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第57話 しょっぱい

 帝国軍元帥であるルードリアスは、つまらなそうに報告書を捲っていった。

 今取り掛かっている案件は、先の飛竜種のブカバルグ街襲撃にはじまり、所属不明機との交戦、カゾリ村における黒騎士の呼称が付けられた不明機との戦闘によって、現場の裁量権で下された命令や使用された物資の追認処理だった。


 ・・・既に戦闘が終了し、三日の時間が流れていた。


 帝国に対する被害は、極最小限に留まった。ブカバルグに侵入した飛竜種が暴れた一件くらいが、最大の被害だ。それ以外は全て水際ではあったが、大した損害を出さずに解決している。ブカバルグに侵攻した所属不明機の部隊も、防衛隊の粘り強く堅実な戦いで殲滅に成功している。所属不明機たちが撤退どころかまともな作戦も取っていないような、酷い進軍しかしなかったため可能になったことだ。

 その際に後回しになった、本来届け出をするべきだった書類たちが、今日も彼の執務机に山積みにされていた。

 仕事内容は、現場の判断を明文化し妥当性を具申した書類に目を通し、問題の有無を考慮して採決判を押すだけの仕事だ。ただ量が多く、まだ瓦礫の撤去の方が性分に合っているので、普段よりも疲労を感じている。

 既に部下たちにより精査された報告書だけなので、何も考えずに判を押すだけでも支障は無くなっていたが、一応とはいえ軍を預かる身、流し読みだけでもしておかなければと、書類と格闘していた。

 平時であれば厳罰に処される物資の無断使用などだが、緊急時に国民の生命を優先させるための消費や浪費はしたがない。場合によっては重複し無駄になってしまっている物資もあるが、多少の損失は許容範囲として処理される。担当者には厳重注意と始末書・・・は既に提出されているから、後は軍の行動に関係の低そうなものは自腹で補填してもらうくらいだ。この緊急時に、着服し私腹を肥やすような輩もいるだろうが、そうでないのであればきつく咎めたりはしない。

 それに、そのような不正を働く者は、普段から兆候が見て取れるし、逆に咄嗟に効果的な着服して財を溜め込める人材であるなら、別の部署で働いた方が、その才能を生かせるだろうとさえ思える。

 基本的に罰則はかなり甘く下されることになる。あまり厳しくして動きが鈍るようでは、今後の被害が拡大するからだ。


「・・・ん? なんだこの缶詰の消費報告は?」


 第三皇女の名義で申告されたそれは、備蓄食料の浪費にまつわる報告書だった。

 高々食糧を多めに消費した程度では、本来もっと下部で追認されルードリアスの元まで回ってくることはない。恐らく申告者が第三皇女であるために念のため回ってきたのだろう。

 別の報告書で、召喚勇者・・・つまり異世界人を約二百名保護したという報告があったため、彼らを食わせるための消費だろうと判を押し採決する。

 ルードリアスは面倒くさそうに頭を掻いて、溜息を漏らす。ここらで一息休憩をしようと、書類と格闘している手を止めた。


「しかし・・・、黒騎士か、中々骨の有りそうな輩だな」


 彼も元々はMSS乗りである。純粋に手合わせをしたいという思いが腹の底で渦巻いていた。断片的な戦闘記録しかないため、その性能を完璧に理解したわけではないが興味は引かれる。

 どちらが強いかと、雌雄を決したいのだ。

 そしてルードリアスは、数少ない個人専用機を持つ騎士でもある。

 自分ならどう戦ったか、自分なら黒騎士に勝てただろうかと、有りはしない戦闘状況を想像して溜まりだした不満を払拭する。だが何度戦況を見直しても、自分では黒騎士に勝てないと言う結論に達する。その最たる理由がユーケイヌでは力不足だということだ。機体性能で完全に劣っているため、持っている技術でそれを覆すことは難しいと判断したのだ。

 至龍王の様な機体で挑めるのであれば勝機もあろうが。

 現在の主力機であるユーケイヌは、操縦士とMSSを固定して組ませるということはせず、勤務体系や整備の順番などで持ち回りで任務に当たっているため、個人専用機などと言う存在は殆どない。

 またルードリアスの専用機も、神輿的な意味合いの元帥専用機と言う代物で、華美な装飾が施された式典用の機体だ。戦闘に耐えうるように整備されているが、通常の機体よりも性能は低下している。

 現在帝国で専用機を与えられる場合は、ルードリアスのように階級や立場によって与えられるか、出自が裕福な貴族で自前で購入したものか、至龍王のように機体側の都合で操縦者を選別した場合くらいだ。 そして専用機は軍内では腫れもの扱いになる場合が多く、通常任務に使われることは稀である。

