では鍛錬することが軽視されているのが見て取れた。カオスマターによる力の鍛え方も知らないようなので鍛錬の仕方が分からないのかもしれないが、全体の考えがこうでは被害が増えるばかりだろう。


「カゾリ村側からは鍛えろとは言えないのか?」

「はい。ただでさえ無理を言って守って頂いている身の上ですので、これ以上強要することは失礼になると、村の皆も思っております」


――鍛錬不足で死ぬのは自分だから自己責任でもあるんだが。恐らく、たぶんだが男組の連中は鍛錬という事をしたことがない人生を送ってきたんだな。日頃から鍛えるという発想がない、皆無だ。


 習慣になっていないから思い至らない。平和で安全な日本で生活している人間ができるのは、せいぜい体力作りが関の山だろう。大和のような鍛錬をする方が異常なのだ。


――まぁ、ストムゾンの練習といって辺りの森を丸裸にされても困るわな・・・。


「あの、宜しければ私にも指導していただけないでしょうか?」


 何故と問われても答えは出ない。フォノ自身深く考えてのことではなく、なんとなく思い付きで言ってしまったからだ。

 フォノは自分に飛竜種などから逃げるだけの体力もないことは自覚していたので、勇者として役立たずの大和がせめて逃げるだけは出来るようにと鍛錬している様が眩しく見えたからかもしれない。自分も足手まといであることは十分自覚しているが、せめて足を引っ張る真似はすまいという思いもあった。


「ん・・・別に良いけど、剣は教えられないよ。理由は二つ。まずは俺が人に剣を教えられるだけの人間ではないこと、まだその高みに居ないから、どうしても付け焼刃になってしまうから駄目だ。もう一つは、フ・・・巫女様にはその体力もなさそうだからだ」


 生兵法は怪我の基と言うし、人はなにより体力がなければ何もできないと思った方が良い。


「取り敢えず体力造りのジョギングとかからで良いんじゃないかな?」


 という大和の無難なアドバイスという返事で若干テンションが下がる。フォノも華麗に剣を扱い、勇者の傍らにいるというかっこいい自分を幻視したせいもある。いや自分なら杖術とかの方があっているかもしれないが。

 何より「独りで頑張れ」的な響きが含まれていたことが残念だったが、先ほど自分の言った言葉を思い出す。自分で一番活躍された勇者の妻になると言った、しかし大和は、この少年は自分がそうなる可能性を欠片ほども持っていない。

 自分のせいで報酬の価値を貶める可能性を苦慮している。


――でも、その可能性は低い。何故なら私はあなたこそが、


・・・ミヤヤァ~、おらんのかぁ~・・・


 遠くから声が聞こえる、村長の声だ。こちらに近付いてきているようだった。

 村長の声にフォノの顔が強張り、打開策を考えているようだ。

 大和は疲れたように首を振り、あえて言葉にした。


「そりゃそうだ。活躍した勇者の報酬がこんなところで、勇者のできそこないと逢引していたら、村長的にいい気分はしないな。消えるから、巧く誤魔化しといてくれ」


 そう言い放って大和は踵を返す。

 思った以上に身軽な動きで木々の陰に忍ぶと、すぐにその所在が分からなくなった。


「ミヤヤ! ここに居ったか!」


 村長が姿を現した時には大和の存在は完全に消え失せており、フォノはほっと胸をなで降ろし、平静を装って返答する。


「すみません。ニタム様。ここからの景色が思いのほか良くて眺めておりました」

「あまり遠くに行かんでくれよ。お前には勇者の相手そして貰わねばならんのだからな」

「心得ております」

「次の勇者が着いた。また頼むぞ」


 行くぞと村長が促し、連れ立って去っていく。

 その様を大和は樹の上からこっそりと観察していた。下手に走って離れるよりも、気配を殺してじっとしていた方が見つかり難いと判断したためだ。


――ニタムってのは村長の名前か。ミヤヤってのはなんだ? フォノ・メアローだろ巫女様の名前は・・・。



2016/09/05 誤字修正。

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