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第172話 込み入った話

「少しばかり込み入ったお話があったので、彼方が回復するのを待たせてもらいました」


 それは国の法を超越した存在であろうとも、守らなければならない物がある。

 それは通さなければならない筋であり、最大限の義理であると言わんばかりだ。そして、それを課しているのは己の正義であり、己の矜持だ。自ら守ると決めた物――それが国家の法であったり、己の発した言葉であったりと違いはあるのだろうが、とても共感できる。


「シュライザは連れて帰ります」


 覆ることの無い決定事項であると言う顔で至龍王シュラーファは、娘シュライザの処遇について話す。こちらの誠意を見せたのだから、そちらも誠意を見せろと言う強迫じみた物言いでもある。

 大和の意識が戻らない内に強行することも可能だっただろうが、敢えて対話する機会を設けることで、殴り込みを防ぐと言う狙いもありそうだ。


――もしそうならば、その配慮は何に対してかが重要だな。俺が押しかけないように釘を差す為、もしくはシュライザに無為な夢を見させない為、後は・・・。


 人間社会の枠組みの中で、主人と従卒と言う間柄は、至龍一族にとっては何の効力もない口約束にしか過ぎないのかもしれない。それを態々、許可を取って――許可を出すしかない状況かだとしても――態々一手間かけることが、彼女なりの筋の通し方なのだろう。いや、彼女なりの筋の通させ方と言う方が正しいのだろうか?

 シュライザの吐いた言葉を一方的な嘘にしないようにして居るように、大和には見えた。

 “何故だ?”もしくは“嫌だ”か? そう口にしようとしたシュライザの気配を、視線を送るだけで黙らせる。


「・・・シュライザ。それは貴女が一番よく理解しているはずでしょ?」

「・・・でも、さ、さっきは合格って」

「親子の縁を切らないで済むと言う合格点です。だけどね、これ以上の我儘は許しません」


 ふんすと鼻を鳴らし、へそを曲げたように腕を組む。王を名乗るには些か子供じみた態度であるが、人間の国家の概念上の王とは立場が違う。絶対的な力を持っているが、頭数で比すれば小部族の長か校長と同程度の立ち位置が適当だろう。

 母子の言い合いを傍目に、大和はファルマチアに視線を投げる。


「・・・実際問題、至龍王シュラーファってどれだけ強いんだ?」


 大和が初めて顔合わせをしたとき、何故シュライザが壁に投げ飛ばされたのか。

 それは、シュラーファが大和に向かって突っ込む気配を感じたため、咄嗟に立ち塞がろうとしたが、路傍の石を蹴るようにあっけなく跳ね飛ばされたのだ。そして、ファルマチアが大和の前に立ち塞がったのも、身を挺して守ろうとした行動の結果であり、彼女にとってそれが限界の反応だった。

 シュラーファはそれを上回り、ファルマチアを躱し大和の背後に回り込んで見せた。物理法則を無視したような異常な速度であるのに、移動に伴う衝撃、身体が押しのける大気の動き、風の流れと言うべきものが感じられなかった。

 ふと大和は、視線を自分の右手に落とし、ぎこちない指の動きを確認する。


――ふむ。


 確認するまでもなく、本調子には程遠い。

 恐らくシュラーファは、魔法のような大和の常識外の理屈や論理で、本来発生するべき物理現象を極限まで抑えているのだと、勝手に解釈していた。

 でなければ、音速を超えた速度で接近したのであれば衝撃波が発生し、大和の身体は吹き飛んで粉々になっていたかもしれないからだ。


「・・・もしもあの時、聖墓にいれば馬鹿姫・・・ステルンべルギアは死んでいたでしょうね」


 あの時と言うのはルゴノゾールが幽咒機で聖墓に強襲を掛けた時だろう。最初の目的はシュライザを攫うことだったと、聞き及んだが、なぜそこからスティルの死に繋がるか理解できない。


「至龍王シュラーファには幽咒機はもちろん、魔王機ですら相手にならない。唯一壊せないのは魔王核位じゃないかな?」


 つまり魔王核の外殻――スティルを捕える檻の役割をしていた物を、簡単に破壊できる、最初からスティルを助けるつもりが無ければ、跡形もなく消し飛ばしていた。

 幽咒機でシュライザを攫おうとした時に居合わせれば、一撃で消し炭にされていた可能性があると言う。そして、奥の手である魔王機を引っ張り出しても歯が立つ相手ではないとも。

