第1話 召喚されて
暗闇の中で、声が聞こえた。
全身を包む穏やかな浮遊感。
水の中にいるような息苦しさも、胃が浮くような腰の落ち着かない不安定な緊迫も、ない。
ただ浮いているのだと知覚する。
――俺は夢を見ているんだな。
大和は夢の中で夢を見ていることを自覚する、というのは恐らく錯覚だろう。夢に気付いたという、夢を見ているのだ。
実際問題そんなことはどうでもいい――ただ声が聞こえたのだ。
『この声が届いているのなら、どうかお応えください』
陽の光のように降り注ぐ、鈴のような声音。その光の中は逆光で見えるはずないのに、祈りを捧げる少女の姿を見た。浮世離れした青く長い髪が、これが夢であることを、夢の出来事であることを強く訴える。
『異界の勇者様。滅びの淵に瀕した我々をどうかお救いください』
幻想的な光の中の少女の声は確かに届いた。
必要とされていることが嬉しかったのだ。自分の居場所を与えてくれる声が、愛おしく感じるほどに。
だから、少年はこれがただの夢で終わらないことを強く望み、答えた。
――ああ、任せておけ!
青い髪の少女は少年の答えに破顔する。雨上がりの雲間から差す陽の光を浴びて、咲き誇る百合の花のような、透き通るほどに白い笑顔だった。その攻撃力たるや、独り身の寂しい少年の心に少女が住み着くには有り余る威力だった。否応無く胸を押さえ仰け反る。
そして・・・、
気が付いたら、そこは戦場だった。
異世界の戦場だった。
夢のようだった。夢だと思った。夢ならば良かった。
だから夢にしようと思った。でも無理だった。
砲弾の着弾による衝撃が、炸薬の破裂と合わさり爆風となって吹き荒れる。いや、世界を薙ぎ払っていく。大地は液状化し泥土となって横殴りに襲いかかってくる。
――なんだ? なんだ? 一体何が起こっているんだ?
あまりに突然の出来事に理性が撹拌し、意識が纏まらず眼に映る景色さえ像を結ばない。
そんな中にあってさえ本能は自身が危機であると感じ逃走を試みるよう訴える。
断続的な爆発音に発砲音がそこかしこから聞こえ音波が頭蓋の中で反響し混乱を招く。
指が土に触れる感触で、そこに地面があることを把握すると、油虫ばりに這い蹲る。頭を低く、しがみつくように指先に力を込める。散発的な着弾が衝撃波を伴って世界を揺さぶる。必死にしがみ付いていた地面ごと宙に浮き上がり、吐き気を催す浮遊感に眼を回す。
――覚めろ! 夢なら醒めてくれ!
僅かな時間の不快な浮遊は終わり、地面に叩きつけられ肺腑の中身が押し出され、酸欠に喘ぐ間もなく転げる体を起こそうとして、再び吹き飛ばされる。
砲弾ではない別の何かによる振動と烈風。
見あげれば巨大なドラゴンと呼べそうな化け物が睥睨していた。
――これは無理だ。
大和はそう直感する。このドラゴンからすれば熊などアリ程度の脅威でしかないと言われて、あっさり納得できるほどの力を感じる。自分が熊を辛うじてとはいえ倒せる人間だとしても、このドラゴンの前ではそんな矜持など風前の灯火以前の存在だった。
一瞬でプライドは砕かれ、散逸する。
絶対強者を目の前にして生存本能が無理だと悲鳴を上げる。
威嚇の為かドラゴンが咆哮を上げ、その音波によって木の葉のように吹き飛ばされ無様に転がっていく。
幸いにして食いつかれるよりも早く、地面をただ掘っただけの乱雑な作りの――水のない溝川のような――塹壕に転がり落ちた。見上げれば他の誰かの手足が、手足だけが燃えながら宙を舞った。
――ドラゴンのブレスでやられたのか?
