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第170話 バツゲーム

 大和の体調は一日で驚くほどに回復した。

 やはり主治医ファルマチアの能力が高いのか、食事にしても必要な物を必要なだけ摂取したと思えるような内容だった。炭酸飲料よけいなものに執着を見せる大和を躱すために、缶入りの炭酸飲料を用意して釣ったのが効果的だったのかもしれない。

 たったそれだけの事で大和は、飲食に関して不満は口にしなかった。

 だから、油断をしていたのかもしれない。

 翌朝、朝食を用意したファルマチアが見たものは、起き抜けに炭酸飲料を一気飲みして悶絶している大和の姿だった。

 食事の乗っていたお盆の重さを支えられず、腕がゴムみたいに重力に引かれ伸び、床に激突する直前にどうにか力が再入力され元の位置へ戻って行く様はカートゥーンの一コマを連想させた。


「何をやっておられるのかしら?」


 言葉遣いが丁寧な分、ファルマチアの苛立ちが発音に乗っている。

 声はしっかりと耳に届いたが、大和に返事を反せるだけの余裕がなかった。片手で胃の辺りを鷲掴み、もう片方の手で口元を押さえている。吐き気を堪えているようにも見えなくもない。

 手早く大和の元へ駆け寄りながら、お盆を机に置き、俯いている大和の顔を覗き込む。


――周りには誰も居ないよね? 居たら普通止めるもんね!


 ファルマチアは強引に大和の顔に、自身の顔を寄せ口付けると、舌を大和の口内へ割り込ませていった。そのまま触手のように舌を伸ばし、胃の中にまで到達させる。咽頭反射を起こさせる暇すら与えない早業だった。

 傍から見れば、深い口付けをしているだけのように見えただろうが、ファルマチアとしては純粋な医療行為だ。胃に到達した触手がストローのようになり、大和の胃の内容物の全てを吸い上げ、お返しと抗痙攣物質を含んだ体液を流し込んだ。

 そのまま唇を暫く吸上げると、舌を引き抜く。


「ちゃんと回復してから飲むって約束したでしょう!? これは没収します!」


 そう言って、まだ半分くらい残っていた炭酸飲料を回収しつつ眉根を寄せる。

 投与した抗痙攣物質が効いたのか、大和の顔色が若干和らいで来た。


「・・・・・・なんだそれは!? ・・・殺す気か!」


 大和の口から恨み言が零れる。まあ、無理もない。炭酸飲料の現物は大和から取り上げる訳にもいかず、側に置いておけば朝食を取らずに飲んでしまう可能性もあったので、帝国内で流通している一番不味いと酷評されている物を用意したせいだろう。


「・・・松脂まつやにのエグミと渋みに、湿布の爽快な味を加え、チョコレートのような甘みが後から来たぞ!? それは人類用の飲み物か?」

「いいえ、罰則遊戯バツゲームなど使う根性試し用よ。常飲する人類はいないわ」

「・・・なるほど。・・・激辛饅頭の親戚か・・・って! なんてもん渡しやがるっ!!」


 一応成分的に人体に有害な物質は・・・人命を直ちに脅かすような物質は含まれていないが、味覚を殺しに来たと言う点に絞って言えば、ある意味で完全に毒物である。

 さらに言えば炭酸も超強力で、それだけで涙が出る程の刺激力を持っていた。


「自業自得でしょ? 言いつけを守らないあなたが悪い」

「・・・守っただろ? 昨日呑むのは止めて今日「の朝食を食べてからって言ったよ?」・・・うぐ」


 不味すぎる炭酸飲料は、大和が約束を曲解してこちらの意図しない理屈で飲む可能性を示唆したスティルが、家令のアベイに命じて選びだしたものだ。何にしても、一番大和を殺せる可能性がある人物のような気がしてきた。

 やっぱり馬鹿姫スティルが、主の命を脅かす一番の要因なのだと、ファルマチアは認識した。


「取り敢えず朝食食べちゃってよ。今日は今日でやることは、たっくさんあるんだから!」


 一方大和は、やけに上機嫌になっているファルマチアを不思議に思いながら、体力をつけるために少しだけ濃いめに味付けされた病人食を平らげて行った。





 大和は寝台を抜け出し、リハビリと言う意味もあり聖墓内をゆっくりとした速度だが、しっかりと安定した足取りで歩く。

 まだ本調子には遠いと自己診断をする。疲労による筋肉の動かし辛さと、一週間の昏睡状態で幾らか筋肉が痩せてしまっていたが、その程度で済んでしまっていたことが、スティルに至龍王から突き落とされて大怪我を負ったなどと言う話が、口裏を合わせただけの作り話に思えてしまう。

