第20話 巨漢妖魔
千尋は最初、島坂頼加が口にした意味が理解できなかった。
食べられると口走ったことを“性的な意味”での隠語だと捉え「この非常時になに言ってるんだこの色ボケは」と思ったほどだ。そして非常時だからこそかと思い直す。
女組の中で流布していた噂話では、島坂頼加が同性愛者であるという話は聞いたことがなかった。よほど今まで巧く隠してきていたのか、それとも、もう殺されてしまうかもしれないから自分の性癖を包み隠さず曝け出して、出来るだけ悔いを残さないようにしたいと思ったのか。
監視カメラで島坂のすぐ側に妖魔がいないことを確認している時間に、結愛はすでにオーディアスに乗り込んでいた。いきなり島坂がこんなことを言い出すとは思っておらず、結愛と鉢合わせなくてよかったと胸中で胸を撫で下ろす。その姿を見た瞬間突撃して、いきなり修羅場というか濡れ場というか、そんなシーンが展開されるのは嫌だった。
――まぁなんだ。結愛が主菜なのは分かるよ。うん、確かに客観的に見ればそうだろうよ。しかし私が副菜とか、どんだけストライクゾーンが広いんだよ。自慢じゃないが、大和にすら相手にされない未発育ボディー様だぞ。まぁあの子は完全に年上のおねーさんとして接してくれるからいいけど。
結愛にそっちの趣味がないことを知っている千尋としては、このまま二人を合わせるのは色々な意味でヤバイと感じ、結愛がオーディアスの操縦席で少しでも落ち着く時間を稼ぐことにする。
――結愛も今の精神状態でそんな告白なんて受け止められないよ。それに、ぶっちゃけちゃえば、あの狭い操縦席に三人とか無理だ、まして一人がガチな趣味とか拷問だよ。
MSSの格納庫はしっかりとロック済みで、内側から鍵を解除しなければ侵入はできないようにしてある。その格納庫に付随する休憩室はプレハブのような適当な作りの小部屋で、軽く飲食をするために冷蔵庫や給湯器などと仮眠室が併設されており、格納庫が堅牢なためこのままここでのんびり話し込んでも命を危険にさらす可能性は低い。
千尋はどっしりと構え島坂の考えを聞くことにした。
正直な感想を言えば、この非常時に色恋話とか趣味嗜好の暴露とかやっていて問題があるような気もするが、このまま聞かなかったことにする訳にもいかない。
千尋にしても恋愛の趣味嗜好は完全にノーマルで、若干の個性は年上の男らしい筋骨逞しい男が好みだった。学生時代は、当然のようにモテずにいたので、大学に進学したのを機に思い切って告白して、彼氏を作ったことがある。今にして思えば、よく言うことを聞く便利な女程度の扱いだったため、付き合いに耐えられなくなり破局した。その後も何人かの男と恋人関係には成ったが、どれも長続きせずにくっ付いたり離れたりを繰り返し、恋愛の経験値だけは稼いで今に至る。
この異世界に来てからは、勢い源田に告白し玉砕した。
「女として味噌っかすなのは認めるけど、それでも同姓ってのはちょっと遠慮したいわよ」
「・・・? ああ、大丈夫よ気にしない。それより工藤さんどこ? 逃げたの? 隠れてるの?」
「何がよ。結愛は憔悴してたから仮眠室で休ませてるよ、だいたい・・・あれ? 粉、何所にやったのよ? ああ、ちょっとそこ座って待ってて、今コーヒーでも入れたげるから」
千尋は格納庫わきの休憩室に通し椅子をすすめ、コーヒーを淹れるフリをしながら観察した。何故かさっきから違和感がぬぐえないのだ。鳥坂頼加、名前は知らなかったが何回か見かけた顔なので、女組に居たことは確かだ。
――そうだ。彼女は前回の妖魔襲撃時に犯されたはずで、その後心を病んで引き籠っていたはずなのに、なんでこんなにあけすけた会話ができるのよ? おかしいじゃない? 何が切っ掛けで正気に戻ったのかしら。結愛の治療で傷が完全に癒えたって解釈で良いのかな? それに、部屋に入れる前はあんなに慌てていたのに、部屋に入ってからのこの落ち着きよう、何かがおかしい。切羽詰った懇願は演技だったの?
