第23話 妖魔掃討
結局、男組有志による女組救出隊約二十名は、大和たちが突入してから四時間後に到着した。
それでも、これはかなり早い対応だったと思われる。村の守りを固め休憩を計画的に取り、防衛線を維持して妖魔を撃退しつつ、その中からそれでも助けに行こうと思える者だけを選出したのだ。
勿論、村人の説得にも時間を擁している。その説得材料として、防衛線を維持する人間を減らしても、余裕をもって妖魔に対抗できるようになるまで、妖魔の数を減らさなければならなかった。
結果として男組の死者は五十人にまで上り、怪我などで行動が出来なくなった者も三十人ほど。はっきり言って壊滅と言っていいほどの被害を受けていたが、五百は居ると予想された妖魔の殆どは討伐に成功している。そして、この状況下から二十人を捻出したのだ。それ相応の時間がかかるのは当然と言える。
女組に急ぐ道中で、散発的に妖魔の襲撃に有ったがそれ自体は大したことなかった。むしろ所々に散らばる妖魔の死骸の山の方が恐ろしかった。召喚勇者は殆どが日本人であるため、生々しい銃創など見たことのある人間はいない。せいぜいバイオレンスが売りの映画でフィクションの物を見たことがあるくらいだが、まだその傷で死んでいる妖魔は納得ができた。
問題なのは、脛骨を圧し折られ死んでいる妖魔である。一見外傷がないように見えるため、死んだ振りをしているような錯覚に陥り、要らぬ用心と緊張を強いられる結果になった。
そして何より度肝を抜かれたのは、大きく焼き薙ぎ払われた森である。
未だ振り続ける雨が消火していたが、恐らく妖魔の身体の一部と思える炭化した物体や、抉り取られた土砂がその凄まじい破壊力を現していた。この威力なら、十分に飛竜種を狩り取れる。
先にここを通ったのはたった四人の少年少女だ。そして当然彼らの所業であろう。彼らが成したことは、男組の中で組長の源田を除いて真似できる者は居ないとさえ思えた。
そして驚愕を胸に秘めたまま、山岳要塞の前に着く。
二人の少年らが居た。
全身、打撲や浅い切り傷などを負ってはいたが、未だその瞳に気力が充溢しており、基地から出てきた妖魔を討伐し続けていた。四時間戦い続け、疲弊こそしていたが、その胆力は驚嘆すべきものだ。
二人の実力を見極められず、もしくは運悪く斬りかかってきた妖魔の末路、であると思った。
しかし、要塞内に入りその考えを改める。
運が良かったのだ、要塞の外に逃げ出せた妖魔は。ただそこで運が尽きただけに過ぎない。
要塞の中は、まさに地獄がそこに横たわっていた。恐らく銃で殺されたと思われる妖魔の死骸が、通路のそこかしこに転がっていた。酷い所では通路が死骸で埋め尽くされ、足の踏み場がないほどだ。血の匂いによる死臭が澱み気分も悪くなる。
そのような有様でも僅かに、奥まった小枝のような通路に生き残った妖魔が隠れており、それらとの遭遇戦が数度あった程度で、要塞内の妖魔は殺し尽されていたと言っていい状況だった。
男組有志たちはそれが銃器を使ったにしてもとても人間業とは思えない、その反応速度、命中率に攻撃精度どれをとっても常軌を逸しているかのようにしか見えなく、悪魔の仕業としか思えなかった。
美咲の治療のために、結愛は大和にまず彼女の腎臓の辺りに突き刺さったナイフを抜き去取るように指示を出す。
「ごめんね~。痛いけど我慢して~。大和く~、弄る気がないなら~、一気に抜いちゃって~」
「・・・わ、分かった・・・。いい、行くぞ?」
麻酔なぞすることもできないので、痛みに激しく暴れるが結愛と二人がかりで抑え込む。ナイフが抜き取られたのと暴れたので傷口が開き血が大量にあふれ出す。
結愛は懸命に傷を癒そうと、治癒の力を使っているがほとんど効果がないような錯覚に陥る。傷が全く塞がらない、血が止まってくれないのだ。美咲の身体もどんどん冷えていっている。
「・・・大丈夫・・・大丈夫・・・大丈夫・・・大丈夫・・・絶対に助ける」
うわ言の様に、自分に言い聞かせるために繰り返す。だが気休めにしかならない。気休めにすらならない。
痛みを堪えていた筈の美咲の顔から、険が取れる。血を失い過ぎて痛覚すら正常に機能しなくなってきていた、視界もぼやけ大和の顔も見えなくなり手探りで探す。
「・・・・・・や、ま・・・と・・・、ど・・・こ」
「・・・ッ!! こ、ここだ! ここに居る!」
大和は美咲の手を取るが、びくりと肩を震わせる。手が冷たい。氷のように冷たい。拙い、拙い。
焦燥だけが募る。だが何もできない。もう看取ることしかできないのかと、大和は涙が止まらなくなっていた。
「・・・・・・ごめん・・・ね・・・けっきょく・・・あし・・・ひっぱった・・・・・・あ・・・あったかい・・・ね・・・」
苦し紛れの謝罪の言葉を残し美咲の意識は途切れた。力の抜けた手が大和の手から滑り落ちる。
いたたまれない。
――絶対に助けるって誓ったじゃない。貴女はそれしか、治癒の力しか能がないでしょ! しっかり治しなさいよ工藤結愛ッ!!