 どの操縦者が乗っても動けせるような公平な機体でなければ、軍として運用するには向かない。

 当然整備や補給の意味合いもあり、貴族が好き勝手に拵えた機体は規格の不一致から整備費用が跳ね上がると言う不具合もあった。

 また至龍王のように機体の方が操縦士を選ぶのはもっての外だ。確かに戦力としては素晴らしいが、操縦士が風邪でも引いて寝込んだだけで、その戦闘能力が発揮されなくなってしまう。

 それにこの機体側の選定基準と言うものが不確か過ぎるのだ。高い操縦技術が必要とか、平均を超える魔力を扱えることが不可欠という理由なら良い。才能のある人間を鍛え上げれば、それなりの数を用意できるからだ。

 『魔力の波長の合う者を選定している』という報告書を読んだこともあるが、それだけで解明できない事案もある。技術も体力も劣る少女が選ばれた理由はなんだろうか、純粋に外見的な好みで選んでいるのではないかとか、不満は切が無い。


「まるで己の伴侶を選んでいるかのようだな・・・」


 そう呟く。至龍王のように己の“意思”を持っているのであれば、自分好みの人間を操縦者に選んでいてもおかしくはない。戦で死ぬかもしれないのだ、至龍王も心中する相手がむさいおっさんよりは、可憐な少女を好むのかもしれない。

 だがそれは軍には必要ない。

 幸い、今回はオーディアスと思われる機体。修理すれば運用可能になる機体が都合六体手に入ったのだ。これを即座に修理してもオーディアス一個小隊が運用できるし、解析に回してその技術をユーケイヌに応用し改良しても良い。

 そして雑多ながら百機分のMSSの残骸と言うものも、少なからず技術の向上に役立つ。

 現行のユーケイヌでは黒騎士に勝てない。だがそれは一対一に限った話だ。


「次は無い。見ていろよ、黒騎士」


 もし機会に恵まれるのであれば、帝国軍だけで黒騎士を倒し切って見せようと、静かに誓うのであった。





 大和はぼんやりと意識を覚醒させる。

 視界に入ってくる情報は、ここ三日ほど寝泊まりしている最早見慣れた病室だった。

 零れ落ちたはずの感情が、再び表情に登り始め、自身の行動記録が生活記憶へと変わっていくことを感じた。


――戻った・・・のか?


 今のこの人格が一度感情を殺し、再生させたものなのか、新たに生まれたものなのか、判断が付かない。記録として一連の行動は残っているのだ、それを元に再構築されたものであるため、その過程の差にしか意味がないのだが。

 自分が大怪我を負って治った人間なのか、記憶だけ移されたクローンであるのか、その判断が自分で付けられない辺り、気味の悪さを感じるのだ。眠っている間自我が自身の身体を認識していないため、眠る前の自分と、目覚めた後の自分が同じ存在であると確信が持てない。


――我思う故に我あり・・・だっけ?


 偉人の言葉を思い出し、ネガティブな思考を終了させる。例え今の自分が、再生されたモノでも、複製されたモノでも、他のモノに成り代われない以上、与えられた役割の中で生きて行くしかない。

 それにしても、今回は戻ってくるのが早かった。

 初めてではないために慣れたのか、黒騎士が生身で熊と対峙した時よりも脅威と感じなかったのかは定かではないが。


――慣れたくはないな。自分が・・・戦闘マシーンになるような感覚は。


 次は戻ってこれる保証もないし、出来る限り使いたくない力だ。中学に入り、山奥からそれなりの規模の街に引っ越したため、日本ではこの力に頼るべき機会も最早無いと思っていた。

 そして、もう一つ思い当たる。どこか心の隅でこの力に頼っていた。自分はいざとなったら奥の手がある、それを使えば敵を殲滅し万事解決できると高を括っていた。油断と言えばいいのだろうか、使わざるを得ない状況に追い込まれた段階である意味“負け”なのだということを忘れていた。

 不意に、五体満足であるかの不安に駆られる。


――手は動く・・・足も大丈夫。


 大和はベッドの中で手足を、しっかり自分の意思で動かせることを確認する。筋肉の衰えもさほど感じないし、どこかに怪我を負っている痛みもない。


――あーーー、あの時死んでたのかもしれないな。この数日で何回か生まれ変わったような気になるな。


 ニタムに負わされた怪我は、マルモスの手によって完治されていた。それどころか、僅かに残っていたはずの傷跡や疲労なんかも奇麗さっぱり消え失せており、今更ながらあの時生まれ変わったと吹き込まれても信じてしまえそうだった。


――エルフの治癒魔法は偉大だな・・・。


 そう言えば、そろそろ朝食の時間かと、病室内の時計を確認する。

 文字盤は読めないが、アナログ盤なので針の位置でだいたい予想がついた。

 病院食の方がコンビニ弁当より健康的なために、大和は割と好きだったりする。味の薄さは気にならないが、もう少し量が欲しい。あと欲を言えばオートミールのような物じゃなくて、白米が食べたかった。

 時間になり看護師が朝食をもって病室に入ってくる。その表情が心なしか・・・ガチガチに強張っていたので不審に思えば、その後ろからスティルが入ってきた。すまなさそうに意気消沈した姿は、以前の姿とは似ても似つかないほどだ。

 手ずから持ってきた缶詰をベッド脇の机に置くと、柏手を打って手を合わせた。


――何怪しい儀式してるんだ?


