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第30話 英雄語

 その日の午後、大和は数枚の紙幣を握らされて、知らない町のメインストリートに置き去りにされた。


「夕食時には迎えに来ますので、適当に見て回ってください。あと休憩にはあちらの喫茶店がお勧めです」


 ここまで送り届けてくれたイノンドはそれだけ告げ、GPSのような現在位置が分かる端末を手渡すと、仕事が溜まっているのだろうか、そそくさと来た道を戻っていってしまった。

 そして大和はようやく、外国の――しかも異世界の都会に独りぼっちと言う過酷なミッションが、強制的に始まったことを知る。

 辺りは欧州のような街並みで、立ち並ぶ家々は平均して三階建て程度に収められており、大体一階は何かしらの商店になっていた。皆似たような屋根をしており統一感がある反面、小さい看板やショーウインドウを覗かなければ何屋かわからないと言う、日本にはない不便さと風情が有った。地面も歩道が石畳で、車道が舗装路となっているようだった。

 大きな噴水のある公園を中心に十字に道路が伸び、北へ向かう道が皇帝の居城へと繋がっているようだ。東西へ延びる道は、商業区や歓楽街となり都市間を結ぶ街道となっており、かつての栄華を窺い知れる。

 南方に伸びる道は港へ繋がり、そこは摩天楼のように近代的なビルディングが立ち並ぶ、今の帝都の中心街だった。つまりこの辺りは旧市街地で、栄華の面影を偲ぶ観光地として機能しているようだ。

 取り敢えず中央にある公園を散策する。

 はっきり言って無駄に広い、日本では到底考えられない規模だ。

 石畳の通路の脇には甘い菓子を売る売店が出ていたり、芝生が生い茂っている場所でボールを追いかけまわし遊んでいる子供がいたりする。他にも犬の散歩をしている男性や、木陰で風流に読書をしている女性と実に平穏な公園風景だった。


――これを見て、悪の帝国とか言い出したら笑われるどころか、頭のおかしい人に見られかねないぞ? ニタム村長は大丈夫か?


 多分大丈夫ではないのだろう。偏執的な妄執的な何かに憑りつかれているとしか思えなくなってくる。


――まぁ、あれだ。一般人はふつーの人ばっかだけど、軍隊や政府だけが支配したがっている可能性はあるか。


 これが帝国。こういう面もあるのだと心に留めておく。

 当然だ。今見えている景色は全て帝国のモノだが、今見えている景色が帝国の全てであるわけがない。

 憩いの広場としてしっかりと機能している公園を足早に通り抜ける人の姿もあった。恐らく仕事中と思われるサラリーマン風の男性が、時間を気にしながら公園を突っ切る。徒歩の場合は公園を通り抜けられるためさほど不便に感じないが、乗用車で乗り入れはできないようで、この公園の外周がロータリーになっており大きく迂回しないといけなく、交通の便は悪く見える。

 ふと大和は違和を感じた。

 そしてすぐその正体に気付く。

 背筋が凍りつくような悪寒が、心を蝕んでいくような感覚に陥る。

 子供たちの遊ぶ声、主婦らしき人たちの雑談、遠くから流れる弾き語りの歌、屋台菓子屋とお客のやり取りとどれをとっても、一言も理解できないことに気が付いたからだ。

 イントネーション自体は英語とか欧州系の言語のような感じだが、聞き取れる単語すらない。


――え?


 不安に駆られ、公園から外に出て、辺りの商店の看板を流し見したり、店員の声に耳を傾けるが一切理解できなかった。

 本当に独りぼっちになった気がした。黒い沼のような不安が腰のあたりに絡みついてくる錯覚、広々とした大草原にて人影はなくただ羊の群れに囲まれたような感覚。

 ふっと孤独を悟る感覚は、何度体験しても慣れない。


――なんでだ? 今までは何の不都合もなく会話できてたじゃないか? どうして? くそっ!


 異世界に召喚された際に翻訳魔法でも掛けられていて、それの効果時間でも切れたのだろうか?

 もしくは翻訳魔法を使える人間が側に居ないから分からなくなったのだろうか?


――いやいや、一旦冷静になれよ影崎大和。もっと素直に考えて・・・、ふつーに知らない言葉ってだけじゃないのか? カゾリ村の勇者は殆ど日本人だったから、通じて当たり前だろうし、スティルの名前も全く読めなかったけど、あいつは日本語の読み書きができたじゃないか。つまり、少数ながら日本語が通じる人間がいるってことだ。それがどのくらいの規模か分からんのが痛いが。超マイナーだったら拙いな。ん? これってやばくね? 警官に職質されたら捕まるんじゃないか? ある意味で俺は密入国者なわけだし。パスポートみたいな身分証明もないし・・・。


