第27話 後五分
翌朝、大和の目覚めは今一だった。
睡眠時間が短かったせいもあり、しっかり眠れなかったのか疲労が取れていない感じがする。夜はまだ明けていないが、直に朝日も昇るだろう。
隣で寝息を立てている宮前を起こさない様にテントの外に出れば、ひんやりとした外気が眠気をスッキリと忘れさせてくれる。
男組のキャンプの設置している森は、シンと静まり返っていた。
数日前に妖魔の襲撃があり、凄惨な地獄と化したようには見えない。所々に爪痕を残してはいるが、神聖とさえ思える静謐さを取り戻していた。深呼吸すれば、血生臭い臭いや焼けた臭いはせず、木々の青臭い臭いが心地よかった。
いつもの日常に帰還した事を噛みしめる。
――まぁこの異世界の生活が日常ってのも問題あると思うんだがね。
大和はどこか捻た自嘲を浮かべながら手早く身支度を整え、朝の日課である鍛錬に赴くのだった。
手足の筋を伸ばすストレッチなどの準備運動を行い、持久力を付けるためのジョギングを始める。
まずは体が温まるまで適当に走り続けるのだが、先日取り逃がした妖魔に出くわすかもしれないと、気を引き締め直す。油断しきったところに横合いから良い攻撃を食らえば致命傷になる。いつものように最低限の武装をしているため、それらを直ぐに取り出せるように意識しておく。この手の動作には、存外イメージトレーニングというものは有効だった。
――所で、フォノはまだジョギング続けているのかな? ここのところばたばた忙しくてそれどころじゃなかったけど。
大和も妖魔の死骸の処理をしている間は鍛錬をしていなかった。その時間があるなら一体でも多くの妖魔の処理をするべきと、使える時間と体力の全てをそちらに注ぎ込んでいたからだ。
昨日の打ち上げを経て、ようやく一段落ついた。気持ちも切り替え鍛錬を再開したのだ。
フォノのことを気に掛けはするが、いざジョギング中に出会ってしまうのは避けたかった。大和のペースにフォノは付いてこられないし、フォノに合わせれば鍛錬にならないからだ。会いたいと思いつつも、会うのは煩わしいと中々に贅沢な悩みを抱える。
どれくらい走っただろうか、体が良い感じに温まり出したころ、人の気配がした。
「・・・おや、こんな朝早くから精が出ますね」
そう木の梢から声をかけられ、ストと猫のように降り立った。
青い髪の美しい顔立ちの少女が、そこに居た。
「その顔付きは勇者様でしたか。失礼いたしました・・・私の名はフォ」
「誰だお前は!」
その顔は知っている顔だ。
だが違う。何かが・・・いや、全てが違う。顔付きは確かに大和も良く知っているフォノ・メアローの顔だ。だが、そこに宿る精神は別物だ。身体全体でもやや筋肉が付いている感じがする。そもそもフォノは木の枝から華麗に降りたてるほど運動神経は良くない。もしそんなことをすれば着地の衝撃を逃し切れずバランスを崩し、顔から地面に突っ込む程度のことになるだろうと予想できる。
なにより、その程度のことで揺れるほどの胸を持ち合わせていない。
大和の直感を信じるなら、同じ遺伝子を用いて作られた別人だ。そう思えるほど似ていなくて、そう思うしかないほど似ていた。
少女は大和の行動を手で制すると、改めて名乗りを上げる。
「私の名はフォノ・メアロー。このカゾリ村で召喚の巫女を務めている者です。初めまして勇者様、見知り置き下さいませ」
嘘を言っているようには見えない。しかし苛立ちばかり募り、思わず鉈の柄に手を掛けそうになった。
「一応確認したい。ミヤヤじゃないんだよな?」
怒りだろうか、震える声を抑えてどうにか言葉を紡ぐ。
大和の問いを聞いて、大和の苛立ちに合点がいったのか、少女は大きく頷いた。
「なんだ、彼方も関係者だったのですか。そうですよ私はミクレ。そう呼ばれています」
「ミヤヤはどうした?」
「もうここには居ないと思いますよ。居ないから私が起こされたのですから」
「ミヤヤは何所に行った!」
「知りません、残念ながら私は知る立場に居ません」
天地が逆さまになったような錯覚に陥る。
――家出・・・じゃないよな。まさか攫われた? いやそれにしたっておかしい。追っ手も立てずに後釜が居るのはおかしい。
激しい眩暈を感じ、自身の平均が失われたような感覚に呑まれる。気持ち悪さが一気に駆け上り、胃を吐き出してしまいそうな嘔吐感が内臓を掻き毟る。身体の芯が一気に冷たくなって行く。
地の底が抜け、奈落に落ちて行くような錯覚、闇に沈むような絶望が這い寄る。
「なるほど、彼方がヤマト・カゲサキ様ですか。なるほど、そっか~。それでは私はこれで。今日はこれから勇者召喚の儀があるそうなので禊をしないと、なんですよ。・・・お達者でヤマト様」
そう言い残すと、ミクレは足早に去っていった。
聞きたいことはあったが呼び止めることすらできない。
――どういうことだ・・・? 昨日の今日だぞ? 何が有った?
