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第54話 フォノ

グロテスクな表現や、ムナクソな描写を含みます、苦手な方はご注意ください。

 大和は必死に吐き気を堪えながら、奥へ進む。

 個人研究室のような部屋を抜け、大きな蒸留装置のような物や、何かしらの溶液を加工する樽のような物の置いてある、工場区画を抜ける。

 その先には巨大な試験管のような、縦に置かれた円筒型の棺のような物に、一人ずつ収められている少女の姿があった。顔には呼吸器のような物が繋がれ、循環しておりどうやら生きている様子で少しだけ怒りが紛れる。ただその数は多く、奥まって見えない場所のことも考えると、数十基はありそうだった。

 それはつまり、かなりの数のフォノがここで培養されていると言うことだ。

 殆どの培養機には四百番台の数字が刻まれており、一つだけ空になっていた培養器には“390”と刻印されていた。つまり、ほんの数日前まで“ミクレ”がここに収まり眠っていたことになる。

 どうにも複雑な気持ちが、大和の眉根を歪ませた。

 彼女が造られた経緯自体は称賛も納得も出来ないが、彼女の存在自体は否定したくないのだ。

 今だから言えるがそこは、まだマシな空間だったのだ。

 最初見た時は、心臓が止まるような思いがした。フォノが殺されてホルマリン漬けにでもされているのかと邪推してしまったからだ。だが彼女たちは生きていた、幸か不幸かただ順番に目覚めの時を待っている。ただそれだけだ。

 幻想的で美しさすら感じる光景ではある、だがそれを見て、一糸纏わぬ彼女らを見て劣情を呼び起こせるほどの余裕はなかった。

 むしろ、その所業に吐き気を覚えたのだ。

 人はここまでも利己的になれる。

 どこまでも他人を食い物にできる存在なのだと思い知らされて、それを拒絶したくなった。自分の中にも、同じ細胞が含まれているのではと言う思いが拒絶を引き起こし、吐き気となって大和を苛んだ。

 だが、大和はそれを堪える。


――フォノの裸を見て吐くなんてできるかよッ!


 理由はどうあれ、過程はどうあれ、物事の起点と終点だけを見ればそうなのだ。

 だから、必死に堪えるしかなかった。

 そして、さらに奥へ向かう。

 足取りは重くなり、気分は優れない。だがニタムをぶっ飛ばさなければ気が済まない。

 恐らくニタムが逃げて行った先。

 巨大な水槽の様な設備に、幾つかの影が浮かぶ。

 人の形ならざるモノ。恐らくフォノのクローン体であるが、前室に有った個体と違い、培養に失敗した個体だ。何らかの要因により、正常な人の形に培養できなかった、フォノに成り切れなかった肉塊がそこに浮いていた。上手く成長できずに下半身のない個体や、逆に二人分くらいの部位が育ってしまった個体もあった。それらも死んで保管されている訳ではなく、幾つかの管に繋がれ生きていた。

 389とナンバリングされた個体を見つけ、どうにもやるせない気持ちになる。大和の顔は苦悩に歪み、酷い有様だった。歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ眉を吊り上げる。瞳は怒りに燃え、吐く息は燃えるように熱い。だが、その顔は今にも泣きだしそうに見えた。

 人に成り切れなかった、ヒトに成り損なったフォノに共通して存在する共通点に気付く。どの個体にも必ず付随している部位は頭部、頭のない個体は一つもなかった。

 さらに奥には巨大な何かが収まっていた。既に人の部位の形はしておらず、形の分からない細胞隗なのに成人男性の何倍もあろうかと言う体積を誇っていた。それが何であるか分からず、それが何であるか分かりたくなくて頭を振る。

 そして、最奥にてニタムを見つけた。

 崩れ落ちたように壁にもたれ、足を床に投げ出していた。床には血だまりが出来ており、大和が与えた以上の怪我を負っている様子だった。まだ息はあったが、虫の息だ、もう助けらないだろう。


