表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/184

第39話 ブカバルグの空

「邪魔だよ! お前ら!」


 手近な飛竜種に背後から迫り、シーゼルをロールさせ、その動きに乗せて斬りつける。

 フローゼントサーベルが飛竜種の羽根の被膜を焼き切り、その脇腹に致命打を穿つつもりで振るった。表皮を覆う強固な鱗を溶かし、肉を焼き血を蒸発させる。しかし、大和の目論みは外れ、脇腹の表面を焼裂いた程度に留まる。


「案外固い! つか、振った感覚がなんかおかしいぞ!」


 羽根の機能の殆どを奪われた飛竜種が落下していく様を見送りながら、大和は悪態を吐く。あの傷ではもはや飛ぶことは出来ないだろう、願わくば墜落死してくれると後腐れがない。

 フローゼントサーベルは普通の鉄剣と違い、エネルギー体の刀身であるために遠心力が働かないのだ。切っ先に運動エネルギーが乗らない。

 不慣れな感覚に戸惑いを覚え、それが焦りへと変化していく。焦りからか、もしくは飛竜種に感じた恐怖からか、己の判断を誤ったかもしれないと、述懐してしまう。スティルへ届けるための機体で戦闘行動に入ってしまったことに、罪悪を感じ躊躇いすら生まれる。


――いや、間違えてはいないはずだ。既に街の側まで飛竜種は飛んで来ていた。街に下りてスティルに受け渡すだけの時間は・・・たぶんなかった。全滅させるのが理想だが、全滅が無理でも一度追い払わないと、俺がシーゼルから降りられない。


 時間的に間一髪だ。もしも先生の要望通り、大和を送還装置で送り帰した後出撃していた場合、果たして間に合ったかどうか。

 正しい選択ができたと自負させることで不安を払う。

 そもそもは、大和自身が飛竜種に食われかけた経験のせいだ。生身で飛竜種に対峙する恐怖は、たぶん一番知っている。己の無力と、敵の圧倒的な力の差に心が折れる感覚。今は、生身で対峙した時のような鮮烈な恐怖はない。ただあの時の絶望を思い出し、再び生身で対峙する姿を想像し、その恐怖の鮮烈さを再現することで、打ち払うための力に変える。それもシーゼルと言う鉄の鎧が、至龍王と言う巨体が、大和の存在を飛竜種と同格以上へと押し上げている恩恵によるものだ。

 もはや自分はただ食われるだけの餌ではない。

 だから、サーベルを振るう、振るえる。飛竜種と言う脅威を狩り取るために。

 だが予想外に手こずり、気持ちが逸るのを抑えられない。

 そう、大和を追い立てている恐怖は、自身の命を脅かす脅威に対峙して発生している物ではなく、生身の誰かがかつての自分のような目に会う可能性を恐れているのだ。それを他の誰にも味あわせる訳にはいかないと思ってしまった。あれは、広くみんなに知ってもらって、共感しようという感覚ではない。あんな物、知らないで済むならそれに越したことはないのだ。群れを成して飛ぶ飛竜種を見た時に、カッと頭に血が上った。

 あれは一刻の猶予もなく、一片の慈悲もなく、一抹の不安をなくするために皆殺しにしなければならないと、大和の本能が判断した。


――ただの一匹も街にやるものか。


 そう胸中で静かに誓い、別の個体に襲い掛かる。

 フローゼントサーベルは言ってしまえばビーム兵器であり、その刀身は、高温に熱しプラズマ化した重金属粒子を刀身状に固めたものだ。乱暴に原理を解説すれば“水風船”ということになる。破れやすいエネルギーフィールドで入れ物を作り、そこに高温のプラズマを流し込む。そして対象に刀身を接触させるとエネルギーフィールドが破れ、プラズマが対象を焼くのだ。

 柄から常に新しい刀身を形成するフィールドとプラズマが供給され続けるため、刀剣としての形を失わない。

 大和が振るった具合では、刀身の重量がないように感じた。丁度水を撒くホースを握っているような感覚だろうか。どんなに振り回しても、ホースから放たれた水の重量は腕にかからない。

 破壊力を持つ刀身であるが、刀身の重量が手に掛からない。つまり手首を反しての複雑な軌道の剣戟が可能となる。

 剣を振るうたびに、その重さに振り回されることがなく、このような高機動戦闘でいちいち体勢を考慮しなくていい。

 シーゼルに襲い掛かる飛竜種を避け、そのまま手首を反すかのような動作で腹を切り上げると、幾つかの内臓が熱で弾け、口から破裂した内臓を吐き出すと、そのまま落ちて行った。