 第一民族が違うので顔の造りが違うし、アインラオ帝国の母国語を話せないのでは釈明もできないだろう。流暢に母国語を駆使出来れば、パスポートを持っていないことも何とか誤魔化せたかもしれないのに。

 第三皇女に連れられてきましたと言った所で信じては貰えないだろう。

 日本ではどうだろうか、見るからに怪しい外国人が「日本人はみんな俺の友達ネー、パスポートなんかないネー」と言ったら、即座に入国管理局へ身柄引き渡しになるような気がする。


――ヤバイ、変な風に緊張してきた。


 焦燥が咽喉から水分を奪っていく。ヒリ付くような痛みを感じだした咽喉を抑える。


――のど乾いたな、なんか飲むものないか? 自販機は・・・ないか・・・。


 日本のように公園の片隅に何の気なしに鎮座しているようなことはない。やはり日本が特異なようだ。

 イノンドに渡された紙幣を見れば、結構な桁が印字されていた。恐らくこの世界も十進数――フォノもニタム村長もユーデントもスティルもイノンドも両手の指の合計は十本だった――で社会が成り立っているはずだから、この下の桁の数字が“0”なのだろう。最初の文字の形が違うので“1”か“2”か“5”と言った所だろうが、それはおいおい判明するだろう。


――多分間違いはないだろうが・・・。紙幣の桁より少ない物なら購入はできるはず、チップ制度? 知らん!


 大和は意を決し、イノンドが勧めた喫茶店に行くことにした。

 精々平静を装い改めて歩き出すが、妙にぎこちない動きになって、手足が一緒に出そうになってしまう。

 凄く周りから注視されているような気になるが、気のせいだと言い聞かせどうにか喫茶店に辿り着く。そして看板を見上げて、ホッと安堵した後に驚愕と苦悶に表情が歪んだ。

 欧州のように、複数の言語が同じ大陸の中でひしめき合っている場合、喫茶店のような店の店員は話せる言語の国の旗を記している場合があると噂に聞いていた。だからここでもそういう可能性を期待したのだ。

 しかし看板には、見たことのない国旗が数個記してあるのに混じって、日の丸を見つけてしまったことに動揺は隠せなかった。確かにあると良いなとは思ったが、本当にあるとは思っていなかった。日本の国旗は単純な構図で、使っている色も決して珍しい物ではない、偶然の一致の可能性を捨てきれなかった。しかしイノンドが勧めた店だ、言葉が通じることを知っていた可能性に期待する。


「ごめんくださーい」

「びるこめん、・・・いらはい」


 大和の入店に合わせ、店長らしき人が威勢良く声をかけるが、やっぱり何と言っているかよく分からなかったが、続いた言葉でさらに困惑することになった。帝国の母国語を、響きが近いという理由で無理矢理日本語に変換してしまった可能性を本気で考える。いわゆる、空耳というやつだ。

 店長は自分の最後の言葉に、大和が反応したことをも見落とさなかった。続けてその言語が通じると判断して話しかけたのは、多言語の環境に慣れた人間の対応だろうか。


「席はいいか、カウンター?」


 文法が微妙におかしいこと以外、十分に日本語に聞こえたことで、大和は自分の言葉が通用すると判断した。時間帯が昼過ぎの、昼食を取るために立ち寄った客が掃けた後であるために店内の客はまばらで、一仕事終えた後の気怠い雰囲気が漂っていた。


「コーラ下さい。あと、何か軽く食べる物もお願いします」


 大和は店長に顎で指し示された席に着きながら注文をする。

 メニューを見ずに投げやりな感じの注文だが、嫌な対応はされなかったのでほっと安堵する。


「食べる、何?」

「メニューはよく分からないので、お手頃価格な物をお願いします」


 まずないと思うが、適当に頼み過ぎて超高級食材なんぞ出された日には資金が消し飛ぶどころか足が出るかもしれない。そこからの通報・逮捕コースはご勘弁願いたいので低料金おまかせコースを依頼する。ちらっと見た小さなカウンター上のメニューにはアイスコーヒーのようなモノが写っており、その価格と思われる数字は、持っている紙幣よりも二ケタ少なかったからよほど無茶な頼み方をしない限りは大丈夫だろう。


「した。おまたせ」


 そう言って瓶のままのコーラと、スコーンと呼んでいいのかよく分からないパン的な物と、スライスされたハムとチーズが数枚の軽食を運んできたのは、バイト学生だろうか大和と同世代のウェイトレスだった。注文が入ったので奥で休んでいたところを店長に呼び出された様だった。彼女は愛嬌のある顔付きだったが、比較対象者のレベルが高過ぎたためコメントは差し引かせて頂く。

 その少女が、配膳を終えた後も大和の前から立ち去らずに、腕を組んでまじまじと大和の顔を覗き込んできた。

 大和はやや不審に感じたが、この国の人間の顔付きじゃないし珍しいのだろうと思うことで気にしないようにする。視線が気になってコーラの栓が巧く抜けなかったりするが、それはご愛嬌ということで。


――チップかな? やばいな小銭どころか相場もしらねーぞ?


