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第19話 二人の副長

この話は、グロテスクな描写や性的な表現を含みます。

苦手な方はご注意ください。


 美咲を送り出して、情報管理室に一人残った莉緒は慌ただしく作業を熟していた。

 本来ならのんびりとお茶でも飲みながら出来る程度の仕事量であったはずが、都合により三人分の仕事を熟さねばならなくなった。結果として、忙しさは加速度的に増加し疲労が顔に浮かびだす。誰かがやらなければならない仕事だと、自分の役回りだと責任感で疲労を覆い隠す。

 損な役回りを引き受けてしまった後悔が胸中で燻るが、今その事を吐き出しても何の解決にもならないどころかマイナス要素しか含まない。特に人の命が掛かっているのだ、それ保吐き出すのは今ではない。


『・・・でオギー聞いてる?』

「聞いてるけど、徳永さん。その呼称やめてもらえる?」

『ちょっと騒がしいみたいだけど、何かあった?』


  飛竜種の巣の破壊のためにMSSで出撃している徳永小隊は、山岳要塞との通信で現在位置の確認を行っている。現在位置を割り出すのに衛星通信のような、世界を俯瞰する監視システムがないために、山間を行軍しているMSS本機に搭載されているレーダーでは、山肌が障害物となり感度が悪いのだ。

 女組のキャンプはもともと山岳要塞として建造されているため、レーダーや通信用の電波塔が山頂より突き出す形で設置されており、広範囲を探知することが可能だった。だから常に通信状態を保たなければ、徳永小隊が現在位置を見失い迷子になる可能性もあった。この通信はまさに命綱であり、途切れさせる訳にはいかないのだ。


――何かあったって聞かれてもね。妖魔に襲撃されているって答えてもいいのかしら。パニックになったり、取って返すって言い出されたりしても困るし。・・・でも誤魔化しは意味がなさそうだし、返って不審がられるかもしれないし・・・。


 莉緒はどこまで本当の情報を伝えていいものか逡巡する。騙すつもりはないが、飛竜種の巣の破壊に差し障るような情報は隠匿すべきだ。少なくとも今は、すべきことに専念して貰うしかない。


「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあったの、笹沼副長に解決に当って貰ってるわ」

『・・・やっぱり』

「取り敢えずの優先順位は・・・」

『分かってるって、皆まで言うな。最優先すべきは飛竜種の巣の破壊でしょう。私が気にしたのは、あの脳筋女に事態を解決する脳味噌が残ってるか、ちょっと気になっただけ』

「幾らなんでもそこまで酷くないでしょ」

『まぁ脳筋女とかどうでも良いんだけど・・・良くないのかもしれないけど、私らの寝る場所はしっかり取っておいてよね。でないとこっちも気になって集中できないから』

「分かってるって。じゃ悪いけどトラブル対策もしないとだから、一旦通信は切るね」

『ああ、了解、りょーかい。オーギー』


 口にこそ出さなかったが、徳永もまた妖魔の襲撃を察していた。副長を始めとした剣士隊が出張るトラブルなんて、それくらいしか思いつかなかったからだ。それに、いくら心配でもMSSでは妖魔に対して大き過ぎるのであまり役に立たないし、やはり飛竜種の脅威は捨て置けない。

 今は飛竜種を相手取る様に任されたのだから、それを全うしなければならないと気合いを入れ直した。


「だからそれはやめてって、・・・人の名前を通信終了の言葉みたいに言わないでよ」


 徳永小隊との通信を切り、重く溜息を吐くと、監視カメラのモニターに目を向ける。

 笹沼副長を始めとした女組の剣士隊が、解放されたままの通路にバリゲードを構築し、妖魔との接戦を展開していた。非戦闘員の無用な混乱を避けるため、剣士隊は全員がインカム状の通信機が行き渡っており、連絡を取り合いながら戦線を維持する。戦況は幸いも、妖魔達が弓などの飛び道具を持っていないのが救いとなって、長槍で小突いて追い返せている。

 しかし、小突き返すうちに死亡する妖魔が出始め、死骸がバリゲードの前に積み重なること障害物となり、長槍の有効性が削がれていく。妖魔の死骸が、肉壁として剣士隊の攻撃を削ぐのだ、そればかりかこちらのバリゲードを踏破する足場にもなる。