「手首を反す動作だけで致命傷になるのか・・・とんでもねーな」

『それがフローゼントサーベルの利点です』


 フローゼントサーベルは振り回す機体の膂力に相当する、電磁筋肉や関節や骨格強度などによる機構的な強さに影響をうけない。純粋に吹き出す熱の量と、それを押し方め形作る入れ物の強度で、武装の打撃力が決まる。


「ちっ! でも欠点もあるんだろうよ! 利点しかないなんてモノの存在は認めねーぞ!」


 シーゼルの解説を聞きながら、後ろ足の鉤爪で襲い掛かってきた飛竜種の攻撃に舌打ちを反す。

 慣れない武器のせいか、巧く飛竜種をいなせずに、度々攻撃を受ける。軽く取り回しがし易い武装のはずなのに、返って隙を作り出してしまっているようだった。


「これも、限りがあるってんだろ? くそ、無駄には出来ないのにな」


 重金属粒子を消費しているため、ビーム兵器――フローゼント兵器と言うのが正しいのかもしれないが――も弾切れを起こす。いくら永久機関を搭載し、無限の電力を誇るMSSでも限界はあるのだ。

 大和は即座に思考を巡らせ、フローゼントサーベルの欠点を挙げ連ねる。欠点を把握していなければ、巧く機能しない事柄もあると思っていた。ちょっとした注意や手入れをするだけで、武器の寿命や効率が格段に伸びる、また僅かな不注意や怠慢が致命的な不具合を引き起こすと言った事例を散々見てきているのだ。全ての面で良い性能の武器と言うのは存在しないというのが、幼い頃から叩きこまれてきた常識だった。どんなものでも必ず長所と短所が存在する。そしてそれを正確に把握することが、その武器の性能を正しく発揮することに繋がるのだと。

 まずは熱、プラズマを生成するため荷電している訳で、その熱が装置内に溜まるはずだ。当然冷却器なんかも必要で、重量の増加にもつながる。冷却効率にも限界があるので、使っていれば熱は蓄積されていくものだ。冷却器を稼働させれば、冷却器そのものから熱が出るというのを失念するわけにはいかない。

 大体、手持ち武器と言う段階で、恐らく“柄”の連続使用可能時間は短い。

 整備性や内部の消耗部品を交換する手間のために、機体自体が動けなくなっては戦線を維持できなくなるために、手早く交換できるように手で持つのだろう。頑丈で長寿命と言うなら、わざわざ手で持たずに腕から直接刀身を形成できるシステムにすればいいのだ。

 下手をしたら“柄”そのものが消耗品であるかもしれない。使用中は盛大に負荷が掛かり、連続で使用すれば焼き切れる可能性がある。だから固定装備でなく、簡単に取り換えられる手持ち装備なのだ。

 もし熱の問題も、耐久性の問題もなかった場合。それら全てがクリアされるような代物の場合は、往々にして製造や運用にかかるコストが阿呆みたいなことになっている。そうなればおいそれとは使えない物になるし、補充が効かなくなるなどの弊害も考慮される。


「やっぱり刀剣としての癖が掴み難いのが一番の欠点か?」


 生身で振るったことの有る、鉄剣と重量感覚が全く異なるのが、振り難さの原因であると思えた。

言いながら飛竜種の突撃を躱し、その背を滑るようにやり過ごしながら、フローゼントサーベルで斬りつけ分厚い背面の鱗を焼き切りっていく。その様が、不自然に長く感じた。戦闘に入り意識が加速して、全てがスローモーションに見えると言った、極限状態のモノとは違う。

 たぶん、違う。


――!? なんだ? この感じ・・・。なにかが不自然に間延びする・・・走馬燈? まさかな。


 切り裂かれる同胞を助けに来たのか、一体の飛竜種の牙がシーゼルに襲い掛かる。躱すことが出来ないと判断した大和は、食い付かれそうになった左腕をあえて押し出して、猿轡でもかませるように飛竜種の口の中に押し込み、無理矢理口を開かせるとそのまま裏拳で顎を殴り飛ばす。のけぞり顎が砕けたように悶えるその咽喉元に、レーザー機銃の洗礼を浴びせ命を打ち抜く。

