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第31話 都合のいい言い分

 喫茶店で軽食を食べながら、興奮しきったウェイトレスの少女に喋り続けられて、二時間程の時間が過ぎていた。殆ど相槌を打つ役回りだったが、大和は異様な疲労感に襲われていた。

 夕暮れ時に差し掛かかり、仕事帰りで一服していくサラリーマン風の男や、ここで夕食を済まそうと考えている若者の数が増えてきたので、大和は支払いを済ませて店を出た。

 幸い資金が足りないこともなく、チップ文化もないとのことだった。

 大和は再び公園に戻り、腹ごなしも兼ねてプラプラと歩きながら喫茶店で得た情報を反芻する。

 手に入れた有益な情報は、日本に帰れる可能性があるということ。ただし、それが一般に認知されている公共交通機関のように誰でも気軽に扱える物ではなく、極一部の英雄のみが可能だったと言う噂。つまり軍事機密のような扱いで情報が管理されているということ。

 ウェイトレスはその方法に全く心当たりはなさそうで、影崎大造が日本に帰ったという話を「異世界に帰れるなんて、やっぱり英雄はすごい」と言う認識しか持っていなかった。

 カゾリ村ではその方法がなく、食事と寝床の世話をして貰っている代わりに、村を守るために戦っている。不義理かもしれないが、帰れるなら帰りたいと思う奴もいるだろう。


――特に莉緒は愛車と離ればなれになっているのが相当堪えているみたいだからな・・・喜ぶぞ。


 良い土産話ができたと心が弾む。

 しかし、そこではたと喜悦が陰る。

 今そのことを伝えることに、どれほどのメリットがあるのかと言うのだろう。帰った人間がいるというだけで、帰る方法はまだ分からない。糠喜びも良い所だ。


――まだ、ダメか。ちゃんとした手段を見つけないと、伝える意味がない。


 ただ帰れるかもしれないという無用の希望を与えて、焦燥を狩りたてさせるだけだ。逆に落胆させたり悲しませたりしてしまうだけならまだしも、無茶な行動を誘発させてしまうかもしれない。それでは意味がない。

 一歩進んだことは実感した。しかし、まだ足りない、届かない。

 もっと情報がいる。

 そして、多分コネもいる。


――あのお姫様の人体実験の交換条件に後ろ盾になってもらうしかないよな。・・・そんな交渉が俺にできるか?


 出来る出来ないの話ではなく、するしかないと思い直す。

 大和自身もフォノを失った以上、この世界に留まる理由もなくなってしまった。

 この世界で何かを成すという動機もないのだ。強いて上げるならば、男組と女組の為に帰る方法を言うのを探し出すのも悪くないと思い始めたぐらいか。帰りたいと言い出す人間が居ないはずはないのだ、ただその方法があることを知らないために、我慢して口を噤んでいるはず。だからそういう人達の、役に立ちたい。

 役立たずのままでは終われないと、強く思ったのだ。




 その日の夕食は、スティルと差し向かいで取ることになった。

 場所は帝都の皇帝の居城の一角になる、第三皇女の私室の一つだ。大きな客間で皇帝やらに紹介されつつ、気まずい食事になるかと思いきや、そんな大事にはならなかった。部屋の調度品は高級そうなものがそこはかとなく安置されている感じで、派手派手しいくどさがないため落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 スティルは更に服を着替えて、今はイブニングドレス風の部屋着で食事をしていた。白い肌と落ち着いた藍のドレス(風の服)のコントラストが眩しく、さらには彼女の金色の髪をより鮮やかに引き立てている。


「カゾリ村との交渉で多忙に付きますから、姫様はこうして私室で食事なさることが多いのですよ」


 イノンドがメイド服に着替えて給仕をしながら補足説明を耳打ちしてくれる。

 立食会でもないため食事しながら会話と言うのは行儀が悪いとのことで、ほとんど人の声はない。時折、ナイフやフォークが皿に当たる音が聞こえる程度の、厳かな食事だった。


――まぁこういう食事も悪くない。


 大和は一人暮らしが長い為に、食事中の会話と言う物の経験があまりなく、一人で黙々と食べる方が性に合っていた。

 出された食事も、前菜のサラダにスープ、白身魚のムニエルと・・・ちょっとしたコース料理というもので、思わず舌鼓を打つ。普段が質素な食生活だった大和にとって、コース料理など一年に一度食べる機会があればいい方だ。飲み物は流石にワインではなく、ブドウ果汁を入れた炭酸水が出されていた。

