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第3話 サバ缶勇者、見送る

「サバ缶ゲットだぜヒャッホウ!」


 大和は手にしたサバ缶をトス・キャッチしながら、上機嫌に村長宅の裏手を散策していた。

 この缶詰は、組長の源田に言われたように兵站――要するに補給などをする裏方部隊に配属になり、物資を荷解きして、分別・分配する作業を手伝い、その報酬として受け取ったものだ。もともと山奥で暮らしていたので海魚をあまり食べる機会がなかったために、大和の感覚では海産物の缶詰は無条件で高級品という認識があった。

 召喚された勇者は即戦力であることが望まれているため、大和のような成長途中の中学生は基本的に召喚されないそうだが、召喚されてしまった以上は大和も物資を消費する。勇者としては戦う力も持っていないとカゾリ村側が判断され、何もしない人間に食事を与えることはできないために、“子供のお手伝い”程度の仕事を与えられた。


 何もしないよりはマシ。


 居ないよりはマシ。という難易度だ。

 兵站は傭兵が多く属している部隊で、陣地の見回りに破損個所があれば補修作業、武器弾薬の運搬に補充、生存者の捜索、遺体・遺品の捜索に回収・供養、偵察など、直接戦闘に参加しないほぼ全ての雑務を押し付けられていた。しかし幼過ぎると言う理由で、大和は免除されていた。

 村長を始め大人たちが流石にやらせるべきではないと判断したのだ。勇者の中から「子供にそんなことをやらせるな!」という反感を買わないためでもある。

 大和の手伝う荷解き作業は既に終わり、明日まで自由時間となったので戦利品を玩びながら散策をしていたのだ。

 日課であり、最早習慣といえるほど染着いている剣の鍛錬の為のある程度開けた人目に付きにくい場所と、走り込みをするコースの選定を無意識に行っていた。剣の鍛錬場は村長宅の裏手の空き地が手頃であり、走り込みの方は村の中を周回することで距離を満たすことにした。

 半日ほどを費やし、カゾリ村を散策した成果だった。

 時刻はすでに夕暮れ時で、丁度良い感じで沈みゆく夕日が見える。


 夕焼けがとても奇麗だった。


 初めて夕日を奇麗だと思った。

 分校に通っていた時の大和にとっては、夕暮れというのは帰宅のタイムリミットだった。日が暮れるまでに帰らなければ命を落とす確率が跳ね上がってしまうのだ、美醜よりも畏怖の対象だった。

 陽の朱さが危機感を煽り、帰巣本能を掻き立てた。だがここではそんな心配はない。即座に帰れる距離に塒が有るのだ。習慣的に逸り出した心を諌めると、征服感が心を満たす。

 そして、心に余裕が出来ると、漸く美醜という感性が頭を擡げたのだ。

 異世界とはいえ、山麓へと沈んでいく雄大さを感じさせる夕日。

 

「この赤い陽は勇者様の血の色なのでしょうか」


 突然声をかけられてことに少々驚いてしまったが、大和は動揺を隠して答える。

 誰かが居ることには気付いていたが、まさかこんな言葉が掛けられるとは想像していなかった。


「そう見えるってことは、そうなんだろう」


 少なくともこの村の人間でそう見えないのであれば、大和は手を振り払って逃げ出したであろう。自分たちの生存権を守るために、自分たちが生き残るために、大和たち“勇者”を召喚し代わりに血を流させているのだ、その程度の罪悪感すら持ち合わせないようなら、とてもじゃないが守る価値がない。

 同じ人間とは思えなくなってしまう。

 そんな奴らの為に血を流すのは御免だ。もっとも、現在の状況下で大和が血を流す可能性というのは、完全に負け戦で、良くて詰みの一歩手前。


――村長とかが食われそうになるのの盾になって食われるってイメージしか湧かないんだよな。


 裏を返せば、盾になって一手稼ぐだけの覚悟はあった。


「しかし、飛竜種か。どうやったらあんなもの倒せるんだ?」

「・・・それは、勇者様方の特異なお力でとしか・・・あっ・・・」


 言葉にするつもりはなかったが、口を突いて出てしまったようだ。

 ある意味で失言だったと思い、誤魔化すために振り返る。


「イワシの蒲焼缶食べる?」


 取り敢えず食い物で口を塞げば、失言もしないだろうと思い、ポケットに忍ばせておいた大和の今日の晩御飯のおかずを取り出す。余分にサバ缶を貰ったから、イワシの蒲焼缶を失っても食べる物はあるのだ。余裕が有るとはこんなにも素晴らしい事なのだ。

 そこに居たのは、あの少女だった。だが笑顔は無く、バツの悪そうな顔だった。

 夢の中の、光の中で見た青い髪の少女。鈴の音のような声の少女。夕日に照らされ髪は暗い紫色になっていたが、見間違えようはなかった。

 ただ表情が暗い。それが大和には気に入らなかった。


「すみません、その、今はあまり食欲がないので・・・」


 ベジタリアンというわけではなさそうだが、多分勇者の死に様を何度かは見たのだろう。


「そうかカニ缶もあったからそっちを貰ってこれば良かったか。だがあれは高級の缶詰だからな、手に取るのさえためらってしまった。普通にスーパーで買おうとしてもサバ缶の五倍以上の値段だからな。特級クラスのカニ缶は三十倍したからな、大衆向けのスーパーで買う顧客がいるのか疑問に思ったぐらいだ」

「そんなにする物なのですか?」

「上も下も探せば際限ないのが世の常だからな」


 やはりこういう田舎暮らしの少女には未知の世界の、未知の価値観であったらしい。

 興味を引くことに成功し、感心して両腕で胸を抱くようにして、右拳を口に当て感心している。仕草はとても可愛かった、が。


――そんな! 寄せても谷ができないなんて!