 のけぞり、仰向けに墜落していく。その反対方向から、その背後から、さらに飛竜種が襲い掛かって来る。

 咄嗟に受け止めようとサーベルを翳すが、飛竜種の指を一本断ち斬ってしまい、強襲そのものを抑えることはできなかった。強烈な体当たりを食らい、吹き飛ぶ。その先で待ち構えていたのか、別の飛竜種が顎を開けて待ち構える。

 鋼鉄の装甲が飛竜種の牙や爪により、齧られ掻き毟られ無数の傷を刻んでいく。生身なら満身創痍、全身血まみれで戦意を喪失していたかもしれない。鋼の鎧が操縦者の戦意を守る。

 入れ代わり立ち代わり、迫りくる飛竜種と斬り結ぶが、その全てに置いて満足のいく結果が出ない。斬れて欲しくないタイミングで斬れ、斬れて欲しいタイミングでは斬れない。浅く深く、鈍く鋭い。ただただ大和の感覚に素直に応じた斬れ方をしない。これでは“鈍刀”という評価しかつけられない。


「・・・斬れねぇ! なまくらだ・・・いや違う。動きが止まるぞ! どうなってやがる!」


 大和が想定した動きより、シーゼルが剣を振り抜くタイミングが遅れていると感じた。

 最初はサーベルの斬れ味が悪く、飛竜種の肉で引っかかっているのかと思ったが、フローゼントサーベルの構造上、柄や腕自体が対象に当たらなければ、それは起こり得ない。斬れずに刀身が引っ掛かるなら、そのまま刀身を残して柄だけすっぽ抜けるはずなのだ。ホースで水を撒いているのに、塀や壁に遮られたからと言って、吐き出される水が引っ掛かってホースが振れないということはない。

 特に注意して、サーベルを振るう。頭を叩こうが、胴を薙ごうが違和は消えないどころか、より明確な物となり、大和の腕に残った。違和、違和、違和。サーベルを振るえば振るうほど、大和の中で違和が蓄積される。

 思った様に斬れない、武装の選択を間違えたかとさえ思い出す。

 確かに攻撃は通用している。体幹部に攻撃が届いた飛竜種は確実に絶命し、無残に落下していった。

 しかし、そのわずかな違和による誤差のせいで、飛竜種の攻撃を躱しきれない。大和の想定では既に回避行動へ移ろうかというタイミングでも、まだシーゼルは剣を振るっている途中なのだ。まるで未来予知でもしているかのような気もするが、違うということだけは分かる。予知ならば躱せなければおかしいのだから。


「・・・シーゼル。10ウェイトってどういう意味だ?」

『攻撃モーション時、サーベルが目標に到達している間、目標を確実に破断するため10/60(60分の10)秒程の遅延時間が発生しています』

「そう言うことか! 畜生!」


 鉄剣であるならば、その物質で対象を割断する。どんなに早く振り抜こうが、いや、むしろ早く振り抜いた分だけ、鋭く鮮やかに割断することが出来る。だがフローゼントサーベルはエネルギーの刀身であるため、それが出来ない。

 工作機械の切断用トーチと基本は同じなのだ。熱を伝達させて焼き切るという工程で破断させるため、その伝達に必要な時間同じ場所を加熱しなければならない。その必要になる時間が10/60(60分の10)秒――約0.17秒だ。その余分に加熱する時間が、斬撃のモーションの中に取り込まれているため、大和には違和として感じられたのだ。

 そして、それが枷となり回避行動が遅れるのだ。

 この遅延時間を減らせば、破断できず表面を焦がしていくだけに留まる。斬れ味を維持したまま、遅延時間を減らすには、より高出力が求められるということだ。

 だが、それでフローゼントサーベルを使えない武装と断ずることはしない。理屈が分かれば十分対処が出来るからだ。

 約0.17秒遅延するのであれば、それを前提に戦闘を組み立てれば良い。


「シーゼル。二刀流的な事をすると、出力が下がって切れないってことはあるのか?」

『あります。MPコンバータで稼ぎ出せる上限以上の兵装の使用はできません』


 シーゼルに問いつつも、無遠慮に攻撃してくる飛竜種を躱し、フローゼントサーベルを不自然な体勢から飛竜種の脳天に突き立てる。目玉を焼潰し、脳を煮立たせる。敵が脊椎動物であり、噛み付くことを攻撃手段としているなら、これだけの動作で絶命させられることが分かった。