ふと偽物かもしれないと思ったが、島坂に成りすまして結愛に接近するメリットがないため仮説を却下する。帝国などの間者として入り込むなら、こんな妖魔襲撃で慌ただしい時期ではなく、一段落して後始末に参加する傭兵達に紛れた方が効率的だ。
結局千尋は、島坂が半ば自棄になって同性愛者であることをカミングアウトして、結愛に迫っていると解釈した。治療の甲斐あって正気に戻ったとしても、こんな情勢じゃ“もしもまた”と思ってしまったとしても頷ける。
結愛は千尋の目から見ても羨ましいくらい美人で、ふわっとした髪の毛が包容力を助長し、豊満なくせに無駄な所の肉付きは薄いというチートスタイルの持ち主という認識だった。何よりふんわりと薫る彼女の匂いが、女の自分でもドキッとしてしまうほど惹かれるのだ。そんな結愛が、怪我の治療という名目で日参し世話を焼いてくれていたのだ、誰だって惚れる。
しかし先ほど結愛の話では、混乱しきっていたとはいえ彼女の中では、島坂頼加は妖魔を産んで死んで食われたと言っていた。だが現に島坂はここに生きている、おおかた妖魔の襲撃にパニックになって白昼夢でも見たのだろうと思いたかった。
はたして結愛と島坂のどちらが正気なのだろうか。
「ところでさ、島坂さん」
「なに? コーヒーまだ?」
「あなた一回死んだりした?」
カップにインスタントのコーヒー粉末を入れ、お湯を注ぎながら、鼻をかすめるような危険球を放る。もし結愛の言葉が真実だったとしても、とても肯定するとは思えないが何らかの反応が得られるはずだ。そこからおかしさを突き止めたい。
「ははは、まさかぁー。いくら召喚勇者でも死んだら終わりだってー。私の場合は棺桶に収められたけど這い出してきただけよ。工藤さんのお蔭でね。確かに私は妖魔に犯され子供を産まされたわ、そして子供に食われて死ぬはずだった。だけど死に切れなかった。そして、工藤さんが懸命に使っていてくれた治癒の力がね、私の中に溜まっていたのがね。妖魔の子供がクサビになって効果が表れなかったみたいだけどね、そして妖魔が生まれて一気に力が発動したから、体を半分ほど食べられちゃってたけど奇麗さっぱり治ったわ」
「何そのクソチートな力。ていうか良く自分の力がどういうものか分かったわね」
召喚勇者のカオスマターによる能力は、ほとんどの場合その詳細は不明である。
ゲームのようにステータス画面もなければ、スキルやアビリティの詳細をすることも出来ない。なんとなくできる事に気付き、力を認識するようになるため、その力の正しい使い方と言うものは往々にして不明のままである。早く走る力を手に入れていても、走ってみないと分からないようなものか。
千尋は淹れたコーヒーをテーブルに置く。島坂が嘘を言っているようには思えない、強いて言うなら虚構を真実と信じてしまい狂人となったようにしか見えない。そして、それ以外が全く普通の人間に見えるのが尚更不気味に感じた。
「私に宿ったカオスマターがね、私の力を教えてくれるの。私は他人の魔法を体内に蓄えられるみたい、そしてそれが任意に発動か死の直前の強制発動できるみたいなの。・・・信用してないわね?」
「・・・当然でしょ?」
「ん、しょうがないな。まだ工藤さんの魔力が残っているから試してみる? 腕の一本ぐらいなら切り落しても治せる程度はあるわ。でもただで見せるのもあれね。私の言葉が正しかった時は、窪田さん、あなた自身の意志で私の仲間になってくれないかしら? 私ね今やりたいことがあるの。それに協力してほしいの」
大丈夫だから腕を一本切り落せと無茶を言う。千尋は試す気にもならず、顔を引きつらせた。
「先に協力内容聞いていい?」