悲鳴も出なかった。恐怖が全身に重く覆い被さる。
塹壕の上――地面を滑るように炎が走っていく。
助かったと、少なくともドラゴンブレスで焼き殺されずに済んだと安堵した。
脳が現実に対応できずに未だに真っ白になっているのに、身体の状況は危機からまったく脱していないのに、一瞬でも弛緩したせいで体に力が入らなくなっていた。ぐったりと体が重く、四肢が鉛のように重くなったの感覚が生を実感させる。涙も鼻水も涎も、漏らしてさえいたのに、全てが泥土にまみれ分からなくなっていた。
今生きていることを感じ、死から逃れられたことを感謝しながらも、数瞬先に訪れるであろう死に恐怖した。
「貴様! 生きているならそこの弾をよこせ!」
塹壕の先で誰かが叫ぶ。据え付けられた銃座から懸命に応射しているが、中っているのか効いているのか、大和には分からなかったが、それがドラゴンに有効であると信じて弾を探す。
大和の足元には旅行鞄くらいの大きさの弾倉が落ちていた。その取っ手には誰かの腕がくっついていたが――生き延びるには邪魔な情報だと判断し――無視した。
ぬかるんだ塹壕の中、身を屈めたままで重い弾倉を運ぶのは大変な作業だった。泥に足を取られ顔面から倒れこんで、泥土を食み、砂利を齧りようやく男の下に辿り着く。
「遅いぞ! 装填す・・・」
そこへドラゴンが強襲した。弾切れを起こし射撃が止んだのを好機と見たのであろう、衝撃波があたりを薙ぎ掃う。最早大和には踏み止まるだけの力もなく、弾倉に掛かった指がほどけ後ろへと吹き飛ばされる。
辺りの時間が止まったかのように、一瞬がこんなに長かったのかと錯覚した。錯覚から覚め顔を上げれば、大和に声をかけた者は腰から上が――銃座もろとも――ドラゴンに食い千切られてなくなっていた。死が命を捥ぎ取って行った。いとも簡単に、あっけなく。
再び込み上げた吐き気に抗えず、その場で喘ぐ。
死にたくはない。そう強く思う。
塹壕に流れ込んだ泥土の奔流が、何もかも押し流していく。押し潰そうと怒涛となる。
そして、死を意識した。
死ぬことも仕方ないのかなと思えてしまうほどの、圧倒する力が渦巻いている。
死にたくはない、それは間違いなく本心からの欲求だった。しかし、あのドラゴンに勝つ手段が思い浮かばない、戦う術すら手の内に無い。それどころか逃げ延びる、生き延びる手段すら思い浮かばない。
――もう、死ぬしかないのか。
ふと、頭の片隅で「これが走馬灯なのか」といやに冷静に客観視する自分がいた。
生きる算段を考えながらも、死を受け入れようとしている自分。
心に永遠に残るような楽しかった想い出が一切無いことに気付いてしまった自分。
もう十分強くなったと自惚れながら、命の危機に何もできない無力な自分。
ただ自分の無様さや馬鹿さだけを鮮明に気付かされていく、情けなくて涙が止まらなかった。あの時もう少しこうしていればと、後悔だけが心を埋め尽くしていく。心がどんどん軋んでいく。
心が壊れてしまいそうだった。さっさと止めを刺して欲しいとさえ思う。
しかし迎えは来なかった、泥土に体を半分埋めて仰向けに転がっている。五体も衝撃波や奔流に弄られた痛みを感じる。幸いにも、大した怪我はしていないようだ。だが悪態をつく余裕もなく、呆然と空を見上げる。
その時、塹壕を何者かが跨ぎ越して行った。巨人だった。
それを見て、ようやく「ああ、本当に異世界なんだな」と自虐に口元を歪め、大和は気を失った。
空は、この泥の世界を見下しているだけあって、むかつくほど、青く澄んでいた。
気が付いた時には辺りはすっかり暗くなっていて、あれだけ騒がしかった戦場は静けさに沈んでいた。
無駄に晴れ渡った夜空に煌めく星を見つめさめざめと泣いた。その嗚咽を聞きつけた兵が大和を助け出し励ました。
こうして異世界に招かれた少年は、訳も分からぬままいきなり戦場に放り込まれ、なんとか生き延びることが出来たのだった。
「いや~、お前はほんっと運がいいな!」
助け出してくれた兵隊達の隊長格の男がそう言って背中を叩き、その衝撃で何かが軽い音を立てて落ちる。
木刀だった。素振り用にと使っている愛用の、枇杷製の木刀。寝る時はすぐ手に取れる位置に、布団の脇に転がしてあるので、咄嗟に握っていたらしい。その木刀が大和の心細さをいくらか霧散させていく。
「いきなり戦場に放り出されて生き残るなんて付いてるじゃないか。素晴らしい強運。お前のような勇者がきっと世界を変えるんだろうな!」
――いきなり戦場に放り出されるのは不運じゃないのか?