『警告:心拍・血圧・呼吸・体温ともに危険域まで低下』
アイコンが脳裏に浮かぶ。
――煩い分かってるわよ静かにしていなさい!! ・・・・・・・・・・・・ッ!?
何故今オーディアスのアイコンが表示されるのか、いや今まで表示されていたことに違和感を覚えなかっただけで表示されていたのだ。操縦席からは這い出しているのに。
――まさか・・・まだオーディアスと繋がっているの!? まさか・・・相互フィードバックってそういう意味? なんでもいい、理論とかそういうのはどうでもいい。使えるなら使ってやろうじゃないの!
MSSを操縦する上で相互フィードバックシステムは視覚を同調させることだけではない。機体の損傷を“痛覚”としてフィードバックし本能的もしくは感覚的に損傷の理解を促す。また痛覚で感じるため、人間の危機回避の本能が刺激され回避能力の効率化にも繋がる。
相互である以上、逆も可能なのだ。
搭乗者の見た物を感じた事を、MSSの機能を使って解析することが出来る。そして更に、解析結果を搭乗者に返すことも可能なのだ。
どのような損傷で、どのような処置が有効か、分かるような気がする。ただ“傷よ治れ”と念じていただけだったモノに、もう少し質感を加える。断絶された血管を繋ぎ、破損した細胞を治し、溢れ出た血流を元に戻す。入り込んだ異物を除去し、混じり込んだ雑菌を消毒し、死をもたらそうとした殺意を殺す。そういうイメージだ。
今の状況は恐らく、結愛の五感とオーディアスの各センサーが連動し対象を観察し、オーディアスのコンピューターで解析したものを結愛の脳内で直接映像化している。MSSとの接続は物理的な距離に強く影響を受けるので、一ミリでも近い方が良い。これだけ距離が、およそ二十から三十メートルほど離れているため情報の伝達にもロスや劣化が見られるが、完全ではないにしろオーディアスの機能による補正が使えるのだ。
不意に結愛は天啓を受けたように閃いた。今までの自分の治癒の力の使い方が完全に間違っていたということに。
例えるなら、砂漠でのどが渇き行き倒れた人を見つけ助けようと思い立ち、自分は豊富に水を持っていたため分け与えることにする。ここまでは良い、善意ある者なら似たような行動をするだろう。だが、水を与える手段を完全に間違っていたのだ。
豊富にあるからとバケツで何度も何度も頭から水をかけているだけ、今までの結愛の力の使い方はこんな感じだった。頬を伝い口の中に流れ込んだ少量の水で、辛うじて命を繋ぎ止めていたようなものだ。
ちゃんと飲ませてやれば、それこそバケツ一杯もの量を消費せず助けてやれたのにも係わらず。
水を飲ませ方が分からなかった、飲ませれば乾きが癒えるということを知らなかったというようなものだった。
オーディアスの演算で傷の状態を解析し、そうすれば良いのではと思いついた。そして即座に治癒の力に得られた質感を加えていく。
「・・・傷が・・・塞がってく」
ゆっくりとではあるが、肉眼で確認できる速度で傷が塞がりだす。血液の流出も止まり、心拍数も血圧も低い数値ではあったがどうにか安定しだす。絶対安静が必要だはあるが、どうにか命を繋ぎ止めることに成功したようだ。
「良かった~・・・美咲~、死なないでくれて良かったよ~」
傷口はどうにか塞がり、傷跡も分からない位に奇麗に消えている。内部の破損した体組織もそれなりに修復はできた。だが流出した血液と、消費された体力の回復はできない。美咲の体温も若干戻りはしたが、まだ冷たい。意識も戻ってこない。無理はさせられない。
本当なら、ベッドで寝かせて経過を見たい所だが状況が状況だ。また妖魔が侵入してこないとも限らない。そんな悠長なことはしていられない。
大和ならばそう簡単に負けないと思うが、妖魔の数が多かった場合。戦闘で役に立たない自分と意識の戻らない美咲を守りながら戦うのは不可能だろう。となれば安全な場所、オーディアスの操縦席に舞い戻れば、恐らくは生き長らえることができるだろう。
「大和く~、美咲をなるべく安全な場所で休ませたいの~運んでもらえる~」
短時間で大量の魔力を消費した結愛は、軽い立眩みを覚えながら立ち上がる。
