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第53話 クロハイ出撃す

 至龍王が出撃して、所属不明のMSSを強襲する。

 その変化を目の当たりにして、美咲は即座に行動に移した。


「・・・莉緒。クロハイで・・・出る。・・・扉開けて」


『ちょっと? なに? ここの防衛はどうするの?』


「・・・敵の、数から、守った所で・・・焼け石に、水。・・・ここは、攻撃は・・・最大の、防御と言う・・・局面」


 それだけ告げると、莉緒の返事を待たずにクロハイを立ち上がらせた。

 扉を開けて貰えないなら、内側から蹴破るまでと覚悟を決め歩き出す。


――あの所属不明機、クロハイと同じ匂いがする・・・。


 つまりそれは、自分と同じ匂い。

 カオスマターに浸食され、正しくない存在へと変差しているモノの匂い。

 一撃で止めを刺さないと面倒なことになると、美咲は自身の体験から学んでいた。外部刺激によって、それに相対するように成長・変化するのが生物だ。ペンダコであるとか、筋肉の超回復なんてものもそれに相当する。

 カオスマターはその効果、反応時間と変化上限の常識を逸脱させてしまう。中途半端に刺激を与えれば相手の成長を促すだけだ。

 そしてもう一つ。至龍王が帝国と共同で戦っている意味は分からなかったが、帝国の支援が出来ると言うのは女組としても都合が良い。事が収まった後、協力したという実績があれば多少の便宜や温情は得られるはずだ。


――皆のためにも、ここで点数を稼いでおく必要がある。


 確かな足取りでクロハイを表に出す。戦線は遥か稜線の向こう、山なりの弾道で狙う曲射が出来ればここからでも射程に収められるかもしれないが、技術も装備も人員も全く足りていない。

 直接狙う他ないのだが、そうなると障害物となっている稜線をどう超えるかということになる。一番簡単なのは目視で狙えるほどの距離まで近付くことだが、移動時間を考えると徒歩では時間がかかり過ぎる。

 もう一つは稜線の影響を受けない高さまで登ることだが、山岳要塞のレーダーアンテナの施設されている場所まで登れば直接狙えそうだが、登ること自体が困難な上に反撃を受けた場合に、被害が直接要塞に及ぶ。


――ジャンプジェットを試すしかない。


 距離を詰めるにしても、高度を取るにしてもそれしか手が浮かばない。

 美咲は思い切り、ジャンプジェットを起動させる。出力調整は最少から徐々に上げていく。背面に二基と腰部左右に一基ずつ備え付けられた噴出口が絞られ、細長い槍の穂先の様な排気炎がその鋭さを増し、機体に振動を与えながらその推力で持ち上げて行く。

 少しだけ出力を上げてやると、足が地より離れ、機体が空中に浮かび上がる。

 四基ある噴出口の出力の調整は、機体のジャイロと連動し水平を保たれていた。ただ浮いて飛ぶだけならば、大半は機体の自動制御機能に任せてしまえば良いようだ。空中戦や高機動戦闘はまた別の問題で、こちらは任意に出力を調整しなければならないため、まだ敷居が高いと感じた。

 美咲は慎重に出力調整して大よその感覚を掴んでいく。


「・・・よし、飛べ!」


 強めに出力を上げてやると、体全体に負荷が掛かった。加速Gと言うやつだ。

 身体が座席に押さえ付けられる。


「・・・・・・ぐっ・・・・・・くぅう」


 外の景色を見る余裕もなく、出力を減少させる。加速Gが弱まり、戦況を見る余裕が生まれる。所属不明のMSSは特に何も考えずに、まともな隊列や陣形すらなくだらだらと、映画のゾンビのように攻撃しながら進んでいる。対して帝国側は街の外に簡易的な防御陣地を築き上げ、それなりに連携の取れた戦闘をしているように見受けられる。

 ここからなら直射できるが、不安定な飛行中でもあり、攻撃するべきでない帝国軍に流れ弾を落とすわけにはいかない。乱入する目的は、あくまで帝国軍に助力し女組の点数稼ぎだ。ただ場を乱すだけではならない。


――側面に回り込んで撃つのが最善か?