「うん。やることは単純だけど、今のままだと失敗するかも、邪魔者が多いからね。ああ・・・やることの内容ね、それはね、カゾリ村を滅ぼすの。老いも若きも男も女も残らず分け隔てなく皆殺し。私はそれがしたい。だから協力して? ああ、協力してくれるなら前菜として食べちゃうってのは取り消すわ」
「出来る訳ないでしょッ! あんた何考えてんの! 妖魔や飛竜種を殺すのとはわけが違うのよ! 同じ人間を・・・」
「同じじゃないわ。私たちは召喚勇者、人間じゃない。この世界の人間じゃない。少なくともこの村では人間として扱われていない。この村の奴らに浪費させられるだけの命、ゴミみたいなものよ。大体わかってる? なんで私たちがこんな目に合ってるのか、なんで妖魔に犯されたり殺されたりしなきゃならないの? なんで飛竜種と戦わなきゃいけないの? 元を正せばカゾリ村の人間のせいでしょ? 私たちは一方的に巻き込まれ利用されているだけ、それに復讐することが間違ってる?」
「そんなの間違っている!」
千尋は即答した。確かに島坂の置かれた境遇では、不平不満を言いたくなるのは理解できる。でもそれは、殴られたから殴り返していいという野蛮な考え方だ。それに賛同することはできない。
「やっぱりそうね、窪田さんも私と同じじゃないからそうなんだ。私の考えが正しいのに、受け入れられないんだね? 自分の考えが矛盾していても認められないのは、そっちの方が居心地がいいからだよね。やっぱり私と同じじゃないから、私みたいに妖魔に犯されていないから、私の気持ちが分からないんだよね。仕方ないな、同じ目に合わせてあげるね。その後でなら私の考えも理解できると思うよ。見せてあげるね、私の殺したいほど憎いクソ息子を!」
一瞬、影が広がったような気がした。島坂が落とす影が不自然に広がり、膨らむ。膨らんだ影は人のような形を取り、這い出して来る。
島坂は饒舌に、楽しそうに語る。
自覚した力を使い熟すことが、まるで享楽であるかのように。
「これはね、使い魔にしたの。工藤さんのお蔭でね、私だけ生き返れたから、ぶっ飛ばして半殺しにして支配したの。知ってた? 使い魔として支配すると自分の影の中に仕舞って置けるんだって。すごいよね。ああ、そんなに怯えなくても大丈夫よちょっと犯すだけだから、大人しくしてくれれば怪我もさせないわ。窪田さんもそっちの経験あるんでしょ? やっぱり、じゃあ大丈夫ね。間違っても暴れないでね、暴れられると勢い余って殺しちゃうかも。使い魔たちはまだ制御に慣れなくて、力の加減が難しいのよ。死んじゃったら本当に使い魔たちに食べられちゃうからね」
咽喉を悲鳴が駆け上がる。そこには、島坂が息子と呼んだ身長二メートルを超える巨漢な妖魔がいた。その妖魔が一声鳴くと、巨漢妖魔の影から、通常の人間の子供サイズの妖魔が十数匹現れた。
犯されるのも、殺されるのも御免だと思いながらもあまりの戦力差に絶望感が押し寄せてくる。その外見からくる恐怖と、理性のない行動のせいで、妖魔とは一対一で戦っても勝てる気がしないのだ。
「部屋に入る前の取り乱し方って何? どうやったらあなたを食べれる妖魔がいるのよ!」
「えー、だってぇ工藤さんに逃げられると思ったら焦っちゃって」
さらっとしらばっくれる。
おかしさの理由はこれかと千尋は思い当たった。島坂の行動は、全て思い付きなのだ。前後の脈絡が無く、思い付きで、感情だけで動いている。
それはまさに、理性のない怪物だった。
とても巨漢妖魔に勝てるとは思えない。それどころか、ただの妖魔ですら後れを取るかもしれないのだ。こんな時だけ普段信じてもいないヒーローに縋ってしまう。誰かが助けに来てくれるかもしれない、粘って抵抗すれば、間に合ってくれるかもしれない。
諦めたくはなかった。
――私にだって、白馬の王子様が居たっていいじゃない。そうでしょ? そうじゃなきゃ不公平じゃない!