 それが可能なのが至龍王であり、その娘でありながら全く歯が立たなかったシュライザに腹を立てていると言われても納得できてしまう。

 その話を聞いてしまえば、当代の至龍王と同等の戦闘能力を見せろとは言わないまでも、ナグリィムくらいは圧倒していればシュラーファもこんな事は言い出さなかったのかもしれない。


「え!? それってやばくない?」


 実際に並程度の実力の魔王などは、当代の至龍王にとって倒せない相手ではない。

 自身が準魔王級の力を得たと自覚しているファルマチアすら、歯牙に掛けるほどの相手ではないのだ。 シュラーファよりは格段に実力の劣るシュライザと殺し合いになった場合ですら、ファルマチアは勝利を確約できない。現状では、勝つために越えなければならない壁と言うのが、非常に分厚く途方もない高さだと直感していた。

 だからこそ、今まで人間社会の陰に潜み強者から姿を隠し、更に強者が守るべき弱者を盾にすることで生き長らえて来た。それが、少し外の世界に興味を持ち、顔を覗かせて見たらこの様だ。時機を見誤った己の判断力を悔やみ、それでも主として定めた以上は務めを果たさなければと、大和の目を見据える。


「十分ヤバイです。出来れば怒らせることの無いように・・・シュライザ一人の命で平穏が買えるなら、安い物だと思うべきです」


 全員で、シュライザ込みで、シーゼルティフィスを引っ張り出しても、シュラーファには勝てる見込みがないとなれば、力技は使えない。


――と成れば、現状シュラーファさんの要望を覆す材料はないな。


 と言う結論をあっさり出した。

 もしもシュライザが、当代の至龍王に追従するくらいの力があれば、幽咒機を倒し魔王機すら単身で破壊して見せる可能性があった訳だ。それを実力不足と非難しているシュラーファの、彼女ら至龍一族の理屈を覆す屁理屈を大和は持たない。

 そしてその理屈は帝国の法で崩せるものではない。

 龍鎧機シーゼルティフィスの操縦者になっただけで、帝国内では特例措置が適応される人物になる。一般市民が縛られる法の制限から免れ、好き放題やれる。それこそ快楽殺人すら超法規的措置で“殺された方が悪く仕立て上げられる”くらいに特別扱いされるのだ。そんな龍騎士の力が及ばない、龍騎士の力で制御できない、当代の至龍王の意思をどうやって帝国の法で縛りつけると言うのか。

 至龍王が口出しすれば、帝国憲法すらその日の内に改定されかねないと言うのに。

 武力による抵抗の意を示しても、帝都のど真ん中で“龍の息”を数発ぶちかまされれば、帝国は白旗を上げるしかなくなる。


「そう言う訳で、宜しいですね?」


 シュラーファの言葉は、納得して履行しろと言う要請ではなく、決定事項の確認の言葉だ。

 飲め、でなければ死ね、と言うくらい強力な圧力を持って迫る。

 返答に困りシュライザに目をやれば、捨て犬のような目で訴える。


「ヤマト、助けて。一族にこのまま連れ戻されたら、結婚させられちゃう・・・」

「もう適齢期も近いでしょうに。身を固める事の何所に問題があるのですか?」


――ああ、なるほど。そもそもシュライザは結婚させられるのが嫌だったわけだ。


 それで家出をして、身を隠すために聖墓に流れ着いた。聖墓は龍鎧機シーゼルティフィスが安置されていたため、気配を紛らわすのに好都合だったと言う訳だ。


――蓋を開けてみれば、しょーもない理由だな。博士の語っていた“シュライザ、龍鎧機の精霊説”が神秘的で浪漫溢れる妄想に過ぎなかったわけだ。


 シュライザの視点で見れば、母親の目を逃れ、遠方にある先祖の使っていた空き家に潜んでいたようなものだ。


――浪漫と言うものは唐突に死ぬんだな。


 それにしてもと、大和は頭を切り替えるつもりで頭を掻く。正直に言って結婚が嫌だから家出したという考え方が理解できずにいたのだ。

 龍騎士だとか子爵だとか言われても、大和の基本の思考は中学生に過ぎない。

 結婚と言うものが、そもそも理解できていない。

 大和が普通に両親の背中を見て育った少年なら、結婚とはこうなるための行程の一つだと解釈も出来ただろう。だが、その経験の無い大和からすれば、いずれ大人になった時にしなければならない通過儀礼の一つくらいにしか思えなかった。


