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第18話 狂気と狂人

 大和たちと妖魔の戦闘は混戦模様を深めた。

 妖魔の集団に、大和という毒物が投与され手当たり次第に死をまき散らしている、そんな印象だ。強力過ぎる毒性の異物を排除しようと奮闘する免疫機能が尽く負かされているようにも見える。

 妖魔の数は更に十体大和が討ち取っていたが、まだ七十はいる。

 いや、妖魔の部隊は個々の足の速さなど差から、部隊が縦に伸びていただけかもしれない。もしそうなら、後方から足の遅い連中がまだこちらに向かって来ている可能性はあると大和は考える。

 用心に越したことはない。

 だが、終わりが見えない。

 そう思っただけで、一気に体が重くなった感じがする。戦闘が始まってたった数分であるが、長時間走り続けたような疲労が伸し掛かる。雨に降られ、体温も失っている。服が水を吸い重く、肌に張り付いて不快だ。

 早く女組のキャンプに着かなければならないのにと、焦りが冷静さを蝕んでいく。

 ここにきて隊長格の妖魔が再び雄叫びを上げる。いや、未だ振り続ける雨の音に消されない様に大声で、妖魔の言葉で何か指示を出しているかのようだ。その証拠に妖魔達の動きが変わった、他の三人への圧力が減り、大和に掛かる圧力が一気に増えた。ある程度分散していた戦力を、大和を潰すという一点集中に切り替えたのだ。


「・・・なにが、起こったの?」

「拙いね、一番の障害になっている大和を、まず潰そうって魂胆みたいだ。取り囲んで袋叩きにする気だね」

「・・・くッ! ・・・大和!」


 宮前の睨みあっている妖魔は、一歩踏み込んでも剣の届かない距離から付かず離れずを維持した牽制で、宮前が大和へ加勢することを妨げている。美咲からあまり離れることもできず、宮前はらちが明かないと歯噛をした。

 妖魔の群れの動きは、今までは基本的に大和と正面からぶつかり、最前列が半月状に広がり押し潰そうとしていた。完全に大和が妖魔の群れに飲み込まれなかったのは、少し離れた後方に宮前と美咲がいたからだ。大和を取り囲むには、この二人に背を向けなければならず、背後からの攻撃を嫌い意図的に避けていたように見える。

 だがしかし、宮前や美咲に背を向け大和を包囲しようと動き出していた。まず大和を倒すために他の三人は牽制で足止めをして、残りの兵力で押し潰す。


「・・・でも逆に・・・数を減らすチャンス、だ」


 美咲はスポークガンのチューブを引き搾ると、こちらに背を向けている妖魔の延髄を狙い、放つ。

 狙い違わず、ドスという鈍い音と共に今際の際の声すら上げることを許されず、妖魔の一体が崩れ落ちた。攻撃の手を休めることなく次の標的を狙い仕留める、一体また一体と確実に数を減らす。

 美咲に背を向けている妖魔達が浮足立つが、即座に隊長格の妖魔の雄叫びが轟くと、数体の妖魔が美咲たちに向かって礫を放つ。


「・・・石?」


 石、投石はもっとも原始的な投擲武器の一つだ。洗練された武器ほどの精度はないが、殺傷力は決して低くない。鎧どころか、まともな防具を付けていない宮前や美咲にとって、一打で致命傷になりかねない。