――あのレイジーの仕業か・・・。 


 力なく呼吸するニタムは人の気配を感じ、顔を上げると、恐怖に顔を歪ませる。


「・・・まさか・・・な。おまえが・・・お迎えに、来るとは・・・」

「馬鹿言うなよ。どちらかで言えば見送る側だ」


 先に死んだはずの人間が、自分を迎えに来たように錯覚したのだろうが、それこそ大和はごめんだと思った。例え地獄に落ちようとも、同じ地獄には落ちたくない。それにニタムが落ちる地獄はユイゼ教の地獄、日本人の大和には関係のない地獄だ。


「・・・なぜ、生きて・・・怪我が治って・・・怪我をした、よな・・・」

「・・・ああ、したさ。死んだと思ったよ。だがな、あんたが四方八方三面六臂に敵を作りまくったお陰でな、敵の敵は利用しろって輩に命を拾わせて貰ったんだよ。だからあんたは自分の行いを悔いて死ね」


 これから死ぬ相手に応える意味はない。だが、ニタムに答えさせるためにも、答えてやる必要があると思った。


「・・・ふ・・・く・・・くくっ」


 自嘲の笑いさえ息も絶え絶えに、満足に笑い声すら上げられない。死んでしまわないのが不思議なくらいだった。


「最後に一つだけ答えて貰おう。これは何だ?」


 有無を言わせぬ言葉の強さで問う。大和は肩を怒らせ、水槽を指さす。言い逃れ、はぐらかしとどちらも許すつもりはないと、圧力をかけ問い詰める。

 この水槽がなんであるか、大よその想像はついていた。ここで急いて知らずとも、後でスティル辺りに聞けば答えてくれるだろう。

 だが、ここで、ニタムの言葉で答え合わせをする意味が、大和にはあった。

 大和の威圧に屈したのか、自身の最期を悟り自棄になったのか、ニタムはすんなりと言葉を晒す。


「・・・召喚装置、だ。・・・・・・おまえ、たち、勇者を・・・召喚する、ためぇ、の・・・」

「そうか分かった。それで十分だ・・・・・・じゃあな、精々苦しんで、悔やんで、絶望して死ね」


 大和は踵を返す。最早ここに用はない、どう贔屓目に見ても致命傷を負っているのだ、今更手を汚す意味がない。

 そしてニタムの最期を看取るなどと言うことはしたくない。看取ってやる義理も道理もないのだ。止めを刺すと言うのも大和の怒りのぶつけ所としてはありだが、見方によっては介錯とも取れる。そんなことは絶対にしたくない。ニタムの助けになりそうなことは、毛筋ほども行う気はなかった。こいつのような外道は、独り寂しく惨めに死ななければならない。

 大和はニタムに背を向け、来た道を引き返す。

 ここでの用が済めば外の様子が気懸りになる。あの百機のMSSはどうなったか、帝国もそう簡単に後れを取ったりはしないだろうが万一ということもある。帝国に押され逃げ出した奴が、カゾリ村で誰かを人質にするかも知れない。

 村長が不在ということで、統制に不安もある。カゾリ村がニタム村長を失ってどれほど損害を被るか分からない。村民の統制を失い狂乱状態に陥り、男組の手を煩わせることが億劫なのだ。ここに村の重鎮が集まっていないようなので、指導者の地位を持つ者が村で何かしらの指示を出しているだろう。村に戦禍が及んでいない今ならまだ全滅している可能性は低いため、そこまで酷い惨状にはなってないと期待する。

 この召喚装置は村にとっても機密中の機密で、重鎮ですら知らない者が居るのかもしれない。少なくとも機密として情報の公開をしなかったため、秘密の入り口にも頻繁に人の出入りがあるような形跡はなかった。

 設備規模などからニタムが個人で造り上げたと言う可能性はあり得ないが、建造に関わった関係者が、老齢故に死んでしまっていて、ニタムが最後の生き残りと言うことなら辻褄はあう。