――中学を出て、高校を出て、大学に進学して、結婚がどうこうと言うのはその後だと思っていたしな。他者の結婚話を行き成り振られても困っちまうんだが。


 結婚とは好きな女性が出来て好き合ってするもので、夫婦二人で子供を作り育て、一生を寄り添うものだという知識はあるが、現実感は無く体験するにも遥か未来の話である。

 なんせ恋愛すらまともにしていないのだ。

 準備運動もせずに体育の試験を受けるようなもので、一足飛び過ぎる。

 それにもし、祖父が大和の嫁を勝手に決めて連れて来たとしても、大和はそれを拒否できると思っていた。それは影崎家の家訓因るもので、己の我を通したければ剣で示せというものがあり、祖父の連れてきた嫁候補が気に入らなければ、剣で祖父に勝てば覆すことが出来るのだ。

 例え祖父が勝手に結婚相手を決めてしまっても、それはどんなに早くても四年後の十八才になってからの事だ。その間に大和自身はまだ成長し背も伸びるだろう、剣の腕を磨く時間もある。対して祖父は老いを無視はできない年齢だ。開いている差は確実に縮まり、今はまだ勝てなくても、四年後なら勝つ見込みは十分にあると思っていた。

 そこで祖父の思惑を剣で覆し、己の我を通せばいいのだから、結婚について思いを巡らせること自体したことが無かった。


「結婚なんてしたらおいそれと外に出られなくなるじゃない! そもそも私はあの閉鎖的な郷が嫌なの! 良い男も居ないし留まりたい理由もない!」

「良い男は私が責任を持って探し出します」

「絶対に嫌よ! なんで私を蔑んできた奴等の嫁にならなきゃいけないの!」


 母子の感情的な言い合いを聞き流しつつ打開策を考える。

 しかし、そもそも結婚を意識した事の無い大和に、結婚を断る口実は思い浮かばない。


――しかし、なんで龍王の子供が蔑まれるんだ? 蝶よ花よって愛でられるんじゃないのか? それとも、それすら実力が伴わないとダメなのか?


「お母さんだって親の決めた相手が嫌だからアイツを選んだんでしょ!?」

「ええ、だからあなたに相応しい相手を選ぶと言っています!」

「自分が拒絶したことを押し付けないでよ!」


――もしかして、父親の血が問題なのか?


 何所の馬の骨ともつかない相手を見繕って、勘当される話は時代劇ではよくある設定だった。そこから駆け落ち、落伍、無理心中と言うのが悲恋話の骨子だろう。


――だがそれなら、馬の骨を選んだシュラーファが勘当されたりするんであって、娘のシュライザは関係ないと思うんだが。


 大和はそう言う圧力は苦手だと言う表情を素直に浮かべ、一つだけ注文を付けることにした。

 母子の言い合いが一段落つくのを見計らって、言葉を掛ける。


「・・・一つだけ条件を付けさせて欲しい」

「・・・条件?」

「ああ、彼女・・・シュライザの結婚相手の選出には俺の意見も必要だと言う条件だ」


 大和の口から結婚の言葉が出たことで、シュライザが固まりみるみる顔を赤くしていく。

 シュラーファは表情を変えず、いや、むしろ冷たくなったように感じた。


――この手の家で娘を連れ戻す案件てのは、大概が適当な親が信頼できる所へ輿入れさせるってのが定番だからな。


 そして輿入れ先で軟禁状態ってのが、よくある物語だ。まあ、それでシュライザが幸せになれるのであれば、大和自身はあまり口を挟む気はない。だが、シュライザが望まない物を、大和が口を挟むことで覆せるのであれば、その目くらいは残しておかなければならないと思う。


「何故我らの縁談に彼方の言葉が必要なのかしら? ただの人間に、至龍一族が頭を垂れろと? お伺いを立てろと?」

「シュライザには、この聖墓を守ると“誓約”して貰っているんだ」


 シュラーファの圧力に内心尻込みしながらも、言い訳じみた言葉を吐きだす。

 無茶を言っている事は自覚しているが、シュラーファ自身がどうでも良いような盟約とやらに従事して、わざわざ聖墓まで繰り出してきたのだ、その事実を踏まえれば一番の打開策であるように思えた。