生き残りの妖魔に襲われたのかもしれない。しかし、それならばもっと大騒ぎになっていなければおかしい。
考えが纏まらないが、フォノが、ミヤヤがこの村から居なくなったことだけは理解できた。
大和は目的もなくふらふらと彷徨う。どこに行けばいいか分からない。何も分からなかった。いやな汗だけがだらだらと不快に流れ落ちて行く。動悸は激しく鍛錬どころではないほど体力を消耗していく。
そのまま、何をするでも、何ができるでもなく、村の中を彷徨い続ける。歩みを止めたら二度と動けなくなるような不安に駆られ、ただただ、落ち着きなくふらふらと。
ふと、森の一部に違和感があった。
無理に人が通ったように、下生が踏み荒らされているのを見つけた。
折れた小枝の傷口はまだ新しく、何日も前にできたようには見えない。
――まさか、フォノは。ミヤヤはココを通ったのか?
根拠はないが、何の確認もせずに放置することは躊躇われた。
森の先には何もないはずだが、いや、何かあるのかもしれないと思い直し、その跡を追う。何かあってくれと、希望の残滓に縋ってみた。数人の人間が通ったような跡は直ぐに近くの獣道に繋がっていた。獣道の脇には小川が流れており、小川に沿って獣道も続いていく。
黙々と水の流れる音を頼りに歩き続けると、終には大きめの清流に合流する。
清流に沿ってどれほど歩いただろうか、カゾリ村からはずいぶんと遠い所まで来てしまった。もうすっかり太陽は昇っているから、小一時間ほどは歩いたはずだ。
ふと、戻れるか不安になるが、今はそれよりもミヤヤの安否を、消息を確認したかった。
大和は逸る心を抑え、黙々と川沿いに下っていく。
水音がした。
妖魔かと思い慎重に音のした方を伺うと、金髪の少女が水浴びをしている所だった。
――砂の妖精!
最初の夜に会った時とは立場が逆だが、見間違えようもない。あの少女だった。
フッと大和の伸し掛かってきていた不安が軽くなる。フォノは砂の妖精に付いて聞いて来たということは、彼女と何らかの繋がりがあるはずだ。そして彼女――つまり砂の妖精が、こんな場所でのんびり水浴びしているということは、フォノの身に危急の事態は起きていないのではないかと、淡く甘い期待に縋ってしまった。
――さてどうしよう。図らずも覗きをしてしまったわけだが、そっと立ち去るべきだろうか・・・いや問い詰めるべきだ。
フォノと彼女は無関係の間柄ではないはずだ、何かしらの情報は得られるだろう。直ぐにでも聞き出したい、話を聞き出したい。今フォノがどうしているか聞かずにはおれない。
ただ出て行くタイミングが掴めない。紳士的に考えるなら、この場を動かず彼女の水浴びが終わるまで後ろを向いているのが妥当だろうか、だが、彼女だ、砂の妖精だ。
あの剣戟を見た上で背を向け続けるというのは、いつ爆発するかわからない爆弾の上で昼寝をするようなものだ。危険極まりないが故に、目を背けることは命を投げ出すことに等しかった。
そして、こう言っては何だが、朝日を浴びてキラキラと光り輝く裸身から目を背けることは惜しかった。
幻想的な美しさに見惚れてしまう。均整の取れた身体にすらっと長い四肢、全身に女性らしい丸みがありながらも引き締まっていた。何より目を引くのは、黄金の髪だ。今は水に濡れ、砂のように零れることはないが、肌に張り付いき彼女の裸身を彩っていた。
そして、よくよく観察してみれば、水浴びをしているというよりは、もっと不格好だった。
具体的に言って洗濯に悪戦苦闘している様子だった。
「・・・ん? そこに居るのはカゲサキヤマトだろう? すまないが手伝ってくれないか?」
ばれてました。
声をかけられた以上、出て行くしかない。というか絶好の出て行くタイミングを与えられたのだ、乗るしかない。
――俺は彼女に名乗っていない。恐らくフォノから聞き出した・・・んだろうか?