正直に言って美咲を抱えて歩くだけの体力も残っていないほどだ。酷い倦怠感で身体が重いが、どうにかオーディアスの操縦席に腰を沈め、大和に運び上げてもらった美咲を自身の身体の上に寝かせる。美咲の身体の重さが、結愛の意識を放散させないための錨となっているような安堵感をもたらした。
「大和く~、君もおいで~。~ん~。大丈夫よ~二人ぐらい~上に乗ってもつぶれないから~」
特に考えなく、一緒に隠れよう程度のつもりで声をかけたが、大和が一瞬見せた躊躇に結愛は別の懸念があることを理解した。MSSの操縦席は狭いのだ。三人も詰め込まれれば、色々とけしからんことになる。自慢話になってしまうが、結愛は高校生時代、いや第二次性徴が始まり中学校に上がったころから異様にモテだした。だから大和が自分を女として見ている部分があることには気付いていたし、恐らく骨抜きにしてしまうだろうという確信が有った。
それを察知している大和に警戒された。
大和にとって自我を失うかどうかという基準で考えれば、妖魔の群れに突撃するよりも危険行為なのだろう。
――そう思われるのは~ちょっと~ショックだったり~。誑かして~従順な盾にするくらいは考えてたけど~。読まれてたのがショック~。
「一緒に隠れていれば済む話ならそれでも良いんですけど、外で戦っている奴らも居るし、そのためにも必要な確認すべきことがあります。そんな訳で、荻原さんと、千尋さん。後・・・剣士隊の笹沼・・・美鳥さんだっけ? の所在、分かりますか?」
来た。終に来てしまった。
当然されると思った質問だ。
「莉緒は~要塞の奥の情報管理室に居るはずよ~。あの子は責任感が~強いから~無事なら逃げ出したりはしていないはずよ~。笹沼さ~はよく分からないわ~、生きているならどこかの部屋で隠れているはずよ~」
「・・・千尋さんは?」
意図的に千尋の話題を飛ばしたことに、流石に気付かれていた。結愛は仕方なく、眉根を寄せ格納庫の一角にある血溜を指差した。
そこに残っていた一部分。それは大和にも見覚えのある、彼女の手足の一部。
「・・・・・・え? ・・・・・・嘘・・・ですよね?」
呆然とした表情を向けられる。大和のその表情は、酷く似合わないモノだった。結愛の前では飄々と、平然とセクハラをするクソガキでしかなかった。村からは役立たずと蔑まれても、己の強さに絶対の信頼を置き、それ故に不手腐り斜に構えた所が有った。
どんなつらい現実もあっさりと受け止め、乗り越えていくような踏み越えていくような逞しさが、無くなっていた。
肯定はしたくない。でも否定すれば嘘になってしまう。否定すれば慰みにはなるだろう、だが、それは千尋という存在自体を否定し嘘にしてしまうような気がして、結愛はただ沈黙した。
そして、この格納庫も絶対の安全圏ではなく、まして自分で動くことのできない美咲もいる。
そもそも、状況から察するに美咲は男組に救援を求めに行ったのだろう。そして大和が来た。情報管理室は要塞内の奥、侵入しにくい位置にあるため先にMSS格納庫に来たのだろう。先の大和の質問の様に莉緒の安否も確認したい。しかし、それを確認するには自分では無理だ。
「こんな状況だから~、誰が死んでもおかしくないの~。だから~大和く~は莉緒の側に行ってあげて欲し~」
大和は力なく肯くと、よろよろと操縦席から降りて行った。その血溜に近付き十秒だけ黙祷を捧げると、放心したままの様子で格納庫から出て行った。
結愛はその後ろ姿を見送ると、オーディアスの搭乗口を閉鎖し三度確認してロックをする。外部を感知するセンサー群は起動させたまま、ゆっくりと目を閉じて大和が巧くやれるように、せめて神に祈りを捧げる。
そして、今までは死ねばいいとさえ思っていた少年の安否を気遣うようになった、自身の心境の変化に苦笑を漏らした。
大和は愕然と、呆然とした顔のまま要塞内の通路を歩いていた。
千尋が死んだ。
妖魔に食われ残っていた手足は見覚えのあるモノだった。見間違えようもない。その手を差し出され、何度工具を手渡したか。女組に日参するようになって数日しかたっていないが、その殆どの時間は千尋の手伝いに充てられていた。
たぶん、女組で一番親しい人物のはずだった。