 背筋をピンと伸ばし、教本の様な姿勢と所作で食事をしていたスティルが、ふと夕刻のことを思い出したのか、いじめっ子の様にニヤリとした笑みを作る。


「しかしな、貴様。啜り泣くのはやめよ、気持ち悪いぞ」

「えっ? それを今言う?」

「無様だったな」

「ええ、見てくれも酷い有様で、まるで道化師みたいでした」


 テーブルマナーが死んだ。

 実は夕食前に、持ち帰ったフォノの髪を供養してきたのだ。その際に流石に藍染デニム風の上下で参列するのは憚られたので、喪服を急遽仕立てたのだが、若干仕立て直しが甘かったことと顔立ちに似合わない装いだったため、馬子にも衣裳と笑われたのだ。その上に、供養の最中に思わず涙があふれてしまったために今更のようにからかわれだした。

 若干赤かった大和の目に、潤みが増す。


「おい、テーブルマナーはないのか? そうやって食事中に指さして笑うのがこの国のマナーかよ!」

「この夕食の席においては姫様がマナーです」


 つまりステルンべルギアのみ、何をやっても許される。


「横暴じゃねーか!」

「当たり前だ。何故貴様と一緒に食事していると思っているんだ?」


 いきなりそんな風に話を振られても、特に思い当たる節はない。

 確かにスティルのことは奇麗で美人で細身だが均整の取れたスタイルは美しいと思うが、流石に惚れた腫れたの感情は湧かない。そもそも出会いからして、いきなり命のやり取りを強要されたのだ、それで惚れるなど筋金入りのドМでもない限りあり得ない。


――こっちは全裸だったしな・・・。


 スティルの瞳が期待しているような輝きを宿しているが、それに応える義理はない。


「忙しいからだろう?」

「・・・・・・はぁ、・・・つまらん男だな貴様は。そこはほれ『この女は俺に惚れているから二人っきりで夕食を取りたがったんだ』とか『隣は寝室だからこの後、むふふ』とか妄想に浸ったらどうだ?」

「そんな妄想に浸る趣味はねーよ。つーか、そんな妄想に浸らせたいなら、この頭のレーザーポインター消してくれないか?」


 スティルは大和の言葉に「ほう」と驚きの吐息を漏らす。見えていないはずなのだが、感付いていたようだ。イノンド以外にもこの部屋には護衛がいるらしく、大和の命は完全に掌握された状態だったのだ。

 一国のお姫様が何所の馬の骨とも知れない男と食事をとって、間違いでも起こされたらたまったものではないから、仕方のない処置だとは思うが、肝が冷えると言いうより純粋に飯が不味くなるからやめて欲しい。


「今の貴様は、城には居ないはずの客人だからな。そうだな、平たく言って犬猫を拾って自室で飯を与えている状況か? 召喚勇者をホイホイと公の場に出すわけにはいかんのだよ。いろいろと面倒が増えるのでな」

「犬猫の様に床で食べさせられず、食卓に着くことを許されていることを感謝すべきです」


 イノンドがややずれたコメントをするが、そう言うことらしい。

 影崎大和をステルンべルギアが匿っていること自体は大した問題ではなく、影崎大和が召喚勇者であると知られる方が問題なのだ。今この状況は、気まぐれで我儘放題のお姫様が、何かしら気に入る所の有った平民を囲ったと思われた方が良いと判断してのことだ。


「・・・まぁ、本心を言えば感謝しているのだ、貴様にはな」


 スティルの声が急に真面目ぶった声音で畏まる。ほっと安堵のため息も漏れている。

 恐らく、今まで準備してもできなかった人体実験とやらの被検体が確保できたことで、ようやく試験に入れるという安堵からのものだろう。


「あの夜以来毎日のように腸詰を食わされてな、ほとほと飽きが来ていたのだよ。しかもイノンドのセクハラが酷くてな。この不忠義者の教育係に弄られる毎日から解放されたのだからな」