 妖魔は仲間の死骸を踏み越えて襲い来るのだ。

 そうして突破される危険性が増すと、剣士隊はバリゲードを放棄し、もう一つ内側に構築されている第二のバリゲードに引き下がる。ここは自分たちの陣地だ、何重にも施されたバリゲードで時間を稼ぐ。

 それでも怪我人を出さないのは難しいようで、何人かは通路の奥に逃れ傷の手当てを受けていた。容体は監視カメラ越しでも良くないことがハッキリと見て取れ、せっつくように笹沼から通信が入る。


『荻原組長! 聞こえる? 工藤は来れない? 一人深手を負って血が止まらない子がいるの!』

「工藤はちょっと立て込んでるから直ぐには無理よ。男組に救援要請の使いは出したから・・・」

『馬鹿言うな! それまで持つわけないでしょ!』


 美咲を使いに出してからまだ十分も経っていない。男組まで普通に走っても二・三十分はかかるし、そこから救援部隊の編制に帰路の移動を考慮すると、最短でも一時間半くらいはかかる。

 妖魔の数が多いため、バリゲードを放棄しつつ後退してもいずれは使い切る。とても援軍が来るまでは待てない、血が止まらなければ出血多量で死んでしまう。

 深手を負った組員の、寒いと凍える声や、それを励まし必死で止血する声が胸を抉るように突き刺さる。

 このままバリゲードで防戦を続けても勝ち目はなく被害が増えるだけだ。撤退し部屋に閉じこもってしまえば、籠城に移れば剣士隊の生存率は上がるが、女組の非戦闘員の生存率は下がる。何より要塞内に侵入を許せば、男組が跋扈する妖魔の駆除を完了するまで部屋から出られくなるため、飲料水や排泄物の心配もしなければならない。

 それに、この莉緒がいる情報管理室は元々人間の銃火器を装備した歩兵などが侵入した場合でも、ある程度は持たせられるような強固な作りになっているが、寝室として利用している部屋はそこまで強固な作りではない。一応鉄製の防弾扉であるが、妖魔が絶対に開けられないというには不十分な気がする。


「非戦闘員の避難が済むまでは持ち堪えて。避難が済み次第、防衛線を後退させつつ退避」

『・・・了解ッ! どのぐらいで避難は完了する?』


 非戦闘員は前回の妖魔襲撃で心身に深手を負っている娘ばかりだ。今回の襲撃で、前回の恐怖を思い出してパニックになっている娘もいるし、そうでなくとも無気力でとにかく移動が遅い。それどころか、そもそも避難などせず寝室から出ようとすらしない娘が、いや妖魔の襲撃という危機を理解できないほど心を壊してしまった娘が殆どだ。


――ダメだ。もうダメだ。逃げてくれない子は・・・見捨てるしかない。


 人道的には見捨てられない、見捨てたくないが、固執すれば反対に剣士隊が無駄死にをする。既に剣士隊には散々無理を言って血を流してもらっているのだ、これ以上の無理を押し付けるわけにはいかないし、組長の立場では役に立つ方を生き残らせるべきだ。

 残酷だとか、酷薄だとかそんな評価はどうでもいい。組長として女組を存続させるために一番被害の少ない方法を取らなければならない。

 良心が問う。どこまで助けるか、どちらを助けるべきか、有用だからという理由で助ける側を選んでよいものなのか、莉緒は組長として苦渋の決断を強いられる。

 だが、今日を乗り越えればすべてが収まる訳ではない。

 また明日も妖魔の襲撃があるかもしれないのだ、ならば戦う意思のある人間が戦える体調のまま温存すべきである。人の命の価値は等価ではない、その質により価値が変わり、数だけでは質に届かないこともあると知る。


「全員、立て籠もった部屋の鍵はしっかり掛けて!」


 要塞内の放送で全体に声をかける。避難しない娘の保護は諦めたが、それでも生き延びられるかもしれない可能性はある。せめて、組長として最低限の言葉をかけるべきだと思い、口から零れた。それでもこの指示で、この指示のせいで何人かが命を落とすかもしれないという思いが、莉緒の胃を締め付ける。キリキリとした痛みに耐えきれずゴミ箱に吐いた。