 堪えるだけの余力もなく力の抜けた膝を着く。


「そんな高級なモノなら、生身で頑張っていてくださる男組のゲンダ様などにお渡しするべきでは? ・・・あの、どうかされましたか?」

「ああ、いや。うん、それは大丈夫。高そうな外国製のチョウザメの卵とニシンの缶詰あげといたから」

「チョウザメの卵と申しますと、キャビアと言う物でしたか? 私も一度だけ頂いたことがありますが、思いの外塩辛くてビックリした覚えがあります。それよりもニシンの方が興味あります」

「俺も食べたことないけど、旨いらしいよ。ただ独特の匂いが強烈で癖があるから万人受けはしないって聞いてる」

「へー、一度挑戦してみるのも面白いでしょうね」

「防護服無いと危険らしいな」

「・・・食べ物ですよね?」

「・・・食べれる兵器と言った方がむしろ正しい」

「何ですか? それ」


 大和の変な言い回しに堪え切れずに噴出して、コロコロと楽しそうに笑う。屈託のない笑顔がそこにあった。


「ジオルトは色々不思議な物が溢れているのですね」


――ジオルト? 下界とか庶民ってことか? それとも逆に都会って意味か?


 そしてそんな疑問よりも、大和の中にある何かが、全身全霊を持って今の少女の笑顔を褒めろと訴えかけてくる。

 今褒めなければ一生後悔するだろうと言う直感がよぎり、咄嗟に口をついてしまう。


「でも、まぁ。やっぱり・・・女の子は笑っている方が・・・」


 だが、怒り任せに放った言葉や、少しふざけた言葉なら存外簡単に舌から滑り落ちるのに、素直に女性を褒めるための台詞はどうも潤滑油が足りないらしい。

 若干、声が裏返ったりしてみっともないと自身で恥じて負の連鎖に陥る。

 続きの言葉が出ないばかりか、思いっきり赤面していることが分かる程に、顔が熱くなっている。


「・・・続きの言葉を、聞いてみたいです」


 逃げ場はなくなった。強かにも先回りで設置された爆薬で、粉微塵に粉砕されてしまった。

 もはや腹をくくるしかなく、顔から火が出る思いで言葉を続ける。


「か・・・可愛いと・・・思い・・・ます」


「ありがとうございます。とっても・・・うれしいです」


 二人とも顔を真っ赤に染め俯いてしまう。

 大和は内心、迂闊に歯が浮くような言葉は、やっぱり言うべきではなかったと後悔した。まるで発泡スチロールに噛り付いた感覚ともいうのだろうか、歯の根が不安定になるような不快感が口に残った。

 だがしかし、それでも本来の目的は達せたのだから構わないだろうという気持ちにもなる。


――そもそも俺は彼女の笑顔が守りたくて召喚に応じたはずだ。戦う力の有る無しなんて端っから関係ないんだ。俺じゃ、飛竜種から彼女の生命を守ることはできないのかもしれないが、それはできる奴がやればいい。できる事をやればいい。俺がするべきことは、例え道化と言われようとも、彼女の笑顔を守ることだ・・・、あれ?


 名前を知らないことに、今更気づいた。


「そういえば名前なんて言うの?」


 脈絡のない唐突な質問に、少女も一瞬だけ驚きを顔に張り付ける。

 彼女にとって、数多くいる“勇者”の顔と名前など、覚える必要もなかったのだ。勇者の死亡率の高さからすぐに入れ替わってしまうので、今日見た顔が明日も壮健で見られる保証などない。下手に覚えようものなら、失ってしまう恐怖に苛まれることになるため、精神衛生的にも不要な情報だと判断され、村長たちの手によって極力遠ざけられていた。それでも男組や女組の組長と僅かな有力者くらいになれば、重要度の高さから名前を把握していた。

 それ以外の者については、取り入ろうとする魂胆が見え透いていた者達ばかりだったので、名を教えられても覚えないようにしていた。

 だが、少女はこの役立たずと呼ばれた少年に興味があったのだ。

 カオスマターを持たずに今朝方召喚された子供で、今まで召喚された勇者と比べあまりにも異質に感じた。そしてそれを上回る親近感とでもいうのか、この勇者は信じられる、最後まで自分の味方になってくれるという予感があった。