若干伸びていた鼻の下に喝を入れ、真面目ぶって歩いて行く。
「どうも私は洗濯のセンスがなくてな。洗ってくれ」
そう言って、あの夜も着ていた黒装束を突き出す。
「黙って手伝えば裸を見たことを不問にするということでよろしいのでしょうか?」
「馬鹿を言うな。それではいきなり切りつけた私の分が悪くなってしまうだろう。好きなだけ見るが良い、そうすればお互い無遠慮に肌を見た者同士で相殺だ。ただ穴が開くほど見つめるのはやめてくれよ、これでもまだ乙女なのだからな」
そう言ってカカと笑い飛ばす。裸であっても実に堂々とした振る舞いだった。
「案ずるな、洗濯の礼は別にする」
つまり、洗濯を理由に肌を見てはいけないということだ。礼の二重取りになってしまう。
――ぐぅ、やられた。そう言われては見る訳にはいかんじゃないか。
同じ条件でというなら、浅ましい見方をした方が下劣。ならば大和は、裸身から目を背け黙々と選択に精を出すしかない。でなけば男子としての矜持が死ぬ。
砂の妖精の黒装束は、泥が染み込みとにかく酷い状態だった。シミは落ちそうにないがそんなに目立つこともないだろう。しかし、それよりも気になるのは、刃物で切り裂かれたような切り傷に、火に炙られたような焦げ跡がある事だ。
血も結構な量、染み込んでいた。
「怪我をしたんですか?」
「ああ、身体の方の傷は私の使える回復魔法で治せたが、衣服の方は治せないからな。まぁなんにしても出くわしたのが貴様で良かった、体力も魔力ももう限界でな、もう一戦はとても出来ぬ」
――戦ったのか・・・誰と? 妖魔にでも襲われた? まさかフォノってことはないよな、フォノには悪いがどうあがいても勝てるどころか、手傷の一つ与える確率すらない。
二人の運動能力を知っている身としては、そう言う結論が導き出されてしまう。
もしも、彼女が女組救出のために妖魔の部隊と戦った時に隣に居たのなら、大和は奥の手であった拳銃を使わず、三岡にもホーリークローラーを放たせず、それこそ一匹たりと逃さず全滅させられたと思える。ただし、殆ど彼女の功績になるが。
大体の汚れが落ちたので、固く絞って彼女に渡そうと振り返る。
――残念。服をもう着ておられました。
服と言っても、下着に肌着、さらに装束の下に付ける防具と実用本位の物ばかりを、河原に上がり身に着けていたようだ。他にもちょっとした荷物が一纏めにして置いて有る。
そして左手に淡く赤く煌く太身の直剣を抜き身で持っていた。
思わずぎょっと身構えてしまった大和に、一瞬戸惑いを見せ、はにかみながら黒装束を受け取る。
「すまんな、これは埋火の魔剣シャリエルだ。熱波を出す性質があるので服を乾かすのに具合が良いのだ。安心してくれて良い、消耗した今の私では勝負にならんよ」
そう言って黒装束を刀身に巻き付け、少し間を置くと、もうもうと湯気が立ち上っていく。
「おお、すごい。便利だ」
「やり過ぎると発火してしまうので制御が難しいのだがな」
まだ湯気が立ち上る黒装束を熱そうにしながら袖を通すと、シール状の黒い布きれを取り出して、切り裂かれた個所に張り付けて応急で塞いでいく。継接ぎだらけで不格好さはあったが、断然マシな状態になった。
「さて、茶番をそろそろ終わりにして本題に入りたいんだが?」
「ふむ、分かった。では私の下へ来いカゲサキヤマト。貴様の望みを叶えてやるぞ!」
ふふんと踏ん反り、自身の発言に絶大な自信を伺える表情だった。
むかつく位のドヤ顔だった。
「まずはあんたの名前だ。それから・・・フォノとの関係を聞きたいな? こちらの情報は調べさせて持っているんだろう?」
若干、大和はドヤ顔にむかついたので無視した。
「性急だな。まぁ私も焦らされるのはあまり好きな性分ではないのでな、話を進めようか。私の本題は貴様をフォノから奪い取ること・・・だった。まさか、あれがあそこまで強情になるとは思わなかったのは、私の落ち度だな」
焦らされるのは好きではないが、焦らすのは好きらしい。大和の言葉を無視して自分の要件を語りだす。