 宮前は美咲を守るため剣で飛来する礫を弾き落とすが、散発的に放り続けるため討ち取るために間合いを詰めることも難しい。

 美咲に狙いを付けられると、すぐさま緩急をつけた回避行動に移り、狙いから外れると牽制として礫を放ってくる。


「ちっ! やってくれる!」

「・・・このっ! ・・・ちょこまか、と。鬱陶しいのよッ!!」


 引き絞ったチューブを離し、スポークを射出する。

 しかし、その瞬間を読んでいたかのように、妖魔は横にステップして射線から外れた。

 外した。そう思った瞬間、美咲の表情は凍り付いた。その射線の先に、妖魔が退いた射線上に、大和の背中があったのだ。

 余り滑らかでない自分の舌が恨めしい。大和に注意を呼びかけたいのに、名前も、避けてと一言告げることすら間に合わない。


「・・・っ!」


 それでいて、まるで走馬燈でも見ているかのように意識は引き伸ばされ、時間の流れを酷く遅く感じる。降りしきる雨粒の形や数が正確に数えられるような錯覚に陥る。

 矢はするすると吸い寄せられるように大和の背目掛け飛んでいく。

 宮前に気付いた様子はない、丁度二匹がかりで斬りかかられどうにかあしらっている最中だった。

 止める手立てはない。せめて運良く外れるように神に祈るしかないのだ。

 その瞬間を見たくなくて思わず目を閉じる。

 涙が滲んだ。

 永遠のような、暗闇の時間が過ぎる。ほんの数瞬、一秒にも満たない時間のはずなのに、酷く長い。この暗闇はきっと、大和の呻き声か、妖魔の歓喜の叫びによって晴れるのだろうと、漠然とした不安が絶望に成り代わりだす。

 カンッと甲高い音が響いた。

 瞼を開けると、大和は平然と立っており、振り抜いた木刀が完全に背面に回りきった姿が目に入る。

 その背に矢は刺さっていない。運良く外れた、訳はない。

 斬り掃ったのだ、あの時みたいに。

 美咲の抜き手を事も無げに掴んだ時みたいに。

 振り向いた大和と視線が交差すると、その眼は優しく笑い「気にするな」と言っている気がした。

 ホッとして吐いた安堵と共に、溜まりだした絶望が零れ落ちる。

 美咲は気を取り直し、次の矢を番える。誤射のショックから手は震え、息も荒くなっていたが、大和に抜き手を握られた時の感触を思い出した。自分と同い年位の癖にごつごつとした掌で、触れた表面はヒンヤリしているくらいなのに、芯は熱く籠らせていた。

 身体の震えは収まった。


――今度は大丈夫。もう失敗はしない。


 同士討ちを誘った妖魔がしくじったことを理解し舌打ちする音が聞こえ、心の奥底で何かがカチリと音を立てた気がする。

 直前に回避した妖魔の美咲を嘲笑ったような顔が目に映り、図らずも大和を射ってしまった攻撃は嵌められたためだと理解した。妖魔の攻撃を尽く避け、妖魔を無慈悲に倒し続ける大和に、背後から味方の誤射なら避けられないのではないかという悪知恵が作り出した状況だったのだ。

 正直な話、今まで高城美咲という少女は、妖魔と戦っていただけだ。ただ味方を、友人の命を奪おうとするから、女性の尊厳を汚すから、自分の命を脅かすから、何かを守るという受け身の戦いだった。だが、美咲の心の中で何かが動いた。

 妖魔は美咲に大和を殺させようとし、失敗したら悪態を吐く。

 錆付いた歯車に動力が伝わり、軋みながら音を立てて回りだしていくような感情が湧き上がる。


「・・・ほんと、どうしょうもない所、ばかり人間臭い、不快だ。・・・死ね」


 間近にいた宮前でさえ、美咲の挙動を見落としたほどの攻撃だった。持っていた、構えようとしたスポークガンを手放すと、音もなく、疾風のように妖魔の背後に走り込むと腰に装着していたナイフを引き抜き、妖魔の咽喉を掻っ切り、動脈を絶たれたことにより吹き出す血を浴びるより早く離れ、元居た場所に舞い戻る。

 一仕事終えた気だるげな仕草で、スポークガンを拾い上げ構え直した。

 言ってしまえば猫騙しのようなフェイントだ。スポークガンを不意に手放し、一瞬だけでも意味ありげに手放されたスポークガンを注視させることで、その隙に死角に潜り込み背後から強襲する奇襲戦法だ。ただ、二度とこの手は通じないだろう、元々この技は大和から一本散りたくて密かに練習を始めた技だった。

 更に歯車が早く回る。

 結果として殺してしまうような攻撃をしてきた自覚はあったが“守るべきものの為に倒す”という思いが“殺したいから殺す”に変化した。自分の意志で、怒りで、殺意を炊きつける。怖い、汚い、臭い、気持ち悪いと妖魔を見た美咲に湧き上がっていた感情が、怒りに塗りつぶされていく。猛烈な殺意が少女の中に膨れ上がっていく。