 取り繕い、取り澄まし、剣士隊に告げる。


「剣士隊は随時後退を開始してください。指定の避難所に逃げ込んだら必ず施錠して。退避の順番や人選は副長に任せます」

『了解した。よし、随時退避する。取り敢えず怪我人を運べ・・・』


 通信を切り少し気が緩んだのか莉緒はずるずると蹲ると、自分の吐瀉物の入ったゴミ箱を抱きかかえ、ぐずぐずと子供の様に泣き出した。肩が寂しい、背中が寒い、誰かに頭を撫でて慰めて欲しい、頑張ったねと褒めて欲しい。人の温もりがどうしようもなく恋しくなってしまった。

 ふとテーブルを見れば、淹れたてのはずの三人分のコーヒーはすっかり冷めきっていた。


『・・・オギー。聞こえ・・・か? そっちとのレーダーの・・・がりが悪くな・・・。分からないか・・・』

「・・・ッ。とくながぁ? ヒャッ!?」

『・・・どうした? 泣いて・・・るのか?』

「うるさい。今調べる・・・、あぁ丁度尾根でレーダーの感度が悪くなる地点を通過しているみたい。雨も降ってるし、暫くそんな感じの不安定な状態が続くと思う」

『・・・・・・・・・・・・』


 また徳永の洒落のつもりのオーギーの言葉で通信が終わると思ったのだが、不自然に言葉が続いてこなかった。千尋や結愛、美咲に散々ニブイと馬鹿にされたこともある莉緒だが、流石にここまであからさまな態度では察しがついた。


「・・・・・・ひょっとして、あんた。心配してくれてんの?」

『ッ!? ・・・・・・悪いかよ・・・』

「ありがと。何とか解決に向けてるけど、やっぱり被害は出ちゃった。でも徳永は徳永の仕事に集中して。そっちだって些細なミスで失敗することもあるんだから、あんまり意識を散漫にさせないでね」

『あ・・・かってる、分かってるって。ちぇ・・・心配した・・・っちが心配され・・・せわね・・・オーバー!』


 笹沼は実直に文句を言わずこちらの指示に従ってくれる。徳永は似合わないくせに気を使いこちらも心配してくれる、状況を察していつもの洒落を言わない程度には。


「・・・あの二人が副長で良かったわ」


 今回の件で心底そう思った。二人には感謝してもしきれない。後は美咲が巧くやってくれることを祈るばかりだ。

 剣士隊が何体か妖魔を倒してはいるが、このままいけば二百体ぐらいの妖魔が要塞内に入り込むと予想される。それを完全い排除するのにどれだけの男組の人手といるか、どれだけ被害がでるかは考えたくもなかった。当然、それだけの数の妖魔が居れば破られてしまう扉も一つ二つはあるだろう。

 多分、出血の酷い娘の治療に結愛は間に合わない。他にも怪我の酷い子もいるだろうし、剣士隊も何人か欠員が出るだろう。

 それでもどうにか被害を最小限に食い止めたと自分に言い聞かせると、ほんの少しだけ気分が落ち着いた。

 莉緒はゆっくり深呼吸を繰り返すと、背筋を伸ばす。気分を入れ直して監視カメラで状況を見守りながら、時折入る通信に応えなくてはならない。

 若干軽くなった陰気を払って、監視カメラの映像を見る。

 そして、その一画面に見たくないものが映っていた。


「・・・ッ!? な・・・、そんな。嘘、でしょ・・・??」


 あまりの惨状に莉緒はまた吐いた。




 それは島坂の治療中に起きた。

 急に苦しみ出したかと思えば突然破水が始まり、そのまま一気に、母親が生み落すのではなく、胎児が生まれ出ると言った方が相応しい動きで出産が始まった。母体の損壊など気にも留めない乱暴な動きで、それは這い出してきた。

 それは黒色に近い赤色の肌をした、猿と犬を足したような赤子だった。


「・・・えっ・・・?」


 結愛は間近で起こった突然の出来事を理解するために必死に頭を巡らせる。

 人間の赤子は、湯にのぼせたような赤い肌で猿にしか見えないと聞いたことがあるが、とてもそのようには見えない。生まれたばかりのはずなのに、まだへその緒も繋がっているのに、牙があり四肢を持って這いずり回ろうとしていた。

 妖魔との子供。その単語が結愛の脳裏をよぎる。

 妖魔の仔はへその緒を引きずったまま、母親の乳房に縋りつくが、母親は、島坂頼加は反応せず息絶えているように見えた。仔が無理矢理這い出したため、腹が裂け死に至ったようだ。妖魔の仔は母乳がもらえないと分かると、そのまま柔肉にかぶりつき、母の肉を食らい出した。