 その盟約を交わした相手と言うのは、既に聖墓に居ないのに。至龍一族にとって、自ら立てた誓や、交わした約束と言うものは護らねばならないと言う意思が強いのなら、シュライザの誓約をおいそれと破らないのではないのかと言う予想による、言ってしまえばただの賭けだ。


「ええ、聞いていますよ。ですがそれとこの子の結婚に何の関係が?」

「未熟だから連れ帰り鍛え直すと言う貴女の要望は、尊重すべきだと思うし、こちらとしても戦力の強化に繋がるので素直に有難い。だがシュライザが十分な実力を付けてこちらへ戻された時に、余計なコブはついていて欲しくないんだよ。いや、コブが着いていること自体はどうでも・・・こちらが関与すべきことではないのだろうが、帝国に害を成さない保証がない」


 自分に好意を寄せてくれる娘が、知らない間に他の男の妻になっていると言う事態は、モヤモヤとしたわだかまりを心に残すが、それは大和の独占欲から来るも我儘でしかなく、結婚が結果としてシュライザの幸せになれるなら目をつぶるべきなのだと自分を納得させる。


――じゃあ俺がシュライザを幸せに出来るのかって話にもなるしな。


 生憎と、そこまでの覚悟も甲斐性もないことは自覚している。

 まだ誰も幸せにしたことは無いのだ、誰も守れていない。どのように手を尽くせば幸せに出来るなんて考えは驕りでしかない。それを今置かれた立場と言うもので、粉飾して誤魔化している訳だ。我ながら無茶苦茶言っていると苦笑するしかない。


「最低でもこの聖墓でのやり方には従ってもらう必要が出る。それが出来るかどうか程度の見極めはしたい。でなければシュライザの誓約は破られることになる。だから、俺が信用のできない男を部下シュライザの夫として迎え入れることはできない」


 機密情報が、本来は部外者であるはずの配偶者を通じて外部に漏れるなんて話は幾らでもある。

 まして聖墓の情報だ、他国の人間なら欲しがる奴もいるだろう。そしてその欲する人間が、至龍一族が欲している何かを調達できるかもしれないし、情報の交換も秘密裏に行うことが出来るかもしれない。この図式が成立すれば、情報は外部に漏れ帝国は著しい損害を受けることになる。


「聖墓の機密は、帝国にとってまだまだ重要な情報だ。おいそれと漏らす訳にはいかない」

「私の目が信用できないと?」

「悪いが初対面で信用しきるのは無理だ。俺は人を見る目が無いが、そうだからせめて納得はしておきたい。俺には貴女が当代の至龍王だと名乗られても、信じるだけの判断材料を持っていないからな。その視線だけで物事を語れば、シュライザを攫って行くだけの悪党に見えなくもないんだ」

「確かに私も彼方を信用してはいませんね」

「だから、もしも結婚の話が動くのであれば・・・」

「良いでしょう。ですが期限は? 無期限と言うことは無いでしょう? 我ら至龍は人間と比べれば遥かに長命ですが何時まで待てば良いのですか?」

「つまり俺が死んだ後はどうするかって話か? まあ死んだ後なら無効で良いんじゃ・・・」


 はたと、ここで何かが脳裏を過った。

 至龍一族の若者が、当代の至龍王の娘を娶るために、その条件として大和の命を狙ってくると言う状況だ。死ねば無効なら、殺してしまえば無効になると解釈してしまう奴も出るだろう。わざわざ生かして難しい条件を達成していく意味はない。

 お前を倒して姫様を娶るのだと、鼻息荒く襲い掛かれる未来を幻視する。それがそこら辺の村の掟程度ならいいが、至龍一族相手では魔王機級の戦闘能力が、生身で挑んで来るという地獄だ。

 それは正直勘弁して欲しい。


「んっ! 取り敢えず百年は有効で、その後・・・俺が寿命で死んだ後なら無効で良い」

「そうですか。分かりました取り敢えず、あの子は百年かけて鍛えるとしましょう」

「なっ!」

「それは困る。聖墓の守りが薄くなる」

「分かっています。それはこちらで対処します」


 冷めた顔ににんまりとした笑みを浮かべるシュラーファに、大和は嫌な予感がした。


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