 妖魔と戦うのではなく、妖魔を殺すことにした。

 妖魔がそう変化させた。妖魔自身が自分たちの天敵を無自覚に作りだした。


「・・・もう、いい。・・・うん。・・・もういいんだ。・・・お前たちは不要だから、殺す。・・・目障りだから、死ね」


 突然、美咲は妖魔に向かって駆けだす。

 弓兵が接近戦を挑むことは無謀だ、剣の届く距離では分が悪い。少なくとも距離を取って戦える武器なら、有利な距離を保つだろうと思っていた。妖魔はその思い込みから完全に虚を突かれ、美咲の接近を許してし擦れ違いざまに、妖魔の身体が一瞬揺らぐと体から細く血塗られた棒が生えた。

 接射。

 美咲はスポークガンの先端を妖魔の身体に押し付けチューブを離したのだ。放たれたスポークは極細の鉄杭となって、妖魔の身体を容易く貫く。鏃も矢羽ないスポークは、距離が開けば極端に命中精度も貫通力も低下するため、純粋に威力だけを求めるならこうするのが一番効率がいいのだ。

 思いの外、壮絶な攻撃に宮前が苦言を漏らした。


「あんがい、エグイことをするんだね・・・」

「・・・エグイ? ・・・何が? ・・・この方が簡単に妖魔を殺せるじゃない」


 宮前は美咲から薄ら寒い物を感じ取ったが、今それを言及する余裕はない。ただ人が壊れる瞬間を目の当たりにしたようで、背筋が寒いのは雨に濡れているせいだけではないのだろう。

 刺し殺すならナイフでもいいのかもしれない。しかしナイフは一振りしか持っていないための欠点がある。刺した後に妖魔の身体から引き抜かなくてはならないという点だ。引き抜くという動作で、その場に留まらねばならない時間が延び、もし一撃で殺せなかった場合、反撃を受ける可能性も跳ね上がる。

 基本的にスポークは使い捨てにしているため、回収を考慮しないで良い。このような戦力差のある戦闘では、弾を消費することよりも、一撃離脱ができないことの方が命取りになると判断しての攻撃だった。


「・・・そう、殺したいの。・・・ボクは妖魔を殺したい」




 大和は妖魔を木刀で蹂躙を続け死骸の山を築いてなお、全体の把握をしていた。

 端的に言って気配が読めるというやつだ。目で位置を確認しなくても、誰が何所に居るということが分かる。どのような感情を持ち、どのような行動をしているかが大体分かるのだ。

 小学生の頃は通学中に野犬に襲われる機会も何度となくあったが故に体得した特技の一つだ。木々や叢に身を顰めた野犬の気配を察知し、配置を看破し、的確に撃滅する方法を模索してきた。だからこそ妖魔に囲まれてなお冷静でいられた。

 妖魔に取り囲まれているが、攻撃自体はそれぞれが思い思いに好き勝手やっているため連携がなく、冷静に観察できていれば避けることはそんなに難しくなかった。妖魔の動きに集中をしていなければ、きつい一撃を貰う可能性は高いが、純粋に瞬発力なら、群れ全体の統率力なら野犬の方が上なのだ。

 そして人間のような直立した二足歩行であるために弱点もある。頭部の位置が高くなり攻撃を当て易く、避け易い上に転倒での被害が大きい。たとえ取り囲まれても、直立し縦に体型が伸びているせいで、一度に攻撃をしかけられる数が限られる。何より大きいのは、武器を持っているという点だ。大した訓練もなく本能で振り回しているに過ぎない妖魔達の攻撃は、武器一辺倒になりがちで、武器にだけ注意しても大体の攻撃を見切ることができた。

 武器を振るう者は、その武器の力に頼りたくなる、縋ってしまう、苦境になればなるほど手放せなくなる。強い武器を手にして、その力に魅せられるのだ。そしてこの傾向は武術などの訓練を積んでいない者ほど強い。

 大和と妖魔の差は、この程度の数で埋まるほど浅くはなかった。

 しかし、体積が縦に伸びている弊害もある、乗り越えて突破するという遁走がし難くなっており、壁としての性能は良くなっているのだ。完全に行く手を阻まれ、貴重な時間を消費している事が気がかりだった。