千尋は部屋の隅に立てかけてあった、柄が一メートルあるスレッジハンマーを手に取り、そのまま振り回す。不用意に近付いてきた妖魔の側頭部に命中し、壁際にまで吹き飛ばす。吹き飛ばされた妖魔は血の泡を吹き、暫く痙攣していたが動かなくなった。
妖魔の頭蓋骨が砕ける感触が手に伝わったが、体は硬直せずに動いてくれる。殺生の罪悪感もまだ沸かない。
――よし。当たれば行ける。
妖魔達を見据えるため、眼頭に力を入れ妖魔を、島坂を睨み返す。二人の視線が交差すると、島坂は諦めたように肩をすくめ残念そうな顔でバイバイと千尋に手を振った。
それが合図となり、巨漢妖魔が動く。
巨漢妖魔が一足飛びで、千尋の目前に迫り拳を振るう。
千尋は咄嗟にハンマーの柄を盾にして直撃は防いだが、吹き飛ばされプレハブの休憩室の壁を突き破り、MSS格納庫の中をゴロゴロと転がった。凄まじい威力だ、これも常人なら即死だっただろう、頑丈な召喚勇者の身体だから即死は免れた。免れたがあばらや腕の骨などを数か所が折れ、プレハブの破片で斬ったのか体のあちこちの皮膚が裂け血が流れ出している。脚にも力が入らず、立つこともできない。全身に激痛が遅れてやってくる、余りの痛みに呼吸もままならない。
涙が滲む。
目が回り頭がふらふらと彷徨う。どうにか気力を振り絞りオーディアスを見上げる。操縦席のハッチが閉じている事に安堵が溢れるが、零れ出た隙間に後悔が流れ込む。
どうして私は結愛を先に行かせたのだろう。島坂を無視して、さっさと操縦席に隠れるべきだった。それに結愛は何故私を助けに来てくれないのだろう。いや、それは分かっている、助ける力がないからできないのだ。結愛を責めるのは酷というものだ。
でも、それでも・・・。
「・・・誰か、助けて・・・」
弱音が口をついて零れる。
儚い希望に縋った。
女組のキャンプ地である山岳要塞を制圧して、カゾリ村に向かった百匹を超える妖魔の一団は、たった四人少年少女の反撃により壊滅壊走した。
大和の銃撃により、奥の手であった魔法使いと隊長格の妖魔を潰されたことも大きいが、妖魔達の敗北を決定的にしたのは、三岡が聖剣より放った閃光による被害が一番の理由だ。
その威力の残滓が生々しく残っている。大きく抉り取られた大地に、炭化した妖魔の死骸がいくつも転がっている。後方にある森の木々は吹き飛ばされ、未だ燃え上がっている物もあった。幸いにも降り止まぬ雨のお蔭で、森林火災に発達することなく鎮火しそうだった。大和の攻撃は、あくまでダメ押しとして機能したに過ぎない。
これが、妖魔たちが怯え戸惑った根幹である。
少なくとも第三者が戦場の後を見れば、そのような判断をするだろう。
「ちっ、まじーな。何匹か逃しちまった・・・」
全身に万遍なく掠り傷を負った三岡が悪態をつく。やはり圧倒されていた数のせいか、倒し切るのは難しかった。もとより全滅させるには人手が足りない。怪我の箇所だけは多かったが、天性の避ける才能のお蔭か、カオスマターによる強化のお蔭か、どれも致命傷には程遠い物ばかりだ。
「追わない方が良いよね?」
「当たり前だ。逃げ出した腰抜けの始末より、女組の方が心配だ」
対照的にこちらは殆ど傷らしい傷を負っていない宮前が意見を伺ってくる。別に三岡よりも宮前の方が優秀であるという訳ではなく、純粋に相手取った妖魔の数の違いからくる差だ。敵陣に突っ込んだ人間と、後方で飛び道具を扱う者を護衛していた人間の差であり、もし立場が逆ならば、宮前が単身で敵陣に突っ込んでいたならば、あっけなく命を落としていたかもしれない。
「生き残った奴は面倒だが後回しだ。三岡の言うように俺たちには目的がある、そちらを優先すべきだ」
確かに、後顧の憂いを絶つためにも、森の中に逃げ隠れた妖魔を狩りたてなければならないが、今はそんな時間的な猶予はない。ただ逃げ回り時間稼ぎをされるだけでも十分痛手なの上に、深追いすれば罠にかけられる可能性もある。
女組を襲撃した妖魔を蹴散らした後に、山狩りを行い殲滅するのが最善手であろう。
「・・・大和」
美咲に声をかけられて、大和は内心焦りだした。苛立ちを含んだ声に、肝が竦み上がる思いだ。
不意に中学でのことを思い出す。男子生徒は銃や兵器の雑誌を回し読みして楽しんでいる者も居た。本能的に戦を求める精神でも備わっているのか、ほとんどの男子生徒は武器や戦争の話題に寛容である。確かに、飛行機派や戦車派、銃器派や刀剣派と派閥が出来たりはするが、戦争映画や暴力シーンを毛嫌いする輩は少ない。フィクションと割り切っていたり、人殺しや戦争と武器そのものは別物であると線引きできていたりするのだ。戦争に参加したいなどという輩は極少数しか存在せず、モデルガンや各種スケールモデル、模造刀など武器や兵器の玩具や模型などは常に一定の人気を持っていた。