むかつきに加え、苛立ちまで与えられたが、我慢した。情報を持っているのは向こうだ、大和は自分の要求を抑え耳を傾けることに努める。情報をわざわざ与えてくれるのだ、まずはそれらを得てから判断するのもいいだろう。
「この状況、結果は私の敗北だな。だが、本懐は果たさせてもらう。では改めて、私の下へ来いカゲサキヤマト。先生の悲願の為に貴様にやって欲しいことがあるのだ」
――コイツは一体俺を何だと思っていやがるんだ? どこまで俺を知っている? 俺の望み? 下へ行けば望みを叶える? 今俺が望んでいることはフォノの所在だ。下に行くというのが交換条件でフォノの情報を餌にしているのか?
「・・・なに、ちょっとした人体実験の非検体になるだけの簡単な仕事だ。それを制すれば貴様の望みも叶う」
「やっぱり、あんたは敵か?」
「そうならこちらとしても話が早くて助かるのだがな」
鉈一振りでこいつを制するのは難しい。体力を消耗しているとは言っていたし、それは事実だろう。だがまともな勝負にならないほど消耗しているというのがブラフなら、仕掛ければこちらが負ける。
「何故私の言葉を信じない? ・・・ああ、まだ名乗っていなかったな。なるほど名も知らぬ相手の言葉は信じれぬという訳か。宜しいならば名乗ってやろう。心して聞くが良いカゲサキヤマト。私はアインラオ帝国が第三皇女、ステルンべルギア・ヘクセリア・クリューネウゲン・シグア・フュルス・ウィンシェル・アインラオだ。以後見知り置くが良い」
言って、スティルはがりがりと木の枝で土に自分の名前を書いて行く。筆記体のアルファベットのようだが若干文字が違う気がした・・・結論、読めない。
「なげーよ。あと人の名前をいちいちフルネームで呼ぶな鬱陶しい」
「そうか、ならばスティルと呼ぶが良い、いいなヤマト」
木の枝を手渡されたので、書けということだと判断し、読めなかったのは悔しいので漢字で名前を書き記した。
「ふむ・・・どうして『大和』で『ヤマト』と読むのだ? 巷で流行っているキラキラネームというやつか?」
「ちげーよ! 由緒ある名称だぞ!」
悔しい。こっちの文字は読める様だ。
「でも『大』は『おお』とか『たい』と読むのだろう?」
「実際には『大』の字はおまけみたいなもんで発音してねーよ」
もともとヤマトの国は、『倭』と書いていたがそれが『和』変わり、国として大きくなったので『大』が付いたとか聞いたことが有った。結果として『大和』を『ヤマト』と読むようになったとか。
かつての大日本帝国や大英帝国の大も、海外の植民地を大量に持ったことで『大』を付けるようになったと聞く。
「そんなものか・・・けったいな名だな。私にはこちらの名の方が馴染みがある」
そう言ってスティルは『影崎大和』の『和』の字を消し『造』と書き直す。
『影崎大造』それは大和の祖父の名だ。何故それを知っていると、恐怖に通じる感情を抱いた。
「・・・さて次はフォノとの関係か・・・微妙な関係だな。友人に近い知人か、私から見れば親友の親族に当たるのだが、あやつはそのことを知らないはずだからな」
「そうか、わかったよスティル。あんたはフォノの敵じゃないみたいだな。俺は今、そのフォノを探している最中なんだ、居場所に心当たりはないか?」
「フォノなら、村に居たであろう? 必ず居るはずだぞ」
「ああ居たさ。でも俺が探しているフォノはミヤヤであって、今村に居るフォノじゃない」
「ミヤヤならほれ、あそこに居る。あの見晴らしの良い丘で・・・」
「分かった有難う。連れて帰る」
「待て! 連れて帰ってどうする? カゾリ村にはフォノは居るのだろう? フォノが二人いるのは不都合ではないのか? おかしいとは思わないのか?」
そう指摘され、ふと思い直す。今朝会ったフォノ・ミクレと名乗った少女のことだ。
大和が召喚されカゾリ村で生活するようになってからの間だけでも、あれだけ目立つ外見の少女が、二人生活していたことになる。なのに一度も二人いるようには見えなかった。二人で交互に召喚の巫女の仕事を務めていたとしても、それならば今朝までミクレに一度も会わなかったことが不自然でならない。
それにミクレは何と言った? なんと言っていた?