 缶詰は、何か宗教儀式のためなのか祭壇のように積み重ねられていたが、特売セールの山積みの缶詰にしか見えなかった。


「何にしてんの?」


 と、大和は思わず声をかける。

 スティルは驚いたようにハッと顔を上げ、喜びのような表情を一瞬だけ浮かべ、それが即座に怒りに変換されていく。なかなか面白い百面相だと、大和は口の端に笑みを張り付けた。


「・・・きさ、貴様が、何日も呆けておるから神頼みをしておったのだ! 馬鹿者め!」


 なんで缶詰なんだと思えば、三日前を思い出した。・・・感情が伴わないため、記録を閲覧したという感性の方が正しく感じるが。

 半壊したクロハイから降りて、大和の秘蔵の缶詰を、スティルがシーゼルの中で食い散らかしたと知った時、キレたのだ。

 思わず斬り掛かる程度には、ブチキレていた。

 幸い怪我人も出ず取り押さえられ、病室に叩き込まれた。そして医師の話で心神喪失状態と診断され今に至る。

 その間、大和の回復を祈願して、見舞いに来るたびに見舞い品として缶詰を持ち寄っているらしい。で、この山のような祭壇が建立されたのだった。


「・・・缶詰でどうにかなるとは、安すぎるだろ・・・」

「その缶詰で殺されかけた身としては、もっとやるせない気持ちなのだがな?」

「人の物を勝手に食う方が悪い」

「・・・私に対する差し入れだと思ったのだ」


 スティルも頬を膨らませるが、悪いとは思っているようだった。


「大体、その程度のことで心神喪失とか、メンタル弱過ぎだろ・・・」


 ふと、まぁあの状況で食糧なんてものを渡されれば、そう言う発想になるのは間違いじゃない。それに食うなと釘を刺さなかった大和にも落ち度はある。

 そして、そのおかげで感情が爆発したのも確かだ。ひょっとして今回の回復が早かったのは、戦闘終了直後の騒動が良い方向に作用したのかもしれない。怒りにしろ感情の爆発があったことで、再構成の時間が短縮されたと考えられる。


――食い物の恨みは恐ろしいか・・・。


 生物の三大欲求にして、日本人の怒りの沸点の一番低い事柄だ。それに助けられたのかもしれない。


「・・・ところで、シー・・・至龍王と送還装置はどうなんだ?」


 自分の不甲斐なさに気恥ずかしさを感じたため、強引に話題を切り替える。


「ああ、幸いにして装置の破損は最低限で済んだ。至龍王も安置し直して、博士たちが寝る間も惜しんで作業に没頭している。順調にいけば一週間から二週間で元に戻せるはずだ。これも装置との接続を強制解除する際に、貴様が配慮してくれたお蔭らしいがな」


 大和に配慮した覚えはないので、シーゼルが配慮してくれたのであろう。


「この辺の話はまたまとめて持ってくる。取り敢えず貴様は朝食を取れ」


 緊張したまま声どころか衣擦れの音すら出すまいと、彫像の様に固まっている看護師に目配せをして、朝食の準備を開始させる。

 看護師は手早く配膳を済ませると、脱兎のように退出していった。

 多分アレが、第三皇女なんて国の重要人物を前にした一般人の反応なのだろう。


「・・・少し、気安いのかな?」

「なにがだ?」

「俺のスティルに接する態度」

「・・・気安いな。人によっては不敬であると言われるかもしれんぞ」

「そうか、じゃあ改めた方が・・・宜しいと思いますが如何でしょう殿下?」

「好きにしろ。だが、私の好みでは、気安い方が良いな、大和。今日の奉納分だ」


 そう言って祭壇に積み上げた缶詰を大和に差し出した。

 残念ながらこの箱型の缶詰に記載されている文字は読めない。


「これは?」

「塩漬け豚肉の缶詰だ」

「・・・スパムかよ」


 だが、その塩加減が今の自分に相応しいと思った。

今回で第一章終了みたいな感じです。

ちょっとした幕間の話を入れて、二章になりますが、その前に今まで書いた分の誤字脱字等を修正したいと思います。読み直してみて、おかしい文章もあるので、それらの修正をしてから続きを書いて行きたいと思っておりますので、毎回読んでいただいている方にはお待たせしてしまうことになりますが、ご了承ください。


これからもお付き合いください。


2016/09/17 誤字修正。

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