「まぁ戦場のど真ん中に、召還点がずれたことは不幸であったわけだが。そんな顔するなよ、言いたいことは分かる。・・・分かるが、今は結果を良い方に受け止めておけ」
昼間の戦闘は、かなりの戦死者を出したもの、どうにか勝ち戦だったようだ。
大和は塹壕の後方に設置された野営地に連れてこられた。
聞けば、あのドラゴンはやはり飛竜種と呼ばれている存在で、言ってしまえば害獣の類らしい。ただ、本来の生息域ではこの近郊に現れることは稀どころか異常事態であるらしく、少し前から姿を見せるようになり、大慌てで塹壕を掘ったりして迎え撃つ準備をしていたのだそうだ。
あの塹壕は拠点となる村を守る防衛ラインとして、手薄な方面に急遽拵えたものであるそうだ。そのために、飛竜種の強襲に対処しきれず被害を出してしまったとか、現在は工兵部隊が塹壕の後片付けと強化を行っているらしい。
本日ここに強襲した飛竜種は六頭で内三頭を仕留めて、残り三頭は手傷を負わせ退いて行ったそうだ。激戦となった戦場を生き延びた者たちは、今晩はここで派手に飲み食いして英気を養い、明日になれば再び飛竜種の警戒に当たるのだそうだ。
兵たちは皆、口々に生還したことを喜び合い、酒を呷る。
そして時折、できなかった者のことを思い出しては哀悼し酒で流し込んだ。
「何時までも泥まみれの姿じゃ様にならないだろう? ここから少し離れた場所に川があるから、泥を落としてくるといい」
護身用だと言い拳銃を押し付け、川の方向を教えられる。
「その格好じゃぁ、そぐわないだろ?」
確かに、全身泥まみれの敗残兵と言った風体の大和は、戦勝ムードの宴会場にそぐわない。大和自身の気分も盛大に落ち込み、周りと一緒に盛り上がることは出来そうになかったので、この場を離れる理由が出来たことが有難かった。
大和は、とぼとぼと川へ向う道すがら、拳銃の弾を確認した。
一発だけだった。
そして、なんとなくだがこれからの身の振り方を考える時間と、選択肢を与えられたのだと理解した。
川の水は少し冷たかったが、それが返って心地好かった。
今頃になって戦闘の、戦場で生き延びたことによる興奮が、身を裂くような恐怖の体験を覆い隠そうと、全身に血を勢い良く巡らせていたのだった。
生き延びた喜びが、恐怖を塗り潰して行く。
とりあえず服――寝間着代わりに着ていたジャージを脱いで、泥を洗い流していると昔のことを思いだした。良くこうして洗濯をしたものだ。
いや、昔と言ってもつい最近のことだ。山奥の家での剣の鍛錬の合間を縫って、生きていけるようにサバイバル技術を教え込まれた。水を得るやり方、食べられる植物の見分け方、夜露のしのぎ方、暖の取り方、危険な動物からの身の守り方、そして、星の見方。
いくら日本が平和で、戦争とは縁遠い国だったとしても、地震大国であるために何時住処を失うかも分からない。定年を迎えているにもかかわらず未だに仕事で多忙な祖父が、孫の将来を憂いて家族のために使える時間の殆どを使い教え込んだ。
大和には何かを教えて貰っている時以外、祖父と一緒に居た記憶はほとんどない。
夜空を見上げれば、星座が一つも分からなくて泣けてきた。北半球にいれば北極星は見えるはずだし、南半球でも冬の星座が幾つか分かるはずだった。
自分は本当に異界の勇者として召還されたのだろうか?
それにしてはこの扱いは酷すぎではないか?
先ほどの兵たちも召喚のことは知っていたし、たびたび召喚者がいるような口ぶりだったのは何故だ?
祖父に教えてもらった数々のことは、残念ながら役に立ちそうになかった。
遠縁の親戚で姉のように慕い、本当の姉のように優しくしてくれた人を思い出し、その割には散々苛められていたっけと懐かしんだ。部活動ではそこそこ気の合う友人の顔、校内で評判のいい女子の顔。競争率が高いと噂の女子。部活の先輩。近所のコンビニの店員にも結構な美人がいたっけ。思い浮かぶ顔が殆ど女の子であることに自嘲し苦笑いを作った。
物思いに耽りながら洗濯をしていると、不意に向こう岸の陰が揺らいだ。
獣か? と本能的に体が反応する。手持ちの武器は木刀一本、拳銃弾一発では心もとない。並の獣――野犬程度なら何とかなるだろうが、昼間の飛竜種を基準に考えるとどの程度の化け物が出てくるか分からない。
不審な一点を凝視しつつ辺りの気配を探る。
ここにどんな獣がいるかは分からないが、狼のように群れで狩りをするなら伏兵が潜んでいるはずだ。いや、そもそも昼間に飛竜種との砲撃戦のあった地域だ、獣なんて殆ど逃げ出しているんじゃないのだろうか?