ミヤヤはもうここには居ないと、居ないからミクレが起こされた。
嫌な予感がしてならない。
妖魔に襲撃された時もそうだ、ミヤヤは確かに避難所に逃げてきていた。その間、ミクレは何所に居たのかという話になる。ミヤヤが居なくなってその穴を埋めるための補填要員であっても、避難もさせずどこかに閉じ込めていたというのか?
逆に、そのミクレを閉じ込めていた場所が妖魔に襲われないほど安全なら、そこに村人全員で逃げ込めばよかったじゃないか。
何か酷い隠し事がある。
「帝国に来い、ヤマト。さすれば貴様の疑念も晴らすことができよう」
ついて行けばカゾリ村の秘密を教えてくれるようだ。人体実験に付き合う義理はないが、祖父の名を知っている事も気にかかる。それに、カゾリ村に戻れないということはフォノ・ミヤヤも連れて行くのだろう。ついて行かなければいけない気がした。
「分かったよ。帝国に行く。その代り、情報は全部話してもらうぞ」
「よし、ならば直ぐに向かうとしよ・・・っと、待て! どこに行くつもりだ!」
「フォノを呼びに行く! 置いて行くわけにはいかんだろうが!」
「よせ! 待て! ああっもう!」
スティルの制止を無視して大和は丘を登っていく。河原からも良く見えていた丘だけあって、難なく場所に辿り着いた。
だがフォノは居ない。
あの青い髪の少女は、大和に好意を寄せてくれていた少女は居ない。
人一人分くらいの掘り返した土と、河原から運んだのか形の良い丸石が積んであった。
「やめろ。ミヤヤを起こすのは。折角眠ったのだ、起こすのはよしてやってくれ」
スティルの制止する声にも、先ほどの威勢はない。
「・・・お前がやったのか!」
「・・・ああ、そうだ」
大和に胸倉を掴みかまれるも、スティルは悲しそうな顔のままでろくな抵抗はしなかった。
「私が殺したに等しい。後五分早く着ければ・・・守れたはずだったのだ。私は・・・自身の弱さを痛感したよ。人一人、親友の妹すら守れない力のない未熟者だとは・・・思いもしなかった。それなりの自信はあったのだぞ・・・」
悔しそうに涙を流していた。
どこかで聞いた言葉だ。後五分・・・結愛が千尋を守れなかったときに溢していた言葉だ。
後五分早ければ・・・と。
スティルはフォノ・ミヤヤの危機を察知し僅か五分及ばなかった。
じゃあ自分はどうなんだ?
昨晩のんびりと寝こけていた時間じゃないのか?
危機を察知することすらできなかった自分にスティルを責める資格はない。
「・・・すまない。ちょっと我を忘れた・・・」
「・・・思ったよりも早く正気を取り戻してくれて助かる。殴られるくらいは覚悟していたがな・・・。流石に野晒しにはできなかったのでな粗末な作りだが埋葬させてもらった・・・」
スティルは荷物の中から一総の青い髪を取り出した。
「これだけは、せめてちゃんとした供養をしてやりたくてな。貴様が持っておれ」
恐る恐る受け取り、大和はようやく理解した。
フォノ・メアロー。ミヤヤと呼ばれた少女が死んだことを・・・。
2016/09/11 誤字修正。