そんな女性が死んだ、死体の一部を確認し、彼女の死を確信した。
なのに、まったく悲しくならない。
涙も出ない。
千尋の死を正確に受け止めながら、その死を悼まない。
そんな自分に愕然としていた。
――ああ、そうだ。俺はもともとそういう人間じゃないか・・・。
他人に嫉妬しないというのは、感情が乏しい証左でもある。嫉みも妬みもあって当然の感情で、それをどう処理していくかで人間としての高潔さに繋がる。
ただあるのは物心ついた時から祖父に叩き込まれていた剣術。山奥で剣の修行と分校に通うだけの毎日。ただ敵を斬るためだけに特化した日常。小さい頃はそれに疑問すら抱かなかった。山奥の分校から町の中学に進学し、級友との差を見付けるたびに鬱憤を溜め込んでいった。それを解消するでなく、斬り捨てて行ったのが影崎大和だ。
結果として、孤立した。
美咲の時は目の前で死にそうだったから、感情も呼び起こされ涙も流れた。いや、大和が思っている以上に美咲の存在が大きくなっている可能性はある。それでも、ただ死んだという結果だけ伝えられたなら、あそこまで涙は出なかっただろう。
自分の力ではどうしようもない現実は斬り捨てる。
早々に諦め、考えない。可能性がないモノの、可能性は考慮しない。
・・・すべて無駄だからだ。
千尋を蘇らせる手段に心当たりが全くない以上、千尋について考えることは無駄だという結論に達していたのだ。
そんな自分に嫌になる。が、自分をやめられない以上、この感情も無意味と斬り捨てる。
せめて罪滅ぼしに、このような事態を作った元凶に罪を償わせることで哀悼の意にすると決める。
――妖魔は・・・敵だ! 敵あれば斬る!
そのために必要のない物は全て置いて行く。
意を決し、眦に力を籠め剣呑な表情を作るが、そこから一歩歩みを進めるたびに、表情から感情が零れていく。
悲しみも後悔も、憎しみも怒りすらも零れ落ちていく。ただ敵を斬るという意思だけを持って進軍する。
荷物の中を確認して、トマトサイズの鉄塊――手榴弾を取り出す。通路の先、曲がり角の先に妖魔がいる事を気配で感じ取ると、その中へ投げ込む。数秒後、軽快なほどの破裂音と共に爆風と火薬の焼けた臭いが大和の元にも届く。角を曲がれば、妖魔共の悲痛な呻き声や、怨嗟の叫び声が聞こえ、不意に負わされた傷にもがき苦しんでいる。
大和はそれらを、特に何の感慨もなく止めを刺していく。
もがき苦しむさまを見て、嘲りも侮蔑も沸かない。怒りも、まして慈悲の心での止めでもない。ただ殺すべきだと判断して、敵であるという認識の下で止めを刺している。ただ淡々と妖魔の数を減らして行く。
傷つき、必死に逃げ出す妖魔にも容赦はない。背中からだろうが撃ち殺す。重傷だろうが見逃しはしない。
殺して、殺して、殺して、殺して・・・数え切れないほどの妖魔を殺していく。
どれほどの殺戮をしたのか、気が付けば最奥部と思われる場所に来ていた。最早、辺りに生きた妖魔の姿はない。
結局妖魔には隔壁が普通の壁と違うことが理解できず、電子制御された扉は扉として認識できず、ただ通路をウロウロしているに過ぎなかった。
妖魔の群れが一塊になっている場所には、女組の誰かの所有品らしきものが散乱していた。逃げ遅れて妖魔に食われた人の遺品なのだろう。残さず食べつくす主義なのか、他にすることがなかったのか、千尋のような遺体は発見できなかった。
無残な死に様を晒すのが、食べつくされることよりマシなことなのかそうでないのか、大和には判別付かない。
通路の壁にプレートが取り付けられており、そこに注釈のような感じで情報管理室と書かれていた。結愛に教えられた部屋で間違いはなさそうだ。
大和は躊躇いがちにノックして、手の痛みに我に返る。
――何馬鹿なことしてんだ俺は・・・。
ノック位の衝撃も音も、恐らく部屋の中には通じない。でなければとっくに妖魔に侵入されている。
どうやれば中に入れるのか思案していると、扉が自動で開いた。警戒しつつ入出すると即座に背後で扉が閉まりロックされる。
警戒しているだろう莉緒に、どんな声をかければいいのだろう。
気を紛らわせるためにギャグでもした方が良いのか、それとも映画のワンシーンのように感動的なセリフを用意した方が良いのか迷い、結局は当たり障りなさそうな普通の言葉を選んだ。