逆に女子は、ファッション雑誌などを読んでいて、身近な物に興味が向いている様子だ。オシャレや化粧などに傾倒しており、男子のようなおもちゃには興味がなく、一流ブランドのバッグやアクセサリーといった物が人気を集めており、将来的に欲しいとか、バイトして買うとかそういう話が多かった。
身近に無い武器に興味はなく、暴力を嫌い、男子の喧嘩すらも忌避の対象だった。とにかく暴力は良くないといい、暴力を肯定する――戦争は必要悪だとか言い出す男子を見かけると、その考え方が戦争を産む悪の思想だと糾弾するのだ。
大和はそんな様を見て薄ら寒さを感じた記憶が有った。
だから、美咲の苛立ちが怖かったのだ。流石に、いまさら暴力は駄目だとか言い出すタイプではないと思っていたが、剣や弓と銃は全く別物の武器であり、前者は肯定出来ても後者を拒絶する可能性はあった。
とりわけ銃という武器は異質なのだ。女組に銃器を使う野蛮人と見られ、嫌われてしまうことを懸念した。もしそうなれば完全にこの村での大和の居場所は無くなってしまう。フォノの側に居ることも許されず、村から出ていくしかない。
状況証拠としてMSS、オーディアスの扱いだ。火器管制システムが搭載されているということは、MSSには銃砲の装備があり戦争時にはそれらを使用していたはずなのだ。だが現在の女組でそれらを取り扱った形跡がなく、飛竜種退治でも実剣と呼ばれるMSS用の金属製の刀剣を武装と装備しているのみだ。MSSを四機も稼動可能状態で隠し持ったのに、銃器だけがないというのは不自然に感じた。意図的に隠したか、使わないかだ。
どっちにしろ女組でさえ縁遠い物であり、拒絶される可能性を孕んでいた。
「ああ、そうだ大和。銃があるならもっと早く言えよ! オレも撃ってみたい!」
「・・・ずるい。・・・そういうものがあるならボクも使いたい」
「俺の葛藤は何だったのか・・・」
「ハハハハハ、相変わらずだね君らは」
また三岡に助けられた気がした。三岡の場の空気を読まない肯定の声に、意見が引きずられたように感じる。
それに、美咲が大和のイメージするところの一般的な女子からかけ離れていたことが助けになる。そう言えば弟が居る分、男の性質に寛容なのかもしれない。
そう思っていると、美咲は右手を大和に向かって突きだし、掌をめいっぱい開く。
「・・・んっ!」
「これは何かな? 高城さん?」
「・・・大和・・・君の性格上それ一丁ってことはない、でしょ? ・・・スポークガン壊れちゃった、から。・・・予備のやつ、ちょうだい」
美咲に貸していたスポークガンは、グリップが割れ、固定されていたチューブが外れてしまっていた。一目見てグリップを作り直さなければ使えないと分かり、この場での応急修理はできないと判断する。急造の玩具みたいな武器が上げた戦果を考えれば十二分な活躍だった。矢としてのスポーク自体はまだ十数本残っていたが、最早使い道がない。
スポークガンがなければ美咲は大振りのナイフしか武器がなくなる。魔剣のようにそれだけで十分な働きができる武器でもない。
「分かった。気を付けて使ってくれ」
内心、予備を持っていたことを気付かれたことに慄きながら、荷物から取り出して美咲に渡す。同時に弾倉などを取り付けられるハーネスも装備させてやり、予備の弾薬もある程度分けておく。大和も予備の弾薬と、雑用――キャンプ周辺のなどの下生を整えるのに使うために渡された鉈を取り出すと身に着けた。木刀よりもリーチがない分心細く感じてしまうが、素手よりは遥かに心強い。
ちなみに裂けてしまった木刀は、思い出の品であるのでどうしても捨てる気になれず、荷物にしまい込む。
三岡も宮前も身嗜みを整えると、誰からともなく女組のキャンプに向かって歩き出す。
走るのは危険だった。
この先は一度は妖魔の支配地に完全に置かれた場所であるために、村の中心からここまでとは勝手が違う。大がかりな罠はないだろうが、見えにくい場所に縄を張ったり、木々の影に隠れていたりするだけでも十分脅威だ。こちらの不意を突くことは容易になるため、ある程度の警戒は必要だ。
幸い、襲撃にもあわず。山岳要塞が目視できる地点にまでたどり着く。