 大和の背後で何かを構える気配がした。


「・・・せめて、ともに・・・逝かぬ、か?」


 命の灯が僅かな、最期の生命力を捻りだしての問いかけのように、ニタムの声が聞こえた。恐らくニタムが拳銃を構えたのだろうが、大和はその事実を無視する。避ける必要性すら感じていないのだった。

答えを反す気もない。

 構ってやると増長するのは目に見えている。

 こういう手合いは無視するに限るのだ。

 ただ黙々とその事実を無視し、ニタムの存在自体を無視して歩く。急ぐことも慌てることもなく、淡々と悠々と。

 それは大和の中で、ある確信があったからだ。ニタムには撃てないという確信。

 レイジーがここに来ていたからだ。恐らく防犯装備を破壊したのはレイジーであり、この施設の最奥でニタムを追い詰めたのも奴だ。

 そしてレイジーに、ニタムは瀕死の重傷を負わされていた。奴なら命を奪うことなど容易かっただろう、なのに何故しなかったのか。簡単だ、ニタムを少しでも苦しめるためだ。大和自身も言ったように精々長く苦しんで死なせるためだ。その為に、自決できるような手段を残しておくはずがない。

 そして、大和の読み通り、ニタムの持っていた拳銃は故障させられており使い物にならなくなっていた。嘆き声と共に、金属隗が床を転がっていく。

 嗚咽が微かに大和の耳に届く。


――ざまぁない。ほんと、ざまぁないな・・・。


 ここで感じたフォノに対する憐憫を、ニタムに対する怒りで誤魔化して歩みを進める。

 召喚装置であると言われ、この水槽の中身が、水槽がなんであるのか大よその想像はついた。

 成人男性の何倍もあろうかと言う体積の細胞隗、それは恐らく培養されて肥大化したフォノの脳細胞だ。そしてそれを利用した演算素子としての脳細胞、召喚装置の中枢となる生体コンピューター。

 スティルを始め先生や博士は、シーゼルの持つ“異世界へ渡航する能力”を、誰でも活用できるように装置を開発していた。その際の送り先となる異世界の指定などがシーゼルの演算能力が無ければできなかったので、シーゼルが無ければ動かない欠陥を抱えていたのだ。

 対してカゾリ村のニタム村長は、召喚の巫女が持つ“異世界から勇者を召喚する能力”を機械で補おうとした。

 恐らく、試みは及ばず装置は失敗に終わる。

 機械で“異世界から勇者を召喚する能力”を増幅することはできなかった。

 だから“異世界から勇者を召喚する能力”そのものを増やすことにした。

 人間の思考装置である脳が“異世界から勇者を召喚する能力”を司っていると当たりを付け、脳を培養し機械で思考を制御することにしたのだ。

 その結果は成功。・・・成功してしまった。

 召喚の巫女の複製を多数作り、いや召喚の巫女の脳を多数用意し培養し連結し装置の安定化と、出力の増幅に努めた。その結果がこれだ。召喚の上限数を上回る数の勇者の召喚を可能とし、本来の意味で召喚の巫女は不要となった。

 この装置だけで完結したシステムになった。

 だが、召喚の巫女が不在であるということは、勇者を召喚した場合に対外的な説明が付かない。だから用意されたのが、システムの全容を悟らせないための、対外的なデコイとしての人形。それが大和やスティルが触合った“フォノ”だ。