「まぁ、やってみなければ分からないこともあるさ」


 となれば、二刀流は愚策。早く焼き切るために刀身を2本ぶつけた所で、さほど変化はないだろう。シーゼルに出力の余裕があればまた状況は違うのであろうが、大和はまだその調整が出来ないし、何より関連する知識がない。取り回しが似た武器を同時に使うのは、自分の攻撃の幅を狭めるだけになる。

 右手に構えていたフローゼントサーベルを左手に移し、シーゼルの腰に着いている装甲に格納されている、拳銃を引き抜いた。フローゼントガンと呼ばれる射撃武装だ。弾丸はサーベルの刀身を打ち出すのと変わらないが、武装の特性、何より射程が違う。

 それに飛竜種の行動にも変化が表れていた。

 最初、大和が強襲する前は、百匹程が一塊になり飛んでいたが、強襲後は大和――シーゼルに攻撃を仕掛ける個体と、そのまま街を目指して飛ぶ個体と別れてしまった。全部がシーゼルに襲い掛かって来る方が望ましかったが、そう都合良くはいかないようだ。サーベルだけで追いすがって攻撃していては、時間ばかりかかってしまう。飛竜種がシーゼルを脅威と感じ、散開したら目も当てられない。

 シーゼルを無視している個体にフローゼントガンをお見舞いする。その飛竜種にとっては意識の外からの攻撃であったようで、無抵抗に胴体に数発分の風穴を開け、墜ちて行く。離れていてもその命を奪い去る。


「悪いな。街にやる訳にはいかないんだよ。全部ここで散ってもらうぞ!」


 言い聞かせて反応を反すような手合いではない。ただの決意だ。そう言葉にするとで、明確にすることで己の意志を固める。

 襲い掛かる飛竜種を左手に構えたサーベルで斬り捨て、軽く間合いを取ればレーザー機銃で蹂躙され、逃げようとすれば容赦なくフローゼントの弾丸がその身体を穿つ。

 三種の武装を行使して、脅威の数をすり減らして行く。

 しかし、数の差は如何ともし難い。大和が懸命にその数を減らそうとも、シーゼルだけで抑えきれる量は依然超過したままだ。当然、零れ出る物も現れる。


「くそ! 抜けられた!」


 咄嗟にフローゼントガンを向けるが、引金を引こうとした指が引き攣った様に固まる。射線上にブカバルグ街が入ってしまった。もし撃って、中らなかったら。いや、中ったとしても貫通して、流れ弾が街に落ちたら。

 飛竜種を撃ち漏らす被害と、街に流れ弾を落とす被害を天秤にかける。決意と保身が秤を揺らす。

 その迷いからくる硬直はどれだけの時間だったのか分からないが、少なくとも飛竜種にとって絶好の攻撃の機会になる程度には大和の思考が止まっていた。

 強い衝撃がシーゼルを襲う。鉤爪で掴みかかる様に、勢いよく両足で蹴りを入れられて横殴りに弾き飛ばされる。どうにか姿勢を立て直し、飛竜種の追撃をいなし、躱して、返礼の一撃をくれてやる。


「今のはやばかった。生身だったら武器を落としていたか・・・。あ、くそ。街は!」


 完全に失態だった。絶望を張り付けた顔で街を伺う。

 しかし、街に近付いた飛竜種が不意に力なく墜ちる。


「何が起こった!?」

『ブカバルグに展開しているMSS隊の対空迎撃です』

「あ・・・そうか。そうだな。何俺は一人で全部やらなきゃって自分で自分の首絞めてたのか」


 少し肩の荷が下り軽くなった気がする。突撃してきた飛竜種を、軽く身を捻りつつ躱し、カウンターとしてサーベルを口に突き立てる。口内で膨れ上がった熱量に飛竜種の頭が半分弾け、そのまま咽喉を裂いて肩を破壊して切っ先が抜ける。


『多少・・・数匹程度の漏れならばブカバルグのMSSで掃討できます。こちらはこちらで数を減らすのが良いでしょう』

「そうだな。少し気負い過ぎてたか」


 大和は重くなった息を吐き捨て、再び気合いを入れ直す。

 過信は禁物だが、ある程度のゆとりはある。

 自分が最終防衛ラインのつもりでいたが、それが独り善がり早とちりだったと気付けたことは僥倖だ。

 気力はある、体力もまだ持つ。シーゼルは装甲が傷だらけになっていたが、基幹部分には損傷はない。消耗こそしているものの、武装も失っていない。まだ戦える。


 至龍王はまだブカバルグの空を飛んでいた。


2016/09/13 誤字修正。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