――女組はまだ無事か? しかし、まずったな。俺一人なら突破だけならできそうだが・・・。あいつらに付いて来いっていうのは無理そうだしな。


 置いて行くという選択肢はない。宮前と美咲を置いて行けば妖魔の群れに飲まれ、恐らく助からないだろう。三岡は正直どうでも良かった、しぶとくできている奴なので放って置いても死ぬことはないだろうという、確信めいた予感があった。


――結局やるべきことは、数を減らし・・・数を減らした上で隊長格の奴を倒す。一番の敵は雨か・・・、あまり体を冷やし続けるのは良くないな。


 不意に横合いから不可思議な力が膨れ上がる。大和はそれが何であるか理解できなかったが、誰が行っているかは理解できた。

 そして力が放たれる。

 その不可思議な力は閃光を迸らせるエネルギーの奔流として放たれ、妖魔の群れの一角を吹き飛ばす。三岡の雄叫びが聞こえ、ぼんやりと聖剣アクスザウパーの力であると理解した。


――すっげぇな。これがカオスマターの力か・・・。なるほど半端ない。そして、よくやった三岡!


 突然の閃光の強襲に驚愕し、妖魔達の反応が鈍る。呆然と立ち尽くす者や、あまりの威力に腰を抜かした者も居た。お蔭で隊長格の妖魔への道が開いた。隊長格の妖魔も、余りの出来事に一瞬呆然と立ち尽くす。

 その隙を逃さない様に、大和はスルリと隙間に身体を滑り込ませる。


――取ったッ!


 身を低く沈め死角に潜り込み、そのまま木刀で顎を狙い叩き上げる。

 バキッと固いものが割れる音がした。

 妖魔の下顎が砕けて、上顎に張り付くように潰れる。衝撃のあまり右目が眼窩から飛び出し、耳から血を吹き出す。他の妖魔よりも一回り体格の良いだけあって頑丈な体をしているようで、隊長格の妖魔はぐらりと体勢を崩し方膝を着くも、生がしっかりと現世の岸にしがみ付いている。

 どう考えても死に至る損壊を被っていたが、まだその時ではない。ギョロリと残った左目が大和を睨み返す。


――拙いな。・・・残っちまったか。


 ここにきて大和は初めて焦りを見せた。理由は左手に握った木刀が半ばから縦に裂け、壊れた傘の骨のようにプラプラと繋がっているだけになっていたからだ。散々妖魔達に致死の攻撃を加え続けたせいで、刀身が痛み細かな亀裂を増やしていった。そして最後の一撃で刀身に掛かった負荷に耐えられなくなり裂けてしまった。もし木刀が裂けなければ隊長格の妖魔の頭蓋は砕かれ絶命していただろう。

 だが、それでも。敵に弱気は見せられない。


「ッ!」


 大和はただならぬ殺気を感じて、身を捻ると、そこを火の玉が通過していった。この雨の中で火の玉、そして先ほどの三岡の放った光とどことなく気配の似た力は、大和の横を通り過ぎ後方の妖魔に中ると爆発四散した。


――魔法かッ!? さしずめ火球の魔法ってところか? くそ、面倒なのが出てきた。あれは拙い、流石に勝手が違う。


 魔法攻撃の直撃を受けた妖魔は上半身を黒焦げにして死に、その周りに居た妖魔達も爆風でかなりの火傷を負っている様子だ。

 続けざまにもう一発火球が飛来する。大和は回避し直撃こそ免れたものの、余波の爆風で吹き飛ばされる。熱風と弾け飛んだ砂利が身体を打ち据える。

 地面を転がりまわって衝撃を削いで体勢を立て直し、魔法使いらしき妖魔を視界に捉えるが、その妖魔は隊長格に駆け寄ると何か別の魔法を使っていた。見る見る傷が癒えていくのが分かった、せっかく砕いた顎骨も治ってしまう。


――回復魔法だと!? くそっ! 流石に無理だぞ! このままで勝つのは!