「・・・・・・・・・・・・腸詰?」

「お手頃な大きさの物をそろえるのに苦労いたしました」

「昨日の昼食も、時間がないということで腸詰のパンばさみ?」

「姫様、ホットドッグにございます」

「ふむ、そのほっとどっぐという物を、移動中に腹に詰め込むようなありさまだった」


 帝国のお姫様は時間がなければホットドッグで腹を満たすのか、そこら辺の労働者階級の者たちと同じだなと思ったが、その感想がずれている事に気付く。二人の顔に下卑た色を見付けたからだ。


「流石にイノンドも、共食いさせるのは気が引けたらしいな、はっはっはっ! むしろ共食いさせるべきだったか? 手のひらサイズをな!」

「おお・・・姫様。なんとお優しい・・・、実際は親指サイズでしたよね」

「やかましいわお前らぁ!」


 涙声の絶叫が響いた。




 その後もからかわれながら夕食の時間が過ぎ去り、食後のコーヒーを飲み干すと、スティルは改めて真顔に戻った。

 お澄ましした時の顔は、本当に美術品の様に奇麗だと思う。完全に喋ると駄目なタイプだ。


「・・・食事も済んだ。それでは、最後に貴様に面会したいという人物に引き合わせる。私には斯様な態度も許したが、無礼を働けば命はない物と思え」


 スティルはそう言い放ち、初対面で浴びせてきた時の何倍もの殺気を叩き付けてきた。

 ゾクリと背筋が凍る思いがする。流石にこれは今までのようなおふざけではないと大和は身構える。


――国王陛下・・・いや皇帝陛下に謁見でもするのか・・・? 『お父様! 私この方と結婚しま・・・』って毒されすぎだろ俺ぇ!!


 散々、いかがわしい妄想をするのが健全な男児であると講釈を垂れられ過ぎたようだ。完全に悪い方に影響されている。


――まぁ、しない訳じゃないけど。


「付いて参れ」


 スティルが先頭を切って歩き出し、大和がその背を追うと、さらにその後ろからイノンドが付き従ってきた。


――前から後ろからって、これ完全にこっちの自由ないよね。まぁ、俺が実はよその国の間者で皇帝の命狙ってるとか、そう言う可能性も考慮してるんだろうからな。


 これも仕方のない措置なのだろう。この帝国の城においても大和は異物なのだ。それを排除可能な者が前後で挟んで行動を制限するのは至極当然のような気がした。

 ある程度進むと、城内の雰囲気が一変する。

 二重のガラス戸に遮られた通路を過ぎると、完全にそこは病棟と言った雰囲気になったのだった。


――すごいな、城の中に病院があるのか・・・。


 時折、白衣を着た女性と擦れ違いながらも目的の部屋――病室に辿り着く。道中の看護師たちの最敬礼を見て、大和は改めてスティルがこの国のお姫様であると再認識した。

 ノックをしてスティルが来訪を告げると、即座に返事が返ってくる。

 その微かに大和の耳にも届いた声に、膝が崩れそうになった。扉をくぐるのに勇気が、覚悟がいる。折角食べた旨い夕食を戻しそうなほど、心象が乱れ内臓ごと掻き廻された。


「私の親友だ。粗相が有れば・・・分かっているな?」


 そう言ってスティルは、大和にも入室を許した。

 病室に入れば、そこには予想通りの、できる事ならば外れて欲しかったが、予想通り過ぎる人物がベッドに横たわり、上体だけ起こしていた。僅かなやつれと、覇気のなさが痛々しかったが、その美しい青い髪は健在であった。


「フォノ・メアロー・・・なんで・・・」

「・・・初めまして勇者様。私は召喚の巫女を務めていた、フォノ・ミヤコ・メアローと申します。・・・・・・あの、お名前を頂戴してもよろしいですか?」

「影崎・・・大和・・・です」


 ミヤコと名乗ったということは385つまり、オリジナルのフォノのクローン385体目ということになる。スティルがミヤヤのことを“親友の親族”と称したことで恐らくこうなるのではと思ったが、目をそらしてきたのだ。


「この度は私たちの諍いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 ミヤコは丁寧な謝辞と共に、深く頭を下げる。