 ジャンプジェットを水平飛行に移行させ、やや迂回しつつ所属不明MSSの側面に回り込む。

 クロハイの背中の羽根が展開し安定翼になるが、それでも機体の振動が酷い。振動により、いつ機体が空中分解するか分からない。ガタガタと揺れる遊園地のジェットコースターが、やっぱり遊具なのだと実感できた。


『警告:大気摩擦による機体損壊の危険』

『推奨:フィルドリア展開』


 意味が分からなかった。ただ、大和が登録時に何かやっていたことを思い出し、察する。

 全身の緊張を解し、身体の中心から何かを放つイメージ。


――あ、これ。魔力がいるんだ・・・。


 漠然としたイメージが補完され、その行動が円滑に行われる。

 後はクロハイが自動で処理をした。機体の凹凸に合わせ、大気の流れを邪魔しない様にフィルドリアで整流板が造られていく。凹凸のある人型の機体を、弾丸の様な殻で覆うようなイメージだ。

 それが完了すると、機体の揺れが驚くほど治まった。それだけではない、ジャンプジェットの推力を変えていないのに飛行速度が上がったほどだ。


――なるほど、こんな装置が。ならいけるか?


 大気の抵抗を弱められるのであれば、通常の外的要因。詰まる所、当機への攻撃に対し干渉力を持つはずだ。巧く展開すれば、攻撃の威力を幾らか減衰できるはずで、防御力や生存率の向上へ繋がる。

 フィルドリアは特殊な装備ではない。その強弱に個体差があるが、全てのMSSが潜在的に保有している機能だ。となれば敵もこの防御の恩恵の下に有る訳で、飛竜種以上に厄介な相手と理解できる。

 強引に機体を捻り、127ミリ突撃砲を所属不明MSS群に向ける。

 空気抵抗が増大し、速力が鈍る。


――三点射はダメ。一発ずつ確実に・・・撃つ!


 突撃砲の設定を、引き金を引くごとに一発ずつ出ると言う単射に切り替える。

 炸薬の爆発が機体に強い衝撃を与え、砲弾を発射した反作用が機体を後ろへ押し付ける。回転しながら飛び出した砲弾が、展開されたフィルドリアの一部を毟り取り、その身に纏い飛んで行った。

 それがどういう意味を持つのか、美咲は瞬時に理解した。

 しかし、結果を見届けることはできず砲撃の反動でバランスを崩し、失速、頭から墜落していく。

 咄嗟の姿勢制御で、機体を半回転させ足を下にすると、墜落の瞬間にジャンプジェットを強めに噴射し、墜落と言う未来を着陸にすり替える。

 さらに体に残っていた運動エネルギーを消費するため走り出す。

 そのまま突撃砲を水平に構え、さらに砲弾をお見舞いした。


――やっぱりそうだ。


 砲弾が毟り取っていったフィルドリアが、目標の身を守るために展開しているフィルドリアと干渉して相殺されていることを確認した。通常なら減衰される威力が、そのまま目標に到達する。

 砲弾は敵の装甲を削り取りながら飛んで行った。

 惜しいハズレだ。


――なら、砲弾に込めれるだけフィルドリアを込めて撃ち出せれば?


 クロハイを転倒しないように切り返す。若干のランダム要素を織り交ぜ、ジグザグに戦場を走る。攻撃を受け反撃をされるようになったからだ。だが近付く必要はない、こちらの攻撃でダメージが与えられる以上、この距離を保ったまま削るのが賢い選択だ。

 このザノレ10という突撃砲の扱いに不安はない。身体に馴染む感じが若干不気味であったが、そこはなるほど同じ存在なのだ親和性も高いのだろうと納得し、悲しくなった。

 構え、撃つ。

 今出来る、ありったけを込めて引き金を引く。

 景色が変わった。

 黒灰色の所属不明MSS群の黒山に、一筋の光明がさした気がした。そして、そのまま黒山を構成していた一機が群れから脱落し、物言わぬ屍に成り果てる。

 今の一撃で、胴体中枢を貫通したのだ。そのどてっぱらに風穴を開け、見通しを良くした。


「・・・なるほど、これが・・・本当のMSS戦」


 フィルドリアを込めた攻撃は、本来以上の威力を発揮する。

 フィルドリアは端的に言ってしまえば電磁バリアの一種だ。だがその性質は斥力場を構築するもので、外部要因を弾き返すことで機体への被害を弱めている。ではそれを、砲弾の中に込められるだけ込めた場合どうなるか。