 これが召喚装置であり、カゾリ村の正体だった。


――ああ、ムナクソ悪い。・・・気持ち悪い。くっそ、最悪の気分だ。


 大和はそれをフォノだと認識してしまった。

 水槽の中を見ると、大きな脳細胞だけの“フォノ”の何人かは死んでしまっている様子だった。水が澱み、活動しているようには見えなかった。

 大和は目を閉じ軽く頭を下げ、黙祷を捧げる。


――今はこれが精一杯。ごめん、後でちゃんと弔うから・・・。


 極短い時間で済ませてしまうことに心苦しさを感じたが、今の大和にとってここは敵地だ。悠長に悼む余裕はない。

 演算の中枢を担う“フォノ”が死んでしまっては、もう勇者召喚はできないだろう。

 カゾリ村の援軍はもうない。


――終わった・・・な。後は全部スティルに任しちまおう。もう何もかも億劫だ。


 外に出れば、レイジーがすまし顔で、律儀に大和の帰還を待っていた。


「お別れは済んだようですね」

「・・・ああ、それなりに」


――別に、ニタムとの会いたくはなかったがな。


 わざわざ敵の最期を見届けさせるために、送り出したのだと大和は思っていた。だがそれが勘違いだったと気付く。別れを告げる相手はニタムではなく“フォノ”であったと。


「では、危険ですので離れてください」


 レイジーの背後には降着姿勢のMSSが一機鎮座していた。

 黒い、漆黒の鎧を纏ったような機体だった。力強さに溢れる巨躯。一部の装甲が真紅に染まっており、マントを羽織った黒騎士のようにも見える。全高は恐らくシーゼルよりも高いため、その圧倒するような威容が、恐ろしい。

 それに素早く乗り込むと、MSSの全高よりも長い巨剣を構えた。


「ちょっと待て! 何時こんなものを用意したっ!」


 思わず叫び声を上げるが、レイジーは止まらない。当然逃げる間もない。

 その手に持つ巨剣に、莫大な量のフィルドリアのエネルギーが収束される。余りに濃密になったそれは肉眼で見えるほどに凝縮され、凄まじいエネルギー隗が光球となり巨剣に纏わりついていた。

 レイジーは巨剣を問答無用で地面に叩き付ける。

 同時に発生する斥力の爆発と呼べるような現象が発生、その衝撃で、大気と土砂が膨れ上がり辺りの全てを吹き飛ばして行く。それは火山の噴火のようにも見えた。

 大和を守る様に展開されたフィルドリアによる防御が、その濁流を完全に防ぎきる。レイジーが機体の機能を使い、生身の大和を庇ったようだ。

 土砂が落ちきり、砂埃が落ち着くまで、数分を要し、晴れた視界の先には巨大なクレーターが出来上がっていた。

 元の地形など、最早分からない。あの巨剣の一撃が、召喚装置を吹き飛ばしたのだ。それどころか、おまけにあたり一帯の景色は全て変わってしまった。

 文字通り、消えてなくなった。余りにも圧倒的な力だった。

 当然、生きていた複製体も全て。


「・・・・・・何を、何故・・・・・・」

『おや、分かりませんか? 勇者召喚装置など人類の手に余る危険な装置です。その全てを抹消するのが今回の私の仕事でした』


 大和の呆然とした呟きを拾い、レイジーはその答えを反す。


「・・・その、全て?」

『ええ、そうです。全て。複製技術も、複製体も、その遺伝子情報も全てです』


 つまりはそう言うことだ。最初からそう言うつもりだったのだ。


――だから、この男は“お別れ”なんて言い方をしたんだ。


 大和が勝手に勘違いしただけだ。レイジーは最初からそのつもりで、大和にも声をかけていた。ただ、大和がそう言う可能性を考慮していなかった。

 足が震える、がくがくと。だがそれは恐怖によるものではない、怒りが、あまりにも濃い怒りが、四肢の制御すら危うくさせている。怒りが、憎悪が、口から零れようとしていた。

 それは、このような事態を回避できなかった負け犬の遠吠えだと理解していたが、その自制すらどうでもいい。

 負け犬らしく、見っとも無い遠吠えを上げるべきだ。

 息を吸い、大きく吸い、顎が外れんばかりに口を開け、感情の全てを吐き出そうとして、


『・・・・・・ぁあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!』


 それすら叶わなかった。

 赤い左目と青い右目の凶獣が、そこに襲い掛かったからだ。


2016/09/17 誤字修正。

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