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第29話 一路、帝国へ

 大和はスティルから昨夜のあらましを聞いて、頭を抱えた。


――こいつ、馬鹿だ。途方もない馬鹿だ。無駄に自分の命を危険に晒して、そんなことをする義理も道理もないだろうに・・・。


 ほとほと呆れてしまったのだ、余りのお人好し加減に。

 話を聞く限りでは、件のエルフとの戦闘に入ったのは深夜一時ごろ、大和は完全に寝ている時間だった。

 その戦闘に要した時間は、そんなに長くはない。恐らく五分から十分と言った所だろう。

 その後、夜明けまで何をしていたか?

 まず、風通しの良い見晴らしのいい場所まで遺体を運んで、フォノの墓を作り――魔剣で土を耕し柔らかくして鞘の先で掘り出したらしい――埋葬し、河原から墓石代わりに形のいい石を探し積んだ。

 まぁこれは良い。大和でもそれくらいはやるだろう。

 だが、状況的に送り狼だったことが明白な、召喚勇者の不埒者二人の墓も作り弔ったらしい。遺体もフォノの倍近い重さがあり運べなかったので、崩壊した東屋の側に埋めたらしいが、それにしてもとんだ重労働だ。正直な話、大和ならそのまま野晒しにしたかもしれない、見せしめと愚かなことをした罰として。

 カゾリ村で妖魔の死骸を徹底的に処分したのは、死骸を放置すれば腐敗し、悪臭を放つばかりか疫病の温床になりかねないという衛生面での理由からだ。生活圏から遠ければ、妖魔の死骸なぞ誰も処分などしない。野生動物が野垂れ死んでも、わざわざ野山に出向いて死骸を埋葬しないのと一緒だ。いくらこの世界がファンタジーな力に溢れていても、死骸を放置した程度でゾンビにはならない。

 しかし、このお姫様は、いわば敵地と呼べる場所で、徹夜で夜が明けるまでの時間を要して三人分の墓を拵え埋葬した。

 追撃者がいつ来るやも知れない場所で、睡魔と疲労と怒りと後悔に塗れ、ただ黙々と弔って行った。

 人間性が悪でないと思える。性善な人間だと思えた。

 なんとなく口車に乗せられ、人間性に絆されたのだろう、このお姫様の言う“人体実験”は言うほど危険な物ではないような気がしてきた。犬畜生を暖かい水で拷問して、温風に晒してやった的な、わざと悪ぶった言い方のような気がしたのだ。

 だから大和は、カゾリ村に留まるよりも、帝国へ下ることを選択した。

 もっと情報が欲しかったという理由もある。今の大和はカゾリ村の、その中の一部しか見えないし知り得ない。男組も、女組の状況も悪化の一途を辿っている。このままでは全滅の憂き目しか想像できないのだ。この世界のこと、この帝国のこと、あの村のこと、召喚の巫女と召喚勇者。何も知らないのだ。それらを理解するためにも情報が欲しい。

 それに大和にとってフォノ・ミヤヤの死が重く、とても戻れる気にならなかったのだ。

 あの河原から一時間ほど歩いた場所に、スティルの部下が控えていた。移動の足として送迎車を寄越していたのでそれに乗り空港にまで移動し、今は軍用機――小型の兵員輸送機の中で空の旅だ。これで直接、帝都に向かうらしい。

 機内は閑散としており、映画などの降下作戦で少人数の部隊が使うような色気のない作りだった。操縦席の後ろの空間に手洗い位はあるらしいが、居住空間を快適にする類の内装はなく、機内灯も最小限、折り畳み式のベンチが機体の胴に沿って添えつけられているだけだった。小さな窓から外を見れば、片翼に二発づつ搭載されたエンジンが勇ましくプロペラを回転させているが、装甲が厚いのか機内は思ったより騒音が少なかったので会話には困らない。