 その姿を目にし、大和は腸が煮えくり返る思いをした。無意識に眉間にしわが寄る。今日は散々泣いたのに、また目尻が熱くなるのを感じる。まっすぐミヤコを見ることが困難になっていく。


「・・・貴女が謝る事ではないでしょう」

「・・・そうかもしれません。でも謝らねばならないのですよ。私が勇者を召喚する力を持って生まれてしまったことが、そもそもの原因なのですから」

「でも、それでも。俺は望んでこの世界に来たはずなんだ! なのに何の役にも立ってない! 謝って貰えるほどのことをしていない」


 もっとしっかりしていれば、フォノ・ミヤヤを守れたかもしれな。いや、そこに及ばずとも、せめて、最期くらいは看取ってやれたかもしれない。役立たずと言われたように、自分にはそれすらできなかった。


「お優しいのですね。ですが彼方は望んでこの世界に来てなどいませんよ。カゾリ村の勇者召喚はこの世界の為を思い望むものを呼ぶのではありません。自分の生まれた世界、そこに居場所を感じられない人間を攫ってくるだけです。召喚勇者などと持て囃してはいますが、何のことはないただの誘拐ですよ」

「そうだ。それが我々の出した結論だ。数人の勇者を召喚するだけなら、自衛の為を目を瞑ってきたのだがな、ニタムはやり過ぎた。最早国際的な異世界人拉致事件の容疑者として指名手配されることになった。もともと私はそれを告げに行く予定だったのだよ」


 だが、ミヤコもスティルも譲らない。

 今のカゾリ村の異世界からの召喚は、自分の故郷に居場所がないと考えている人間でないと召喚できないらしい。居場所がないと思うことで、世界との繋がりが剥離し、それを無理やり呼び込むのだという。そう言われてしまうと納得してしまいそうになる。

 大和自身は中学のクラスで孤立し、非常に居心地の悪い生活をしていた。召喚勇者で大和の知っている面々の顔を思い浮かべれば、なるほど、それなりに問題を抱えているような人物ばかりだ。

 でも、人間なら誰しもそうなんじゃないのだろうか。

 そういう悩みの一つや二つ誰しも持っている物だろう。

 ミヤコは自分の故郷を、忌むべきものとすら見ている。確かにクローニングで、自分が誰かの複製であると知ってしまうのはどんな気持ちなんだろう。そして、それ故に、彼女の主観では人攫いに加担させられていたのだ、思うことはあるのだろう。


「村の連中は帝国のせいで戦わなくちゃならなくなったって言ってるぞ。そもそも放って置けばこんなことにならなかったんじゃないのかよ。今までそうしていたなら、これからもそうしていれば良かっただろうが」

「確かにそうだ。だがそれは連中の言い分だ。連中に都合のいい言い分だ。悪の帝国に平穏が脅かされている。確かにそうだ連中の主観ではな。だが、それだけでは足りないと分かっているのだろう? 私の考えも行動も、帝国の言い分だ。帝国に都合のいい言い分だ。両方を知って、後はお前が判断しろ。自分で決めるんだヤマト」

「現在の国際法。国家間の条約。世界宗教の教義など、様々な決め事と照らし合わせると・・・。いいえ、照らし合わせるまでもなくカゾリ村は罰せられるだけの罪を犯してしまったのです。償いはしなければなりません。だから私は彼方に一言謝りたかった。私たちの我儘で、あなたの人生を滅茶苦茶にしてしまったのですから・・・」


 思い返すまでもなく、カゾリ村の生活は一言で言えば苦痛だった。

 何をしても認められない。不潔で不快で、飯もコンビニ弁当ばかり。不意な飛竜種や妖魔の襲撃で、親しくなった人もあっさりと命を落としていく。それでも、親しくなった人たちがいるから、我慢できたし頑張ってこられた。

 なのに、どうしてこうなった。

 必死に頑張ってきたはずだ。誰しも歯を食いしばって生にしがみ付いていた。

 だがそれは、そうすることでカゾリ村の犯罪に、利用されていると言われる協力していると言われる。

なにも報われず、ただ失うばかりで蚊帳の外だ。

 結局ここでも、大和は自分の居場所を失った。


2016/09/11 誤字修正。

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