 猛烈な吐き気が結愛を襲う。あまりの悍ましさからくる眩暈と、恐怖にその場で腰を抜かしそうになった。結愛の生存本能が悲鳴を堪えさせる、僅かながらでも後ずさりして少しでも離れようとする。辛うじて手で口を押さえていられるのは、大きな声を出せば次に襲われるのは、食われるのは自分ではないかという恐怖がそうさせた。

 異世界に召喚され、勇者として戦うことを強要され、妖魔に犯され仔を産まされた末のこの扱いは、あまりにも非道ではないだろうか。あまりにも救いがないのではないだろうか。

 結愛は島坂に同情を禁じ得ない。

 同じ目には絶対に会いたくない。


「ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴が上がった。

 結愛をこの部屋に案内してきた少女だ。無理もない、堪えきれなかったのだろう。彼女は半狂乱になると、髪を振り乱し、島坂頼加を食らう妖魔を蹴り飛ばし、そのまま踏み殺そうと追い打ちをかける。

 そこで結愛は自分の目を疑った。蹴り飛ばされた妖魔、つまりたった今生まれたばかりの妖魔の身体が、先ほどの倍くらいの体躯に成長していたのだ。それどころか、床に転がっている今でさえも、僅かに体が大きく成り続けている。

 急速に・・・文字通り目に見える速度で成長しているのだ。

 危険を感じ咄嗟に止めようとするが間に合わない。

 少女は踏みつけた足をそのまま掴まれ、ばりっと靴ごと爪先を齧り取られる。

 妖魔は悠々と起き上がると、お返しとばかりに少女を蹴り返した。部屋全体が揺れるほどの衝撃が発生し、蹴り飛ばされた少女は壁に張り付き、ずるずると剥がれ落ちる。常人なら確実に絶命していた一撃だが、召喚勇者の頑丈な体は辛うじて命を繋ぎ止めていた。もっともそれが少女にとって更なる悪夢に繋がる。

 妖魔は楽しそうに笑いを溢し、新たに出来上がった餌を拾い上げる。活きが良く旨そうに見えるのだろうか。そのまま絞めることなく、食らい出した。痛みと恐怖で暴れるのを楽しみながら、ぐちゃぐちゃと肉を嚥下していく。

 強化された勇者の身体のせいで、死ぬことも、気を失うこともできず、生きたまま、悲鳴を楽しまれながら食われていく。


――次は、私だ。私も・・・ああいう風に食べられるんだ。


 漠然と、そう言う未来が決まってしまったと結愛は思った。

 諦めてしまおうと思ったとき、背中が壁に、この部屋の扉に当たった。扉を開ければ外に逃げ出せる。もし神がいるとして、まだ足掻けと弱気になった心を叱咤された気分になった。だが、この恐怖続くのであれば死んだほうが楽になることは明白だ。生き延び、生に縋って茨の道を進まされるくらいなら、ここで楽になった方が良い。食べられる恐怖はあるが、それはもうどうでも良くなる。


――ほら、いま目を閉じれば、気を失える。そうなれば私はもう目覚めることはない。


 ふっと憑き物が落ちるかのように、体から生きる気力というものが抜けていく。目は曇り出し、視界は闇に沈んでいく。膝から力が抜け扉にもたれかかりながら崩れ落ちる。膝が床に着くかという刹那、それが視界に入った。疑問が鎌首をもたげたのだ。

 本当に自分は食べられるのか? という疑問である。あの妖魔の餌は人間の少女二人分の肉だ。流石にそれだけ食べたら腹も膨れるのではないかということだ。

 そして、本能として。食欲が満たされれば、性欲を満たしたくなるのではないか?

 だいたいアレは、あの妖魔はどうやって生まれた?

 自分は食べられるのではなく、犯されアレの仔を孕まされるのではないか?