既に女組は抵抗しているようには見えず、大まかな戦闘は終了しているようだ。負傷者が少ないことを祈る。
通常の通用口として使っている物資搬入口は開け放たれたままで、恐らく妖魔はここから侵入しているはずだ。各部にある人間用の通用口は鉄の扉で閉ざされており、破壊された形跡は見えないことから、閉鎖された状態なのだろう。電子ロックなど妖魔の知能では理解できないのか固執している個体もない。
MSS格納庫の大型の扉も閉ざされており、恐らく妖魔には壁としか認識されていないのだろう。
他には歩哨のつもりなのだろうか、要塞の周りを数体の妖魔がうろついていた。数自体はそんなに多くない、美咲と二人で強襲をかければ短時間で全滅は可能だろう。しかし、問題はそこじゃない。要塞の内部に入り込んだ妖魔がどれだけ居るかということだ。
どんなに少なく見積もっても、さっきと同じだけは居ると想定しておいた方が良い。そしてあれだけの数を殲滅するには、三岡の聖剣の力がカギになる。あれなら広範囲に多数の妖魔を始末できる。
「ところで三岡。・・・さっきのビーム、あれは後何発撃てる?」
「・・・ビーム? ・・・ああ、あれは。・・・そう“ホーリークローラー”とでも名付けよう」
「その名前で良いから、そのホリクロは何発撃てる?」
「二発。・・・いや三発は行ける・・・と、思う」
――つまり、三発撃つと気絶する可能性があるってことか。緊急避難用に一発は取っておきたいな、となると実質使えるのは一発。・・・なるほど作戦を考えよう。
三岡を捨て駒にするなら三発撃てるが、万が一の場合を想定する必要がある。 こちらの戦力で歯が立たないほどの数の妖魔や、さっきの隊長格や魔法使いが複数いる可能性もある。その場合は自分の命を守り、最低でも源田に女組の状況を伝える必要があるため、玉砕覚悟で突っ込むのは愚策。
逆にさっきの戦闘での妖魔の驚愕の仕方から、三岡のホーリークローラーが全く効かない可能性はない。
「美咲、要塞の内部はどうなっている? バリゲードや隔壁なんかはどうするか聞いているか?」
「・・・打ち合わせ通りなら、剣士隊が避難する時間を稼いで・・・扉が頑丈な部屋に逃げ込んでいる、はず。・・・逆に言えば、通路をウロウロしているのは全部敵と思って、いい」
流れ弾で味方が負傷ということは避けられそうだ。それに避難が完了しているのなら、今まさに切り結び戦っている女組の剣士隊は居ないだろう。妖魔は獲物を探して通路をウロウロと彷徨っている状況だ。
恐らく妖魔は要塞内部に入り込むも、各部屋に侵入できず通路にたむろしている状況になっているはずだ。そこに三岡のホーリークローラーを打ち込めば一掃できるが、全ての妖魔が一本道の最奥に居るはずがないので、実質一回しか撃てないようでは効果が弱い。それに要塞内部の破壊は最小限に留めたい。
普通に戦って貰うにしても、要塞内の通路は剣を振り回せるほど広くはないため、三岡に突入してもらってわざわざ戦いにくい場所で命を危険にさらす必要はない。それよりも万が一に備えて退路の確保をしてもらった方が良い。
もしホーリークローラーの威力を搾ることができて、球数があるなら一緒に来てもらった方が楽に制圧できると思うが、今の三岡では威力を搾って撃てといっても、さほど魔力の消費は抑えられないだろうから出番はないのだ。
「俺と美咲で突っ込んで出来る限り妖魔を炙り出す。三岡と宮前には通用口から出てきた妖魔を潰して欲しい。一度にたくさん出てくる様子ならホリクロをぶっ放して一気に数を減らしてくれて構わない。ただし撃っていいのは一発だけだ。二発目は逃走用に温存するんだ、もし二発目を撃つような状況になったら即逃げろ。後、間違っても要塞内には放つな、俺が死ぬ」
「・・・大丈夫。・・・そうなったらボクが、殺す」
「手に負えないと判断したら、俺たちは見捨ててくれていい、逃げてくれ。源田のおっさんも男組を連れて女組の解放に来るはずだから、その後にでも骨を拾ってくれればいい」
「いいんだな?」
大和が「ああ」と頷いた時、何か固い物も殴りつける音が連続して響く。
歩哨の妖魔たちも、驚き音の出所に集注している。
咄嗟に大和は飛び出し、それを察した美咲も続く。降って湧いた好機だ逃す手はない。騒ぎに紛れ、手近な妖魔を通り過ぎざまに射殺し、迷わず通用口に駆け込んだ。
――音の出所はMSS格納庫か。ならそっちから行くしかないな。
大和は目配せすると、美咲も頷き返す。二人は目的地をMSS格納庫に定め走った。
2016/09/10 誤字修正。一部修正。