 元々スティルは、カゾリ村のニタム村長と交渉の為に近くの町にまで来ていたことが幸いし、フォノとの会話の中で失言に気付き、危急の事態だと判断して単身乗り込んだらしい。そんな事をしでかしたので教育係らしい人に延々と小言を言われていたが、余り懲りたようには見受けられない。

 事態の推移から完全に置いてけぼりになっている大和に、軽く謝罪しその時の状況を語りだす。


「すまなかった。まず私に非が有ったと認め謝罪しよう。言い訳が許されるならば、私とて一人の小娘として、ドロドロとした愛憎劇なぞ憧れがあったのだ。我が身に起こることなどあり得ぬと諦めていたからな。一人の殿方を友人と奪い合うなどと言うシチュエーションに、胸が躍ってしまった。それゆえにフォノの言葉を反芻することでようやくあ奴が失態を犯したと気付いたがな、ここでの十分の損失は大きい・・・大きかった」


 それは、大和に許しを請うような懺悔だった。

 教育係の女性が大和の下に訪れ、小声でスティルの言葉を補足する。


「皇族の方々は基本的に物心着く頃には婚約相手が決まります。その為に恋愛感情など邪魔なものは持たないように幼少のころから教育を施されるのです。少し魔がさした、知的好奇心であったとご理解ください」


 じっと冷たい目で見られると、蛇に睨まれた蛙のような気分になる。

 大和は生来この手の雰囲気の女性を苦手としていた。最初にスティルと会った夜に、彼女の護衛として控えていた女性でありイノンドと名乗る。スティル付の教育係兼世話役兼護衛と言った所らしく、今は秘書のようなスーツ姿だった。

 茶色い髪の毛、整ってはいるが美人とは言い難い容姿。身長もやや高めだが見上げるほどではない。スタイルの方も自己主張が弱いが、成長していないという訳ではない。高圧的な女教師という言葉から連想できる女性像から、徹底的に魅力を引いた感じだ。

 派手で美しい美貌の皇女の隣に立っても、邪魔にならない程度に全てが控えめに整っており、添え物として見れば価値のある人選だった。口さがない評価を下せば、何も加えないが何も引かない零点の容姿と言えるのだろう。とかく印象が薄い、その場の雰囲気に合わせた服を着れば、何所に居ても不自然に感じないと思わせる。


「フォノの犯した失態だがな。自分の気持ちを、感情を、村長に話してしまったことだ、そして自分の我を振りかざしてしまったことだ。召喚の巫女を配する村ではフォノなど自我のない神輿で良かったのだ。それが抑えきれなかったのだろうな、結果として村長に処分を決断させてしまった。まぁ私の一言で追い込んでしまった事実は否定せんが・・・」

「一つ質問していいか? なんで俺は襲われなかったんだ? フォノを処分するよりそっちの方が早かったんじゃないのか?」


 自分の所の身内の失敗よりも、部外者で役立たずな巫女を誑かしたと判断されてもおかしくない、それこそ召喚勇者なぞいくらでも代えの利く環境で、大和は自分が狙われなかったことを不思議に思うが、スティルはそれを聞いて鼻で笑う。


「・・・貴様は馬鹿なのか? 少し考えれば分かるだろう。貴様だけ殺した場合、フォノがそのことを悔やんで後追い自殺でもしたらどうする? そうならなくても気分が沈み陰鬱な感情を辺りにばら撒けば、勇者どものやる気も失せて消えるだろう。フォノに替えが効くのだから、勇者の士気を損なうことの方が害悪だ。そしてもう一つ、お前は鏡を見たことはあるか? 確かにお前を殺すことのできる力を持った者は居たかもしれん。だが、お前を暗殺することは不可能であるし、誰がやりかがるものか、誰だって自分の命が惜しい」

「彼方様はご自分の危険性や異常性を考慮しなければなりませんよ。人間誰しも自分を基準に物事を考えてしまいます、誰もがあなたのような強さを持っている訳ではありません」

