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第173話 見送り

「おや、見送りをしてくれるとは、中々礼儀正しいですね?」


 シュライザの処遇が決まりると、用は済んだとばかりにシュラーファは帰郷する旨を告げた。

 本当に、大和に対する義理だけで一週間もの時間を待っていたらしい。自分の吐いた言葉の責任を取って行く姿勢は、非常に好感が持てるが、その反面、物の弾みや、間違った情報から得た答え、何者かに騙された時などは返って厄介事になりそうな予感がしてならない。

 次に会う時も敵対はしたくない物だ。


「誠意に誠意を反すのが礼儀だと習ったからな」


――悪意には倍の悪意で反すとも習ったが・・・。


 声にこそ出さなかったが、平たく言って恩も仇も倍返しが家訓のような物だと言われ育ってきた。恩を倍返しすれば味方は増え、仇を倍返しすれば敵が減ると言う単純な論理が、脈々と受け継がれた環境だった。

 シュライザの様子を伺えば、完全にシュラーファの思惑を打破できなかった大和に対し、些かの不満顔を浮かべていた。


――事を荒立てず、最善手を打てたつもりなんだがな・・・。


 彼女の望みが完全に通らなかった事が、不満顔の種なのだろうと予想はつくが、その解決は無理だ。少なくとも現状では、全く勝ち目がない。そして負けと分かり切っている勝負を挑むほどの酔狂さも、大和は持ち合わせていないのだ。シュライザと将来を誓い合った仲であれば、男の意地としてシュラーファに挑んだだろうが、今回はそう言う話ではない。

 試験の結果が0点で落第を仄めかされたところを、大和が口出しをすることで30点程度サービスされて、赤点補習に変更になり落第は免れた。それで百点満点じゃないとむくれるのは、身勝手が過ぎる。

 多少は自分で点数を稼いでもらわないといけない。


「親の言い分を聞くのも親孝行になるんじゃないのか? まあ、俺が言うのも説得力ないが」

「・・・それは、そうかも・・・しれないけど」


 結局は不承不承という風情だが、どうにか現状を飲み込まざるを得ない状況になっていた。シュライザも母親を超えなければ、望む自由は手に入らない。逃げて回り道をして、隠れ潜んだ結果がこれなのだから、もう正面からぶち当たって勝ち取るしかないのだろう。幸いにもシュラーファは鍛え直すつもりのようなので、努力次第では予定よりも早く解放される可能性もあるし、サボれはどれだけでも伸ばされるだろう。


「・・・芽を残してくれたってことも理解してるけど。だけれども!」

「余り無茶は言わんでくれ。俺だって何が正解か分かってないんだ」


 大和も祖父に立ち向かい、勝をもぎ取るしか自由が得られなくなるかもしれないのだ。似た立場故の同情もあったが、同情故に付き合い続けると言う選択は取れない。

 同情では幸せは得られないと思っているからだ。


「でも、もうちょっと言い方があるでしょう?」

「当代の至龍王と敵対するつもりはないんだぞ? 向こうの意見全部突っぱねたら、敵対するしかなくなるだろうが。そうなったら全部お終いだ。シュライザは娘だから手心が加えられるかもしれないが、俺はそれに害成す悪い虫にしか見えんだろう。俺はな、一方的に殺される気も、心中する気も、当て所もなく逃げ回る気もないんだ」


 安息の取れるねぐらが無ければ、そこで適度に心を休めなければ、人間の心など簡単に擦り切れてしまう。

 口約束を盟約として律儀に守るのであれば、娘の口約束もそれなりに尊重してくれる筈だと読み、その口約束を別の角度から見て、こういう約束事も内包されていますと提示することで、こちらの主張を納得し受け入れてくれるだろうと言う思いで、口さがない言い方をすれば舌先三寸で丸め込んだに過ぎない。

 精々シュラーファも、なかなか面白い切り口で話をするから乗ってあげようと思った程度だと、大和は判断していた。あの要求が至龍王の逆鱗に触れないようにびくついて出した大和の提案だ。母親がどの程度娘を思っているか、その見当すらついていないのだ。娘が好き勝手やるために、母親の要求全てを跳ね除けるもの違うとも思えた。


――それに、俺の母さんはどんな女性だったのだろう?


 と言う疑問符が、頭の隅から離れなくなっていた。

 シュライザの母である当代の至龍王シュラーファ。若干過保護気味な気もしなくない。シュライザも良い大人なんだから放っておけばいいのにと言う思いもあれば、親だからまだ娘が未熟に映り心配しているのだろうと言う推測も出来る。

 二人の関係を傍から見て、自分の母親はどんな人物だったのか、大和自身に対してどういう態度を取る親だったのか、夢想してしまうのだ。もしも今生きていたら、関係性はどうだったのかと。

 子煩悩だったのか、放任主義だったのか。子供をダラダラと甘えさせるだけの親だったのか、教育ママで塾や習い事を山のように課してきたのか、影崎の血を引くだけありまず剣で語ろうとする人物だったのか。その温もりも、声色も、面影も記憶にない身としては、どんな母親像もしっくりとは来ない。母親を知らないせいで、大切にしなければならない存在だと強迫観念じみた思いはあるが、母親を知らないお陰で、シュライザに嫉妬することはなかった。