それとも異世界故に、砲撃なんてものともしない獣が生息しているかもしれない。そんなのが出てくる可能性は、そんなに低くないだろう。
岩の上で、こちらを見下ろす形に影が盛り上がる。
人だ、そのシルエットからそう思った。
そして眼が合った。
月明かりを反射した碧い瞳が見下ろしている。冷たい憤怒を感じた。
自分の心臓に突き刺さろうとするナイフの切っ先は、こんな輝きをするんじゃないかと思わせる。鋭利で冷酷な煌めき。
影は身軽な仕草で川縁に降り立つ。
意外と小柄であることに気付き、黒ずくめで顔すら覆い隠している姿は、忍者みたいだった。
「・・・勇者ですか。丁度良いところに居られましたね。少しの間、手合わせをしていただきます!」
少女の声でそう告げられると、一気に距離を詰められる。
得物は薄く青く輝く細身の直剣を右手に、淡く赤く煌く太身の直剣を左手に握り襲い掛かる。
大和は咄嗟に木刀を拾い、身を捻った。右手の剣を躱し、左手の剣を木刀で逸らし、攻勢に転じようとした瞬間、躱したはずの右手の剣が再び襲い掛かる。
――見誤った!
通常の剣ならば二刀流でも、振り抜いた後に剣を戻さなければ次の一撃は繰り出せない。つまり最初に二撃を巧くいなせば反撃の隙ができるはずだったのだ。
だがこの少女の剣はそれがない。独楽のように体を回転させることで、剣を戻さず次の斬撃を放ってくる。しかも一瞬とはいえ一度完全に剣が身体の陰に隠れてしまうのだ、そこで僅かな機動を修正してやるだけで、格段に回避が難しくなる。
大和は咄嗟に距離を取ることしかできなかった。自分を狙ってくる右手の剣に木刀を添える様に振るい、剣の軌道をそらすことで、どうにか躱しきる。微かな飛沫と共に、木刀の側面がかんな掛けされたかのようにして削り取られる。
――やばい! 強いぞこいつ!
二刀で独楽のように回転する連続攻撃の型の剣。今の一撃で大和が想定したあるべき弱点の可能性が消滅した。
それは剣の軽さによる威力の低減だ。腰も入っていないくるくると回る、舞の様な剣の弱点といえば一撃一撃の軽さだ。皮膚を切り、肉を裂くかもしれないが骨は断てない。恐らく大和がその剣技を真似てもそういう結果になるだろう。だが、それがない。あの薄ぼんやりと光る剣は飾りではなく、恐らく幻想物語によくある魔剣の類だろう。切れ味が相当にやばい。骨すらバターの様に切り裂きそうに感じた。
付け込めそうな弱点は、まだ二つ三つありそうだが、あの魔剣みたいに大和の常識外の理由で解消されていた場合は、本当に勝ち目がなくなるし、我慢比べもしたくない。
二人は向かい合い、構え直す。
少女の目には既に憤怒の色はなかった。
「俺は、あんたのストレス解消の道具じゃねーぞ!」
まだたった数合の剣を見ただけだが、少女に殺気はなく。今はただ歓喜に近い喜びの色が浮かんでいる。たった数秒で憤怒が歓喜にすり替わるほど、大和との打ち合いは鬱憤を晴らすのに丁度良かったらしい。
「よくぞ躱してくれました。褒めて差し上げますから、もう少しの間死なないでくださいね」
無茶を言ってくる。目の奥には期待の色が強い、完全に玩具にされている。
大和はただの木刀だ。確かに大和の実力で、本気で打ち込めば人を殺すことはできる。対して向こうは、掠れば腕の一本程度簡単に切り落しそうな魔剣が舞っているのだ、分が悪い所ではない。殺意がないのは幾分ましだが。
「正直、もう一秒でもやり合いたくねーよ」
魔剣の舞を、逸らし躱して、何度となく死から遠ざけるが、大和も決定打を打てない。木刀で人を殴ったことはないのだ、勢い余って大怪我をさせてしまう懸念ばかりが募る。最初の様に憤怒だけで剣を繰り出してきたり、それこそ殺意を込めて振るってくれれば、大和も容赦を捨てられたのだが、この少女の目を見てしまったらどうにもそういう気持ちになれなかった。
“敵”だとは思えなかったのだ。
「楽しいですね! こういう技をぶつけ合う打ち合いというのも!」
「俺は生きた心地がしないけどな!」
と言いながら、大和もちょっと・・・かなり楽しくなってきていた。今まで剣術の鍛錬に人生の半分くらいを費やしてきた身である、それが評価されているという事だけは単純に嬉しかったし、祖父以外の使い手と打ち合えると言うのも、なかなか新鮮な経験であった。
ただ、今日は昼間から散々な目に合い、疲労からだんだんと足元が覚束なくなってくる。
そして明らかに動きが鈍っていることを自覚するが、そこに付け入れられていなかった。
――そうか! こいつの剣は体力の消耗が激しいんだ!