「それにな、フォノの替えがいくら利くと言っても、公的に、公衆の面前で、共通認識として死なれては困るのだ。後釜が出てこられなくなってしまうからな。つまり現状のカゾリ村ではフォノをこっそりと挿げ替えるのが一番楽なのだ。そして貴様がどう足掻こうが、挿げ替えられたフォノに素気無く扱われれば、簡単に心は覚めるだろう。童貞の青い感情の扱いなぞ熟知しているだろうよ」

「やかましいわ! つうか面と向かって危険とか異常とか言うか?」


 普通の召喚勇者ならフォノが入れ替わったことに気が付かないだろう。

 その為に普段から過度に接触しない様に振る舞い、召喚勇者に相対する時は、人目を引き強烈な印象のある奇麗な青髪を、華美な装飾と奇抜な髪形で印象を強く植え付け、神秘的ではあるが体型を隠しやすい巫女の衣装で、多少の身体的特徴を覆い隠す。これだけで遠目には判別できないだろう。

 その前提で、翌日に酷く他人として扱われれば、何か怒らせるようなことをしたか興味を捨てられた、何か知らない内にしでかして嫌われたと落ち込む。当人がそう受け取らなくても、周りからは勘違い野郎だったと嘲笑されるだろう。ストーカーの様に付き纏おうものなら、大手を振って召喚勇者たちに阻止を依頼することもできる。この場合は暗殺ではなく粛清になるが。

 罠を仕掛けて放置すれば勝手に自滅すると思われる者に、わざわざ真正面から力で潰そうとするのは非効率甚だしい、労力を払わずに解決する事案に、骨を折る必要性はないのだ。

 完全に手玉に取れると思われていたことが気に入らない。恐らくその通りなのが更に気に入らない。

 気に入らないから、話を逸らすことにした。


「それで、俺を使って実験したいらしいが何をやらせるつもりなんだ?」


 人体実験の内容によっては逃げ出すことも算段しておかねばならないだろう。なんとなく感で害がなさそうなので着いて来てしまったが、やっぱり罠だったという可能性位は考慮しておくべきだ。

 いきなり解剖とか、やばい薬の投与とかそういうのは勘弁してもらいたい。だが、大和自身もフォノがいなくなり、あのままカゾリ村に残っていてもジリ貧ということは分かりきっていたので、少し無謀でも賭けに出るしかなかった。

 自分一人だけなら、ユーデントに付いて傭兵家業と言う選択肢もあったが、それだけでは足りない。少し欲が出たのだ、親しくなった奴らの為にも、情報が欲しい。


「時に姫様。そろそろお召し物を替えませぬと」


 イノンドが大和の質問をサラッと無視して、スティルに耳打ちするが、妙に通る音量で言ったのが気になる。


「そうだな、流石にまずいか。なに問題ない。彼は紳士だ乙女の着替えを盗み見するような下劣な精神は持ち合わせておらんよ」

「なるほど素晴らしいお方ですね。そこまで姫様が信頼を置かれるとは。よもやその信頼を踏みにじるような外道は居りますまい」


 なんか子芝居が始まった。

 要約すれば、着替えるからこっち見るな、ということである。軍用機の中はろくな間仕切りもなく、迂闊に目線を送れば処断される危険が高いと判断した。

 大和は仕方なくスティルに背を向け、窓から空を眺めることにした。

 素直に応じた大和に、スティルとイノンドは満足そうな溜息を漏らし、着替えを始める。


「実験については目的地に着いてから話す。イノンド、本日の予定はどうなっていたか?」

「本来ならばカゾリ村に侵入し極秘に村長と面談する予定でしたが、本日は急遽予定を変更しているため、帝都帰還の報告を兼ねた挨拶回りで終わりにいたしましょう。やるべきことは他にもありますが、姫様には休息が必要です」