 砲弾が斥力の炸裂弾と化すのだ。

 砲弾の爆裂に伴い、斥力の嵐が局地的に発生するようなものだ。

 生半可な機体では耐えることすら難しい。


『貴様! 何者だ!』


 強制的に通信が入れられる。高圧的でいけ好かない女の声がした。

 だが、それが至龍王からの通信であると分かれば素直に応じるほかない。


「・・・召喚勇者、女組。・・・高城、美咲。・・・帝国軍に、協力したい」


『了解した。感謝する。・・・貴様は、そうだな好き勝手に暴れよ、我らでそれを援護する』


「・・・分かった。・・・皆を、頼む」


 下手に指揮下に入れられるよりはマシだったが、明らかにこちらを使い潰す意図が見て取れた。


――しかたない、裏切るかもしれない、信用の置けないやつを組み込むことは、できないし、そいつの背中は視界に入れておきたいよね。


 まして美咲は、軍隊で教育された訳ではないので、指示を出されても理解できない可能性もあるし、ぱっとみて帝国軍のMSSよりもクロハイは頭一つ性能が突出しているようだ。足並みをそろえての戦闘と言うのも難しいだろう。

 でもそれで構わない。敵と認識されたり、邪魔だと言われ排除されたり、こちらの言い分を無視され攻撃されるより、遥かにましな待遇だった。

 例えこの場で散ることになっても、本望と言うやつだ。


「・・・お前ら全員、死ね!」


 美咲はありったけの殺意を込め、所属不明MSSに普段を放った。





「うへぇ・・・何やらかしゃこうなるんだ?」


 大和はその部屋の惨憺たる有様に、心情を吐露した。マルモスに別れ際に聞いた道のりで、ニタムが行きそうな場所に足を踏み入れたのだ。床も壁も天井も、そこら中が何か硬質な紐のような物を叩き付けたかのような壊れ方をしていた。椅子は転がり、机は半分に割れて横たわっている。

 恐らく、これが護法縛帯を振り回して攻撃した場合の、被害なのだろうと察する。絡め取るのではなく、叩き潰す目的で振るえばこうなるらしい。

 照明器具が破損しそこから時折火花が飛んでいた。

 本来は薄暗くブルーライトで照らされているはずの部屋だったが、今ではオレンジ色の非常灯が付いている。


「完全にホラー映画の世界だな・・・」


――マルモスの話じゃ、ニタムと戦った部屋になるのか・・・。と言うか、こんな攻撃を全部躱したんか・・・すげぇなエルフ。


 胸中で賛辞を贈る。

 手も足も出ずに逃げ出したと奴は嘯いていたが、攻撃に移らなかっただけで相当な実力者であると見て取れた。少なくとも彼我の戦力差を正確に認識して、自分を生存させるための手段を講じる聡さがある。これはただ力が強いだけと言う強さよりも、厄介な強さだ。

 もし本当に再会し、敵として会い見えるのであれば、奴の実力を上方修正しておかなければ後れを取ることになる。


――それにしても妙だな。罠が無い。


 ここまでの通路も、今覗いている部屋も、そのような気配はない。全て見た目通りに破壊されていた。監視カメラや電気銃のような物しかなかったが――ギロチンやら、転がる巨石やらそう言う類はなかった――それらすべて破壊されていた。破壊されている方向を見る限り、内側から外へ逃げたマルモスの仕業ではないように感じる。

 マルモスが逃げ出した後、ニタムが追い出て怪我をして逃げ戻り、大和が追い詰めに来た。この工程の間に誰かが侵入したと考えるのが自然だろう。逃げ戻り中のニタムが八つ当たりで壊した可能性もあるが、結構な重傷を負わせた感触が体に残っているので、それだけ余裕があるようには思えない。