 現に目は血走りオスの情動を蓄えているように見える。日本でもクラスメイトの男子にそういう目で見られること、そういう視線で嬲られた経験のある身として、貞操の危機を感じた。

 それは結愛にとって、生きたまま食われることよりも、仲間を見捨てた薄情者として罵られつ続ける茨の道を行く生よりも選びたくない結末だった。

 どうせ選ばなければならない未来なら、まだマシな方が良い。咄嗟にドアノブに手を伸ばし、後ろ向きに転がるように部屋から抜け出す。外側に開く扉で良かったと思う間もなく、その場から逃げ出した。

 その後はもう無我夢中だった。どこをどう走ったかさえ覚えていない。

 何度も転びそうになりながら、ただ妖魔が居なさそうな方へ、ひたすらに足を進め、気が付けばMSSの格納庫に着いていた。

 より正確には、未だ格納庫で作業をしていた窪田千尋に声をかけられ、ようやく正気に返った。

 千尋は素早く格納庫に結愛を引き込むと、扉を閉め鍵をかける。MSSの機密性を考慮された扉は電子ロックも併用されている強固な作りだ。情報管理室や避難所に次いで頑丈に作られている。


「ちょっと結愛? どうしたのよ? 顔色真っ青よ」

「・・・あ、千尋~さ~」


 知り合いの元気な顔を見て、見る見ると涙が零れだす。身長も低く、肉付きの悪い千尋は、体積で考えれば自分の半分くらいしかないように思えるほど、華奢だった。それでも、年上の貫禄というものが結愛を安心させる。


「まー私はこれでも、女組じゃ一番年上だしね。おーよしよし、結愛に甘えられるのは嬉しいよ」

「・・・ここも危ない・・・早く逃げないと・・・」


 泣きながらも、細々と危機を呟く。結愛にしてみれば、ここも決して安心できる場所ではないのだろう。

 だが既に幾つかの箇所の隔壁は閉鎖されている。格納庫から他の避難所へ向かうにはかなり遠回りをしなければならない。事前の話し合い通りに隔壁が閉鎖されたのなら、下手に歩き回るよりもこのまま格納庫に潜んでいた方が安全であった。

 確かに、MSS用の格納庫は生身の人間には広すぎて不安になるのも頷けるが、普段扱っている物の機密性や危険性を考えれば妖魔程度が暴れた所で、壁や扉が壊せるとは思えない。


「ちょっと狭いけど、一番安全な場所があるから、そこに隠れよ」

「そんな~場所あるの~?」

「私よりも結愛の方が馴染み深いでしょうが。MSS、オーディアスの操縦席よ。あそこなら妖魔程度じゃどうやったって開けられないでしょ」


 そう言って、格納庫の端に打ち捨てられるように座り込んでいる機体を指さした。

 戦闘による破損と、稼動に必要な部品が抜き取られたせいで動かなくなっているが、主動力と操縦席周りはちゃんと稼働できるので、現在は練習シミュレーターとして扱われている機体だ。操縦席は気密がしっかりとした、それこそ宇宙戦闘すら考慮されたような作りになっている。急場凌ぎのシェルターとして二人で使う分には何とかなるだろう。

 結愛がのろのろと動き出すと、扉のインターフォンが作動した。

 千尋は結愛に手振りで先に行けと指示を出すと、慎重な面持ちでインターフォンの通話機能を入れる。インターフォンのボタンくらいなら妖魔でも押せると思ったからだ。


『・・・・・・・・・・・・』

「・・・どなた?」

『・・・窪田さん? あ、お、お願開けて、工藤さんを、妖魔から逃げる途中で、工藤さんを見かけたから、追いかけてきたの。しゅ、宿泊室に籠ったままの人は、みんな死んじゃった、みんな妖魔に食べられちゃった。お願い、ここを開けて、助けて、妖魔が追ってくる、いやだ、私は食べられたくない』


 切羽詰った声でまくしたてられる。結愛から聞いた話と矛盾する点もないので、念のため、監視カメラで辺りを伺い、妖魔の姿が確認できなかったのでロックを解除した。

 千尋は結愛にやったように、人一人通れるだけ扉が開くと、その隙間から強引に相手の腕を引っ張り込むと、即座に扉を閉め鍵をかけ直す。


「ありがとう、窪田さん。助かりました」

「それにしても、良く追い付いてこれたわね。もう通路は妖魔が入ってきてるはずじゃ?」

「ええ、何とか躱しながら・・・。それに工藤さんてとてもいい香りがするから、残り香をたどって何とか来れました」

「あんたは犬か。で、あなた名前はなんだった?」

「・・・名乗ってませんでした? 島坂です。島坂頼加。よかったこれで工藤さんを食べられる。あ、大丈夫ですよ工藤さんは主菜ですから。窪田さんも前菜として頂きますから」


 そういって島坂頼加と名乗ったモノは、華のような笑顔を邪悪に歪ませた。


2016/09/09 誤字修正。加筆修正。

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