冷静に考えればその通りだ。二本の剣を使いくるくる回転し攻撃するスタイルは、常に動き続けなければならないというリスクがある。体力の消耗も激しく、三半規管の混乱というか目を回す可能性もかなり高くなるはずなのだ。
それは一瞬の好機だった。
少女が疲れからか僅かに姿勢を崩したのだ。大和はすかさず踏み込み、二本の剣を弾き飛ばす。
驚愕に一瞬目を染める内に、大和は横っ飛びで飛び退り、脱いだジャージの側に置いておいた拳銃を回収すると、慣れない手つきで安全装置を解除する。
そんな大和を見る少女には遠目でも分かるくらいの落胆が浮かぶ。
大和はそれらを無視して真上へ向けて発砲した。
パァンーーーーーーーン。
乾いた破裂音が森に残響うを残し、夜闇に吸い込まれていく。
「これでこちらに気付いた仲間がすぐに来る、観念してくれないか?」
半分以上はったりであったが、昼間はあれだけドンパチやっていたのだ、夜だってそれなりに警戒はしているはずだ。
銃声が聞こえれば確認ぐらいはするだろうし、放置ってことはないだろうと踏んでいた。
まともに練習もしていない初めて触った拳銃で、相手を黙らせる技術はない。せめてワンマガジン分の弾薬があればもう少し戦いようもあるのだが。
「あれ? 誰も来ない? なんで?」
距離的に銃声は届いていると思うのだが、騒ぎすら聞こえてこない。
「誰も来ませんね?」
黒ずくめの少女の方がむしろ落ち着いていた。
落胆はなくなり、どちらかというと面白い人間を観察しているようだった。
「それ、一発だけの様ですわね。自決用に渡されたものですか?」
「たぶん、そうだと思う。弾切れだし」
別に弾切れを報告する必要性はないのだが、オートマチック型の拳銃で発砲後にスライドが下がったまま固定されているので、少し銃を知っている人間が見れば弾切れは明らかだった。
「ならば、あれですわね。まだ温かい物を見たくないのでしょう」
そう言いながら少女が開いた手を左右に翳すと、弾き飛ばしたはずの剣が宙を舞い再び手の中に納まる。恐らく呼べば来る魔剣であるのだろう。
「げ、ずりぃ」
「興が冷めました。これでお開きにしましょう」
二本の魔剣を鞘に納めると、自分の顔を覆っている布を取り、まだ幼さの残る女の顔を外気に晒した。
正直に言えば可愛いとは思わなかった、この状況のせいか妖精だと思わせ、ただ幻想的に綺麗だと思った。その双眸は碧く、蒼い月明かりの中でも唇は紅かった。砂のように零れ落ちたブロンドが、ここが日本ではないことを実感させ、
「・・・砂の妖精」
ぽろっと、感想を溢してしまった。
――迂闊!
自分の浅はかさに一気に羞恥が駆け上がってくる。
そして少女から視線を外すため、俯いて、こんばんわした。
大和は羞恥のあまりその場で蹲り頭を抱えてしまった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「なかなか楽しかったですわ。帰りますわよ」
その言葉に、もう一人黒ずくめが姿を現した。体型で女と分かる、そして確実にこの少女よりも強い。恐らく護衛か何かなのであろうが、今の大和にそれだけの余裕はなかった。
2016/09/04 誤字修正 一部表現の変更