「・・・莉緒、無事か?」
「・・・大和・・・あんた、本当に人間?」
そう言われぎょっとする。莉緒は大和に姿を晒さずに質問を投げかける、思いっきり警戒されていた。
敵対はして欲しくない。
敵は斬らねばならないからだ。できる事なら斬りたくはない。
情報管理室の各モニターには通路を監視しているカメラ映像が映っている。そこには夥しい量の妖魔の死骸。ずっと大和の戦闘を監視していればそんな疑念も沸くのだろう。銃器を使ったとは言え、ああも一方的な殺戮を行われては疑いたくもなる。ましてこんな妖魔なんてものが居る世界だ、本物の悪魔が人の皮を被っているという可能性もある。
下手な言葉を選ぶわけにはいかない。失言で莉緒と敵対しようものなら、それこそ全てが無駄になる。
「・・・一応は、そのつもりだけど。まぁ普通の日本人じゃないとは自覚しているつもり・・・影崎大和の特技の一つで片付けてもらえませんか?」
またそれか、とでも言いたいような大きな溜息を吐き捨て、莉緒がようやく物陰から顔を出した。不信感というか納得できないしこりのようなものが表情に残っていたが、それも仕方ないことだろう。
それよりも莉緒のやつれた雰囲気の方が気になる、覚束ない足元も危なっかしい。部屋に充満するすっぱい臭いも、相当無理をした結果なのだろう。
「・・・大丈夫?」
と体を支えようと近付いた大和の鼻面に、一文字槍の穂先が付きつけられる。
――これは、カオスマター製の武器か・・・。いいなぁ、MSSの適性に武器と両方持っているなんて・・・。
「どさくさでまたおっぱい触る気でしょう」
「いけませんか? あ、はい。いけませんね。分かりました、じゃあ体を支えるついでに触らせてください」
ゴンッと、代わりに頭で拳に触らせてくれた。
「今のでようやくあんたが偽物じゃないって確信できたわ」
「いってぇ・・・って、それは何より・・・で、これからどうします? あ、そうだった。副長の笹沼美鳥さんの安否は確認できますか? 三岡に頼まれていたので・・・」
「彼女は大丈夫よ、剣士隊に犠牲者は出ちゃったけど。巧くやってくれたわ」
モニターの一つに剣士隊が逃げ込んだ部屋を映している物が有った。五人ほど横たわり、中には明らかに死んでいる者も居た。比較的軽傷で済んだ剣士隊の面々は啜り泣いたりして、仲間の死を悼んでいた。
「やっぱり、男組の救助部隊が来てくれるまで籠城かな。要塞内がこんな状態でみんなを外に出してもパニックになるだけだろうし・・・隔壁を閉じて閉じ込めたままの妖魔もいるしね。どの道こいつらを倒すまでは安心できない。一応確認するけど、あんたが来たってことは美咲が男組に救援を要請したんでしょ?」
「村の連中を見殺しにできないから初動が遅れてるだけだと期待しています。一応、自力でここから抜け出すことも考慮しといた方が良いと思いますよ」
飲んだくれのダメ男集団ではあるが、そこまで腐ってはいない。少なくとも組長の源田や副長の佐野が、そんな人間ではないと思っていた。時間はかかるだろうが来てくれるだろう。
大和の言葉を聞いて、莉緒はふっと力なく椅子に座り込んだ。
要塞内の事態はほぼ収束したと思えたので力が抜けたのだ。実際には大量の妖魔の死骸の処理と、通路に付いた血や戦闘の跡の掃除とやるべきことは山積みだ。再び、今までの様な生活に戻るのにどれだけの時間がかかるか分からないが、一先ずの危機は去ったのだ。
「・・・大和、コーヒー淹れて・・・」
大和も莉緒の安否が確認できたことで、今まで無視していた疲れがどっと押し寄せてきていたが、自分も気分転換したかったので請け負った。
コーヒーを淹れるために莉緒に背を向けたら、槍を構え直す気配がした。
「それと、私を俺の女にするってどういうつもり? あんた女組でハーレムでも作る気なの?」
――あ、やっべ。思いっきり聞かれてた。
妖魔討伐の話が、なんか無駄に長くなってしまいました。
あと、ヒロインの出番が全くありません。
というか、ヒロインが誰かすら分かって貰えていない気がする。
2016/09/10 誤字修正。