 本人が知覚できない情報を開示されても、正確に認識できないのだ。


――つまりファルマチアが、よりスティル寄り・・・つまり帝国の意向に沿って行動するなら“疲労で倒れ込んで、そのまま転がるように落ちた”とでも言えば良い訳なんだよな。態々“スティルのせい”ってことを強調しているのは、帝国よりも俺を優先して、スティルを敵視・・・いや、危険視しているってことか・・・。いろいろと拙い状況だよなぁ。


 それ以外にも女の嫉妬心が、ファルマチアの態度を決定していたことに大和は気付いていない。

 自分が多大な犠牲を払って助けた男が、別の女に夢中であれば嫉妬心に火がついても可笑しくはないのだが、残念ながら大和はその答えには行きついていなかった。

 ただ単純に、自分が護ろうとした人間を、一方的に傷付けた敵愾心だと解釈していた。

 そしてファルマチアが暴走すれば、それこそ帝国は甚大な損害を被ることになるため、スティルから謝罪の言葉でも引き出す必要性を真剣に考えていた。いや、それも今更か、罪悪感を覚えているから“馬鹿姫”などと言う呼び名を許しているのだろう。


 普通に考えれば、既に謝罪しているはずだ。


 下手にスティルに謝罪を要求すれば、面倒なことになりそうな気がした。折角塞がりかけた瘡蓋かさぶたを剥がし、塩を塗り込むような行為だ。何をしても角が立つような気がしてならない。


――スルーするのが一番無難な気がしてきたな・・・。


 そんな事を考えながらデリアーナとシュライザの二人を探していた。スティルは先生の所に行っているそうで今日はいないと伝え、ファルマチアは大和を先導して歩いていた。

 よくよく改めてファルマチアを観察すれば、くすんだ茶系色、煤竹色の長い髪の毛を二つのお下げにしているが、かなり癖が強い髪質なのか結い方が緩く跳ねている気も多い。色合いは地味な部類だろう。顔立ちも体つきも、かなり芋っぽさと言うのか、下町らしさと言う雰囲気を纏っていた。


――まあ、元がスライムだから、好き放題に変えられるんだろうが、随分と大人しめの姿にしているよな。


 と言うのが大和の感想だった。

 造形が自由にできるなら、もっと美人にすることも可能だろうし、もう少し平凡な美貌にすることも出来ただろう。

 おっぱいもスライムにしては控えめだろうが、人間の基準で考えたら・・・そう、デカイ。


――どちらにしても帝国だから目立たないって格好だよな・・・。


 少なくとも日本人の感覚で言えば、目立つ美人だ。それは間違いない。魔法水薬店もこのファルマチアが看板娘をすれば、確実に売り上げが伸びると確信せざるを得ない。いっそ、喫茶店でも併設してやれば大盛況するんじゃないかと思える。

 比較対象がスティルやデリアーナ、シュライザと言った些か人外じみた美人ばかりだったから、大和の審美眼も随分曇っている気がした。


「何か御用ですか? 私の魔王様。この姿が気に入らないのであれば、言っていただければ変更を加えますが?」


 大和の無遠慮な視線を感じたのか、ファルマチアはそっと小声で聞いてくる。

 しかし、ファルマチアはどれだけの人間に自分の正体を明かしているのだろうか?


「いや、下手に変えると目立つだろ?」

「それもそうです・・・。こほん。そりゃそうね。でも微修正なら大丈夫。増量や減量も少しずつ毎日やればバレないし、いっそ君好みの容姿を教えてくれれば、その通りの姿にもできるよ」


 大きく変更を加えるなら、このファルマチアではなく、違う別人を装い外見を変更したファルマチアが着いてくればいい。


――なんかゲシュタルト崩壊しそうだ。


「いや、いっそ肉まん位の大きさで肩に乗るとかって出来るのか?」

「えっ!? いや、ええと・・・流石にそれは無理・・・かな?」


 ファルマチアの本体とも言える核と成っている似脳は、ハンドボールくらいの大きさがあるため、それ以下の大きさの身体にはなれないという制限があった。人間並みの知性を必要としないなら、確かに小型化できるし、他のやりようもある。だがそれは大和の求める回答ではないと判断して、口にしなかった。





 ファルマチアに案内された場所は、聖墓内にあるサロンだった。

 そこでデリアーナが、軽食を取りながら何やら書類に目を通していた。

 大和に気付くと少しだけバツの悪さに眉を顰め、直ぐに笑顔に作り替える。


「あら、ヤマトさん。もう動かれて大丈夫なんですか?」

「まあな。そっちも・・・無事そうだな?」

「ええ、大丈夫ですよ。頑丈さだけが取り柄の神官戦士ですから。・・・えと、申し訳ありません。本来であれば従卒である私の方からご挨拶に向かわねばならないのですが・・・」