 イノンドの進言に、相槌を打つスティルは気怠そうで眠たそうだった。

 本日夜半にカゾリ村に侵入するつもりであったらしい。大和と初めて会ったのは極秘の面談の帰り道で、ニタム村長の余りの頑固さに溜まった鬱憤の捌け口にされたみたいだった。大和に詳しいことは話さなかったが、帝国側は『譲歩してやるからお前らが折れろ』という物で、カゾリ村は『今まで通り不干渉か、帝国側が全て要求を呑むのが条件』とどっちの意見もめんどくさいと感じた。

 背後で起こる衣擦れの音だけなら色々と妄想が捗ったかもしれないが、稀に聞こえる床に落ちる物騒な金属の音が妄想する暇を殺す。

 銃のスライドの音がした時は、恐怖で振り向いてしまいそうだった。


「もうこちらを向いても良いぞ」


 そう声をかけられたことで、ようやく大和は言いしれない息苦しさから解放された。

 急くことなく、余裕をもって振り返れば、黒装束から若干豪奢な洋服に着替えたスティルがいた。大和は内心イブニングドレスのような服装を期待したが、残念ながらモダンな色調のタートルネックのセーターにパンツルックと膝まであるロングブーツ、腰丈のダッフルコートを羽織っていた。ただ、さらに残念なことに、両腰に例の魔剣を一振りずつ吊り下げ、スライドを戻して拳銃を懐に仕舞う所を見てしまった。ぶっちゃけカゾリ村に居た時の大和よりも重武装だった。


――世界で一番見たくない巨乳かもしれない。


 スティルは決して小さくはないが、両脇に拳銃と予備弾倉を吊り下げているため、胸周りが一回り大きく膨らんでいる。

 スタイルの良さを見て取れるような服装だが、肌の露出は殆どない。今、高空で気温が低いこともあるが、恐らくはこの国の貞操観念によるものだろう。迂闊に手を出す気にもならないので良かったと、内心安堵する。


「ふむ。貴様。中々無礼な視線をくれるな? この服は平民のお洒落着を模して拵えた、防弾防刃素材の装備だぞ。いくら私でも城の外でそこまで無防備を晒さぬわ」


 とても朝日の中全裸で洗濯していた人間の台詞とは思えない。


「さて、では次は貴様の番だな? そのズタ袋のような服を替えてもらおうか?」


 酷い言われようだったが、まさにその通りでもあった。化繊で出来たジャージは運動には適していたが、戦闘には適していない。そこら中に引っかき傷や破れがあり、火球の魔法で溶けた場所もあった。そろそろ服と呼べなくなりそうなくらいに痛んでいたのだ。


「一般的な男性の服装っぽい物を用意させていただきました。こちらも防弾防刃素材を使っておりますので、多少は防御力がございます」


 言って、イノンドが服を差し出してきたのは、藍染デニム風の上下だった。


――チンドン屋みたいな格好にならずに済んで良かった・・・。


 大和は手早く着替え、サイズにもあまり問題がなさそうなのでホッとする。詰めなければ履けないような丈じゃなくて助かる。


「で、俺はどうすればいいんだ? 鎖につないで牢屋にでもぶち込もうっていうなら、せいぜい抵抗させてもらうぞ」


 大和にできる精一杯の威勢がこの程度だ。スティルとイノンド二人がかりでは勝ち目はかなり低い――むしろ無いと言い切った方が良い位だったが、意思表示をしなければいけない気がした。もっとも今の大和は軍用機に搭乗する際にボディーチェックを受けさせられ、全ての武器を没収されていたので心許なさを隠すための虚勢でもあった。

 スティルは少し考えるような仕草をして、大和の処遇を決める。


「時間は?」

「帝都には午後二時十七分到着予定です」

「そうだな、では貴様には観光でもしてもらおうか。我が帝国の帝都の街並みを堪能するが良い!」


 そう言ってスティルは企み事の有る笑みを浮かべた。


2016/09/11 誤字修正。

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