 こちらの与えた怪我を即座に回復され続けたら、流石に大和でも体力が尽きる。魔法の火球もまぐれ当たりすれば即死かも知れないし、余波でも結構なダメージを被るのだ、今までの様に躱し続けるのは無理だろう。

 だが、逆に考える。あの魔法使いの妖魔は隊長格が重傷を負うまで下がっていた。つまり温存されていたのだ、奥の手として。火球の魔法にしろ回復魔法にしろ無制限に使い続けられるなら、最初から使えるならもっとこっちは苦戦を強いられていた。恐らくこの群れの中では、あれ以上の魔法を使える個体は居ないし、さらに伏兵がいる可能性も低い。

 傷が癒えた隊長格が大和に向かって歩み出す。魔法使いは疲れ切ったのか、荒い息をついて座り込んでしまった。


――・・・なるほど。魔力切れってやつか? 確かに源田のおっさんもストムゾンの力の濫用は魔力が尽きるからできないと言ってたな、そんなにバンバン撃てるなら三岡のバカももっと乱射してるはずだしな。


 大和にも奥の手はあった。

 だが、使うことは躊躇われた。男組では受け入れて貰えないと思ったからだ。


――流石に、美咲と・・・宮前に拒否られたら落ち込むよな・・・。死にたくなるかもしれん。そういう意味じゃ三岡はバカで良かった。あいつが拒絶する姿は想像できんしな。でも、まぁ、使うしかない状況なんだよな。


 大和はいろいろ思い悩むことを諦めて、裂けた木刀を構える。妖魔たちの嘲笑のような声が上がるが、別にどうでも良かった。どうせ直に悲鳴に変わると確信していたからだ。

 一度は重傷を負わされた恨みから、隊長格の妖魔が怒りを露わにして、大和に対して振りかぶり、斧なのか鉈なのか今一判別出来ない鉄塊のような武器を振り下ろす。その威力は、直撃すれば確実に死に至ることを実感できるものだ。


――こんなもの喰らってたまるかよ!


 大和は木刀を手放し横っ飛びに回避しつつ、戦いの最中も手放さなかった荷物の中に手を突っ込み、お目当ての物を引き抜く。

 バンバンと乾いた発破音が轟いた。

 魔法使いの妖魔が崩れ落ち、何事かと振り返った隊長格の妖魔にも即座に同じ目に合わせる。ドウと一回り逞しい身体が崩れ落ち、泥土に横たえ二度と動かなくなる。回復魔法により全快したはずの隊長がたった一瞬で死んだ。

 連続した発破音、いや発砲音に立ち昇る硝煙の匂いが何とも言えない恐怖を妖魔達に振りまく。胸と頭に一発ずつの銃弾を叩き込まれ、二体の妖魔は抗うことすらできず死んだ。

 大和の手には拳銃が握られていた。

 そう、あの時、大和がこの世界に来た最初の夜にユーデントに渡された拳銃だ。かなり無理を言って弾を追加で都合してもらったのだ。弾丸は残っている妖魔を三回殺せるだけある。

 妖魔たちは事態が呑み込めないのか、硬直し事の成り行きを見守るなか、大和は容赦なく次々に目標を定め撃ち殺していく。妖魔達の知能では銃というものが理解できないらしいが、流石にこれだけ殺されては恐怖に泣き叫び始め、止める者も居ないために我先にと逃げ出す。だが、大和を押し潰そうと密集していたことが仇となる。大和から距離が離れていたものは事態が呑み込めず逃げようとはしていないのに、大和に近いものは逃げようとしぶつかり合う。押し合いへし合っている妖魔は恰好の的であった。

 大和は弾倉を交換しつつ、死体の山を作り上げていく。

 そして、この強さが大和の懸念そのものだった。

 日本人にとって、本物の銃というものはある意味で忌避の対象である。日常社会では所持すら厳しく制限され、銃社会の外国の銃犯罪ばかりを見て育ってきているのだ。自分の周りで使われたらと思うと拒否反応を示す方が正しいのだろう。だから、大和は思い切ることができなかった。確かに最初から使っていればもっと楽に戦えただろう。

 密かに友人と思っている奴に、銃を扱う狂人として見られるのではないのかと、恐怖してしまったのだ。

 狂人として孤立するのは嫌だった。

 確かに、大和だけならば素手であっても妖魔を殺し切れたのかもしれない。だが、それには時間がかかりすぎる。自身の身を案じて付いて着てくれた者や、女組そのものを全滅させてしまうかもしれないという思いが、最後の踏ん切りを付けさせた。


――まぁいいや、そうなったらそうなった時だ。・・・その時はユーデントに弟子入りし傭兵にでもなろう。


2016/09/08 誤字修正。一部修正。

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