 と大和の困惑をよそに、少女はもじもじとしつつも意を決して口を開いた。


「話すますね。流暢で英雄語」

「・・・英雄語? ・・・日本語じゃないのか?」

「・・・ニホンゴ? ・・・っ!!」


 何か思い当たったのだろう、少女は慌てて店の奥に駆け込んでいく。

 店長はそんな店員の行動を見て、ああなる程と言った感じで、一人で何か納得している様子だった。

 少女の立てる足音が二階に上がっていき、ガタガタと店の天井を揺らして、その手に古い額縁を持って大和の元へ息せき切らし駆け戻ってきた。

 額縁には年代を感じさせる、すでにセピア色に退色した写真が一枚収まっていた。

 十数人の若者たちが並んでいる写真で、背後にあるものはMSSの足だろうか。戦渦のなかの一時の休息といった感じの写真だった。


「英雄! 終末戦争! 集合写真! 中央公園!」


 少女は興奮してまくしたてる。

 終末戦争の話はカゾリ村でもちらほらと聞いた記憶が有った。大体五十年くらい前に起きた人類が亡ぶかどうかという戦争のことらしい。そして、その戦争にも勇者は召喚されて尽力したとかしないとか。


「お婆ちゃん! これ、似てる!」


 最初に指さした人物は少女の祖母らしい、五・六歳の子供だったが、言われてみれば確かに面影が似ている。そして大和に似ていると言われ指を差した少年は確かによく似ていた。瓜二つと言うほどに似ているが、若干写真の中の少年の方が大人びて見えた。

 そして、それぞれの人物の足元に直筆の氏名が書き加えられている事に気付く。


「なん・・・だと!?」


 見間違え要もない“影崎大造”の文字。筆跡をみてもほぼ間違いないと思えるモノ。顔の偶然の一致はあるかもしれないが、筆跡まで同じ訳はない。間違いない大和の祖父だ。


「爺さんだ・・・と?」


――つまり、爺さんは・・・爺さんもこっちの世界に召喚された過去があるってことだ。そして今日本に居るはずだから、帰っているんだよな? 爺さんは日本で結婚しているはずだし。


 光明が見えた気がした。

 日本に帰れる可能性があるのだ。

 少なくとも、大和の祖父は日本に帰還している。


「爺さん?」

「ああ、多分この人は俺の爺さんだ。名前も一緒だし他人の空似には似過ぎている」

「すごい! すごい! この人、英雄!」


 それから大和は、テンションの上がりまくった少女が延々と話し続けることを聞き続けた。余りの勢いに、完全に腰が引けてしまったが、とても嬉しそうに話をしてくれるので、大和も気持ちが軽くなる。

 少女の話を要約すると、終末戦争を終わらせることになる英雄たちの出立記念写真とのことだった。写真自体は目の前にある中央公園で撮られた物なので、少女の祖母が記念に一枚貰ったのだという。

 そして、その英雄たる人たちが話していた言語。召喚された者は日本人の比率が多かったらしく、日本語がこの世界で英雄たちの言葉として認知されるようになったとか。それで、この喫茶店のような大通りに面した店では日本語――英雄語が通じるように教育するらしい。


「なんで喋れる必要があるんです?」


 という疑問を投げかけながらも、大和はその心理はなんとなく分かる気がした。

 例えば、憧れのスポーツ選手が外国人だった場合、その人の国と国の言葉に興味を持つこともあるだろう。熱心なファンならば、現地でかの国の言葉で応援したいと思うこともあるだろう。

 つまりは、召喚された勇者が、英雄となる者たちが話していた言葉を、一番傍で見ていた人間が真似しだすのは自然の流れだった。

 この国、いや、この世界において、軍人――特に士官以上の者の第二国語に匹敵する地位にあるのが、英雄語と呼ばれる日本語なのである。軍関係者は彼らとのコミュニケーションを円滑に行うため、自ら率先して覚えたそうだ。


――だからスティルやイノンドさんが話せたのか・・・。フォノやカゾリ村の人達も接する機会が多かったから、覚えたんだろうな。


 そして士官たちは、英雄語で話をすることをステータスにするようになる。つまり、流暢な英雄語を話せることが、いっぱしの士官の第一条件になり、街中でも気取って話すようになり、この店のような大通りに面した客商売の店は自然と覚えて行ったそうだ。


――なるほどね。だからイノンドさんはココを勧めたのか。この店なら言葉が通じることも分かっていたんだよな。


 大和はふっと変な緊張が肩から抜けるのを感じた。

 言葉の通じない外国に、一人取り残されたような不安を抱えていたが、言葉が通じるだけでこんなに安心できるとは、思いもよらない事だった。



2016/09/11 誤字修正。

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