 もしもシュラーファがシュライザを害する存在であるなら、多分ではあるが、刃向かっていた可能性はある。


――まあ、至龍王だけあって良い物をお持ちだったが・・・。やはり良いおっぱいを持つ女性に悪人はいない。


 結果論で言えば、刃向かっても勝てる訳はないので、大和としては最善・・・いや次善の結果を引き出せたと思っている。

 大和の周辺や、帝国・・・つまりスティルの近辺に被害は無く、シュライザも条件付きではあるが自由を得られる可能性は残っている。そしてシュライザがどうしても嫌がった結婚相手の選定には、大和が意見を挟めるように出来たことで、シュライザの意見を反映させる可能性も残っている。

 そして何より、シュラーファの意見を全否定してはいけない。

 可能性は薄氷のように心許ない物かもしれないが、それでも零ではない。

 僅かでも可能性が残ることによって、努力次第では引き上げることも出来るのだ。そこはシュライザの頑張り所であって、大和が横槍を入れ、掻きまわして良い物ではない母子の繋がりだ。

 そしてその反面、もしも自分の母親が生きていたら、山小屋でガスも水道を碌に無い環境で独り暮らしをしていたころ、もしも母親が家で待っていてくれたとしたら、自分の人生は何所まで変動したのだろうか?

 今も、もし山小屋で母が待っていてくれるのだとしたら、会いたくて帰ることを何においても優先していたかもしれない。

 いや、そもそも自分の居場所を見失わず、確固たるものとしていたかもしれない。そうなればこの世界に召喚されることすらなかった。辛い思いをすることもなかった。


――未練・・・っていうのか? この感情は?


 僅かな焦燥。

 得る事の出来ない物を渇望する。

 それは強い感情になることは無く、形の有る願望に育つこともない。

 腹の底で燻るそれは、非常に居心地悪さを感じ、落ち着きを欠かせてくるが、決して像を結ぶことは無い。なにを欲しているのか、願望自体があやふやなのだ。

 只の無い者強請り。

 母が居らずその温もりを知らないから、それが存在する事すら理解できないのだ。

 だからぼんやりとした、僅かな渇きだけを感じる。

 人が人の身で時間を巻き戻し、母の死因を取り除けない以上、その渇きは潤せないのかもしれない。

 可能性が無い話に縋りつくのは、流石にみっともない。それは完全に現実を見据えていない、現実を生きているとは言えない状態になってしまう。


――そもそも、そんな可能性があるなら、爺さんもやっているはずだしな。


 かつての“魔王”も無理だとした難題だ。

 そしてその成果が得られていない以上、不可能な事だと嘆くか“今はまだ無理”と条件付きで諦めるしかないのだ。


 シュラーファがこの辺りでいいかと、聖墓から少し離れた――と言っても人間の徒歩での感覚なので数百メートル程度だが――場所で、帰る見送りとして後をついて行った大和に振り返る。


「ここまでで十分です。人の足では時間がかかりすぎますので」

「それじゃお達者で」

「ええ、君も精々百年生きられるように、色々と気を付けてくださいね? 死者との約束と言うものは辞め時が難しい物で、出来れば生きている内にきっちり終わらせたいですね」


 それは恫喝か? と顔を顰めた大和に、してやったりと頬を歪める。そして思い出したかのように、悪戯娘のような笑みを浮かべると、言葉をつづけた。


「ああ、そうそう。少しがっかりさせた様なので特別ですよ?」


 言うが早いか、一瞬の閃光と吹き荒れた風に眼を瞑り、晴れた大和の視界に入り込んできたのは一体の巨大な龍だった。

 だが、大和の認識する龍の造形からは大きくかけ離れた姿であった為、それを龍であると認識するのに数秒の時間を要した。

 そしてその巨大な龍――至龍王シュラーファはニヤリと口元を歪め、翼を広げる。

 そう、翼だ。

 コウモリのような皮膜の羽ではなく、猛禽のような翼。

 白く、白銀と称すべき輝きを持つ羽毛に覆われており、羽根の先は薄菫色に色づいていた。全体から受ける印象は、所謂ドラゴンの厳つさは無く、丸く柔らかい愛らしさを備えていたことで、勇ましさに留まっている。四肢と翼を持つドラゴンに羽毛を生やして、全体的にふっくらさせた輪郭が静かに睥睨する。体長はざっと30メートルはあろうかと言う巨体だった。

 至龍の特徴とされる、頭頂部から後方へ刀剣状の一本角を備え、額の辺りには黄金の角が王冠のように生えていた。

 MSSであるシーゼルティフィスの全身の意匠も、確かに似通った、いや意識して似せたものだと理解させられる。

 青い目が見透かすように視線で射竦める。

 そしていっぱいに広げた翼を羽ばたかせると、その巨体が音もなく宙に浮いた。翌々目を凝らせば、シュライザは人の姿のまま、乱雑に握りしめられていた。


――ヤバイな・・・。


 大和の視界内でゴマ粒程度の大きさになるまで、素早く上昇すると、一気に加速して飛び去って行った。

 音の壁を乱暴に突き破り、衝撃波が大和の身体を木の葉のように吹き飛ばす。


――あれはバケモノだ。


 荒野に上下逆の姿勢で座った大和は、そう述懐した。


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