 本来身分で言えばそう言うことらしいが、その辺りは煩わしいと思っていた。

 中学生ぐらいでは、妙に先輩後輩の序列が厳格だったりする反動かも知れない。気に食わないとかの理由で、何度も上級生から呼び出しを食らい、その度に無視を決め込んで、最期には路地裏で絡まれると言う面倒臭い生活を思い出した。

 今と成っては、子供のお遊び程度の感覚で懐かしむ余裕すらあるが、当時はそれでイライラと平常心を蝕まれていた気がする。我慢の限界を超えてしまったことも一度や二度ではない以上、相当不愉快に思っていたはずだ。

 そして今の大和は、帝国から子爵位など貰ってはいるため、一応は貴族になるが、自覚としては中坊でしかなく、その辺りの踏ん切りが上手くできていなかった。年上で仕事に従事しているデリアーナの事は、教師程とは思わなくても、教育実習で来た大学生くらいの人を見ている感覚だった。


――教育実習でこんな美人来たら、パニックだわな。日本の中学なんて。銀髪の似合う美人で、ふわふわと柔らかい雰囲気を持っているのに、切れると問答無用で頭かち割ろうとするしな。


 校則に従わない不良学生を、戦槌で叩き潰して行く未来しか見えないと、大和は想像でデリアーナの尊厳を著しく貶していた。

 口に出していないからセーフなどと内心付け加えていたが、実際には不当な理由で大和に絡めば晒首にしかねないので、全く貶めにはなっていない事を、大和が知る術はない。


「・・・あの? ヤマトさん?」

「ああ、ごめん。少し・・・学校のこと考えていた」

「学校ですか?」

「色々と上下関係が面倒だったんだよ。ところで、その、今回また無理をさせたみたいで・・・すま・・・いや、助かった有難う」

「そのお言葉で尽力が報われました。こちらこそ私を信じて聖墓を守らせてくれたことに感謝申し上げます」


 ふと、どちらともなく弛緩した笑い声を漏らすと、何時の間にか肩に入った力を抜く。

 一応これで大和は目的を果たした。本人の顔は見れたし、お礼も言うことが出来た。だからと言って、それじゃあと去って行くのは少々間が悪い。こんな時に気さくに会話を続けられる話術を持っている事が、異性に持てる秘訣なんだろうなと考える。

 食事、天気、趣味の話をそれぞれ組み立ててみようとするが、早々に崩壊し形を成す前に、波に攫われていく砂浜の楼閣を思い浮かべる。


――どうしたもんかね。


 胸中で溜息を吐き、異性の機嫌を伺うことの難しさに辟易した。

 そして諦め、適当な話題を振る。


「ところで、何の書類整理してるんだ? ひょっとして子爵領の関係の物か?」

「いいえ、子爵領の運営に関してはダナーさんが上手く廻しておられます。これはその・・・デバイオの書類です。損害状況、補給物資の必要数、修理箇所の拾い上げに、修理費用の見積もり、戦術的な失敗についての考察、何が悪かったのか、何故悪かったのか、どうすれば良かったのか、何故それが出来なかったのか、再戦するために取るべき戦法と、取ってはいけない戦法に着いて・・・ええと」

「噛み砕いて言えば始末書よ」


 デリアーナが真実を遠回しにしている事に焦れたのか、ファルマチアはバッサリと叩き切った。

 直後、ゴンと鈍い音を立て、デリアーナの頭が机の上に転がると、涙声が聞こえて来た。


「・・・終わらないんです。終わらないんですよ。書いても書いても『もっと詳しく』って催促されるんです。一枚送れば詳しく書けと解説分を二枚要求されるんです。雪だるま式に増えるんです。書けば書くほど増えて行くんです。終わらないんですよぉ」


 大分精神的に追い詰められているようだ。

 そして肝心の聖鎧機レスピーギ・デバイオは大破してしまった為、既にトリケー教皇庁の整備員が機体をまるごと回収していったらしい。聖墓では、整備能力そのものに損害が出ているし、やはり機密もあるのだろう。帝国のど真ん中では弄れない個所などもありそうだ。


「その、なんだ。頑張ってな」

「うう~。・・・頑張りますよ、これもお勤めですから」


 猛烈に邪魔してはいけないと言う空気を感じ、即座に逃げ腰になる。

 ある意味で、退席する機会だと察し、大和は逃げることにした。どうせ書類仕事など手伝えるわけもないのだ。


「ああ、そうだデヴェヌトラさん」


 ファルマチアの言葉にデリアーナが顔を上げる。涙で書類が頬に張り付いていたが、そこには触れずに言葉を続ける。


「見れば分かると思うけど、今日から面会謝絶は解除するから、今晩からはちゃんとお仕事してね」


 何かを察したデリアーナは力強く頷いた。


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