 他の勇者と比べて、より年が近いからだろうか。

 だからどんな人物か、存在なのか興味を持った。

 そして少女の名前については、大和は知っているべき情報のはずであったが、役立たずと評価された段階で重鎮たちが興味を失い、必要性すらないと感じたために説明はされていなかった。

 恐らく取り立てて教える必要性もなく、カゾリ村で生活していれば自ずと知る情報なので手間を惜しんだのだろう。


「フォノ・・・メアローと申します。このカゾリ村で召喚の巫女を仰せつかっております。私も勇者様のお名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」

「影崎大和だ。役立たずだが暇つぶしの相手くらいはできる、と思う」

「はい。よろしくお願いしたします。ヤマト様」


 二人は互いに微笑み合い、その背後で今日の太陽はその役目を終え姿を消した。

 今の季節は、夜に成ったからと言って急激に冷え込むことはないのだが、嫌な寒気がした。街灯も満足にないこのカゾリ村では早々に家に帰った方がよさそうだ。それになんだか嫌な予感が、どんどん強くなってきていた。


――ユーデントめ、適当言ってないか? 今日は安全なはずなんだよな? もの凄く嫌な予感がするぞ。


 大和はこの手の直感に従うことにしていた、散々悩んだ挙句の答えよりも正解に近い場合が多いからだ。


「さて、そろそろ帰ろうか」


 そう言い放ち、大和はさっさと歩き出す。手を繋ぐことも隣に並ぶことすらしない。嫌な予感を感じていることはおくびにも出さない。ただフォノの三歩前という位置を保ち、村長宅へ向かって歩いて行く。

 辺りを照らしている家々の灯が、温もりを感じるほどの距離にまで近づくと、妙に慌ただしく人が行き来している様子を目にする。ピリピリと頬が引きつる感じがした。


「何かあったのでしょうか?」


 不安の色が含まれた声を掛けられ、大和は相当不味いことになっていることを確信した。


「手負いの飛竜種が近くに来ているらしい」


 微かに聞こえてくる言葉を繋ぎ合わせると、先日追い払った個体が舞い戻ってきているようだ。理由はこの際どうでも良かったが、男組のボケナス共は二日酔いが酷くまともに戦えそうな人間は居なかった。


「もう酒を与えるのはやめた方が良いんじゃないか? あのろくでなし共肝心な所で役に立ちやしねぇ!」


 生きて明日を迎えることができればという前提は、フォノには話さない。不安がらせるだけで何の利点もないからだ。


「とにかく安全な場所に避難した方が良い。防空壕みたいな場所はないのか?」

「はい。こちらです」


 今度は逆にフォノの先導で、大和は背後を気にしながら村を駆けていく。いくら背後を気にしても飛竜種相手には気休めにもならないが、性分の様なものだ。


「巫女様! こちらに!」


 フォノの存在に気付いた村人が、駆け寄りその身を守るように群がったので、大和はお役御免となり辺りを見回した。

 飛竜種の姿は見えないが、嫌な予感というのは強く感じる。


――まずいな。もう最後の時を覚悟しないとダメか?


 男組は二日酔いで戦力として期待できない。女組は男組のランチキっぷりに嫌気が差しているほどだから、二日酔いで機能しないなんてことはないだろう。しかし女組長――良いおっぱいのお姉さんもかなり強いらしいが、女組は百人足らずで男組の半分もいないのだ、どの程度の戦闘ができるかは分からなかった。

 だが、大和は知らなかったのだ。前回襲い掛かってきた飛竜種六頭の討伐の内訳を。

 源田仲利を初めとする男組で一頭を討伐した。女組長が一頭討伐したと言う話は聞いていたが・・・。

 残りは、男組総出でもう一頭に手傷を負わせて追い払った。

 女組の一人が組長の補助もあり一頭を討伐し、さらに女組で二頭に重傷を負わせ追い払っていたのだ。

 そしてその理由が分かる。


「女組が出る道を開けろ!」

「退け退け! 死にたいのか!」


 慌ただしく人が行き交い、女組の集落が騒がしくなってくる。大体の位置は把握していたが、女組の集落を覗いたわけではないので、どの程度の規模であるとかどんな装備があるとかは知らなかった。


――なんだ?


 訝しむ大和の目に巨大な人影が写り込んだ。その数三つ。


『女組! 荻原小隊出るぞ!』


 拡声器を通した声が辺りを振るわせる。

 人の十倍はありそうな巨体が起き上がり、身の程もある巨大な剣を携えていた。

 無骨ではあるが、人型を元にした西洋甲冑に通じる造形の装甲を纏う。


――巨大ロボットなのか! 勝てる! 勝てるぞ!


 大和は感動に身を震わせていた。確かにこれなら飛竜種を一刀両断できる。

 巨大ロボットはその巨躯を震わせて走り出す。地震とも思えるほどの振動だが、大和は構わずに見送った。


 そして、十分もしない内に討伐完了の知らせが入る。

 いとも簡単に村の平和は守られたのだった。


2016/09/04 誤字修正。『戦闘中の前線に出現したというレアケースのためか』が本来知り得ない情報であるため、文を削除しました。

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