 やはり、何者かが壊しながら侵入したと考える方が自然か。

 大和は気配を殺し、部屋の奥へと足を踏み入れる。瓦礫に紛れた罠が無いか注意しながら、慎重に進んでいく。部屋の奥には、さらに奥に続く扉があった。奥は何かの研究室の様だった。

 パソコンのような機材やら、科学実験に使うような試験管やフラスコと言ったものの他に、精神安定のためなのか観賞魚を飼う水槽などが並べられている。

 机の上には書き殴ったノート、食べかけの保存食、新聞や雑誌の切り抜きをせかせかと集めて作られたスクラップブック。

 クレヨンに積み木なんかも散乱している。

 よく分からない、だがここで相当入れ込んだ研究をしていたことはよく分かった。

 不意に、部屋の奥から気配がした。

 190センチはありそうな長身の、優男がゆっくりと歩み寄ってきた。

 やや癖の強い金髪が波打っており、まるで豪奢な飾り布の様にも見える。長身と相まって体格も良く、胸板も厚い。足取りもしっかりしており、その歩く様は、一仕事終えたサラリーマンのような気安さと充足感を醸し出していた。

 その男の姿は、一言で言えば、異様だった。

 だが、目が三つあるとか、両方右手だとか、そう言った意味での異様ではなく。

 夜でも川の流水が気持ちいい程度の気温であるのに、真冬の様なコートを着込んでいる事。

 足元も覚束ないような薄暗がりで、顔に張り付く様なサングラスをしている事。

 そして明らかに怪しい雰囲気を醸し出しているのに、やたらフレンドリーな笑みを浮かべている事。

 大和は思わず、腰の刀に手を触れる。いつでも抜き放ち、斬るために。

 だが、身体が動かない。相当な手練れであると感じさせる足運びに、大和に対して殺気を向けない。興味がないと一瞥したわけでもないが、敵意が無い。その雰囲気が敵ではないと語っていた。

 そう、何よりそれが異様なのだ。

 女組の一部を除き、ここで第三者に遭遇しようものなら、大和と敵対行動を取らないことがおかしいのだ。

 カゾリ村の機密区画に入り込んでいる部外者の大和を、まるで歓迎するかのような態度が何よりおかしい。罠にかけて殺そうと言うならともかく、そんな雰囲気すらないのだ。それを異様と言わずして何というか。

 男は敵意を向けず大和の隣を通り過ぎる。

 大和も、敵味方の判別がつかず呼び止めることもできない。


「最後のお別れに来たのでしょうか?」


 通り過ぎた背後から、嫌に穏やかな声がかけられる。

 嫌味なくらいに敵意が無い。


――誰と分かれるんだ? ニタムか? そんな馬鹿な。


「最後に君が来られてことは、ふむ、これも運命の巡り合わせなのかもしれないですね。あまり時間は取れませんが、お別れの挨拶位は待ちましょう。では私はこれで、失礼します」


 その物言いは慇懃無礼に感じるほど。

 そして、この奥には何か良くないものがあると明確に理解した。

 動悸が早くなる。気持ちの悪い汗が噴き出る。嫌な想像が留まることを知らず、どんどん不幸な結末を想像させる。

 微動だに出来ない引き攣った時間の中、咽喉は乾き舌の動きが鈍くなる。唾液は粘度を増し、飲み込むことも困難だ。頭の奥では危険を知らせる警告が痛い程に報せを送ってくる。

 咽喉を搾って声を出すと言うよりは、顎を動かして言葉を吐き出す。


「あんた・・・何者だ?」


 大和の言葉に男は少し満足したような笑みを浮かべる。まさか、自己紹介の機会を与えられるとは思いもよらなかった、感謝の極みと、言っているかのように大仰に頭を垂れ礼をした。


「レイジー。魔王機関のエージェント。レイジーと申します。以後お見知りおきを、魔王の正統なる後継者、影崎大和様」


2016/09/17 誤字修正。

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